第2話 元プレイヤー、原作チートでニヤニヤ
王立魔法学園・第二学年の午前中は、恒例行事から始まった。
「では今日は、基礎魔力の再測定を行う。
実力の伸びと属性の再判定だ。順番に前へ」
実技担当のグレンが腕を組み、教室前方の魔力測定器を顎でしゃくる。
丸い水晶玉の周囲に、魔法陣がいくつも刻まれた台座。
触れた者の魔力量・属性傾向・成長係数が、上の水晶パネルに数値として現れる仕組みらしい。
(完全にゲームのステータス測定だな。UIも親切だし)
教室のあちこちから、わくわくと緊張が混ざった空気が立ちのぼる。
「じゃあ、ユウトからだ」
「はい!」
呼ばれたユウトが、真っ直ぐ前に出ていく。
水晶玉に両手をそっと添えた瞬間――台座の魔法陣が、ぼん、と赤く光った。
上部のパネルに、数字と文字が浮かぶ。
【魔力量:E】
【属性適性:火/微】
【成長係数:S】
「……うわ、やっぱり“火花組”か」
ユウト本人が苦笑する。
「でも成長S出てるぞ、お前」
後ろからリオが叫んだ。
「去年より上がってる! 成長係数Aだったろ」
「え、マジ? やった!」
教室のあちこちからも、「おおー」と歓声が上がる。
グレンも、口元だけで小さく笑った。
「基礎の魔力量は並だが、伸び代は十分だな。
鍛えがいはありそうだ」
(“平凡+成長S”って、いかにも“主人公スペック”なんだよな)
俺は内心でうなずく。
ユウトは典型的な「最初は火花しか出ないけど、後から伸びるタイプ」だ。
こういう素体に、周囲のキャラとイベントをどう噛み合わせるかで、物語の温度が決まる。
「次、エイル・ヴァレンシュタイン」
グレンの声に、教室の空気が少しだけ変わった。
視線が一斉に、中央あたりの席に集まる。
「あ、はいっ」
エイルが胸の前で手をぎゅっと握ってから、前へ出た。
緊張で肩がこわばっているのが、遠目にも分かる。
「落ち着け。いつも通りでいい」
グレンが短く声をかける。
「……はい」
エイルはこくりと頷き、水晶玉に両手を乗せた。
と、その瞬間――
台座の魔法陣が、ふわりと淡い光を放った。
赤でも青でも緑でもない。
七色が混ざり合う前の、白に近い光。
(きれいだな)
素直にそう思う。
が、上部パネルに浮かんだ文字列は、それとまるで噛み合っていなかった。
【魔力量:D】
【属性適性:無/判定不能】
【成長係数:C】
教室が、妙な静けさに包まれる。
「……なあ、“無属性”ってやっぱ地味だよな」
「魔力Dって、平均よりちょっと下だろ?」
「去年からあんまり変わってないらしいぞ」
ひそひそ声があちこちから漏れる。
「ふむ」
グレンは顎に手を当て、水晶玉とパネルを見比べた。
「魔法陣の出力と、数値の割り振りが噛み合ってない気もするが……
判定不能、か」
その一言が、エイルの肩にさらに重くのしかかる。
「ご、ごめんなさい……」
エイルは小さくうつむいた。
別に、彼女が謝る必要なんてどこにもないのに。
(……あー、完全に“自分のせい”だと思ってる顔だな)
肩の上で、ミニルナがきゅっと唇を結ぶ。
「三城さん」
彼女が俺だけに聞こえる小声で囁いた。
「今の測定ログ、ワールドコアに上がりました。
“無属性判定”と“本人の自己評価の低さ”が、またエイルさんの“いなくてもいい子”ラベルを強化してます」
「見てりゃ分かるな……」
「でも、魔法陣の波形はかなりきれいですよ。
“誰かの魔力をつなぐ”方向の適性、ちゃんと出てます」
「数値に出てないだけか」
「ですね〜。“数字に出ない強み”ってやつです」
とはいえ、クラスメイトの大半にとっては、数字が全てだ。
前列の武闘派お嬢様――火属性高出力のヒロインAが、気まずそうに視線を逸らす。
眠そうな天才少女Cは、机に突っ伏したまま、ちらりとだけエイルを盗み見た。
「……次」
グレンが話を進めようとした、そのとき。
「いやいやいや、今の相当レアだって!」
教室の後ろのほうから、妙にテンションの高い声が飛んだ。
「“判定不能”で“無属性”とか、実質チートフラグでしょ!」
全員の視線が、そちらに向かう。
椅子の背もたれにだらしなく寄りかかりながら、
黒髪を無造作にかき上げている少年が一人。
制服は着崩し気味。
だが、目だけは妙にギラギラしていた。
「……カイ・シグルド」
グレンが眉をひそめる。
「授業中だ。座っていろ」
「いや先生、だってさ、今の完全に――」
カイは立ち上がりかけた腰を、ひょいと戻しながら、それでも笑いを止めなかった。
「“ここで判定不能出すの、だいたい主人公かヒロイン”って相場、知らないんすか?」
「相場って何の話だ」
「人生の、ですよ」
さらっと言い切ったあとで、彼はようやく口を閉じた。
周囲の何人かが苦笑し、何人かは「またカイが変なこと言ってる」と呆れ顔になる。
エイルはどう反応していいか分からず、固まっていた。
(……出たな、“元プレイヤー”)
俺は、ミニルナと目を合わせる。
さっきからカイの周りに、別種のログがうっすら浮かんでいるのが見えていた。
【外部知識参照ログ:
・イベント名《基礎魔力測定》
・原作ゲーム中、重要度:★☆☆
・条件分岐:無】
(イベント名付きで出てるってことは――)
「確定ですね。
彼、“アルケイン・アカデミア Online”のプレイヤーですよ」
ミニルナがHUDを指差す。
「生前のログに“アルケイン・アカデミア Online累計プレイ時間:二千時間超え”ってあります」
「ガチ勢だな!」
思わず素で突っ込んでしまった。
「ですよね! 自覚あります!」
本人も胸を張るな。
測定は続く。
ヒロインAは火属性B+成長A。
回復系お姉さんBは光属性C+成長B。
天才無気力少女Cは雷属性A+成長S。数値だけ見ればバケモノだ。
「はい、じゃあ測定はここまで。残りは午後のクラスに回す。
休憩十分のあと、座学に入るぞ」
グレンがそう締め、教室を出て行った。
チャイム代わりの魔法音が、ぴろりん、と鳴る。
途端に教室がざわめきに満ちた。
「なあユウト、成長Sだったじゃん!」
「お前こそ雷属性Aってなんだよ! チートかよ!」
「いや、やる気がないから相殺されるんだよなあ……」
あちこちで、数値自慢と自虐が飛び交う。
その中で、エイルは自分の席にそっと戻り、ノートを開いた。
視線は伏せられたまま。
俺が様子を見に行こうとした、そのとき。
「お、先生」
先に声をかけてきたのは、さっきのカイだった。
いつの間にか俺の机――教室後方に用意された講師席――の前に来て、ニヤニヤしている。
「さっき、“判定不能”のときにちょっと目光ってましたよね?」
「人を観察するポイントが独特だな、お前」
「だって、イベントの匂い、しましたから」
さらっと言いながら、カイは自分のノートを開いて見せてきた。
一見すると普通の授業ノートだが――端のほうに、小さく走り書きがある。
《第二学年基礎魔力測定:チュートリアルイベント扱い》
《ユウト=成長S確認(原作どおり)》
《エイル=無属性/判定不能(原作通り/フラグ継続)》
(原作通り、ね)
思わず、眉が動く。
「それ、授業のノートじゃなくて、“攻略メモ”だな?」
「うわ、バレた」
カイは楽しそうに笑った。
「いやー、さすが外部監査官。目ざといですね。
――そうっすよ。これ、元のゲームの知識と照らし合わせて書いてます」
「ゲーム?」
「アルケイン・アカデミア Online。
ここ、元はそのゲームの舞台なんですよ」
やっぱりそのタイトルか。
「で、先生。
これ、どこまで“原作通り”なんです?」
カイが身を乗り出してくる。
「今のところ、細かい違いはあっても、大筋は原作どおりに進行してる感じなんすよね。
――あのエイルの“無属性判定不能”とかも」
「“とかも”ね」
「そうそう。
あれ、最初は“地味キャラ”なんですけど――」
カイはそこで、言葉をいったん切り、ニヤリと笑った。
「防衛実習で、一回退場するんですよ。
それで、主人公覚醒+学園全体の士気爆上がりイベント。
原作だと、マジで神回なんですよねー」
言ってる内容のエグさと、語り口の軽さのギャップがすごい。
「……退場って、“死ぬ”って意味か?」
「“物語的には”ですね」
カイは、あくまでゲームの話として続ける。
「エイルが結界維持のために魔力全部使い切って、そのまま倒れて――
“ここはわたしに任せて、ユウトくんたちは前を守って”って笑うんですよ。
それで結界が持って、防衛戦がギリギリで成功して、
ユウトが“だから俺は――”って叫びながら覚醒するんすよ」
身振り手振りつきで熱く語ってくる。
「いやー、あれは泣いた。
“こんなに綺麗に代償払わせるか”って、初見で鳥肌立ちましたから」
「代償払わせる、ね」
プロローグで何本もボツにしてきたフレーズが、そのまま返ってきた気分だ。
「ちなみに、そのあとエイルは?」
「しばらく“退場”です。
ルートによっては、エンディング前にひょっこり戻ってくるパターンもあるけど――
防衛実習回のインパクト的には、やっぱ“ここで一回いなくなる”からこそって感じっすね」
カイの目が、本気で嬉しそうなのが、逆に怖い。
「――その“神回”を、この世界でも再現したいって思ってるわけか?」
「まあ、そりゃそうじゃないですか?」
即答だった。
「だってせっかく原作の中に来たんですよ?
推しイベント、生で見たくないわけないじゃないですか」
推しイベント。
エイルが倒れて、ユウトが覚醒して、世界が守られる防衛実習。
ゲームプレイヤーとしては、「一番盛り上がるシーン」だったんだろう。
でも――。
(それ、“代償テンプレ”そのものなんだよなあ)
ワールドコアが好んで挙げてくる、“誰か一人が身を挺して世界を守る”パターン。
そこにプレイヤーとしての「見どころ補正」まで乗っている。
ややこしいこと、この上ない。
「先生は、どう思います?」
カイが首をかしげる。
「原作通り、エイルが結界維持して倒れて――
ユウトが覚醒して世界救うって展開。
“物語として”、アリだと思いません?」
試すような目だった。
この世界の構造と原作を両方知っていそうな「外部の人間」に対して、
“観客目線の評価”を求めているような。
「アリかナシかで言えば――」
俺はひとつだけ息を吐いた。
「俺としては、真っ先にボツだな」
「え」
カイがまばたきをする。
「誰か一人を犠牲にしないと盛り上がれない物語は、どうにも好きになれない」
「でも、それで守られる世界もあるじゃないですか」
「そうだな」
それは否定しない。
「でも、“それしか選べない”って決めつけは、もっと嫌いだ」
カイは、言葉に詰まった。
その隙に、ミニルナが俺の耳元で囁く。
「“課としても”もちろんボツってことでいいですよね?」
「決まってるだろ」
俺も小声で返す。
(少なくとも、うちのストーリー課では、“それ前提の神回”は却下だ)
声には出さず、心の中だけで付け足す。
元プレイヤーの“原作チート”は、使いようによっては心強い。
どこで何が起きるか、どのイベントが山場か、事前に知っているのは、情報としては価値が高い。
問題は、その知識を「どう使おうとしているか」だ。
「まあまあ、先生」
カイは、少しだけ笑みを薄くした。
「まだ先の話ですよ。防衛実習なんて。
それまでに、いろいろ“寄り道”もあるはずですし」
「そうだな。寄り道は大事だ」
そこには、おおむね同意する。
――寄り道の質によって、エイルが「死ぬためのヒロイン」から外れていくなら、尚更だ。
「じゃ、次の座学も聞きますから。
先生、原作との“違い”があったら、そのへんもツッコミ入れてくださいね」
カイはそう言って、ひらひらと手を振って自分の席に戻っていった。
彼のノートの端には、まだいくつものメモが踊っている。
《学園防衛実習:原作最大山場》
《エイル退場イベント:名シーン/泣き所》
《マサト先生=外部要素/ルート分岐フラグ?》
(……ルート分岐フラグ、ね)
肩の上のミニルナが、小さくガッツポーズをした。
「先生。
あの子の“原作チート”、逆に利用しちゃいましょう」
「ああ。
どういうタイミングで、どんなふうにエイルが“退場させられる予定”だったのか――
根掘り葉掘り聞き出してやる」
原作の「最高に泣けるシーン」とやらを、
“誰も死なないクライマックス”に差し替えるために。
元プレイヤーがニヤニヤしながら握っている攻略情報ごと、
こっちの都合のいいように書き換えてやるつもりだった。




