第14話 色を取り戻した令嬢と、次の案件へ
防衛実習から、少し時間がたった。
王立魔法学園の中庭は、いつものように喧噪と魔力でざわついている。
今日は、クラスごとの“小規模結界テスト”の日だ。
「じゃ、さっさと終わらせるぞー。
――問題児クラス、全員、結界陣に並べ!」
グレンの怒鳴り声を合図に、ユウトたちがぞろぞろと楕円形の魔法陣の周りに立っていく。
その中心に――エイルがいた。
以前のように、肩をすぼめて小さくなることはない。
かといって胸を張って前に出るタイプでもない。
ただ、静かに深呼吸をして、周囲をよく見渡していた。
「え、今日もエイルが中心なのか?」
「そりゃそうだろ。防衛実習で結界まとめたの、ほぼあの子だぞ?」
観客側のクラスメイトたちが、ひそひそとささやく。
「ユウトくん、魔力、少しだけ多めでお願いします」
「了解。昨日より二割増しくらいで」
「リオさんは、動きに合わせて小刻みに。
ジンさんは……その、暴発しない程度にお願いします」
「おい、“暴発しない程度”ってなんだよ。……いや、否定はしねえけど!」
いつもの四人に、回復役のヒロインBまで加わって、
エイルの周囲に軽い笑いが広がる。
ミニルナが、俺の肩の上で小さく腕を組んだ。
「いいですね〜。“いてもいい子ログ”から、完全に“いると助かる子ログ”に移行済み、って感じです」
「用語にログって付ければ何でも許されると思うなよ」
そう言いつつ、否定する気はあまりない。
俺の視界には、うっすらとワールドコアの補助表示が重なっている。
【エイル・ヴァレンシュタイン】
役割:七色サポーター(成長中)
印象値:高安定
以前はスカスカだったバーが、今では他ヒロインと並ぶ高さを保っていた。
「では――開始!」
グレンの号令と同時に、各自が魔力を流し始める。
赤、青、緑、白――幾色もの光が、エイルの足元の魔法陣に流れ込む。
その全ての“向き”と“強さ”を、彼女は一つずつ確かめるように指先でなぞっていく。
「ユウトくん、少しだけ抑えてもらえますか?
……はい、そのくらいでバランスが取れます」
「OK!」
「リオさん、今のペースを維持で。
ジンさん、あと一呼吸遅らせてください」
「先生みたいな指示が飛んでるな……」
隣で観戦していたグレンが、ぼそっと呟く。
「“臨時サポート教官”でもいけるかもしれねえな、あの嬢ちゃん」
「肩書き増やさないであげてください」
そう言っているうちに、魔法陣の光がふっと変わった。
バラバラだった色が、輪郭を保ったまま混ざり合い、
淡い七色に落ち着いていく。
中庭全体を包み込むような、柔らかい光の膜。
「おお……」
「きれいだな」「前より安定してね?」
クラスメイトたちの感嘆の声が、そこかしこから漏れる。
「結界、完成です。維持も問題ありません」
エイルがそう言った瞬間、
ワールドコアの表示に、小さく新しいログが増えた。
【小規模七色結界:日常運用ログ登録】
「よし、合格だ」
グレンが、どん、と手を叩く。
「前回の防衛実習と比べても、安定感は悪くねえ。
――特にお前だ、エイル」
「は、はいっ」
エイルがびくっと肩を揺らす。
「前は『自分が全部抱え込もう』って顔してたがな。
今は、“みんなの力を合わせるための真ん中”になってる。
そういうやつは、簡単には折れねえよ」
ぶっきらぼうな言い方だが、褒めているのは明らかだった。
エイルは、少しだけ目を見開いてから、
恥ずかしそうに、けれどちゃんと笑う。
「ありがとうございます」
「やっぱ、“無属性”ってより、“全部乗せ属性”って感じだよなー」
リオが後ろから茶々を入れる。
「おい、うまいこと言ったみたいな顔すんな」
ジンが肘で小突きながらも、うんうんと頷いていた。
その輪の中に、エイルは違和感なく立っていた。
誰かの代わりでも、穴埋めでもない。
ちゃんと、その場に“必要な一人”として。
◇
実技テストが終わったあと、
中庭に残っていた教師陣が、それぞれの持ち場に戻っていく。
俺は片付けを手伝っていたグレンに声をかけた。
「グレン先生」
「おう、臨時講師」
彼は雑にロープを束ねながら、ちらりとこちらを見る。
「あの嬢ちゃんを“死に役”にしようとしてたやつ――
前の構造を書いた誰かか、ワールドコアの自動処理か知らねえが」
そこで少しだけ言葉を切り、鼻で笑った。
「どっちにしろ、目が節穴だな」
「……同感です」
「ま、最初に会ったときのお前も
“ひょろっとした理論屋”って印象だったけどな」
「ストレートに言いますね?」
「実技中に口出しされんのも正直好みじゃねえが……」
グレンは肩をすくめる。
「結果として、クラス全体の底上げになってるのは事実だ。
理論屋も、たまには役に立つもんだな」
「“たまには”って付けなきゃダメですか」
「当然だ」
ぶっきらぼうな会話の端で、
彼の視線は、遠くを歩いていくエイルたちのほうを追っていた。
その目は、以前よりわずかに柔らかい。
◇
保健室では、イリアが書類を片付けていた。
「先生、さっきの結界テスト、見てました?」
「ええ。窓から、ちょっとだけね」
イリアは笑ってうなずく。
「前は、エイルちゃんが一人で頑張りすぎて倒れそうになってたけど。
今日は、ちゃんとみんなの中に溶け込んでたわ」
「そうですね」
「生きて笑ってる子どもたちを見るのが、一番ほっとするのよ」
ペンを置きながら、彼女は窓の外を見やる。
「“誰か一人が倒れて盛り上がる話”なんて、
外から見てたら、あんまり気持ちいいものじゃないわ」
「こっちとしても、真っ先にボツにしたい構造ですね」
あえて軽口で返すと、イリアはくすっと笑った。
「それでも、そういう台本が“一番きれいに見える瞬間”もある。
だから、ワールドコアも代償テンプレを候補に挙げてくるんでしょうけど」
「“きれいに見えるかどうか”と、
“その中で生きてる人間が幸せかどうか”は別問題ですから」
「その考え方、好きよ」
イリアは、少しだけ真面目な顔で言った。
「また何かあったら、保健室くらいはあなたの相談相手になれるわ。
生徒でも、臨時講師でも、ストーリー課でも――ね?」
「心強いですね」
そう答えながら、俺は胸の奥をなで下ろした。
◇
校舎の角を曲がったところで、ラウルと鉢合わせた。
「おや、三城先生」
「教務主任。お疲れさまです」
ラウルは相変わらず、きっちりと書類の束を抱えている。
「先ほどの小テスト、拝見しました。
――防衛実習のときとは、だいぶ様相が変わりましたね」
「そうですね。いい方向に、だと思います」
「結界の中心に立っていたのは、あのエイル嬢でしたか」
ラウルは、ほんのわずかだけ目元を緩めた。
「“最も適性のある者に、最も危険な役割を担わせる”のが合理的だと、私は今でも思っています」
「でしょうね」
「ですが――」
彼は窓の外に視線を向ける。
中庭では、エイルたちが笑いながら帰り支度をしていた。
「犠牲に頼らず守れるなら、そのほうがいいに決まっている。
今日の結果については、そう認めましょう」
「ありがとうございます」
「勘違いしないでください。
私は感情論で判断を変えたわけではありません。
“別のやり方のほうが、長期的な安定に繋がる”と判断しただけです」
「それ、うちの部署ではだいたい“軟化した”って呼ぶやつですね」
「用語の選択はお任せします」
ラウルは、わずかに肩をすくめて歩き出した。
合理主義者は合理主義者のまま。
けれどその“合理”の中に、「誰も死なない選択肢」がちゃんと含まれるようになったのなら――それで十分だ。
◇
その夜。
輪廻庁・物語管理局ストーリー課のフロアでは、
案件No.0002のログが、静かな光を放っていた。
【案件No.0002:王立魔法学園ログ】
【削除候補:解除】
【運用ステータス:通常世界として継続】
【エイル・ヴァレンシュタイン】
役割:七色サポーター
印象値:高安定/“いなくてもいい子”フラグ消失
「……きれいに収まったわね」
黒瀬が、スクリーンの前で腕を組む。
「代償テンプレも削除ルーチンも、この世界からは当面撤退。
あとは、普通に“続きが読みたい学園もの”として運用していくだけ」
「いや〜、ほんとよかったですねぇ!」
ルナが、椅子の上でぴょんぴょん跳ねる。
「エイルさんの自己評価メーター、
最初は“自分いらないかも”ばっかりだったのに、
今は“いてよかった”ログでパンパンですよ!」
「表現が雑だぞ、下級女神」
とはいえ、俺も同じ気持ちだった。
スクリーンの端には、防衛実習以降のこまごましたログが並んでいる。
【昼休み、ユウトたちと弁当を囲む】
【ジン、エイルに謝罪+おやつ譲渡】
【ヒロインB、エイルと勉強会】
【“結界中心”として指名される回数、増加傾向】
どれも単体では、大事件というほどではない。
だけど、それらが積み重なって作る「日常」が、
この世界を“読む価値のある場所”に変えていく。
「……あの子、もう“いなくてもいい子”じゃないですね」
思わず、独り言みたいにこぼれた。
「ですね〜!」
ルナが、大きくうなずく。
「“いて当たり前で、いないと困る子”にレベルアップです!
ストーリー課としても、胸張って『続き読みたい』って言える案件ですよ!」
「評価コメント、だいぶ感情寄りになってるわよ、ルナ」
黒瀬が苦笑しつつも、特に否定はしなかった。
◇
そのとき――スクリーンの隅で、小さな通知が点滅した。
【観察者:ステータス更新】
「あ」
ルナがいち早く身を乗り出す。
「エイルさんの世界の閲覧、ほぼ通常ペースに戻りました。
代わりに、別の案件のヒロインログにべったり張り付いてます」
黒瀬が、新しいウィンドウを開いた。
【観察者:閲覧対象変更】
・案件No.0002/エイルログ
→ 閲覧頻度:通常レベルに低下
・新規閲覧対象:案件No.0003/ヒロインログ
→ 閲覧開始
【案件No.0003:構造解析中】
【ヒロイン候補:印象値低レベル/役割未確定】
【削除候補:未判定】
【代償テンプレ:侵入の兆候あり】
「……また、“誰か一人だけログが薄い世界”が見つかったってことね」
黒瀬が、静かに目を細める。
「休む暇、ないですね」
俺は苦笑した。
「ストーリー課だもの」
黒瀬は、当たり前のように言った。
「テンプレ転生は片っ端から審査して、
削除されかけている世界があれば、一つでも多く“続きが読みたい物語”に変える。
そういう部署でしょ、ここは」
「ですね〜!」
ルナが元気よく手を挙げる。
「次の世界の“いなくてもいい子”も、真ん中まで連れていきましょう!」
「ボツテンプレは、全部ボツにしちゃいましょう、ってのは言い過ぎだからな?」
そう釘を刺しながらも、口元は自然と笑っていた。
「……じゃあ、次も行きますか」
案件No.0003の番号を見上げながら、呟く。
生前、部屋の片隅で一人で書いていた原稿は、結局どれも日の目を見なかった。
でも今は――
誰かの“次の人生”になっている物語に潜り込んで、
そこにいる「いなくてもいい子」を、ちゃんと最後まで連れていける。
それは、ラノベ志望として、これ以上ないくらい贅沢な仕事だ。
「三城」
黒瀬が、わずかに顎をしゃくる。
「コーヒー淹れてきなさい。
次の試し読みの前に、一回落ち着きたいわ」
「了解です。ついでに俺の分も淹れてきます」
「当たり前でしょ」
いつものやりとりに、ルナの笑い声が重なる。
スクリーンの中央では、
色を取り戻した令嬢の世界が、静かにページをめくり続けていた。
そしてその隣で、新しい物語のウィンドウが、そっと開きかけていた。
―― 第2章 完




