第1話 臨時講師、問題児クラスへ
――そうして登録されたロールのとおりに、俺は今、王立魔法学園の門の前に立っている。
門が、無駄にカッコよかった。
石造りのアーチに、意味ありげな紋章。
左右には、いかにも「高レベル魔法生物です」みたいな石像が鎮座している。口の中で青白い光が揺らめいてるのは、たぶんエフェクトだ。
(……どう見ても、ゲームのスタート地点なんだよなあ)
王立魔法学園――ワールドコア案件No.0002の舞台。
俺は、門の前でひとつ息を吐いてから、支給されたローブの裾を整えた。
「緊張してます?」
肩の上で、掌サイズの銀髪女神がひょいっと顔を覗かせる。
ミニルナ。公式設定上は「ちょっと頭のいい使い魔」らしい。自称だ。
「まあ、初出勤だしな。死後だけど」
「先生デビューですよ、先生デビュー! 三城先生!」
「やめろ、似合わない」
とはいえ、ロールはすでに登録済みだ。
【臨時ロール:王立魔法学園・魔法理論講師】
【サブロール:安全管理官(限定)】
問題児クラスの担任をしつつ、世界の構造に口出しするのが今回の仕事、というわけだ。
門をくぐると、石畳の道が校舎へ続いている。
左右には芝生と花壇。遠くには訓練場と、魔力で浮いているターゲット群。やっぱりエフェクトだ。
「おお……ちゃんと『魔法学園モノです!』って顔してるな」
「テンプレ環境の整い具合はさすがですね〜。さすがワールドコア印!」
「そこ褒めるところか?」
そんな軽口を叩いていると、向こうからローブ姿の老人が歩いてきた。
「おお、お待ちしておりましたぞ。あなたが、外部からいらした臨時講師殿ですな?」
白い髭に、柔らかい笑い皺。テンプレのような「優しい学園長」だ。
「ええ、王都より参りました、マサト・ミシロと申します。
魔法理論の講義と、実習の安全管理を任されています」
軽く頭を下げると、学園長は満足げに頷いた。
「うむうむ。いやあ、第二学年C組はなかなかに賑やかでしてな。
外部の目を入れてみてはどうかと、王都のほうからも助言がありまして」
(C組。問題児クラスってやつだな)
「生徒が元気なのは良いことですよ」
口ではそう言いながら、内心では別の意味で身構える。
ワールドコアのログによれば――
案件No.0002の“揺らぎ”は、この第二学年を中心に起こっている。
「では、職員室にご案内しましょう。
まずは他の教師たちと顔合わせを。そのあとで、担任クラスに――」
「よろしくお願いします」
俺は学園長の後をついて、校舎へと足を踏み入れた。
◇
職員室もまた、テンプレ感がすごかった。
壁一面の本棚。魔導書らしき背表紙がぎっしり。
中央には長机が並び、教師たちが書類と格闘している。
「諸君」
学園長がひとつ咳払いすると、室内の視線がこちらを向いた。
「今日からしばらくの間、第二学年C組の魔法理論を担当していただく、
マサト・ミシロ先生だ」
「マサト・ミシロです。王都記録局より、外部監査を兼ねて派遣されました。
実習中の安全管理も担当しますので、どうぞよろしく」
頭を下げると、何人かの教師が立ち上がってきた。
「グレン・ハウゼンだ。戦闘実技を見てる」
最初に手を差し出してきたのは、背の高い男だった。
短く刈り込んだ茶髪に、頬を走る傷。
いかにも現場叩き上げ、って顔だ。
「机上の理論は嫌いじゃないがな。実戦の邪魔だけはしないでくれよ、センセイ」
「善処します。お互い、死者は出したくないですしね」
「……まあ、それは同感だ」
グレンはわずかに口元を緩めた。
「イリア・フォードです。保健室を預かってます」
次に挨拶に来たのは、淡い金髪をひとつにまとめた女性だった。
白衣の裾から覗くローブが、ほんのり治癒魔法の光を帯びているように見えるのは、気のせいじゃないだろう。
「生徒たちの体調やメンタル面で、何か気になることがあれば、いつでも相談してくださいね」
「心強い。きっとお世話になります」
「はい。特に第二学年は……まあ、いろいろありますから」
イリアは少しだけ言葉を濁した。
その「いろいろ」の中に、エイルのログの薄さも含まれているのだろう。
「教務主任のラウル・ベルネだ」
最後に近づいてきたのは、黒髪をきっちり撫でつけた痩せ型の中年男だった。
冷静そうな灰色の瞳。ローブの袖口から覗く指先は、癖のない動きをしている。
「本校のカリキュラムと、魔力資源の配分管理を担当している。
今回は、王都の勧告もあり、外部の視点を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
「ただし――」
ラウルは視線だけで俺を測るように見た。
「学園の目的は、世界を守る人材を育てることだ。
その過程で、ある程度のリスクや犠牲が出るのは避けられない」
「……はい」
「安全管理官として、それを“全否定”されては困る」
柔らかい言い回しだが、釘を刺されたのははっきり分かった。
(“犠牲は一定量やむなし”って価値観か)
代償テンプレの人間側代弁者――今の一言で、ログと一致した。
「できる限り、合理的な範囲で口を出させてもらいますよ」
そう返すと、ラウルは「それでいい」と小さく頷いた。
「ではマサト先生。早速だが、C組のホームルームに顔を出してもらおう」
学園長が手を叩く。
「問題児クラスの実態は、実際に見てみるのが一番早い」
「……問題児って、公式呼びなんですね」
俺が小声でこぼすと、ミニルナが肩の上で「ですよね〜」と頷いた。
◇
第二学年C組の教室は、廊下の一番奥にあった。
扉の前まで来ると、中から賑やかな声が漏れ聞こえてくる。
「なあなあ、今度の模擬戦、俺と組もうぜ」
「やーだよ、お前また突っ込んで死にかけるじゃん」
「死にかけねえし! ギリギリで生き残るのが燃えるんだろ!」
「それ、だいたいやばい人のセリフだからね?」
……うん。賑やかだ。
学園長がこほんと咳払いし、扉を開けた。
「諸君、静粛に」
一瞬で、ざわめきがしぼんでいく。
前のほうに座っていた生徒が慌てて席に戻る音がした。
「今日からしばらくの間、君たちの魔法理論を担当してくれる先生を紹介する」
俺は一歩前に出る。
「王都より参りました、マサト・ミシロです。
外部からの監査と、実習の安全管理を任されています。よろしく」
教室一面に、色とりどりの視線が突き刺さった。
好奇心、警戒、面倒くさそうなやつ、寝てるやつ。
魔力の色まで混ざった視線が、一瞬だけこちらに集中する。
「マジかよ、また先生増えたのかよ……」
「“安全管理官”ってことは、また変な規則増えんじゃない?」
「んー? でも見た目はそこまで堅そうでもない?」
しばらく好き放題言われ放題だったが、ひときわ大きな声がそれをかき消した。
「とりあえず、オレは歓迎っすよ!」
後ろのほうから立ち上がったのは、赤茶の髪を無造作に結んだ少年だった。
快活な笑顔。肩には使い込まれた木剣。
「第二学年C組、前衛担当のユウトです!
新しい先生、よろしくお願いします!」
素直に礼を言われると、こっちも悪い気はしない。
「よろしく、ユウト。……前衛担当って、自己紹介に入れるんだな」
「だってそのほうが分かりやすいじゃないですか!
あ、後衛で魔法撃つやつとか、支援専門とか、だいたい役割決まってるんで!」
(ゲーム色強いなあ、この世界)
心の中でだけツッコむ。
「はいはい、前衛バカは座って」
ユウトの隣の席から、黒髪の少年が半眼で引っ張り下ろした。
こちらはもう少し落ち着いた雰囲気だ。
手の甲には小さな火傷の痕がいくつもあって、鍛えてるのが分かる。
「親友のリオです。バカだけど、悪いヤツじゃないんで」
「お前それ先生の前で言うか!?」
「事実だろ」
教室のあちこちから笑いが漏れた。
「おいおい、だったら俺も自己紹介しとくか」
今度は窓側の列から、妙にキラキラした笑みの少年が手を挙げる。
茶色の髪をわざとらしくかき上げて、片目をウィンク。
「ジンっす。ジン・クレイ。
女子の皆さんと先生が安全に笑って過ごせるよう、クラスの雰囲気づくりを担当してまーす」
「自分で“雰囲気づくり担当”って言うなよお前」
「チャラい」「でもモテるんだよなあいつ」「うぜえ」
周囲の評価がだいたい一致しているのが面白い。
他にも、前の列にはきっちり背筋を伸ばした金髪のお嬢様系女子と、
窓際に突っ伏してる眠そうな少女と、
柔らかそうな雰囲気のローブ姿の女子――たぶんこれが例のヒロイン候補たちだ。
(で――)
俺の視線は、自然と教室の中央付近に吸い寄せられた。
そこに、ひときわ目立たない影が一つ。
灰色がかった金髪を肩で切りそろえた少女が、机の上にノートを広げたまま、こちらをじっと見ていた。
制服はきちんと着ている。姿勢も悪くない。
ただ、そこに“色”がほとんど乗っていない。
「……エイル・ヴァレンシュタインさん、かな」
俺が名前を呼ぶと、彼女はびくっと肩を震わせた。
「は、はいっ」
立ち上がろうとして、椅子の脚をがたんと鳴らす。
慌てて椅子を押し戻し、小さく咳払い。
「あの、その……エイル・ヴァレンシュタインです。えっと……」
一瞬、言葉に詰まる。
「魔力は、そんなに高くなくて……属性も、まだよく分かってなくて……
でも、みんなの……足を引っ張らないように、がんばります」
最後の一言だけ、少しだけ声が大きくなった。
教室の反応は――薄かった。
ユウトとリオが小さく頷き、近くの女子がぱちぱちと控えめな拍手をする。
それ以外の視線は、すぐに別のほうへ逸れていった。
「……相変わらずだなあ、エイル」
後ろのほうで誰かがぼそりと呟く。
「印象、薄いんだよな……いい子なんだけどさ」
その言葉と同時に、俺の視界の端で、別のウィンドウがひょいっと開いた。
「出ました出ました〜」
肩の上のミニルナが、嬉しそうに指をさす。
【第二学年C組 印象値簡易モニタ】
ホログラムには、クラスメイトの名前が縦に並び、
その横に、それぞれ色とりどりのバーが表示されている。
ユウト――緑のバーが真ん中より少し長い。
リオ――オレンジのバーがほどよく伸びている。
ジン――黄色のバーがやたらうるさい長さだ。
前列の金髪お嬢様は赤、眠そうな少女は青、
柔らかそうな女子は淡いピンク――どのバーも、それなりの長さを持っていた。
問題は、その中にひとつだけ。
極端に短い、うすぼんやりした灰色のバーがあることだった。
表示名:エイル・ヴァレンシュタイン。
「……マイナス三シグマ、ってやつか」
思わず小声でこぼす。
「ですね〜。クラス印象の平均から見て、エイルさんだけ明らかに“低い”です」
ミニルナがひそひそ声で解説する。
「でも、ロール的には“ヒロイン級”なんですよね、この人。
ログとラベルのバランスがおかしいタイプです」
(“いてもいなくてもいい子”扱いされてるヒロイン、か)
ワールドコアの判定は、確かに間違ってない。
彼女はこのクラスの中で、
目立ちもせず、嫌われもせず、ただそこにいるだけ――
そんなふうに、世界からラベルを貼られてしまっている。
「……よし」
俺は軽く手を叩いた。
「とりあえず、今日は顔合わせだ。
授業の内容は明日から、ってことにしよう」
教室のあちこちから、ほっとしたような声が漏れる。
「ただし、一つだけ覚えておいてほしい」
俺は黒板に、自分の名前をさっと書いた。
「俺の仕事は、“誰か一人が身を挺んで死ぬと盛り上がる物語”を、真っ先にボツにすることだ」
ぽかん、とした顔が並ぶ。
まあ、そうだろう。
「だから少なくとも、ここにいる誰かが、“盛り上げ役として死ぬ”予定になってるんだとしたら――
そこから変えていくつもりでいる」
エイルの肩が、ほんのわずかに揺れた気がした。
ユウトがきょとんとして俺を見ている。
リオは何かを察したように目を細め、ジンは「なんだ今の、カッコよくね?」と隣に囁いている。
「詳細は、ぼちぼち話していこう」
そう締めくくって、ゆっくりと教室を見渡した。
問題児クラス。
印象値バラバラ、役割もバラバラ。
その中にひとり、極端に薄い灰色のバーを持ったヒロイン候補。
(さて――“臨時講師”三城、最初の授業は)
肩の上で、ミニルナが小さく拳を握る。
「がんばりましょうね、先生。
“いなくてもいい子ヒロイン”、昇格させてあげましょ!」
「ああ。
うちの課では、“そんな終わり方”はボツだからな」
そう心の中で繰り返しながら、俺は第二学年C組の顔ぶれを、ひとりひとり、焼き付けるように見ていった。




