第11話 防衛実習開始、テンプレとの正面衝突
学園防衛実習当日の朝。
王立魔法学園の外縁に張られた透明な結界が、いつもよりわずかに厚く、重く見えた。
その向こう側――結界外の荒野には、実習用とはいえ見た目は本物と変わらない魔物たちが、ずらりと並んで待機している。
「……でっかいイベントの幕開けって感じですねえ」
肩の上でミニルナが、観客でも眺めるみたいな声を出す。
「こっちは“イベント失敗=世界ごとボツ候補”なんだけどな」
俺は苦笑しつつ、視界の端に浮かぶワールドコアのウィンドウをちらりと見た。
【案件No.0002/王立魔法学園】
【進行中イベント:学園防衛実習】
【削除猶予:本イベント終了時まで】
【代償テンプレ侵入度:高】
(そりゃ緊張もするわけだ)
背中にじっとり汗が張り付く感覚を、ジャケット越しに意識する。
結界の内側――広場に整列した一年生たちの顔色も、期待と不安がごちゃ混ぜになっていた。
「静粛に」
前に立ったラウル教務主任が、杖の石突きで地面を軽く叩く。
「これより、一年生全員による学園防衛実習を開始する」
よく通る声が、広場のざわめきをすっと静めた。
「説明はすでに行ったとおりだが――確認しておこう。
結界外から段階的に召喚魔物が侵入を試みる。
前衛班は外縁で迎撃。支援班は後方から援護。
そして――」
ラウルの視線が、中央の塔の上部へと向く。
「結界維持班は、最後の盾であり要だ。
ここが落ちれば、その時点で防衛失敗と見なす」
ざわ、と生徒たちの間で空気が揺れた。
結界維持班の中列に、エイルの姿がある。
きゅっと口を結び、緊張したまま前を見ていた。
「適性の高い者ほど、重い場所に立つ。
それが、“守る側”の理屈だ」
ラウルはそう締めくくると、ちらりとこちら――臨時講師席に視線をよこした。
昨日かわしたやりとりが、頭をよぎる。
(“誰か一人が犠牲になれば盛り上がる”って台本は、うちでは真っ先にボツ――ね)
ラウルは、わずかに目を細めてから、何も言わずに正面へ向き直った。
「では、各班ごとに持ち場へ移動。
グレン、前衛班の指揮を」
「了解」
戦闘実技教師のグレンが一歩前に出る。
「前衛班、俺について来い!
火傷と骨折はイリアがどうにかしてくれるが――死ぬなよ!」
「先生、それフォローになってないです!」
リオが叫び、ジンが「死ぬ前提やめろ!」とツッコむ。
それだけで、少しだけ張りつめた空気が和らいだ。
◇
「じゃ、先生。俺ら、行ってきます」
前衛班に合流したユウトが、軽く拳を握って見せる。
「エイルの結界、信じてますから」
「う、うん……がんばるね」
エイルは小さく頷き返した。
その瞳には、昨夜の保健室での迷いよりも、ずっと強い光が宿っている。
(“いなくなればいい終わり方はいや”か)
あの一言で、代償テンプレの食い込みが、ほんの少し弱まったのをワールドコア越しに見たばかりだ。
ここから先は――その“揺らぎ”を、本筋に変えられるかどうかの勝負になる。
◇
前衛班と支援班が所定位置に散っていき、結界維持班は中央の塔に集められる。
「結界維持班の担当教員は、私と――」
ラウルが言いかけたところで、グレンが口を挟んだ。
「もう一人、外部監査のミシロ先生にも結界塔に入ってもらう。
“理論面の監視”ってやつだ」
「現場で転けたら、全部俺の責任みたいになりません?」
「お前が昨日“死なせない台本にする”ってドヤ顔で言ったんだろ」
グレンが俺の肩をどん、と叩く。
「軽口の責任、ちゃんと取ってもらうからな。
――結界維持班、塔の中へ移動!」
◇
結界塔の内部は、外から見たよりもずっと広かった。
円形の部屋の中央に、ワールドツリーのミニチュアみたいな魔力装置がそびえている。
透明な樹脂と金属が絡み合った幹の内部を、液体みたいな光が上下に流れていた。
枝のように伸びた光のラインが、天井の結界と学園全域に繋がっている。
「ここが、簡易ワールドコア……じゃなくて、学園の結界制御装置ですね〜」
ミニルナが小声で言い直す。
(言い直したな今)
部屋の縁には、複数の魔法陣が刻まれた足場があり、そこに結界維持班の生徒が一人ずつ立つ。
「ヴァレンシュタイン嬢は中央だ」
ラウルの指示で、エイルが装置のいちばん近くの陣へと案内される。
「えっ、ちょっ、中央って――」
「お前が“器用貧乏”だって話、グレンから散々聞かされている」
グレンが口元だけで笑う。
「いろんな属性を繋ぐには、器用貧乏が一番向いてるんだとよ。
――やってみろ、ヴァレンシュタイン」
「……はい」
エイルは深呼吸を一つして、魔法陣の中心に立った。
その瞬間、ミニルナの HUD に新しい表示が浮かぶ。
【結界維持班構成:
中心=エイル・ヴァレンシュタイン
周辺=ユリウス/ミーナ/カトリーヌ/他】
【条件:外縁突破時、中心への負荷集中傾向あり】
(“集中させる”構造が、もともと仕込まれてるってわけか)
ワールドコア側の、別レイヤーの表示も重なる。
【代償テンプレ:
トリガーポイント候補=
・結界維持班中心の過負荷
・エイル単独の負傷/倒壊】
見るからに嫌な予告だった。
◇
前線の様子は、塔の壁面に投影されている。
荒野に、魔物の群れが現れる。
狼型、獣人型、飛行型――いずれも「実習用」に調整された安全なスペック……のはずだったが。
「三城さん」
肩の上のミニルナが、ぴこっと耳を動かす。
【実習モンスター群:
難度補正値 +1】
HUD に小さな赤文字が灯った。
「予定より、一段強くなってますね〜」
「勝手にハードモードにすんなよ」
思わずぼそっと漏らす。
「教務主任の指示?」
「いえ……調整ログの出どころが変ですね」
ミニルナが、スクロールするログを見せてくる。
【難度補正リクエスト:
発信元=観察者モジュール】
(観察者、お前か。視聴率欲しいだけじゃないだろうな)
誰が敵で、誰が味方なのか。
今の時点では「ただ見てるだけ」なのかもしれない。
ただ確かなのは――そいつが“盛り上がる展開”を期待している可能性が高い、ということだ。
◇
「前衛班、配置完了!」
塔の壁面に映るグレンの声が、塔内にも響いてくる。
「支援班、魔力チャネルを開け!」
支援班の方位陣が光り、前衛へと細い魔力の流れが繋がる。
塔内では、ラウルが結界装置に手をかざした。
「結界維持班、魔力注入開始。
負荷を見て、私が調整する。
――始めるぞ」
床の魔法陣が、一斉に光り出す。
エイルの足元の魔法陣から、ふわりと七色の火花のようなものが立ち上った。
(お、いい感じに“色”が見えてきたな)
その光はまだ弱い。
けれど、模擬戦やダンジョン実習で何度も積み重ねてきた“いてもいい子ログ”が、たしかにここに繋がっていた。
◇
外縁がざわめく。
狼型の群れが一斉に突撃し、前衛の盾と剣に噛みつく。
「リオ、右から来る!」
「分かってるって!」
ユウトとリオがほぼ同時に動き、二人の魔力を合わせた斬撃で前列の魔物を弾き飛ばす。
「ジン、風で押し返せ!」
「了解了解!」
支援班のジンとヒロインBが、風と回復で前衛をフォローする。
画面の中の動きは、“ちゃんと訓練になっている実習”の範囲に収まっていた。
問題は――。
「……ここから、なんですよねえ」
ミニルナが小さく呟く。
【シナリオ原案:防衛実習 中盤イベント】
【想定展開:
・魔物第二波→結界に直接干渉
・結界維持班中心への負荷急増
・エイル倒れる→結界亀裂→ユウト覚醒】
ワールドコアの「原案」の欄に、容赦なく書いてある。
(ほんと、犠牲テンプレ好きだなこの構造)
ため息をつく間もなく、塔がかすかに震えた。
【魔物 第二波 出現】
壁面の映像が、飛行型の魔物と、魔法を撃ってくるタイプの敵で埋め尽くされていく。
遠距離攻撃が、結界に直接叩きつけられた。
「結界出力、上昇。維持班、魔力増量を」
ラウルの声が、室内に響く。
「エイル・ヴァレンシュタイン、出力を二割増しに」
「は、はいっ」
エイルの陣が、一段と強く輝く。
周囲の生徒たちからも魔力が流れ込み、結界の表面に波紋が広がった。
同時に――ワールドコア側の表示が、じわりと色を変える。
【代償テンプレ:適用準備 → 適用トライ】
(もう“押し込み”に来たか)
赤い輪が、エイルのタイムラインにぴたりと寄り添う。
このまま負荷が上がり続ければ、「ここで一度倒れて盛り上げる」ルートに強制的に誘導される。
◇
そのとき。
「やっぱ、この展開だよなあ……」
塔の隅で、支援側の魔力ラインモニターを見ていたカイが、ぽつりと呟いた。
「“ここでエイルが一回倒れて”、主人公が“俺に力を貸してくれエイル!”って覚醒するんだよ。
ゲーム版の防衛実習、マジで泣ける――」
「カイ」
名前を呼ぶより早く、俺は彼の肩をつかんでいた。
「……っ、ミシロ先生?」
「前にも言ったよな」
なるべく穏やかな声を意識しながら、言葉を選ぶ。
「“誰かが倒れれば盛り上がるルート”は、こっちじゃ真っ先にボツだって」
「で、でも……
そういう“犠牲の美学”って、物語としては王道じゃないですか?」
カイは戸惑いながらも、それでも原作ファンとしての感覚を擁護しようとする。
「俺、前の世界で何周もやったんですよ。
あそこでエイルが倒れるからこそ――」
「エイルが“いないと成り立たないラスト”って、
本当に“いい物語”か?」
カイの言葉を遮ったのは、自分でも驚くほどストレートな一言だった。
「“死んだ瞬間が一番の見せ場”ってキャラ、
見てる側には気持ちいいかもしれない。
でも、そのあとの世界で、誰かがずっと“いないまま”なんだぞ」
塔の中央で、エイルが必死に結界を支えている姿が映る。
隣で魔力を送り続けるユリウスも、歯を食いしばっていた。
「俺は、そういうの、もう十分見てきた」
生前、いくつも読んできた“犠牲の物語”。
輪廻庁に来てから、実際に“犠牲になった側の人生ログ”を見せつけられてきた。
「だから、ここに関わる限り――」
自分自身に言い聞かせるように、言葉を続ける。
「“みんなで生きて勝つルート”以外は、全部ボツにする」
カイはしばらく黙っていたが、やがて、小さく笑った。
「……先生、ほんと、変わってますね」
「褒め言葉として受け取っとく」
「俺、原作厨だったからなあ。
“盛り上がるなら誰か死んでも仕方ない”って、
どっかで思ってたのかも」
カイは、塔の中央――エイルの背中を見つめる。
「でも、“こういうバージョン”も見てみたいです」
「そう言ってくれるなら、助かる」
◇
その間にも、外の戦況はじわじわと変化していた。
【魔物 第三波 出現】
巨大な影が、結界にぶつかる。
塔全体が、びり、と震えた。
「結界負荷、急上昇。
維持班、さらに出力を――」
ラウルが指示を飛ばし、周囲の生徒たちが一斉に魔力を注ぎ込む。
エイルの魔法陣が、眩しいほどに光り出した。
(まずいな……)
ワールドコアの別レイヤーに、赤いエラー線が走る。
【代償テンプレ:適用トライ → 条件ほぼ充足】
【候補シーン:
・エイル、過負荷で倒れる
・結界に亀裂
・ユウト側に“覚醒イベント”誘導】
「エイル!」
俺は、思わず彼女の名を呼んでいた。
エイルが、振り向きそうになる。
だが、ラウルの声がそれを遮った。
「前を見ろ、ヴァレンシュタイン!
結界から目を逸らすな!」
「……っ!」
エイルは再び正面へ向き直る。
額に汗が光り、膝がわずかに震えているのが、遠目にも分かった。
「三城さん」
ミニルナの声が、耳元で低くなる。
【観察者アクセス:最大】
HUD に、エイルのログへのアクセス数がこれまでにない勢いで積み上がっていく。
「今、この瞬間を、ほぼ全読み込みしてますね〜」
(やっぱり、“ここ”が見たいわけか)
代償テンプレは適用トライ。
観察者は最大注視。
原案シナリオは「ここで一度折れる」前提。
全部ひっくるめて――ここが、この案件の“テンプレとの正面衝突ポイント”だ。
「ミニルナ」
「はいはい」
「代償テンプレの縁、片っ端から“揺らぎ”ログに繋げられないか」
「お、強気ですね〜。
模擬戦とダンジョン実習で作った“別ルート候補”、総動員してみましょうか」
ミニルナが、ぱっとウィンドウを開く。
【代償なしクライマックス候補:
・模擬戦 共同コンボ勝利ログ
・ダンジョン連携成功ログ
・“みんなで守りたい”願いログ】
「これらを、“ここから先”の選択肢としてワールドコアに再提示します」
「頼んだ」
◇
塔の中で、エイルがぎゅっと目を閉じる。
その背中に、今まで積み上げてきた小さなログ――
あの模擬戦の歓声も、ダンジョンでの「助かった!」という声も、
保健室での「一緒に卒業したい」という願いも――
全部、重なっていくのが見えた。
ワールドコアの表示が、かすかに揺らぐ。
【代償テンプレ:適用トライ中】
【代替構造候補:七色結界ルート/優先度 上昇中】
(まだ決まりじゃない。
ここから先を、どう“書く”かだ)
塔の外では、ユウトたちが必死に前線を支えている。
結界の内側では、エイルが全員の魔力を繋ぎとめている。
そして、ワールドコアの奥底では、
“誰かに死なせて終わるテンプレ”と、“みんなで生きて勝つ物語”が、静かにぶつかり合っていた。
「さあ――」
俺は、結界装置の側面に手を置き、ワールドコア経由でこの世界の“物語の流れ”に触れる。
「ここから先は、こっちの書き方を、見せてやろうか」
赤い輪が、かすかにきしむ音を立てた気がした。
防衛実習は、まだ折り返し地点。
本当のクライマックスは、このあとだ。
“死ぬ役”じゃないヒロインが、世界のど真ん中で、生きて立つ瞬間を――
今度こそ、ちゃんと最後まで見届けるために。




