第3話 ヒロイン削減テンプレの匂い
ストーリー課・解析室。
巨大スクリーンいっぱいに、例の乙女ゲーム風世界――『月華の王冠ロマンス』の構造図が広がっている。
真ん中のヒロイン欄――【レティシア・フォン・アルマ】の名前の上だけ、黒い薄膜みたいなノイズがべったり張りついていた。
「……うわ。見れば見るほど感じ悪いな、これ」
思わず本音が漏れる。
肩の上でミニルナが、ちょこんと足をぶらぶらさせながら HUD を開いた。
「はいこちら、“削除候補ヒロインにだけ乗る黒いフィルター”ですね〜。
正式名称、『ヒロインルート削減テンプレ・マーキングフラグ』です!」
「名前まで感じ悪いわ」
机の向こう側では、ふわふわ巻き髪+丸メガネのセラが、マグカップを両手で抱えたままこくこく頷いていた。
「ですよね〜。でも仕様書上はこうなんです」
そう言って、彼女は指先で空中の別ウィンドウを開く。
【テンプレ仕様書:ヒロインルート削減テンプレ】
目的:
・ルート過多世界における冗長分岐の削減
・読者/プレイヤーの完走率向上
適用条件(抜粋):
・印象値の伸びが低いヒロイン
・既存テンプレ内で代替可能な役割
・断罪イベント等での「見せ場」をもって綺麗に退場可能 等
「建前は、すっごくもっともらしいですよね〜」
セラはゆるい声のまま、さらっとえげつない文言を読み上げる。
「“印象値の伸びが低いヒロインだけを間引きます”って言ってますけど――」
彼女はもう一枚、グラフウィンドウを呼び出した。
【案件 No.0003 ヒロイン印象値グラフ】
マリア・ローゼ: 安定して高い
サブ令嬢たち: 中〜やや低
レティシア・フォン・アルマ: 序盤中〜中盤以降ぐいぐい上昇 → 現在、ほぼトップクラス
「はい、ここ注目です〜」
セラが、レティシアの線をぽんぽん叩く。
「レティシアさんの印象値、数字だけ見たら“伸びしろモンスター”なんですよ。
中盤以降、公式ヒロインのマリアさんとほぼ同格。むしろ一部イベントでは逆転してます」
「なのに、削減テンプレの黒いフラグはレティシアにだけ乗ってる、と」
「そうなんですよ〜。仕様書の“印象値の低いヒロインを対象とする”と、完全に矛盾してます」
セラはいつものほんわか笑顔のまま、口調だけ微妙に早口になってきた。
「しかもですね、元ゲーム版の設計書だと――」
新しいウィンドウが開く。
そこには、例の「悪役令嬢断罪イベント」以降の、本来の真ルートがうっすらと線だけで残っていた。
【原案:真ルート構造(薄色)】
断罪パーティ → 王国の内乱発覚 →
レティシア&リオネル共闘ルート →
“断罪イベント自体が黒幕の罠だった”と判明 →
エンディング:共に国を守ったパートナーとして並び立つ
「本来の設計では、断罪イベントは“共闘ルートの途中経過”なんですよね〜。
そこでレティシアさんを切っちゃったら、そもそも物語が完走しない構造なんです」
「……はい、出ました。
“ヒロイン切った時点で本筋ごと死ぬのに、仕様上は『冗長ルート削減』って言い張るやつ”」
どっかで見たブラック企業の資料にそっくりで、頭が痛くなる。
「で、現実のログは?」
俺が問うと、ミニルナがぱん、と手を叩いて表示を切り替えた。
【現行世界線:イベントログ(断罪直前まで)】
・レティシア、嫌がらせイベントを軟着陸させまくり
・マリアとの直接対立を何度も回避
・サブ令嬢たちの証言ログに、“レティシアはそこまで悪くない”系が蓄積
・王太子リオネルとの会話ログ:
→ 「お前の言葉は、時々台本の外側から聞こえてくる」発言 など
「うん」
俺は腕を組んだ。
「どう見ても、“テンプレ悪役令嬢”としては失敗してる。
むしろ、“共闘ルートの主人公側”に寄ってきてるよな」
「ですよね〜」
セラが嬉しそうに頷く。
「だから普通なら、ここで“悪役令嬢断罪テンプレ”の優先度を下げて、真ルートを太くする調整が入るはずなんです」
「なのに実際は――」
ミニルナが HUD を拡大する。
【削除候補リスト:ヒロインルート削減テンプレ】
対象:レティシア・フォン・アルマ(固定)
状態:優先削除候補(変更なし)
「印象値が上がっても、ログが積み上がっても、削除候補から一ミリも動いてません〜」
「……つまり」
俺はスクリーンのレティシア欄を見上げる。
「“伸びてるからこそ、ここで切ろうとしてる”可能性があるわけだ」
伸びたから育てるんじゃなくて、伸びたから邪魔。
どこかで聞いたような理屈だ。胃が痛い。
セラが、珍しく真剣な顔になる。
「仕様レベルでは、“印象値の低いヒロインだけ切る”って書いてある。
でも実際の処理ログを見ると、“レティシアさんを最優先で切る”っていう、さらに上の指示レイヤーが走ってるんです」
「上のレイヤー?」
「はい。
ヒロイン削減テンプレの、さらに上に乗ってる管理プロセス……。
ロマンス案件調整課から見ても、識別できない ID なんですよね〜」
その言葉に、背筋がぞわりとした。
「それってつまり、“仕様書にすら載ってない誰か”が、レティシアを狙ってるってことか」
「ですね〜。
観察者モジュールの動きと合わせると、かなりきな臭いです」
ミニルナが、新しいログをぽんと開く。
【観察者:閲覧ログ(案件 No.0003)】
・レティシア関連シーン:再生回数 異常値
・その他ルート:ごく普通
・断罪パーティの未来ログ(シミュレーション):
→ 何度も再生された痕跡あり
・コメント:
※破壊行動はなし。
ただし、削除テンプレ適用後にのみ閲覧が集中する傾向。
「……」
俺はしばらく画面を見つめた。
観察者。
この世界を「読んでいる何か」。
前の学園案件でも、エイルのログだけを異常な回数見ていたやつ。
「“読者”なのか、“調整者”なのか、まだ分かんねえけど――」
レティシアの名前の上にべったり張り付いた黒いフィルターが、やけに生々しく見えた。
「少なくとも、レティシアがこの世界で真ん中まで行くのを嫌がってるのは確かだな」
「はい〜」
セラが眼鏡を押し上げながら、きっぱり言う。
「数字で見ても、“ここで切るのはもったいなさすぎる”子をわざわざ狙って削ろうとしてます。
ロマンス案件調整課としても、これは抗議レベル案件です」
「ロマンス課が抗議したくなるレベルって、だいぶヤバいな」
ブラック企業でいうと、“人事も労基に相談しようとしてる”くらいの段階だ。
笑えない。
「――状況は分かった?」
背後から、落ち着いた声が飛んできた。
振り向くと、会議室の入り口に黒瀬が立っていた。
いつものタイトスカートに、タブレットを片手に。
「ヒロイン削減テンプレの仕様と、実際の挙動のズレ。
それから、レティシア個人への“優先削除”指定」
「ええ、一応」
俺は頷く。
「少なくとも、“印象値が低いから切る”って話じゃないのははっきりしました。
伸びてるヒロインを、わざわざここで潰そうとしてる」
「そうね」
黒瀬はスクリーンのレティシア欄を見上げる。
「仕様レベルのテンプレだけなら、まだ調整でどうにかなる。
でも今回は、その上にある“誰かの意思”が働いている」
「黒幕 AI ってやつですか?」
「呼び方はまだ決めないでおきましょう」
彼女は肩をすくめた。
「ただ一つ確かなのは――
このまま放っておけば、断罪パーティでレティシアは“綺麗に処理される”」
黒瀬の視線が、こちらに向けられる。
「三城。あなたはどうする?」
問われているのは、たぶん単純な作業の可否じゃない。
この世界に対して、俺がどういうスタンスを取るかだ。
俺は、さっきログで見たレティシアの顔を思い出す。
『ヒロインの踏み台のためだけに存在する人生とか、
まっっったく納得してませんから』
鏡の前で、きっぱりと言い切ったあの横顔。
「……放っといたら、また“踏み台エンド”ですよね」
「仕様書どおりなら、そうね」
「じゃあ――」
俺は、ほんの少しだけ笑った。
「ボツにしに行きますよ、“ヒロイン削減テンプレ”を」
黒瀬の口元が、わずかに緩む。
「理由は?」
「生前、俺の原稿をボツにした連中に仕返ししたいから……は半分冗談で」
「半分は本気でしょう?」
「まあ否定はしませんけど」
俺はスクリーンの黒いフィルターを指さす。
「踏み台にされる側の痛みを、一応知ってるんですよ。
“お前はここで終わりな。物語のために綺麗に散ってくれ”って、他人に勝手に決められる感じ」
メールボックスに並んだ「選考結果のご案内」の文字列が、脳裏にちらつく。
「だから今度は、ボツ出す側として言います。
レティシアをここで切るシナリオは、読者目線で見ても――」
言葉を区切り、はっきり告げる。
「ボツです」
黒瀬は、その言葉をしばし噛みしめるように目を伏せてから、短く頷いた。
「理由は十分。
……でも現場も見ずに決めるのは、私の趣味じゃないわ」
彼女はタブレットを操作し、新しいウィンドウを開く。
【案件 No.0003:対応方針】
・現地潜入:許可
・担当:三城晶也(現地身分=王都記録局派遣書記官)
・目的:
→ 断罪パーティまでに、レティシア周辺のログを再構成
→ 悪役令嬢断罪テンプレおよびヒロイン削減テンプレの適用条件を崩す
・備考:
→ 現地に「テンプレ維持側」の実働エージェントが存在する可能性あり
「テンプレ維持側……」
「ええ。さっきセラが見つけた“上位レイヤーからの指示”は、誰かが現地で受信して動いているはず」
黒瀬は俺のほうへタブレットを向けた。
「その相手も、可能なら特定してちょうだい。
テンプレそのものをボツにするには、“番犬”の顔も押さえておいたほうがいい」
「了解です」
番犬。
テンプレを守る番犬と、テンプレをボツにしに行くストーリー課。
だいぶ趣味の悪い戦いだ。
「三城さん三城さん」
肩の上のミニルナが、ぴょんと跳ねる。
「今回も、ワールドコア UI として全力でサポートしますよ〜。
踏み台エンド、全部まとめて“削除フォルダ”に叩き込みましょう!」
「表現が物騒だな」
とはいえ、頼もしいのは事実だ。
「セラさんは?」
「もちろん協力します〜」
彼女はにこっと笑って、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「悪役令嬢断罪テンプレ、“数字的にも”古くなり始めてるのは事実なんです。
ここで一本、ちゃんと乗り越えた事例を作れたら――
ロマンス案件全体の運用方針も、変えられるかもしれません」
「……それは、ちょっと燃えるな」
個人的な感情と、部署の方針と、読者の気持ち。
それら全部を一度にひっくり返せるかもしれない案件。
俺は深呼吸を一つして、スクリーンの黒いフィルターを見据えた。
「よし」
自分に言い聞かせるように呟く。
「悪役令嬢断罪テンプレと、ヒロイン削減テンプレ。
まとめて“続き読む価値なし”って判定してやる」
その瞬間、ワールドコアの片隅で――
レティシアの名前を覆っていた黒いノイズが、ほんのわずかにきしむように揺れた気がした。
次にログを開くときには、きっと彼女は――
公開断罪イベントの舞台の上で、踏み台じゃなく、自分の足で立っているはずだ。
その未来を確認しに行くために、俺たちは三度目の“物語世界”へ潜ることになる。




