第8話 初級ダンジョンと、“魔力の道筋”
訓練用ダンジョンの入り口は、思ったより質素だった。
崖の中腹にぽっかり空いた洞窟。
その前に、学院の紋章が刻まれた石柱が二本。
魔法陣がうっすら光っていて、「ここから先は学院管理区域です」とでも言いたげだ。
「おお……ダンジョンっぽくなってきた……!」
リオが、いつものテンションで感嘆の声を上げる。
「リオ、テンション上がりすぎて足滑らせんなよ。入口で転ぶとかマジ伝説だからな」
「ジン、お前だけには言われたくねぇ!」
いつもどおりの口喧嘩が始まるのを横目に、俺は前に立つグレンの説明を聞く。
「初級層は、学院が管理している訓練用の“層”だ。出てくる魔物も、基本は弱い。だが――」
グレンが、ちらりとこちらを振り返った。
「油断するな。訓練用でも“本物”だ。噛まれりゃ痛いし、殴られりゃ骨も折れる」
リオたちの笑いが、ほんの少しだけ収まる。
「パーティ2は俺がつく。パーティ1は――」
「臨時講師のミシロ先生にお任せします」
教務主任ラウルが口を挟んだ。
「外部監査も兼ねて、ね。現場で彼らの“連携”を、よく見ておいてください」
「……了解しました」
俺は短く答え、パーティ1――ユウト、エイル、リオ、ジン、メルティアの顔ぶれを見渡した。
小さく息を吐く。
「じゃあ、行くか。初級層、探索開始だ」
◇
洞窟の中は、ひんやりしていた。
魔石のランプが一定の間隔で壁に埋め込まれていて、足元はそこそこ見える。
湿った石の匂いと、遠くで水が滴る音。
「うわ……ゲームだったら絶対スライム出るやつっすね」
「リオ、それフラグだからやめろ」
ジンがぼそっと言った、まさにそのとき。
「――出たね」
先頭を歩いていたユウトが、小さく声を上げた。
通路の先、ぷるんとした半透明の塊が三体。
青、緑、黄色。見事なまでに教科書どおりのスライムだ。
「ようこそ訓練用ダンジョンへって感じだな」
俺がつぶやくと、肩の上のミニルナがぴょこんと跳ねた。
「ログにも出ました〜。【初遭遇モンスター:基礎スライム】。難度:低。練習台ですね!」
「よし、“練習台”のうちに連携確認しとこう」
俺は、パーティの並びを確認する。
「ユウト、リオが前。ジンは中列から援護。メルティアは後ろで待機。エイルは――」
そこで、エイルのほうを見る。
「全体の魔力の流れ、見ておいてくれ」
「ま、魔力の……流れ」
「そう。誰が今、どれくらい力を込めてるか。
“濃くなってるとこ”と“薄くなってるとこ”を見分けて、必要なところに声をかけてやる」
「声を……」
エイルは、不安そうにスライムを見つめ、それから小さく頷いた。
「……やってみます」
「よし。じゃあ、やってみようか。――前衛、突入」
「了解!」
ユウトとリオが同時に駆け出した。
◇
「《フレイム・スパーク》!」
ユウトの手のひらから、小さな火花が弾ける。
スライムの表面が、じゅっと音を立てて焼ける。
「よっしゃ、じゃあ仕上げは――《ストーン・ショット》!」
リオの足元で石が浮き上がり、弾丸のように飛んでスライムに直撃。
青いスライムが、ぶしゅっと潰れた。
「おー! いいじゃん!」
ジンが指を鳴らしながら、後列から風刃を飛ばす。
風の刃が、もう一体のスライムを切り裂いた。
「残り一体!」
「よーし、とどめ――」
「リオくん、待って!」
エイルの声が飛んだ。
「え?」
リオの足が、ぴたりと止まる。
「ユウトくん、さっきのでちょっと魔力、ばらけてます……。
もう一回撃つと、バランス崩れそうで――」
エイルは、目を閉じてスライムと三人の間の空気をじっと見ていた。
「ジンくん、風、少し弱めでお願いします。
リオくんは、一歩だけ横にずれて――ユウトくんの前、空けてあげてください」
「お、おう?」
「そんな細かいとこまで見えてんの?」
ジンが眉をひそめる。
だが、言われたとおりに動くと――確かに視界がすっと開けた。
「ユウトくん、今なら、さっきよりきれいに通せると思います」
「……マジで?」
ユウトが、自分の掌を見る。
さっきよりも、火花が集まりやすい感覚があるのか、表情が変わった。
「よし、じゃあ――もう一発!」
ユウトが詠唱し、火花を撃つ。
さっきよりも細く、鋭く、スライムの核に一直線に突き刺さった。
「とどめ!」
ジンの風刃が重なり、最後のスライムもあっさり弾け飛ぶ。
「うおおお、今のちょっと気持ちよかったぞ!」
リオが、ぶんぶん拳を振り回す。
「なんか、“すっと通った”感じしたな!」
「さっきより、魔力のノリが良かったですね……」
ユウトも、驚いたように自分の手を見つめる。
「エイル」
俺は、肩の上のミニルナが開いた HUD をちらりと見る。
【小規模連携ログ:生成】
【評価:滑らかな魔力伝達/成功】
「今の指示、悪くなかったぞ」
「えっ……」
エイルが、きょとんと俺を見上げる。
「ユウトの魔力、確かにさっきバラつき始めてた。
ジンの風も、そのまま撃てば威力は出るけど、ユウトの火花とぶつかってたかもしれない」
俺は、スライムがいた場所を指さした。
「君が“間”を整えたから、全部きれいに通った。――道筋を引いた、ってことだな」
「道筋……」
エイルの視線が、さっきまで自分が見ていた空間に戻る。
「えへへ、さすがエイルちゃん」
メルティアが、ふわっと笑った。
「前に出てバンバン撃つのもかっこいいけどさ。
今みたいに“みんなを動かす役”って、けっこう重要だよ?」
「わ、わたしなんて……」
「なんて?」
リオが、にっと笑って親指を立てる。
「お前が“今だ!”って言ってくれたときが、一番動きやすかったぞ?」
「正直、最初は“無属性とか詰んでんじゃね”って思ってたけど――」
ジンがぼりぼり頭をかきながら、視線を逸らす。
「悪かった。今日の感じ見てると、“詰んでる”どころか、“全部繋いでる”っぽいわ」
「じ、ジンくん……」
「……なんだよ、そんな顔すんな。お詫びに、今度おやつ奢るから」
「ジン、お前またおやつで済まそうとしてるな?」
「うるせえ、リオ。財布事情ってもんがだな」
くだらないやりとりに、自然と笑いが生まれる。
エイルはというと――頬を少し赤くしながら、胸元を押さえていた。
「……あの」
「ん?」
「いま、ちょっとだけ、“役に立てた”って、思いました」
その言葉に、ユウトが満面の笑みになる。
「ちょっとどころじゃないって!」
「そーそー。“いないほうがマシ”な動きじゃなかった。
“いたからうまくいった”やつだ」
ジンの不器用なフォローに、エイルは「ふふ」と小さく笑った。
◇
スライムの次は、小型ゴブリンの群れだった。
「来たな、“いかにも”なやつ!」
リオが前に出て、棍棒を構える。
ユウトが横に並び、小さな火花で威嚇する。
「ジンくん、右側のやつ、足だけ狙ってください!」
エイルの声が飛ぶ。
「オーケー、《ウィンド・カッター》!」
風の刃が、ゴブリンの足元を切り裂く。
バランスを崩したところに、リオの一撃が入り、一体が転がった。
「メルティアさん、今、回復を全体に薄くかけられますか?」
「うん、やってみるね」
メルティアが詠唱を始める。
「《ライト・ヒール・サークル》」
淡い光が、パーティ全体の足元に輪のように広がる。
さっきまでの小さな擦り傷や疲労が、じわりと和らいでいく。
「おお、これいいな!」
「助かる……!」
リオとジンが同時に声を上げる。
「エイルちゃん、今くらいのタイミングで合図してくれると、すっごく掛けやすいよ〜」
「よ、よかった……!」
エイルは、メルティアと一瞬だけ視線を合わせて微笑んだ。
ミニルナが、俺の耳元でひそひそ声を出す。
「三城さん、見てください〜」
小さなウィンドウが開く。
【観察ログ:閲覧対象】
【以前:エイルの失敗シーン/負傷寸前シーン】
【現在:連携成功シーン/コンボ成立シーン】
「……“見たい場面”が変わってきてるな」
「はい。さっきのコンボとか、今の回復連携とか、何回も再生されてます」
観察者が何者なのかは、まだ分からない。
ただ、少なくとも“痛がるところだけ見たい”わけではないらしい。
肩の上のミニルナが、画面を指でなぞる。
「“代償テンプレ”のほうは、まだしつこく残ってますけどね〜」
【代償テンプレ:適用候補=防衛実習】
【現時点:保留】
「でも、“それ以外のログ”もちゃんと積まれてきてます」
「こっちが上書きしていけばいい」
俺は、エイルたちの後ろ姿を見つめながら呟いた。
「“いなくてもいい子”じゃない。
“いたほうが楽しいし、うまくいく子”のほうを、増やしていく」
◇
初級層の中盤まで来たころには、パーティとしての動きが、目に見えて変わっていた。
「ユウトくん、次の角、左側から一体来ます!」
「おっけ、《フレイム・スパーク》!」
「リオくん、右へ二歩!」
「はいよ!」
「ジンくん、今は撃たないで、次の分岐でお願いします!」
「はいはい、指示飛ばすの慣れてきたな、“隊長”」
ジンがからかうように言うと、エイルは慌てて両手を振った。
「た、隊長なんて……! でも、えっと、そういう感じで……!」
メルティアがくすくす笑う。
「いいじゃない、“魔力隊長”って呼ぼうか?」
「そ、それも恥ずかしいです……!」
そんな会話をしながらも、魔力の流れは崩れていない。
むしろ、さっきよりも滑らかだ。
「三城先生」
少し後ろから、ユウトがこちらを振り返った。
「こういうの、先生の世界でもあったんですか?」
「こういうの?」
「ひとりじゃどうにもならなかったけど、
“誰かが道をつけてくれたから、前に進めた”みたいなやつです」
――生前のことを、ほんの少しだけ思い出す。
締切に追われて、うまくいかなくて、何度もボツを食らって。
それでもなお、原稿データだけは残っていて。
結果として、誰かの“次の人生”の足場にされていた、あの物語。
「まあ、似たようなのは、あったかもしれないな」
俺は曖昧に笑って答えた。
「でも、今ここで道をつけてるのは、俺じゃない」
「え?」
「エイルだよ。――自覚してるかどうかはともかくな」
「っ……!」
エイルの肩が、ぴくりと揺れる。
「わ、わたし、なんか変なことしてないですか……?」
「してるよ」
「ええっ!?」
「いい意味でだ」
リオとジンが、同時にうなずく。
「お前が“ここ!”って言ったタイミングで動くとさ、なんか、うまくいくんだよな」
「わかる。“あーはいはい、今撃てってことね”って感じの空気流れてくる」
「そ、そんな雑な感覚で……!」
「雑だけど正しいんだよ、それが」
メルティアが、ふんわりと微笑む。
「エイルちゃんの“ここがいいと思う”って感覚、ちゃんと届いてるよ」
「……っ」
エイルは、しばらく言葉を探して、それから小さく呟いた。
「じゃあ……もっと、ちゃんと、届くように、がんばります」
その言葉は、小さいけれど、はっきりとした音でダンジョンの中に響いた。
◇
初級層の最奥にある目印――学院の紋章が刻まれた石碑が見えたころには、パーティ全体の動きは、完全に“パーティらしく”なっていた。
「よし、ここまで。初級層踏破、おつかれ」
俺が声をかけると、リオがその場にへたり込んだ。
「はーっ……! でも、楽しかったな!」
「お前、途中で三回はしゃぎすぎて転んでただろ」
「ジン、お前だって一回は――」
「はいはい、その話は帰ってからな」
俺が苦笑しながら制すると、ユウトが、エイルのほうを向いた。
「エイル。ありがとな」
「えっ」
「途中、何回かマジで助かった。
“今は無理しないほうがいい”とか“ここで一歩下がる”とか、言ってくれたろ?」
「……それは、ユウトくんたちが前でがんばってくれてたからで……」
「いやいや、“がんばりどころ”を指さしてくれたの、完全にエイルだったから」
リオも、真面目な声で言う。
「正直な話するとさ。最初、“いなくてもなんとかなる子”だと思ってたんだわ」
「リオ」
「今は違うぞ? “いないと困る子”に昇格した」
「うわ、言い方!」
ジンが笑うと、メルティアがお姉さんらしくまとめに入った。
「今日のパーティ、すごく良かったと思うよ。
またこのメンバーで組みたいな〜って、普通に思えたもん」
「……!」
エイルが、ぽかんとメルティアを見つめる。
そして、ゆっくりと――胸元に手を当てた。
「わたしも……です」
「ん?」
「今日みたいに、“みんなで”動けたなら……
また、このメンバーで、行きたいです」
その瞬間。
ワールドコアの深層で、何かが小さく音を立てて切り替わったような感覚があった。
ミニルナが、小さなウィンドウを開く。
【新規ログ登録:
“またこのメンバーで組みたい”】
【タグ:再戦希望/日常継続欲求】
【代償テンプレへの依存度:微減】
「……少しずつ、ですね」
ミニルナが、満足そうに微笑む。
「一気に書き換えはできなくても、
“みんなでまた行きたい”ってログは、代償エンドとは相性悪いですから」
「だろうな」
“誰かが死んで盛り上がる”構造は、
“みんなでまた笑いたい”という願いとは、根本から相容れない。
だったら――後者のログを、ひたすら積み重ねていけばいい。
「よし。じゃあ、一旦帰還だ」
俺はみんなに向き直り、軽く手を叩いた。
「初級層踏破、おつかれ。学園まで、最後まで気を抜くなよ」
「はーい!」
「先生、帰りに売店寄っていいっすか!」
「だからもうちょっと真面目に締めろよ、お前は」
笑い声とともに、俺たちはダンジョンの出口へと歩き出した。
その背中を、誰かが――
どこかで、静かに見守っている気配だけを残して。




