第7話 フィールド実習と、エイル中心パーティ
ホームルーム開始五分前の教室は、いつもよりざわついていた。
「なあなあ、マジで外出られるのか?」
「ダンジョンだってよ、ダンジョン!」
「装備ってどこまで持ってっていいんだ?」
机の上には、魔法具のカタログ、小型ポーションの瓶、予備ローブ。
遠足前の小学生と大差ない空気だが、行き先は学園近郊の“訓練用ダンジョン”である。
「先生、見てくださいよこれ!」
リオが、自分の腰のポーチをぽんぽん叩いてきた。
「非常食とポーションと、あと“なんか役に立ちそうなロープ”!」
「最後だけ雑だな」
「ロープ万能説ってあるじゃないっすか!」
そこへ、ジンが椅子の背にもたれたまま、ひらひらと手を振る。
「はいはい先生。ロープより先に頭の使い方覚えたほうがいいですよ、こいつ」
「うるせー。お前こそ“口数減らす魔法”覚えてこいよ」
いつものやりとりに、教室のあちこちから笑いが漏れる。
そんな中で――エイルは、自分の机の中を何度も確認していた。
「魔力測定メモ……ポーション……予備のペン……」
緊張しているのか、指先がわずかに震えている。
肩の上で、ミニルナがちょこんと首をかしげた。
「エイルさん、持ち物チェック七回目ですね〜」
「そっとしといてやれ」
俺は小声でツッコミつつ、教壇の横に備え付けられた端末をタップした。
【ワールドコア案件No.0002:小規模フィールド実習イベント】
【難度:低〜中/死亡フラグ:本来は無し】
(本来は、な)
そこへ、ガラリと扉が開いた。
「全員席につけー!」
グレンが、いつもより一段大きな声で入ってくる。
「今日の連絡は一個だ。《第2訓練フィールド》でのフィールド実習。訓練用ダンジョンの初級層を踏破してもらう」
教室の熱気が、一段階あがる。
「おおー!」「ついにダンジョン!」「モンスター!?」
「落ち着け。出てくるのは訓練用の魔物だ。とはいえ――」
グレンは教壇を軽く叩いた。
「訓練用とはいえ、舐めてかかると怪我するぞ」
さっきまで浮かれていた生徒たちも、その言い方には少しだけ背筋を伸ばす。
「骨折ったら、そのまま実習中止だ。覚悟しとけ」
そこに、ほどよい笑いと緊張が混ざった。
「パーティ編成を発表する。今回は二組だ」
教室の空気が、ぴたりと止まる。
(さて、来たな)
俺は、そっとミニルナに視線を送る。
「はいはい、編成ログ出しますね〜」
【推奨編成:
パーティ1:ユウト/エイル/リオ/ジン/ヒロインB+三城
パーティ2:カイ/ヒナ/セラ/他男子+グレン】
――ワールドコア側の“原作案”も、ほぼ同じ構成だ。
「まずパーティ1」
グレンが名簿を見ながら読み上げる。
「ユウト・アステル、エイル・ヴァレンシュタイン、リオ・ハート、ジン・クレイ、それから――メルティア・ブランシュ」
メルティア。回復系お姉さん枠、ヒロインBだ。
癒し系微笑み担当である。
「この五人に、臨時講師のミシロ先生が同行する」
「え、先生も?」
リオが嬉しそうに振り向く。
ユウトとエイルも、ちょっとホッとした顔をしていた。
「パーティ2は、カイ・シグルド、ヒナ・アークライト、セラ・フロイ、あと……」
もう一人の男子の名前が読み上げられていく。
こちらはグレンがつく、火力過多パーティだ。
「質問は?」
「先生、この組み分けの意図は?」
ジンがすかさず手を上げる。
「戦力バランスか、それとも先生の好みか」
「後者じゃないほうにしとけ」
グレンが机を軽く叩いた。
「シンプルに言うと――
パーティ1は“連携と支援の確認メンバー”、
パーティ2は“火力チェックメンバー”だ」
「おおう、分かりやすい」
「ユウト、エイル、リオ、ジン、メルティア。お前らは“それぞれどこを支えるか”考えながら動け」
グレンの視線が、ちらりと俺のほうに向く。
「ミシロ先生も、頼みますよ。“安全管理官”」
「……名前のとおり、みんな無事で返しますよ」
俺が肩をすくめると、教室にほんの少し笑いが走った。
◇
準備時間になり、教室はちょっとした市場と化した。
「ポーション余ってるやつー?」
「誰か予備のマナストーン持ってない?」
「おやつは持ち込み可?」
「最後の質問だけ却下だ」
そんな喧噪の中、俺はパーティ1の五人を教室の隅に集めた。
「じゃ、とりあえず顔合わせ――というか、方針確認な」
ユウト、リオ、ジン、エイル、メルティアが半円になる。
メルティアは柔らかい薄紫の髪を後ろで束ね、胸元には回復の紋章が輝いていた。
誰かと目が合うたびに、ふんわり笑うタイプだ。
「メルティアです。みんなの治癒、がんばりますね〜」
「頼りにしてる!」
リオが即座に親指を立てる。
「いやー、これで多少の無茶も怖くないっすね先生!」
「だからってわざと怪我しに行くなよ?」
ジンがニヤニヤしながら、エイルを横目で見る。
「で、“無属性さん”はどう動く感じ?」
「え、えっと……わたし、あんまり戦えないから……」
エイルが小さくなりかけたところで、ユウトが割って入った。
「さっきの模擬戦のコンボ、覚えてるだろ?」
「……はい」
「先生が言ってたじゃん。“みんなの魔力の道筋をそろえる”って」
ユウトは、拳を軽く握ってみせる。
「俺の火花、エイルが合わせてくれたから、あそこまで伸びたんだし」
「そ、それは……ユウトくんががんばったからで……」
エイルは視線を泳がせた。
メルティアが、くすっと笑う。
「エイルちゃん、“できること”ちゃんとあると思うけどな〜。
模擬戦の時、ユウトくんの魔法、最後ちょっとだけ色変わってたでしょ?」
「え?」
「見てた人、けっこういたよ?」
リオが「あー、なんか光り方違ったな!」と手を打つ。
「おれ、ああいう“地味だけど変なとこ”好きだわ」
「地味言うな」
ジンが笑いながらも、頷いた。
「正直、最初は“無属性とか詰んでんじゃね”って思ってたけどさ」
「おいジン」
「いやいや、今は違うって。あれだ、“器用貧乏だと思ってたらハブ役だったタイプ”?」
「フォローになってませんよジンくん」
俺がツッコむと、パーティの輪にもう一度笑いが生まれた。
――この空気のまま、フィールドに出したい。
ミニルナが、俺の視界の端で小さくウィンドウを開く。
【現時点でのログ傾向:
・エイルへの嘲笑ログ:減少中
・“ちょっと面白いかも”評価ログ:増加】
(よし)
俺は、改めてエイルに向き直った。
「エイル」
「は、はい」
「さっきも言ったけど――君はみんなの魔力の“道筋”になれる」
「……みんなの、道筋」
「特別派手な魔法じゃなくていい。
ユウトの火花が伸びやすいタイミングで空気を整えるとか、
リオが動きやすいように足元だけ軽くしてやるとか。
メルティアの回復が届きやすい位置に、全員を誘導するとか」
俺は、指で空中に簡易マップを描いた。
「矢印を引くのは君だ。そうすれば――
“誰かが一人で無茶して倒れる”パターンから、自然と外れていく」
「……」
エイルは、ホログラムの矢印をじっと見つめていた。
しばらくして、小さく息を吸う。
「できるかどうか、分からないですけど……」
それでも、と続けた。
「やってみます。――“みんなで”帰ってくるの」
ユウトが満足そうに笑い、リオとジンも頷く。
メルティアは「うんうん」と、お姉さんモードで見守っていた。
◇
準備が整い、出発の時間が近づく。
校門前の広場には、二つのパーティが集合していた。
グレンがパーティ2をまとめ、俺はパーティ1の出欠を確認する。
「全員いるな?」
「はい!」
ユウトが一番大きな声で返事をする。
その後ろで、エイルも小さく、でもはっきりと「はい」と言った。
そこへ、カイがひょいと近づいてきた。
「先生、うちのパーティのほうもちゃんと見ててくださいね〜」
「それはグレン先生の仕事だろ」
「いやいや、“原作プレイヤー的見どころ”としては、先生にもぜひ」
カイがニヤリと笑う。
「このフィールド実習、本来は“防衛実習”の前座みたいなもんですけど……
地味に、フラグの仕込み所なんで」
「どっち方向のフラグかは、後でレポート出してもらおうか」
俺がそう返すと、カイは肩をすくめて自分のパーティに戻っていった。
ミニルナが、俺の耳元でそっと囁く。
「三城さん、観察ログ、またちょっと動いてます」
「エイル中心か?」
「はい。でも、さっきの模擬戦より“視線の揺れ”が大きいです」
ウィンドウには、エイルを起点にパーティ1全体へと伸びる矢印が表示されていた。
誰か一人を切り取って眺めるんじゃなくて、
四人+一人の“まとまり”として見られ始めている。
(……それなら、まだ救いがある)
俺は、パーティ1の顔ぶれをぐるりと見渡した。
「よし。目標はシンプルだ」
全員の視線が集まる。
「初級層踏破。全員生還。――それから」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「“このメンバーでまた組みたい”って、誰か一人でも思えたら合格だ」
リオが「おーっ」と声を上げ、ジンが「なんか青春だな」と笑う。
ユウトは真剣な顔で頷き、メルティアは「いいですね、それ」と微笑んだ。
エイルは――ほんの少しだけ、頬を赤くしながら。
「……思えるように、がんばります」
そう、静かに言った。
ワールドコアの深層で、薄く光っていた「代償テンプレ」のフラグが――
ほんのわずかだが、色を変えた気がした。




