第12話 七色の光、みんなで守るクライマックス
結界塔の床が、びりびりと震えた。
頭上に投影された映像の中で、巨大な獣型の魔物が結界に体当たりしている。衝撃波が波紋のように走るたび、塔の中央に立つエイルの肩がびくりと揺れた。
「結界負荷、さらに上昇。維持班、出力をもう一段階上げる」
ラウル教務主任の声が、塔内に響く。
「エイル・ヴァレンシュタイン――中心出力を、三割増しに」
「……っ、は、はい!」
エイルの足元の魔法陣が、眩しいほどに光を増す。白っぽかった光が、うっすらと色を帯び始めていた。
「三城さん」
肩の上のミニルナが、小さく耳をぴこっと動かす。
【代償テンプレ:適用トライ / 条件 残りわずか】
【候補シーン:
・中心への過負荷→倒れる
・結界に亀裂→前線崩壊
・主人公覚醒イベント誘導】
(はい出ました、“ここで一回倒れて盛り上がる”案)
ワールドコアの別レイヤーで、赤い輪がエイルのタイムラインにぴったり張り付く。ちょっと足を滑らせた瞬間、そのまま「予定された破綻シーン」に滑り落ちる、いやな感触だ。
◇
「エイル、大丈夫か!?」
結界塔の壁面に映る前線で、ユウトが狼型の群れを斬り払いながら叫んだ。
「こっちは平気だから――無理すんな!」
エイルのいる塔の位置は、前衛からは見えない。ただ、結界越しに伝わってくる魔力の揺れだけで、彼女の状態を感じ取っているのだろう。
「……だいじょうぶ、です」
エイルは小さく答えた。声は震えていたが、それでも前を向いたまま。
ミニルナの HUD に、彼女の状態が数値で表示される。
【エイル:魔力残量=63%/精神負荷=高】
視界の端がチカチカと白く瞬き、握った指先の感覚が少しずつ薄くなっていく。膝の奥が、じん、と鈍く痺れているのが遠目にも分かった。
(自己評価、また下がりかけてるな)
このまま押し切れば、「ここで私が倒れれば、うまく収まる」ほうに心が傾きかねない。
それこそ、代償テンプレの思うツボだ。
◇
「――エイル」
俺は、意識だけワールドコア経由で彼女の近くに寄せる。
塔の中央。光の装置に手を伸ばしているエイルの背中が見えた。額には汗。肩で息をし、足元はふらついている。
それでも、必死に魔法陣から目を逸らすまいとしていた。
(視線の向こうは結界。結界の向こうは――学園全員)
その「全部」を、一人で抱え込もうとしている。
だからこそ、代償テンプレにとっては“最高の素材”なんだろう。
……だが、知るか。
「エイル」
今度は、はっきり名前を呼んだ。
彼女の肩が、小さく跳ねる。
「き、聞こえてます……」
かすれた声。けれど、ちゃんと届いている。
「君に任されたのは、“全部一人で抱える役”じゃない」
「……え?」
「君がやってきたのは、“みんなの力を繋ぐ”ってことだろ」
模擬戦で、ユウトと一緒に初めて成功させたコンボ。
ダンジョン実習で、リオやジンやメルティアたちの魔力を自然に整えていた、あの感覚。
そして――保健室での、あの本音。
『“私がいなくなればうまくいく”みたいな終わり方は、いやです』
『ちゃんと、みんなで笑って終わりたい』
「“いなくなればいい”じゃなくて、“いてくれたほうがいい”って終わり方にするんだろ」
ワールドコアに残っている彼女のログが、淡く光るのが見えた。その光が、赤い代償テンプレの輪を、じわじわと内側から押し返していく。
「だったら――」
俺は、笑いながら言う。
「一人で支えるんじゃなくて、“みんなで支える形”にしてやれ」
◇
エイルの眼が、ぱちりと開いた。
塔の中。光の装置の根元から伸びる魔力ラインが、学園全体へと繋がっている。
その手前――結界維持班の魔法陣が、円形に並んでいた。そこには、一緒に実習を回った面々の姿もある。
真面目に魔力を送っているユリウス。額に汗を浮かべたミーナ。ちょっとふらついているカトリーヌ。
結界塔の外側では、支援班のジンが風魔法で前衛を押し返し、ヒロインBが回復の光を飛ばしている。
その全員の魔力が、今は“自分に向かって流れ込んでいる”――そう感じた瞬間。
(ひとりじゃない)
胸の奥で、何かがかちりと噛み合った。
「……エイル?」
ラウルが怪訝そうに眉をひそめる。
「出力が不安定になるのは困るぞ。今は――」
「不安定にはしません」
エイルはきっぱりと言った。自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。
「でも、“一人だけ”受け止めるのは、やめます」
その言葉に、塔の中の空気がぴんと張り詰める。
◇
「――みんな」
エイルは、全員のほうを見渡した。
「わたし……みんなの魔力を、ちゃんと見られるようになってきました」
模擬戦のログ。ダンジョン実習のログ。
ワールドコアに蓄積されたそれらが、彼女自身の感覚として結びついていく。
「だから、その……」
少しだけ頬を赤くしながら、それでも言葉を続ける。
「“結界を支えるの、手伝ってください”じゃなくて。
“みんなで守る結界にさせてください”って……言っても、いいですか」
沈黙。
一瞬、本当に一瞬だけ――塔の中も、外の戦場も、時間が止まったような気がした。
次の瞬間。
「何言ってんだ、最初からそのつもりだぞ?」
リオの笑い声が、魔力ライン越しに響いた。
「お前が合図出してくれるなら、何度でも力貸すっての!」
「出力調整は任せろよ」
ジンが肩をすくめる。
「先生の講義、ちゃんと覚えてるからな?
“合わせて打てば気持ちいい”ってやつ」
「わ、私も……」
支援班のヒロインBが、柔らかく微笑んだ。
「一人の結界を支えるより、みんなの魔力を繋ぐほうが、きっと綺麗です」
塔の中でも、ユリウスが静かに頷く。
「合理的かは分からんが……少なくとも、“誰か一人が限界まで抱える”よりは健全だな」
「……まったく」
ラウルが小さくため息をつく。
「合理性より感情が先に立つのが、君たちの悪いところであり――羨ましいところだな」
その口元が、かすかに笑ったように見えた。
「やってみろ、ヴァレンシュタイン。理論は後から検証すればいい」
「は、はい!」
◇
「ミニルナ」
俺が呼ぶと、肩の上の使い魔がぱっと手を上げる。
「はいはい、“みんなで守る結界”構造、ワールドコアに全力で提案しときますね〜」
【代替構造案:
名称仮:七色結界ルート】
【要素:
・中心一点集中→全体分散
・犠牲イベント→共同クライマックス】
「代償テンプレの縁っこ、片っ端からこのルートに繋げちゃいます」
ミニルナの指先から、細い光の線が走る。
赤い輪の外縁を、青・緑・黄・橙・紫――さまざまな色のログが、少しずつ侵食していく。
【代償テンプレ:適用トライ/干渉検知】
【七色結界ルート:優先度 上昇】
(よし、押せる)
◇
「――いきます」
エイルが、静かに目を閉じた。
次の瞬間。
塔の中央の装置から伸びる光が、ぱっと七色に分かれた。
赤、青、緑、黄、橙、紫、白。
それぞれの色の筋が、結界維持班一人ひとりの魔法陣へと伸びていく。さらにその先――前衛、支援へと繋がり、学園全体を一周するように巡っていく。
「な、なんだこれ……!」
前線で剣を構えていたユウトが、思わず空を仰いだ。
頭上の結界が、透明な膜から、薄い七色のドームへと変わっていく。
まるで誰かが、朝焼け前の空に、巨大な虹を裏返しに貼りつけたみたいに。
魔物の牙が食い込み、鉤爪がぶつかるたび――七色の光が、火花のように弾け飛ぶ。
「結界強度……上がってます」
塔の中で、ラウルが驚きに目を見開く。
「しかも、負荷が全体に散っている。ヴァレンシュタイン嬢、これは――」
「みんなの魔力、“バラバラのまま足される”んじゃなくて……」
エイルが、自分でも確かめるように呟く。
「噛み合わせのいい形に、組み替えてるだけです」
赤いラインは、火力担当のヒロインAとユウトへ多めに。
青と緑は、支援班と回復担当へ。
橙や黄は、前衛の足回りや視界強化へ回す。
そして、全体を結ぶ白い光が、七色を一つに束ねていく。
「私一人の魔力じゃ、こんな結界、絶対持たないから……」
エイルは微笑んだ。
「みんなの魔力を、“ちゃんと借りる”だけです」
◇
その瞬間――ワールドコアの表示が、がらりと変わる。
【代償テンプレ:適用トライ → 失敗】
【理由:対象イベント構造変更/
“中心への過負荷”条件崩壊】
【七色結界ルート:
状態=暫定採用/評価待ち】
赤い輪が、ぴしりと音を立ててひび割れた。
代わりに、七色の輪がゆっくりと広がり、この防衛実習イベント全体を包み込んでいく。
「……やったな」
思わず小さく笑いが漏れる。
◇
「前衛班、全力で押し返せ!」
グレンの怒号が、広場に響いた。
「結界は持つ! 今度はお前らが見せる番だ!」
「よっしゃああああ!」
リオが吠え、ユウトが続く。
「エイルが繋いでくれてるんだ! ここで決めるぞ!」
彼の掌に灯る火は、最初に見た“か細い火花”とは比べ物にならなかった。
七色の結界から流れ込む魔力が、彼の中で真っ直ぐな炎に変わっていく。
「――《フレイム・ライン》!」
一直線の炎が、魔物の群れを貫いた。
ヒナが、その隙を逃さず追撃する。
「支援のタイミング、ばっちりよ!」
ヒロインBが回復の光を流し込み、ジンが風の壁で反撃を防ぐ。
全員の動きが、これまでで一番滑らかに噛み合っていた。
「……見事だな」
塔の中で、ラウルがぽつりと呟く。
「犠牲なしで、ここまで守れるとは」
「“誰か一人が倒れる”前提じゃなくても、クライマックスは作れますよ」
俺は肩をすくめる。
「むしろ、そのほうが読みたいです、俺は」
◇
最後の一体が倒れた瞬間――結界にかかっていた圧力が、ふっと軽くなった。
【防衛実習イベント:成功】
【削除判定:保留 → 再評価】
頭上のワールドコアディスプレイに、そう表示される。
(これで、“このイベントで即削除”は回避、か)
正式な決定は、輪廻庁に戻ってからの会議になる。
それでも――代償テンプレの縁が剥がれ落ちた今、この世界の未来はだいぶ書き換えられた。
◇
「エイル!」
塔の外から、階段を駆け上がってくる足音。
扉が勢いよく開いて、ユウトが飛び込んできた。
「だ、大丈夫か!? 倒れてないか!?」
「う、うん。ちょっと、くらくらするけど……」
エイルは、魔法陣の上でへなへなと座り込む。慌てて駆け寄ったユウトが、その肩を支えた。
「よ、よかった……なんか結界、すごいことになってたからさ」
「ユウトくんたちが、ちゃんと応えてくれたから、ですよ」
エイルは、うっすらと笑う。
「みんなの魔力、ちゃんと繋がってるの、分かりました」
「いやいやいや、今日のMVPはエイルだって!」
後ろからリオが顔を出す。
「先生もそう思うだろ?」
そう言われてしまっては、講師としても答えざるを得ない。
「……まあ、今回の防衛実習に関しては」
わざと少しもったいつけてから、にやりと笑った。
「“いてくれて助かった”って思ったのは、間違いなく君だな、エイル」
「っ……」
エイルの頬が、一気に赤くなる。
ミニルナの HUD に、ちいさな表示が浮かんだ。
【エイル:自己評価=
“いなくてもいい” → “いてもいいかもしれない” → “いてよかった”】
(そのログ、大事に取っとけよ、ワールドコア)
今度こそ、彼女の物語の中で“いなくなれば収まりがいい役”なんて、二度と戻ってこないように。
◇
「さ、ひとまず解散だ」
グレンが塔の入口から顔を出し、全体に声をかける。
「後片付けと報告はあとでやる。まずは水飲んで、息整えろ。倒れたらイリアに説教されるのは俺だからな」
「先生そこなんですね……」
ジンのぼやきに、疲れた笑いが広がる。
保健室の赤い髪のお姉さんの顔が、ふっと脳裏によぎった。
(イリア先生、“生きて終わったらお茶会”って言ってたな)
あの約束を、ちゃんと果たせる形でここまで来られた。
それだけで、この実習は十分“読む価値あり”のクライマックスだと胸を張れる。
◇
結界塔の外――学園の空には、まだうっすらと七色の残光が残っていた。
それは、誰か一人の犠牲じゃなく、
みんなで守り抜いた証として世界に刻まれた光だった。




