第13話 代償テンプレ、正式ボツ
案件No.0002――王立魔法学園防衛実習。
それに関する全ログが、ストーリー課の大会議室のスクリーン一面に展開されていた。
【削除猶予:学園防衛実習イベント終了 → 結果:継続運用】
【削除候補フラグ:解除】
【代償テンプレ:この案件への適用=不適当 → ボツ】
最後の一行に、濃い赤色で「BOTSU」と刻まれている。
「……よし」
思わず、誰にも聞こえないくらいの声でガッツポーズを作った。
「二件連続で“死なないクライマックス”を通したわね、三城」
隣で腕を組んでいた黒瀬が、ちらりとこちらを見る。
「おめでとう。この部署では、それなりに大きな実績よ」
「“それなりに”って、わざわざ付けます?」
「まだ二件だから。十件続けたら“偉そうにしていい”くらいは言ってあげる」
「ハードル遠いなあ……」
口調の割に、黒瀬の横顔はどこか満足そうだった。
長机の周りには、ストーリー課の審査官たちがずらりと並んでいる。
前回の辺境村案件のときより、明らかに人数が多い。「学園もの」「魔法バトル」「イベント単位削除猶予」という条件は、課内でも注目度が高かったらしい。
「では、案件No.0002、王立魔法学園ベース世界――学園防衛実習を中心とした構造変更について、最終審査を始めます」
黒瀬が、会議進行用のホログラムを指先でなぞる。
スクリーンに、今回のイベントが簡単な図で表示された。
もともとあったルートは――
【原案構造】
・防衛実習イベント
→ 結界への過負荷
→ エイル倒れる/退場
→ ユウト覚醒&勝利
→ 「犠牲は尊い」系の読後感
それを、俺たちが上書きしたルートが――
【修正後構造】
・防衛実習イベント
→ 七色結界形成(全員参加クライマックス)
→ ユウト&クラス全員での勝利
→ エイル「いてよかった」ログ確定
「まず結論から言うわ」
黒瀬は、原案構造のほうに大きな斜線を引いた。
「代償テンプレ、この案件では“正式にボツ”。削除ルーチンの発動も取りやめ。王立魔法学園世界は、少なくとも当面は継続運用とするわ」
会議室のあちこちから、小さな拍手が起こる。
パチパチと控えめな音だけど、ストーリー課にしては上々のリアクションだ。
「七色結界ルートについて。防衛実習イベントの盛り上がりは――評価A」
黒瀬が淡々と読み上げる。
「クラス全員の見せ場があり、犠牲に頼らず“ここで決めた感”も十分。
読後の印象も、代償テンプレルートより明らかに良好ね」
スクリーンの端に、読後感評価のグラフが出る。
原案のほうは、山場で一気に盛り上がって、そのあと急激にしぼむ形。
修正後は、最後までなだらかに上昇して、エピローグでふんわり着地している。
「ヒロイン退場イベントについては?」
前列のベテラン審査官が、手を挙げた。
「最近のトレンドを考えると、“ここで一回死んでから蘇る”くらいは許容されるラインかと思いますが」
「その案も一応、検討はしたわ」
黒瀬は、もう一枚のログを出す。
【代替案B:一時退場→蘇生パターン】
・エイル、一度結界の中心で倒れる
・ユウト覚醒→単独無双
・ラストでなんやかんやあって蘇る
・「犠牲はあったけど生き返ってよかったね」読後感
「でも、印象値グラフを見ると――」
グラフのラインが、明らかにガタついていた。
倒れた瞬間に一気に落ちて、蘇生タイミングで無理やり戻そうとしている感じだ。
「“死んで盛り上げる”より、“生きたまま盛り上げる”ほうが、今の読者には素直に刺さる。
少なくともこの学園世界ではね」
黒瀬は肩をすくめる。
「代償テンプレは、もっと暗くてしんどい世界に回しましょう。ここに持ち込むのは、ただのミスマッチよ」
「なるほど……」
ベテラン審査官も素直に頷いた。
「あと、エイルの印象値ログ」
黒瀬がヒロイン一覧を呼び出す。
ヒロインA、B、C、それぞれのバーは安定した高さで並んでいる。
その横に――以前は不自然なくらい低かったエイルのバーが、今はほぼ同じ高さまで伸びていた。
【エイル・ヴァレンシュタイン】
役割:七色サポーター
印象値:中 → 高安定
「“いなくてもいい子”から、“いると助かる子”に。
この変化を一イベントでここまで作れたのは、上出来と言っていいわね」
「やったじゃないですか、三城さん!」
向かいの席から、ルナが身を乗り出す。
輪廻庁モードの彼女はツインテールではなくショートボブにスーツ姿だが、テンションは相変わらずだ。
「ミニルナとしても、現地でのログめちゃくちゃ取りがいありましたよ〜。
エイルさんの“自己評価”メーターが、回を追うごとにじわじわ上がっていくの、見ててニヤニヤでした!」
「そういうことは、もうちょっと落ち着いて報告しようか」
とは言いつつ、俺も内心では同じくらいニヤけていた。
◇
「観察者モジュールのログ、出る?」
黒瀬が視線だけで合図すると、端末係の審査官が新しいウィンドウを開いた。
【観察者:閲覧ログ】
・案件No.0002/エイル関連シーン
→ 模擬戦:失敗/負傷シーンを複数回再生
→ ダンジョン実習:連携成功シーンを複数回再生
→ 防衛実習クライマックス:七色結界シーンを異常回数再生
・破壊行動ログ:なし
・構造書き換え試行:検出されず
「……ふむ」
黒瀬が、顎に手を当てる。
「完全に“壊しに来ている”というよりは、気になった物語をずっと見ている読者、に近い動きね」
「読者……ですか」
黒瀬は、ウィンドウを指で縮小しながら続ける。
「感情の名前を決めつけるには、まだ材料が足りないわ。
ただ少なくとも、“雑に壊すため”に見ている感じではない」
そう言って、彼女はウィンドウを完全に閉じた。
「一つだけ言えるのは――
今回に関しては、“代償テンプレ側には加担しなかった”ってこと」
「防衛実習のクライマックス、ずっと見てましたもんね」
ルナが補足する。
「エイルさんが倒れるパターンのほうじゃなくて、七色結界ルートを何度も再生してました」
「だったら、ひとまずは――」
黒瀬は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「“この世界を見たい何か”として扱うのが妥当ね。
破壊者じゃなくて、今のところは観察者のまま」
「……名前、変えたほうがいい気もしますけど」
「そうね。“覗き見モジュール”とか?」
「余計にひどくないですか、それ」
会議室に、くすっと笑いが広がる。
◇
ひと通りの講評が終わったところで、黒瀬が俺のほうを見る。
「で、当事者としては?」
「当事者、ですか」
「現地講師として、七色結界ルートの主犯として、そして――」
そこで、一拍置く。
「“生前、ボツ原稿ばかりだった応募者”として」
「その肩書き、まだ使うんですね……」
でも、もう前ほど痛くはなかった。
辺境村のミアの世界。
今回のエイルの世界。
二つ続けて、「誰かが死んで終わる」台本をひっくり返した。
その結果として、こうして正式に「代償テンプレ:ボツ」と判が押されている。
「……正直、ちょっと気持ちいいです」
素直にそう答えた。
「生前は、自分の原稿ばっかりボツ食らってましたけど」
深夜のメールボックス。
“選考結果のご案内”という件名。
開いた瞬間に分かる、あの独特の冷たさ。
「今は、ボツを出す側で、“こっちのほうが続き読みたいでしょ”って台本に差し替えられてる。
それはまあ……ラノベ志望として、けっこう救われてる気がします」
「いい傾向ね」
黒瀬は小さく頷いた。
「ボツを知っている人間がボツを出すとき、少なくとも“楽をするため”にはボツにしないから」
「その台本の中にいる人間のことは、一応想像しますからね」
ミアが、窓から勇者の背中を見送っていた世界。
エイルが、「いなくなればうまくいく」なんて本気で思い込んでいた世界。
どちらも、“そのまま放置する”という選択肢は、もう取れそうにない。
「……まあでも」
ルナが、にこにこと身を乗り出してくる。
「2件連続で“犠牲なしクライマックス”通したってことはですよ?
そろそろ『死んで盛り上げるルートは古い』って、ハッキリ言ってもいいんじゃないですか?」
「部署として公式見解にするには、まだサンプルが足りないわ」
黒瀬はあっさりばっさり。
「でも、“少なくともこの二世界では、その通りだった”とは言えるわね」
スクリーンには、案件No.0001・0002の一覧が出ていた。
どちらも「削除候補:解除」の文字が並んでいる。
【案件No.0001:辺境村少女ログ】
・代償テンプレ:ボツ
・修復ルート採用:ミア生存
【案件No.0002:王立魔法学園ログ】
・代償テンプレ:ボツ
・修復ルート採用:エイル生存
「“死んだほうがきれい”って言い訳、少なくともこの二つには通用しなかったわけね」
「ですね」
自分で言っておきながら、胸の奥がすこしだけ軽くなった。
◇
「さて。案件No.0002に関する審査会は、以上とします」
黒瀬が手元の端末を操作し、会議終了の合図を出した。
「七色結界ルートの詳細ログは、ストーリー課のアーカイブに保存。
“犠牲なしでも盛り上がるクライマックス”の参考事例として扱うわ」
「やった〜、“成功事例”タグ付きですよ、三城さん!」
「なんか、研修教材にされそうで怖いんだけど」
「そのうち、『犠牲に頼らないクライマックス設計入門』講師とか頼まれるかもね」
「いやその講師は黒瀬さんでしょ……」
そんな軽口を交わしているときだった。
頭上のスクリーンの端で、小さな通知が点滅した。
【観察者:ステータス更新】
「あ」
ルナが最初に気づいた。
「エイルさんの世界から――」
「離れた?」
俺の問いに、黒瀬がすぐログを開く。
【観察者:閲覧対象変更】
・案件No.0002/エイルログ
→ 閲覧頻度:通常レベルに低下
・新規閲覧対象:案件No.0003/ヒロインログ
→ 閲覧開始
「……また、別の世界のヒロインに張り付いたわけね」
黒瀬が、わずかに目を細める。
「ログの薄い子、ですか?」
「まだそこまでは見えないけど。
“誰か一人だけ、妙に印象値の低い世界”が、もう一つ見つかったってことよ」
スクリーンには、まだタイトルも何も表示されていない新規案件の番号だけが、ぽつんと浮かんでいた。
No.0003。
「……休む暇ないですね」
思わず苦笑いが漏れる。
「ストーリー課だもの」
黒瀬は、当たり前のように言った。
「テンプレ転生をボツにして、削除されかけの世界を一つでも多く“続きが読みたい物語”に変える。
そういう部署でしょ、ここは」
「ですね〜!」
ルナが元気よく手を挙げる。
「次の世界の“いなくてもいい子”も、真ん中まで連れていきましょう!
ボツテンプレは、ぜんぶボツにしちゃいましょう!」
「いやボツにするのは、ちゃんと検討してからね?」
とは言いつつ、俺も立ち上がった。
「……じゃあ、次も行きますか」
No.0003の表示を見上げながら、自分でも驚くくらい自然に、そう言葉が出てきた。
死ぬ前、部屋の隅で一人で書いていた原稿は、結局どれも世に出なかった。
でも今は――
誰かの“次の人生”になっている物語の中に潜り込んで、
「死んで終わる予定だったヒロイン」を、ちゃんと最後まで連れて行ける。
それは、ラノベ志望として、これ以上なく贅沢な仕事だ。
「次の案件の資料が出たら、また共有するわ」
黒瀬が会議ファイルを閉じながら言う。
「その前に、休憩挟んでもいいけど?」
「じゃあ、コーヒーだけ飲ませてください。
続き読む前に、一回落ち着きたいタイプなんで」
「そこは読者として正しいわね」
黒瀬の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
スクリーンの隅で、No.0002のログがゆっくりと縮小され、
代わりに、No.0003の仮ウィンドウが静かに開き始めていた。
――次の“ボツにされかけている物語”は、どんな世界だろう。
そんなことを考えながら、俺はストーリー課のドアをくぐった。




