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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第5話 転生の告白と、“踏み台拒否宣言”

 放課後の廊下は、人の気配がすとんと抜け落ちる瞬間がいちばん好きだ。


 さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでいた貴族ボンボンと平民組の足音も、今は遠くの玄関ホールでかすれるくらいになっている。


(ふぅ……一日目の「臨時教師ロール」、とりあえず死なずにクリア)


 職員室代わりにあてがわれた小部屋へ戻ろうとしたところで――


「……あの、先生」


 鈴みたいに小さい声が、背中にひっかかった。


 振り向けば、廊下の窓際に、レティシア・フォン・アルマが立っていた。


 完璧なカールの金髪に、襟元まできっちり締めた制服。見た目だけならテンプレど真ん中の「悪役令嬢様」なんだけど――


 今日の授業中、俺は知っている。

 こいつが、わざと「嫌がらせイベント」を弱火に調整していたのを。


「アルマ嬢。どうかしましたか?」


「少し……お話、してもよろしいでしょうか。人目のないところで」


 意味深な言い方をされると、教師としてはちょっとドキッとするやつなんだが。


(ミニルナ、ログ)


 肩に乗ったマスコットウサギ──ミニルナが、ぴょこんと片耳を立てる。


『はいはーい、録画回してますよ〜。レティシア嬢からの「個別イベント」発生っと』


 お前、メタ発言がだだ漏れだぞ。


「では、記録室でどうでしょう。静かですし」


 俺は学園の一角にある「王都記録局出張所」──ということになっている小さな部屋へ、彼女を案内した。


 ◇


 記録室は、本と書類と魔法式のホログラムが詰まった、地味な空間だ。


 窓際に一本だけ差し込む夕日が、レティシアの横顔を薄く縁どっている。


「改めて。王都記録局派遣の三城です。ここでの職務上は、相談事も受け付けますよ」


「……ええ、そうしていただけると助かります」


 彼女は椅子に腰を下ろす前に、ふっと深呼吸をした。


 いつもの「悪役令嬢モード」の微笑みを、一枚、二枚と剝がしていくみたいな仕草だった。


「先生。もし、ですが」


 視線だけこちらに向けて、言葉を選ぶように、


「“前の人生の記憶がある”なんて言ったら……先生は、笑いますか?」


(はい来たーーー!)


 心の中で盛大にガッツポーズを決めたが、表情は全力で真顔を維持する。


 なにせ俺も、死んで輪廻庁に就職してる身だ。転生者の話なんて今さらだ。


「状況によりますね。ここは王都記録局の記録室ですから。前の人生の話も、一応“記録対象”ではあります」


 レティシアの肩が、ほんの少しだけほぐれた。


「……では、前置きは省きます。わたし、前の世界のことを覚えています」


 彼女は椅子に座り、スカートの裾を整える。声が、さっきよりほんの少し低くなる。


「場所は……日本。ゲームと漫画と、ラノベとソシャゲにまみれた、ありがちなオタク女子でした」


(日本。確定。ジャンル指定までバッチリ)


 ミニルナが、俺の肩でこっそりバイブレーションする。


『前世文化タグ:日本/オタク女子、確認〜』


 やかましい。黙ってログだけ取ってろ。


「特に好きだったのが、“悪役令嬢もの”なんです」


 レティシアは苦笑交じりに続けた。


「ヒロインをいじめて、公開断罪されて、領地も爵位も家族も失って……最後はざまぁされる令嬢たちの話。テンプレ、全部押さえてました」


 おいおい、自覚が重い。


「そして、ある日、一本のゲームに出会いました」


 レティシアは、机に広げられた魔法書から視線を外し、空中を見つめる。


「タイトルは──この世界の名前と、ほぼ同じ。“悪役令嬢断罪オトメ〜なんとかかんとか〜”」


 商品名あたりは、さすがに世界側でぼかされてるらしい。


「プレイヤーは平民出身のヒロインを操作して、攻略対象の王太子殿下や騎士様たちと恋愛しながら、悪役令嬢をやっつける。……まあ、よくあるやつです」


「その悪役令嬢の名前は?」


「レティシア・フォン・アルマ」


 自分の名を口にする瞬間、彼女の声が僅かに震えた。


「で、その悪役令嬢は、どうなるんです?」


 知っている。仕様書で散々読んだ。でも、あえて聞く。


「中盤までは、わりと頑張るんですよ。婚約者殿下のお相手として。家のため、王国のためにふるまって……でも、プレイヤー視点では“ヒロインへの嫌がらせイベント”にしか見えない」


 レティシアは、指先を組んで、ぎゅっと握りしめた。


「それで、学園の大広間で公開断罪。『レティシア、お前の悪行はすべて暴かれた』って、王太子殿下がヒロインを庇うんです」


 その台詞、ほぼ仕様書まんまだな。


「彼女はそこで、全部を認めたふりをして、その場から追放されます」


「“ふりをして”?」


「はい。本当は、もっと大きな陰謀があるって気づいていたから。──で、断罪イベントのあと、隠れた真相ルートに入るんです。ここからが、わたしの好きなところで」


 レティシアの目に、ほんの少し熱が戻る。


「プレイヤーが条件を満たしていると、悪役令嬢レティシアが復活して、王太子殿下と共闘するルートが開くんです。王国中枢に巣食う魔道具ギルドの陰謀を暴いて、ヒロインとも手を組んで……」


 それは、俺たちが最初に見た「原案構造」にも載っていた“真ルート”だ。 


 ──だが今の世界線では、その先はごっそり削られている。


「だからわたし、この世界に転生したときは、まだ前向きだったんです」


 レティシアは小さく笑う。


「たしかに悪役令嬢です。断罪ルートもあります。でも、ちゃんとフラグを回収していけば、共闘ルートに入れる。悪役令嬢が真のヒロインに昇格するの、激アツじゃないですか?」


「まあ、読者目線としてはめちゃくちゃ美味しいポジションですね」


「そうでしょう?」


 そこで、彼女の笑みがすっと薄くなった。


「……でも実際に学園生活が始まってみたら、どうも様子がおかしいんです」


「おかしい?」


「はい。ゲームで見たはずの“共闘フラグ”が、一つずつ、抜け落ちている気がして」


 レティシアは指を折りながら数え始める。


「入学式で王太子殿下ときちんと挨拶するイベント。──ありました。でも、あのとき殿下の目が、ゲームよりずっと冷たかった」


 一本。


「ヒロインと初めて衝突する“廊下のぶつかりイベント”。わたし、本当はあれ、ソフトにいなすつもりだったんです。靴に水をこぼす予定を、わざと手袋だけにするとか」


「実際、そうしてましたね」


「でも結果ログには、“靴が汚された”って書かれていた。ヒロインの周りの子たちの記憶も、なぜかそっちで固定されている」


 ミニルナが、俺の耳元で小声で囁く。


『やっぱり、そこ記憶改変入ってますね〜。ヒロイン削減テンプレのしわ寄せっぽいです』 


 うん、後で精査しような。


「本来は、ここでわたしの“誤解解消イベント”が何度か入るはずなんです。弟や執事や、親しい令嬢たちとのやり取りで。……でも、その辺のログも、ところどころ薄い」


 彼女は窓の外へ視線を滑らせながら、ぽつりと言った。


「このままだと、わたし、断罪イベントのためだけに育てられてるみたいで」


 沈黙が降りる。


 この世界の設計書の中で、レティシアの名前の上にべったり塗られた黒マークを、俺は思い出していた。 


「だから先生に、お聞きしたかったんです」


 レティシアは、まっすぐ俺を見た。


「この世界に……“断罪の先”って、本当に存在するんでしょうか?」


 ああ、それは本来、俺たちストーリー課が答えるべき問いだ。


 だけど今ここで、「ありますよ。ただし上位レイヤーのAIが間引こうとしてます」なんて真実をぶちまけるわけにもいかない。


「少なくとも、俺は“あったほうがいい”と思ってます」


 だから、ギリギリ教師ロールで言える範囲の言葉を選ぶ。


「断罪で終わる物語は、断罪の瞬間がピークで、その先が空っぽになりやすい。読み手としても、書き手としても、もったいないなって」


「……書き手?」


「たとえ話です」


 危ない危ない、つい生前職を漏らすところだった。


「アルマ嬢。あなた自身は、どうしたいんです?」


 俺が尋ねると、彼女は一瞬きょとんとして、それから――ふっと口元を吊り上げた。


 さっきまでより、ずっと“素”に近い笑い方で。


「ヒロインのための踏み台人生なんて、誰が許可したんですか、って話ですよ」


 そこから、言葉が止まらなくなった。


「ヒロインが幸せになるのは大歓迎です。あの子、根は悪い子じゃないと思いますし」


「そうですね。授業中の態度を見る限り、真面目な子です」


「でも、そのためにわたしを燃やすシナリオはボツです」


 机に置かれたレティシアの右手が、小さく拳を作る。


「王国が救われるのも、まあ大事です。殿下にも頑張ってほしい」


「はい」


「でも、その“世界を守る感動の犠牲エンド”の台本に、勝手にわたしの名前を書き込むのはやめてほしい」


 言いながら、自分で少し笑って肩をすくめる。


「……わがままですか?」


「健康的なわがままだと思いますよ」


 俺は即答した。


「誰か一人が死ねば重くなる物語って、作り手のサボりだと思ってるので」


 それは、ストーリー課の会議室でも何度も口にしてきた言葉だ。 


 レティシアの目が、ほんの少し丸くなった。


「先生、変わったことをおっしゃいますね」


「職業病みたいなものです」


 俺は肩をすくめる。


「少なくとも俺は、“あなたが踏み台で燃やされるだけの物語”を面白いとは思いません」


 レティシアは、しばらくじっと俺の顔を見つめていた。


 やがて、ゆっくりと立ち上がる。


「ありがとうございます。少し、すっきりしました」


 それから、まっすぐな声音で言う。


「先生」


「はい」


「わたし、ヒロインの踏み台のためだけに存在する人生とか──」


 一拍置いて、彼女はぱきっと言い切った。


「まっっったく納得してませんから」


 その言葉は、記録室の空気を一瞬で塗り替えた。


 “悪役令嬢”レティシア・フォン・アルマの「生きる側のスタンス」が、ここで正式に固まったのが分かった。


 ミニルナが、俺の肩でぱんっと小さく手を叩く。


『先生、今のセリフ、印象値ログめちゃくちゃ跳ねましたよ! “生きたい理由リスト”の超太い一本ゲットです!』


(だろうな)


 俺は内心でうなずきながら、静かにレティシアに頭を下げた。


「了解しました。そのわがまま、なるべく通るように頑張ってみます」


「え?」


「いえ、教師としてできる範囲で、ですよ」


 慌てて言い直すと、彼女はくすっと笑って、いつもの「令嬢用」の微笑みをかぶり直した。


「では、今日はこれで失礼します。先生の授業、わたし、けっこう好きですよ」


「それは光栄です」


 レティシアが記録室を出ていく。扉が閉まる音が、やけに鮮明に耳に残った。


 ◇


『……いや〜〜、来ましたね、“踏み台拒否宣言”』


 ミニルナが、机の上でぐるぐる回る。


『先生先生、今のログ、即ストーリー課に上げときましょう! 

 この子、数字だけ見ても“伸びしろモンスター”ですよ!』


「だよな」


 俺は机の上のホログラムパネルを呼び出し、さっきの会話ログに「重要印象値フラグ」を付けて保存する。


 同時に、ワールドコアのタイムラインには、うっすらと新しい光の線が伸び始めていた。


【レティシア・フォン・アルマ:踏み台拒否宣言】


 黒い栞──断罪パーティの削除マーカーのすぐそばに、細い七色の線がかすかに絡みつく。


(よし。これなら──)


「黒瀬さんたちの前で、一本、ちゃんとした“ボツ出し理由”として出せる」


 次のボツ出し会議が、少しだけ楽しみになった。

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