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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第3話 ヒロインログの空白と、代償テンプレ

 学園での初日が終わり、臨時講師ロールの接続がふっと薄れたかと思った瞬間――

 視界は、王立魔法学園の教室から、いつもの会議室に切り替わっていた。


 輪廻庁・物語管理局ストーリー課。

 壁一面のホログラムパネルと、紙の代わりに光のファイルが積み上がる、死後の職場だ。


「おかえりなさい、三城さん!」


 いつものサイズのルナが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。

 学園姿のミニルナと違い、こっちは白いローブに小さな光輪付きの、正規下級女神仕様だ。


「ただいま。……やっぱりこっちに戻ると、仕事に帰ってきた感あるな」


「お仕事場ですからね!」


 わかってるよ。


 そんなやりとりをしている間に、部屋の照明がすっと落ちた。

 代わりに、会議室中央の円卓上に、巨大なホログラム球が浮かび上がる。


 ワールドコア案件No.0002――王立魔法学園世界の、中枢ログだ。


 球体の表面には、無数の光の線が走っている。

 それぞれが登場人物のタイムラインであり、イベントの履歴であり、感情の軌跡でもある。


「じゃあ、始めましょうか」


 低く落ち着いた声とともに、黒瀬が入ってきた。


 一等審査官・黒瀬 天音。

 ストーリー課の実質的な現場リーダーであり、俺の上司だ。


「案件No.0002、進捗報告会。

 潜入一日目、おつかれさま」


「ありがとうございます。問題児クラス、だいたい雰囲気は掴めました」


「ふふ。さすが“問題児案件”ね」


 黒瀬が指を一振りすると、ワールドコアの球体に縦横のグリッドが現れる。

 そのうちの一つが拡大され、教室の見取り図のような画面に変わった。


「まずは、キャラタイムラインの一覧から出すわ」


 光の線が、何本も並ぶ。


 ヒロインA。ヒロインB。ヒロインC。

 ユウト。リオ。ジン。カイ。……そして、エイル。


「上から順番に、“重要イベント”だけ抽出して表示してるわ。

 バトル、成長、恋愛、挫折、再起――物語を動かすログね」


 黒瀬の説明に合わせて、各キャラの線の上に、ピンのような印がぽつぽつと刺さっていく。


「まず、他のヒロインたちから」


 ヒロインAのラインが強調される。


「模擬戦で火力を見せつける」「ユウトと口げんかしつつ連携」「家の事情イベント」……

 いかにも“ツン気味武闘派ヒロイン”的なログが、等間隔に並んでいた。


「Bは?」


 次に、回復系お姉さんヒロインB。


 怪我したユウトの治療イベント。

 夜の廊下での悩み相談イベント。

 防衛実習前夜の励ましイベント(予定)。


 こちらは王道の“包容力ヒロイン”コースだ。


「Cは天才ポジションね。

 バトルでは高火力を叩き出し、日常では寝ている」


「テンプレだけど、普通に読んでて楽しいやつですね」


「ええ。三人とも、“それぞれのルートを持つ健全なヒロイン”よ」


 黒瀬が指先を滑らせる。

 すると、A〜Cのラインが一度に点灯した。


 それぞれのログの色が、暖色から寒色までバランスよく混ざっている。

 喜び・怒り・悲しみ・恐怖・期待――感情のグラデーションが、滑らかに流れていた。


(うん。こうして見ると、本当に“健康的な物語構造”って感じだな)


 山も谷もあるけれど、ちゃんと“生きてる”線だ。


「じゃあ、問題の子を見てみましょうか」


 黒瀬の指が、最後の一本に触れる。


 エイル・ヴァレンシュタイン。

 今巻のヒロインであり、代償テンプレのターゲットにされかけている少女。


 ――そのラインだけ、明らかに様子が違った。


「……少ない」


 思わず声が漏れる。


 他のキャラたちに比べ、ログの数そのものが少ない。

 イベントの印が、ぽつ、ぽつ、と飛び石のように離れていた。


 しかも、その内容が――。


「“身代わり”“庇う”“後ろに下がる”“譲る”……」


 タグ一覧が、ぞっとするほど偏っていた。


「自分の失敗をかばう」「自分より他人を優先」「自分が前に出る場面はカット」――

 そんな補助系・自己犠牲系のログばかりが、目立っている。


「補助キャラとしても、ここまでバランス悪いのは、ちょっと異常ね」


 黒瀬が淡々と告げる。


「日常ログも薄い。

 “友人と笑う”“好きなものを語る”“ささいな成功で喜ぶ”――

 本来この年代のヒロインなら山ほどあるはずのイベントが、ほとんど記録されてない」


「教室の空気そのままですね」


 今日見た光景が脳裏に浮かぶ。

 クラスメイトの輪の、少し後ろで。

 遠慮がちに笑って、すぐ一歩引いてしまうエイルの姿。


「“いてもいなくても同じ”って扱いされると、

 ワールドコアも“ログの優先度が低い”と判断し始めるのよ」


 黒瀬が、エイルのラインの途中を指で弾く。


 すると、半透明の穴のようなものが、ところどころに浮かび上がった。


「……これが、“空白”ですか」


「ええ。

 本来なら何らかのイベントが入っているはずの場所が、

 ぐにゃっと歪んだまま放置されている」


 よく見ると、空白の縁には、細かいノイズのようなものが渦巻いていた。


 それは、他のラインにも存在している。

 ただ、エイルのライン上だけ、そのノイズの動きが特殊だった。


「【構造候補:代償テンプレ】」


 ルナが、小さく読み上げる。


 空白の上に、タグのような表示が浮かんでいた。


「“誰か一人が身を挺して死ぬことで、主人公覚醒&世界安定”。

 あの代償テンプレね」


 黒瀬が、空白の中に指を差し入れるような動作をする。


 すると、空白の奥に、ぼんやりと別の構造が見えた。


 防衛実習。

 敵の猛攻。

 結界が破られかける。

 エイルがひとり、結界維持の中心に立つ。


 そして――。


「ここで、“エイル退場+ユウト覚醒”ルートが差し込まれようとしている」


 黒瀬が、淡々と解説を続ける。


「最終決戦のほうにも似たものがあるわ。

 “最後の力で世界を守って、そのまま消えるエイル”――

 そういう構造候補が、虫食いみたいに入り込んでいる」


 モニター上では、エイルのラインに、二つの太い赤い輪が表示された。

 一つは《学園防衛実習》。もう一つは《最終決戦》。


 そこに、代償テンプレの構造が、じわじわと重なりつつある。


「他のヒロインたちには?」


「一応、チェックしたわ」


 黒瀬が画面を切り替える。


 ヒロインAの最終決戦ログ。

 Bの“治癒の限界突破”ログ。

 Cの“暴走寸前”ログ。


「危ない場面もあるけど、

 “死んだらそのまま放置”って構造は入っていないわ。

 どのルートでも、最終的には“生きている”か、“離脱しても外から支える側に回る”」


「つまり――」


 俺は言葉を継ぐ。


「“いなくてもいい子扱いしたうえで、最終的に死んでもらう”対象は、完璧にエイルだけ、ってことですね」


「そういうこと」


 黒瀬の目が、わずかに冷たくなる。


「代償テンプレは、本来“世界全体のバランス”のための緊急パッチよ。

 どうしても破綻しそうなときに、一度だけ切る“苦渋のカード”」


 ワールドコアは、物語と世界の両方を維持するための中枢だ。

 ときどき、「このままじゃ崩壊する」「どうしてもバランスが取れない」という状況に陥る。


 そのとき、

 「ここで誰か一人が身を挺してくれたら、全体が助かる」

 ――そんな構造を提案してくるのが、代償テンプレだ。


「でも今回は?」


「“最初からそれ前提で組もうとしている”」


 黒瀬が肩をすくめる。


「世界が本当にそこまで追い詰められているわけじゃないのに、

 “盛り上がるから”って理由で、代償テンプレをメインルートにしようとしている」


 彼女の視線が、一瞬だけ俺のほうをかすめた。


「今日、学園で聞いたでしょう?

 “防衛実習で一回地獄見てからが本番”って話」


「ああ……。元プレイヤーの子ですね。カイ」


 あの、攻略メモをノートに書き散らしていた少年だ。


「防衛実習でエイルが退場するのが“神回”って、目を輝かせてました」


「プレイヤーのログとも照合したわ」


 黒瀬が、新しいウィンドウを開く。


 そこには、別の世界のテキストログが表示されていた。


【生前ログ:アルケイン・アカデミア Online /プレイ記録】

【ユーザー:カイ・シグルド(前世)】


『防衛実習のエイル退場シーン、マジで泣ける』

『ここで一回いなくなるから、その後の再登場が映えるんだよな』


 そんな書き込みが、いくつも並んでいる。


「元プレイヤー視点では、“代償テンプレ=一番盛り上がった神回”なのよね」


 黒瀬が、淡々と補足する。


「ワールドコアも、そういう“読者の盛り上がりログ”を見てる。

 “ここを削ると魅力が落ちる”って認識している可能性は高いわ」


「でも、その裏で、“一人の人生がそこで終わってる”わけですよね」


「ええ。

 だからストーリー課が入って、“盛り上がりログ”と“生き残りログ”を両立させる必要がある」


 黒瀬の声に、いつもより少しだけ熱が乗った気がした。


「――もう一つ、見せておくわね」


 彼女はワールドコアの球体を軽く叩くような仕草をした。


 球体の一部が透け、その奥に、別のウィンドウが現れる。


 無数の再生ボタンが並んだ、ログビューアだ。


「観察者モジュールのアクセス履歴。

 案件No.0002における、閲覧傾向よ」


 再生数の多い順に並べ替えられたリストが、上から下までずらりと表示される。


 その上位は、ほとんど――エイルのシーンだった。


『魔力制御の失敗で、杖を落とす』

『模擬戦で転び、土でドレスを汚す』

『他の子の成功を、少し離れた場所から見ている』


 そして、今後の候補としてマークされているのは――。


『防衛実習で、結界の前に一人立つ』

『最終決戦で、瀕死の主人公をかばう』


「……趣味が悪いですね、“観察者”」


 思わず顔をしかめる。


「傷ついたヒロイン、失敗するヒロイン、

 “自分より他人を優先してすり減っていくヒロイン”――

 そういうログばかり、何度も何度も再生してる」


「単なる“好み”なのか、反発なのか、

 あるいは、まだ解析できていない上位モジュールの意図なのか。

 そのへんの言語ラベルは、いったん保留にしてるけど」


 黒瀬は、そこだけは慎重に言葉を選んだ。


「少なくとも、“エイルというキャラに固執している何か”がいるのは確かね」


 観察者モジュール。

 ワールドコアの中に組み込まれた、“物語を眺めるためのサブAI”。


 本来は、“どの物語がよく読まれているか”“どのキャラが好かれているか”を計測するための、

 中立的な監視装置のはずだった。


「でも今回は、その観察者が、“代償テンプレの入り口”になってる可能性がある」


「観察者が、先にエイルに執着して、

 そのログの偏りを見た代償テンプレが、“じゃあここで一回死んでもらおうか”と提案している」


「逆かもしれないわ」


 黒瀬が穏やかに返す。


「先に代償テンプレが、

 “この子、死に役にしたら美しいんじゃない?”って構造候補を立てて、

 その“美味しいシーン”を観察者が繰り返し眺めている」


「どっちにしろ、エイルにとってはろくでもないですね」


「ええ。だからこそ、うちの課が介入している」


 黒瀬は、ワールドコアの表示を一度全部消した。

 代わりに、シンプルな二つのフラグが、宙に浮かぶ。


【削除猶予:学園防衛実習イベント終了時まで】

【構造候補:代償テンプレ/適用進行中】


「この世界は、次の《学園防衛実習》が終わった瞬間に、

 “読む価値があるかどうか”を判定される」


 黒瀬が指で【削除猶予】フラグを軽く弾く。


「そのとき、代償テンプレがメインルートに入ったままだと――

 エイルは、ほぼ確実に“死んで盛り上げる役”になる」


「盛り上がりポイントは稼げる。

 ワールドコア的には、“感情ログが強く振れた名シーン”として記録される」


 ルナが、補足を入れるように言葉を継ぐ。


「でも、“その子の人生”として見たときには、あまりにも雑な終わり方です」


「うちの課の方針、覚えているわね?」


 黒瀬が、こちらをまっすぐ見た。


「“ヒロインが死なないと盛り上がらない物語は、原則ボツ”」


「はい」


 即答した。


「だから――」


 自分の胸の中で、言葉を噛みしめる。


「まずは、その代償テンプレからボツにしましょうか」


 黒瀬の口元が、わずかに緩んだ。


「いい返事ね。

 じゃあ具体的な作戦は、次の会議で詰めましょう」


 ルナが、ぱん、と小さく手を叩く。


「とりあえず今日のところは、“エイルさんのログを増やす”って方向で進めてください!」


「“いてもいなくても同じ子”から、“いないと困る子”へ。

 ログの厚みで、構造そのものを上書きしていくのよ」


 ワールドコアの球体が、再び静かに回転を始める。


 光の線の中で、一番細かったエイルのラインが、

 ほんの少しだけ太くなったような気がした。


(学園防衛実習まで、時間はそんなにない)


 だけど、

 “死ぬためのヒロイン”ってラベルを剥がすには――

 まだ、十分間に合うはずだ。


 そう信じて、俺は再び臨時講師ロールへの再接続を受け入れた。

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