第9話 防衛実習と、“誰も死なせない”物語
訓練用ダンジョンから戻るころには、空がすっかりオレンジ色に染まっていた。
校門をくぐると、パーティ1の面々が一斉に伸びをする。
「ふーっ……でもさ、思ったよりちゃんと“冒険”だったよな!」
リオが頭の後ろで手を組んで笑う。
「お前、中盤で三回はこけてたけどな」
「ジンそれ言う? お前だって一回――」
「はいはい、続きは更衣室でやれ」
俺が苦笑いで遮ると、メルティアがお姉さんスマイルでまとめに入った。
「今日はおつかれさま。ちゃんと休んでね〜。明日、筋肉痛で授業サボっちゃダメだよ?」
「う……がんばります」
エイルは、少しふらつきながらも笑っていた。
顔には疲労の色があるが、それ以上に――どこか誇らしさが混じっている。
「みんな、ちゃんと部屋まで戻れよ。倒れたら保健室に運ぶ手間が増えるからな」
「先生の心配ポイントそこですか!?」
リオのツッコミに、校門前が笑いに包まれる。
ひと通り解散の空気になったところで――背後から声が飛んできた。
「ミシロ先生。少々、お時間よろしいですかな」
振り向くと、教務主任のラウルが立っていた。
相変わらず、整った身なりと落ち着いた物腰だ。
「防衛実習の件で、少しお話を」
「……分かりました。みんなは先に戻っててくれ」
俺がそう言うと、ユウトたちは「はい」と返事をして、それぞれ寮のほうへと散っていった。
エイルも、何度か振り返りながら、メルティアと一緒に歩いていく。
肩の上で、ミニルナが小さく首をかしげる。
「三城さん、これは“先生同士の真面目なやつ”ですね〜」
「たぶんな」
俺はラウルに促されるまま、校舎脇の小さな応接室に入った。
◇
応接室は、こじんまりとしているが整然としていた。
壁際には書棚。テーブルの上には、学園の紋章入りのポットとカップ。
「本日のフィールド実習、拝見していました」
ラウルは、淡々とポットの湯を注ぎながら言った。
「――正直、少々驚きましたよ。あの問題児クラスが、ここまで連携できるとは」
「先生方の指導の賜物ですよ」
「いえ、そこに“外部の風”が吹き込んだのは明らかです」
ラウルの視線が、じっとこちらを射抜く。
「ユウト・アステル。リオ・ハート。ジン・クレイ。そして――エイル・ヴァレンシュタイン」
エイルの名前のところで、ほんの少しだけ間があった。
「特に、彼女の動きは興味深かった。
無属性、平均以下――そう評価されていた生徒が、パーティの“要”として機能していた」
「そう見えたなら、何よりです」
「ただ――」
ラウルは湯気の立つカップを一つ、俺の前に置いた。
「防衛実習では、印象が大きく変わるでしょう」
「防衛実習、ですか」
「既にご存知でしょうが、学園全体を巻き込む大規模な訓練です」
淡々とした口調のまま、ラウルは説明を続ける。
「結界の内側に学園都市を想定し、外縁から魔物の群れを模した存在を押し当てる。
前衛班が迎撃し、支援班が補助し、結界維持班が“最後の壁”となる」
「ワールドコア案件No.0002の“山場”ですね〜」
ミニルナが、俺の肩の上で小さく囁く。
ラウルはそれに気づくはずもなく、冷静に言葉を重ねた。
「当然、最も重要なのは結界維持班です。
魔力適性の高い者、集中力のある者、そして――」
そこで、わずかに目を細める。
「“世界の負荷を背負う覚悟があるかどうか”」
「ずいぶん大きなものを、生徒に求めるんですね」
「世界の存続を想定した訓練ですから」
ラウルは、事務的な微笑みを浮かべた。
「もちろん、実習で命を落とさせるつもりはありません。
しかし――現実のほうでは、そうもいかない局面がある」
テーブルの上に、指で小さな円を描く。
「最も適性のある者が、一番危険な場所に立つ。
それが、世界を守るうえで“合理的”な形です」
「“犠牲”の話ですね」
「言葉の選び方に感情を持ち込みたくはありませんが……そう言ってもいい」
ラウルは微笑みを崩さない。
「誰かが負荷を引き受けることで、多くの者が救われる。
物語としても、それは“分かりやすい構図”でしょう?」
――分かりやすい。
だからこそ、テンプレとして乱用されてきた類の構図だ。
肩の上で、ミニルナの HUD がそっと開く。
【人間側ログ:
“最も適性のある者が、最も危険な役割を担うべき”】
【タグ:合理/代償肯定】
ワールドコアの別レイヤーに、赤い線が一本引かれていくのが見えた。
「ミシロ先生」
ラウルの声が、こちらに向けられる。
「あなたは――どうお考えですか?」
「どのあたりについて、でしょう」
「“犠牲も必要だ”という前提についてです」
ラウルは、穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
「すべてを救うことはできない。
誰かが身を挺して、物語を先に進める。
その結果として、世界が安定するのであれば――」
声のトーンが、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「その選択を、“間違い”と断じますか?」
◇
少しだけ、黙った。
湯気が、カップの縁から静かに上がっていく。
ラウルの言葉は、極端ではない。
現実の戦場や災害を知る人間なら、一度は考える種類の話だ。
それでも――。
「物語としてなら、答えやすいですね」
俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「“誰か一人が死ねば盛り上がる”っていう台本は、こっちの課では真っ先にボツです」
「こっちの課?」
「……比喩です。外部の物語視点、とでも思ってください」
ラウルが、興味深そうに眉をわずかに上げる。
「犠牲そのものを、全否定するつもりはありません。
誰かが、自分の意思で何かを差し出すことを、他人が勝手に“間違いだ”と断じるのも違う」
俺は、カップを指でなぞりながら続けた。
「でも、“そのほうが分かりやすいから”とか、“盛り上がるから”って理由で、
最初から誰か一人を死に役に据えておくのは――」
視界の隅で、エイルの笑顔がよぎる。
スライム相手に必死で声を張り上げていた、小さな背中。
「物語としては、手抜きだと思うんですよ」
ラウルの微笑が、ほんのわずかだけ薄くなる。
「手抜き、ですか」
「“ここで誰かが死ねば、読者は泣くだろう”“視聴者は盛り上がるだろう”
――そういう、安直な期待に乗っかった構造です」
肩の上で、ミニルナがこくこく頷いている。
「この世界には、他にも盛り上げ方があるはずです。
誰も死なずに、誰も“いなくてもいい子”扱いされずに、
それでもクライマックスとして成立する道が」
「理想論だ、と言われることを恐れませんね」
ラウルは、穏やかだがどこか測るような目でこちらを見ていた。
「現実の歴史を見れば、“代償なしの勝利”などほとんど存在しません。
戦争も、災厄も、誰かの犠牲の上に今が成り立っている」
「それはそうでしょうね」
「では――物語の中だけは“きれいごと”で良い、と?」
「物語だからこそ、“別の形”を見せるべきだと思います」
自分でも驚くくらい、すんなりと言葉が出た。
「現実が厳しいからこそ、
“犠牲に頼らないで済む勝ち方”を、一度くらいは見せてみたい」
少なくとも、“死んだほうが盛り上がる役”にされたヒロインたちには、そう言いたい。
「――ふむ」
ラウルは、わずかに目を伏せた。
「ずいぶん、物語を理想化しておられる」
「職業柄、ですね」
「しかし、学園としては“最悪の場合”を想定しないわけにはいきません」
ラウルの声が、再び合理的なトーンに戻る。
「防衛実習は、あくまで訓練です。
ですが――同時に、“もしものとき”に誰がどこまで負荷を背負えるかを見る機会でもある」
テーブルの上の空気が、ほんの少しだけ冷たくなったような気がした。
「適性のある者が、安全な場所に隠れていては世界は守れない。
あなたも、そのことは理解しておられるでしょう?」
「理解はしてますよ」
理解はしている。
それでも――納得はしていない。
「だからこそ、“それでも全員生きて終わらせる物語”を、
一回くらい通してみたいんです」
ラウルが、じっとこちらを見つめる。
数秒の沈黙。
やがて、静かに息を吐いた。
「……外部監査としての意見は、参考にさせていただきましょう」
それ以上、踏み込んだ反論はしてこなかった。
ただ、その目にはまだどこか――
「理想論を語る若者を、少し離れたところから見ている大人」の色が残っていた。
◇
ラウルの部屋を出たあと、人気のない廊下で立ち止まる。
「ねえ、三城さん」
肩の上のミニルナが、小さな声で話しかけてきた。
「今の、けっこう“ぐさっ”とくるやつですね〜」
「どのへんが?」
「“最も適性のある者が、一番危険な場所に立つべき”ってとこです」
ミニルナの HUD に、新しいログが浮かび上がる。
【人物:ラウル・ベルネ】
【価値観ログ:
・犠牲は合理的
・適性ある者の前線配置を肯定】
【代償テンプレとの相性:高】
「ラウル先生、ワールドコア側から見たら、“人間側の代償テンプレ代弁者”ですね」
「だろうな」
俺は苦笑する。
「“世界のため”“みんなのため”って言われると、
自分を差し出そうとする奴は、どこの世界にもいる」
エイルの顔が、また浮かぶ。
“役に立てるなら嬉しい”って、本気で言ってしまいそうな、あの真面目さ。
「だからこそ、“それ以外の選択肢”を見せなきゃいけない気がするんだよな」
「ですね〜」
ミニルナが、指先で空中をなぞる。
「ワールドコア、ちょっと開きます?」
「頼む」
視界の前に、半透明のウィンドウが広がった。
【案件No.0002:王立魔法学園案件】
【進行度:フィールド実習 完了】
【次イベント:学園防衛実習】
その下に、赤い枠で囲まれた項目が強調表示される。
【削除猶予:学園防衛実習イベント終了時まで】
数字は出ていない。
代わりに、「この大イベントが終わった瞬間、この世界は“読む価値ありか否か”を判定される」と、冷静な文面が並んでいる。
「カウントダウンの代わりに、“イベント名”がタイマーなんですね〜」
「そういうことだろうな」
さらに、別の項目が点滅した。
【構造侵入度:代償テンプレ】
【中 → 高】
「……上がってるな」
「ラウル先生の価値観ログとか、
“防衛実習=危険役が必要”って発想が、じわじわ効いてる感じですね〜」
ミニルナが頬をふくらませる。
「こっちも、“代償なしクライマックス”のログ、もっと積んでいかないと」
「模擬戦とフィールド実習で、多少は入れられたはずだ」
ユウトとエイルのコンボ。
パーティ1での連携と、「またこのメンバーで行きたい」という願い。
「でも、防衛実習は――」
「ワールドコア側から見ても“決戦イベント”扱いですね〜」
HUD の端に、小さな注釈が表示される。
【イベント評価:
クライマックス度:高
代償テンプレ適用候補:最重】
「“ここで死なせるとドラマチック”って、テンプレが言いたがってるわけです」
「……そうはさせないけどな」
ラウルが“合理的”と言おうが、
代償テンプレが“ここだ”と狙ってこようが。
「学園防衛実習を、“誰も退場しないクライマックス”にする」
それが、この案件でストーリー課に与えられた仕事だ。
肩の上で、ミニルナが両手をぐっと握る。
「はい! “死んで盛り上げる役”は、全部まとめてボツにしちゃいましょう!」
「言い方」
思わず苦笑する。
――でも、そのくらい大げさに言っておいたほうが、ちょうどいいのかもしれない。
削除猶予は、防衛実習が終わるその瞬間まで。
代償テンプレの侵入度は、じわじわと上がり続けている。
それでも。
「さて、と」
俺は、窓の外の夕空を見上げた。
明日も授業がある。
問題児クラスの臨時講師として、できることはまだ山ほどある。
「とりあえず、次は“結界講義”からだな」
「ですね〜。“みんなで守る結界の話”、いっぱい仕込んじゃいましょう!」
ミニルナの声は、いつもどおり明るい。
その明るさに、ほんの少しだけ背中を押されながら、
俺は再び、問題児クラスのいる教室へと歩き出した。




