第5話 二人で届く勝ち方、試される瞬間
第2訓練場は、ちょっとした闘技場みたいになっていた。
楕円形の土のフィールドの周りを、ぐるりと観客席が囲んでいる。
同学年の他クラスや、暇を見つけたらしい上級生まで集まって、ざわざわとした熱気が漂っていた。
「結構ガチで“イベント会場”って感じですね……」
観客席の端に腰を下ろしながら、俺はつい本音を漏らす。
「ログ上でも【小規模観戦イベント】になってますからね〜。
“恥をかくとクラス印象に響く”って注釈付きです」
肩の上のミニルナが、ちょこんと乗り直した。
フィールドの中央では、グレンが腕を組んで立っている。
「――これより、問題児クラスの二対二模擬戦を始める!」
よく通る声が、訓練場全体に響き渡った。
「トップバッターは……カイ・シグルド、ヒナ・アークライト組!」
「来た来た」
観客席のあちこちから、歓声とどよめきが上がる。
黒髪をかき上げたカイが、片手をひらひらと振ってフィールドへ。
その隣に並ぶのは、例の火属性お嬢様ヒロイン――ヒナだ。赤いリボンを揺らしながら、堂々と前を見据えている。
「対戦相手は――リオ・ハート、ジン・クレイ組!」
「おっしゃあああああ!!」
リオが全力で叫びながら飛び出し、ジンが「耳が死ぬ!」と文句を言いつつついていく。
カイが、ちらりとこちらを見た。
(――先生。ちゃんと見ててくださいよ?)
口に出さず、視線だけでそう言っているようだった。
ミニルナが、俺の視界の端に小さなウィンドウを出す。
【模擬戦イベント:第1試合】
【観戦推奨:クラス内力関係の把握に有用】
(だろうな)
俺は姿勢を正した。
◇
最初の一撃で、おおよそのバランスは見えた。
ヒナの火球は、基礎段階とはいえ、他の生徒のものとは明らかに密度が違う。
リオが盾ごと吹き飛ばされ、ジンの軽口が悲鳴に変わった。
「ちょ、ちょっと待てお嬢! 火力調整って言葉知って――うおおお!?」
「文句があるなら避けなさい!」
ヒナが連続で詠唱し、炎の矢が雨のように降り注ぐ。
その後ろで、カイは最小限の動きで位置取りを変えながら、着弾地点をさりげなく誘導していた。
(……これ、“ただの脳筋ペア”じゃないな)
火力馬鹿と原作ガチ勢、という雑なまとめは、少し訂正するべきかもしれない。
カイは、ヒナの射線とリオたちの癖を把握した上で、“当たるギリギリ”の線に敵を誘導している。
観客席が沸く。
「すげー!」「火属性やっぱ派手だな」「問題児クラスとは」
リオたちもやられっぱなしではなかった。
何度か接近に成功し、カイの足元をすくおうとしたり、ヒナの詠唱を潰そうとしたりする。
だが――。
「惜しいなー。そこ、半歩ずれてるんだよ」
カイが軽く笑いながら、リオの突撃を横に流した。
結果、ジンの魔法が味方にかすりそうになり、慌てて中断。
そうなると、ヒナの反撃が待っている。
燃え上がる土煙の中で、リオとジンが派手に転がった。
「そこまで!」
グレンの声で、炎がぱたりと収まる。
「第1試合、カイ・ヒナ組の勝ち!」
わっと歓声が上がった。
リオたちはボロボロになりながらも、どこか楽しそうに笑っている。
「はは……派手にやられたな」「でも、なんか“負け試合”って感じじゃねーな」
グレンがぼそっと呟く。
「派手さと連携、どっちも及第点だ。……次は、どうなるかだな」
その視線の先にあるのは――ユウトとエイルだった。
◇
「つ、次、俺たちか……!」
ユウトがごくりと喉を鳴らす。
その隣で、エイルは緊張で手をぎゅっと握りしめていた。
「ユウト」「エイル」
俺は観客席から身を乗り出す。
「覚えてるな? “二人で届く勝ち方”だ」
「はい!」
ユウトが大きくうなずく。エイルも、少し遅れてこくりと頷いた。
ミニルナが、小さなウィンドウを更新する。
【ユウト:士気=高/緊張=中】
【エイル:士気=中/自己評価=低】
(……自己評価、もうちょっと上げたいんだけどな)
「ユウト・アステル、エイル・ヴァレンシュタイン――前へ!」
グレンの声が、二人を呼び出した。
対するのは――黒髪を撫でつけた貴族風の男子と、その取り巻きの一人だ。
「相手は、レオナルド・バインと、オズワルド・ケイン」
ミニルナが名前を投げてくる。
そういえば、基礎測定のとき、エイルを「無属性のくせに」と鼻で笑っていたのは、あのレオナルドだった。
「“花火君”と“無属性嬢ちゃん”か」
レオナルドが口元をゆがめる。
「悪いな、観客の前で晒し者にすることになるが――
これも、クラスのためだと思ってくれたまえ」
「勝つ気、最初からないだろお前」
ユウトが小声でツッコむ。
エイルは一歩引きそうになる足を、なんとか踏みとどまらせていた。
(さて)
俺は息を整え、フィールド全体を見渡す。
観客席のざわめき。
グレンの位置。
ラウル教務主任の視線。
そして――。
【観察者アクセス:上昇中】
ミニルナのHUDに、小さな警告が点った。
「……もう見てるのか、観察者」
「はい。閲覧対象、完全に“エイル中心”ですね」
表示されているログには、「注視」「反復再生」のタグがいくつも並んでいた。
(せめて、“死に役”じゃないほうを見させてやるさ)
◇
「それでは、第2試合――始め!」
グレンの合図と同時に、空気がぴんと張り詰める。
先に動いたのは、レオナルドだった。
「では、手短に終わらせよう。
――《フレイム・ランス》」
鮮やかな炎の槍が、ユウトめがけて飛ぶ。
「うおっ!」
ユウトはとっさに横に飛んで避けた。
火花程度しか出せない彼に、真正面から受け止める選択肢はない。
続けて、オズワルドの風刃が、ユウトの進行方向を封じるように走る。
(レオナルドがメイン火力、オズワルドが軌道制御か)
さっきのカイ&ヒナほどの連携ではないが、
「ユウトを先に削る」方向で、最低限の役割は分担されている。
「ユウトくん!」
エイルが、ユウトのほうに一歩踏み出しかけて――すぐに足を止めた。
レオナルドの視線が、ぴたりと彼女を捉える。
「ふむ。やはり、そちらを狙ったほうが早そうだ」
魔力の気配が、じわりとエイルのほうへ傾いた。
ミニルナが、俺の耳元で囁く。
「敵側作戦ログ:
【優先ターゲット=エイル/耐久低/退場させやすい】
って出てますね……」
(分かりやすいな、おい)
だけど、それは同時に――
【構造候補:代償テンプレ/好条件検出】
という、ワールドコア側の反応にもつながる。
視界の端に、別レイヤーの光が浮かんだ。
エイルの位置に、薄く赤い輪。
その先の時間軸には、「負傷」「退場」「主人公覚醒」といったキーワードが、うっすらと重なって見える。
(……本当に、“ここで倒れる予定”なんだな)
気分のいいものではないが、これが今のテンプレ構造だ。
「三城さん、代償テンプレのステータス――」
ミニルナが小さなパネルを出す。
【代償テンプレ:適用準備】
【適用トリガー候補:
・エイルの単独前進
・身代わり行動
・致命的ダメージ受傷】
(全部、彼女の性格と相性が悪い)
“自分が前に出て庇えばいい”と考える子に、これ以上ないくらい刺さる餌だ。
◇
「エイル!」
ユウトが叫ぶ。
「俺が引きつけるから、後ろに――」
「だ、ダメです!」
エイルが首を振る。
「ユウトくん、魔力、まだ慣れてないから……
わたしが、前で受け止めたほうが――」
「それ、ダメなほうのやつだって、さっき――」
「――《フレイム・ランス》!」
レオナルドが再度詠唱し、今度はエイルめがけて炎の槍を放った。
エイルの足が、固まる。
(来る)
ワールドコアの別レイヤーで、赤い輪が強く光る。
【代償テンプレ:トリガー条件満たしつつあり】
観客席のざわめきが、遠く聞こえた。
「おい、あれ」「あの子、防御は?」
「無属性なんだろ? かわいそうに」
どこの世界にもいる、“外野の実況解説”だ。
その中で――。
【観察者アクセス:急増】
ミニルナのHUDが、ぴこぴこと点滅した。
「閲覧セッション、ほぼ全部“エイル視点”に貼り付いてます。
“この瞬間”を見たいみたいですね」
(悪趣味だな)
とはいえ、その視線の正体を断定するには、まだ材料が足りない。
その向こう側にあるのが、好意なのか悪意なのか、ただの観察欲なのか。
あるいは、もっと別の、名前のついていない“何か”なのか。
でも、どんなラベルを貼ろうが――。
(“死に役の見せ場”として眺められるのは、ごめんだ)
◇
「――っと」
ユウトが前に飛び出そうとした、その瞬間。
「ユウト!」
俺は思い切り声を張った。
彼が、びくっと俺のほうを見る。
「一人で受けるな! “二人で”合わせろ!」
昼休みに、簡易ホログラムの上で何度も練習したことを思い出せ。
火花程度でもいい。
タイミングが合えば、それは確かな一手になる。
「エイル!」
今度は、彼女の名前を呼ぶ。
「“身代わり”じゃなくて、“合わせる”ほうを選べ!」
エイルの瞳が、わずかに揺れた。
炎の槍が迫る。
ユウトの掌で、ちいさな火花が弾ける。
レオナルドの口元に、勝ち誇ったような笑み。
観客席には、「あっ」と息を呑む声。
そして――ワールドコアの別レイヤーで、赤い輪が最大限に光り――。
【代償テンプレ:適用トリガー直前】
観察者ログの再生ボタンが、一斉に押される。
(――間に合え)
俺は、歯を食いしばった。
エイルの唇が、かすかに動く。
「ユウトくん――!」
彼女の視線が、炎ではなく、隣の少年をまっすぐ捉えた、その瞬間――。
代償テンプレの赤い輪の縁に、微細なひびが入った。
世界が、ほんの一瞬――
“予定されていた死に役”から、目を逸らした。
その続きがどう転ぶかは、まだ誰も知らない。
ただ一つだけはっきりしているのは――。
ここから先は、原作どおりじゃない、ってことだ。




