第2章 プロローグ 案件No.0002/王立魔法学園の審判日
第2章 王立魔法学園と、色のない令嬢 -------
その日も、俺は安定の“テンプレ処刑人”をしていた。
「――はい、トラック。まずそこからボツ」
目の前に浮かぶホログラム企画書に、真っ赤な【却下】スタンプが降りる。
【案件案:
現代日本の社畜が深夜残業帰りにトラックにはねられ――】
「はねられすぎなんだよな、お前ら」
「でも三城さん、今回のはひと味違うって本人は主張してますよ?」
隣のデスクから、銀髪ツインテールの女神――ルナがひょこっと顔を出す。
「“トラックのナンバーが前世の電話番号とリンクしていて、
実は運転手が未来の自分だった”っていう、斬新な――」
「斬新の意味、辞書で調べてから出直してきてほしいな」
俺は企画書の別ページをめくる。
【転生先:剣と魔法の異世界
ギフト:最強チートスキル《無限ガチャ》
ハーレム候補:エルフ、獣人、ドラゴン娘、幼なじみの妹(なぜか転生してきている)】
「はい出た、ガチャとハーレムの抱き合わせ販売」
「読者さん人気なんですよ? ガチャ」
「ガチャが悪いんじゃなくて、“困ったらとりあえずガチャ”って発想が悪いんだ」
俺はスタンプをもう一度押した。
【審査結果:ボツ
理由:死因とギフトとヒロインの並びが、ほぼ既視感の塊】
「三城さん、今日のボツコメントいつもより辛口ですね」
「寝不足だからな。死んでまで残業させられるとは思わなかった」
「死後労働おつかれさまです!」
フォローになってない。
ここは輪廻庁・物語管理局ストーリー課。
死んだ人間たちの「次の人生」を、転生ストーリーとして企画し、
ヤバいものとつまらないものを容赦なくボツにする部署だ。
今日もホログラムの棚には、新規応募案件がずらりと並んでいる。
【案件案:辺境追放系】
【案件案:実は隠れ最強系】
【案件案:スローライフ詐欺系】
「はい次、“追放された俺、実は国一番の魔導士でした”」
タイトルの時点で既視感がすごい。
【あらすじ:
役立たず烙印を押され、パーティを追放された主人公。
しかしそれは、彼の真の力を恐れた仲間たちの策略だった――】
「だった、じゃないんだよ。だった、じゃ」
「でもでも! 今回は追放した側がすぐに土下座して、
“戻ってきてくれ”って言ってくるパターンなんですよ?」
「それ、追放の意味あったか?」
俺は額を押さえながら、審査コメント欄を開く。
【問題点:
・追放に至る理由が浅い
・世界の構造的なリスクが薄いのに、ノリで追放している
・“ざまぁ”される側が、ただのバカにしか描かれていない】
「“追放システム”自体に世界内の必然性があればまだしも、
ただ主人公を気持ちよくさせるための踏み台しか出てこないのは、うちではボツ」
「“うちではボツ”って、だいぶパワーワードですよね……」
ルナがくすくす笑う。
「でもその辺、三城さん、すっごく安定してますよ。
最近“ボツ出しの三城”って、他部署でもちょっと有名ですよ?」
「嬉しくない肩書きランキング、上位に入ったな」
とはいえ、自覚はある。
生前、俺はラノベ賞に五回応募して、五回全部ボツを食らった。
ボツ通知メールを読む側から、ボツを出す側へ。
立場は変わったけど、「ここを直せばもっと良くなるのに」という
モヤモヤは、今でも相手の企画書に対して勝手に湧いてくる。
「よし、次。
“わたし、平凡聖女だと思ってたら世界最強でした”」
「王道ですね!」
「王道と手抜きは違うって、この前黒瀬さんにも言われてただろ、お前」
企画書を開く。
【ヒロイン:平凡な回復術師として育てられた聖女】
【実は:世界で唯一“世界そのものを巻き戻す”大いなる力を秘めている】
「……うん。ここまではいい。ここまでは」
問題は、その力の使い方だ。
【クライマックス:
・大切な人を失った聖女が世界を巻き戻す
・巻き戻した世界で、失った人が助かる
・代償として、聖女は誰からも忘れられて消える】
「出た、“犠牲にして感動させとけばいいだろエンド”」
俺はため息をつく。
「推しヒロインを殺して泣かせるの、乱用しすぎなんだよな。
たまにやるから効くんであって、“とりあえず死なせとけ”は乱暴すぎる」
「“代償テンプレ寄り”ってやつですね?」
「そう。ワールドコアが最近すぐ挙げてくる、あのパターンだ」
誰か一人が身を挺して、世界を救う。
失われた人を取り戻す。
代わりに、その誰かが消える。
構造としてはきれいだし、盛り上がる。
だからこそ、ワールドコアは「候補」としてよく出してくる。
でも――。
「こっちの課としては、“それしか選べない世界”は、基本ボツなんだよ」
「ですね〜」
ルナがこくこく頷く。
彼女が指を弾くと、周囲のホログラムが一斉に切り替わった。
【代償テンプレ候補例:
・魔王と刺し違えて死ぬ勇者
・世界樹と同化して消える巫女
・結界の核とされることで存在を失う聖騎士
・運命のループから抜けるために、一人だけ記憶を持ったまま取り残される少女】
「……まあ、どれも“一発芸”としては嫌いじゃないけどな」
「けどな、ですよね」
「ああ。
“このキャラだからこそ、その選択をした”って説得力が積み上がってるならまだしも、
“その役に選ばれたから死ぬ”だけのラベル貼りは、物語として雑すぎる」
俺は聖女企画書に【要再構成】の印を押した。
【コメント:
“誰もが納得する犠牲”にするな。
“それは嫌だ”と、読者が噛みつける余地を残せ。】
「はい、次のテンプレ処刑台にご案内しまーす」
ルナがノリノリで言った瞬間――。
フロアの照明が、ほんの一瞬だけ、ぐっと暗くなった。
「……ん?」
反射的に顔を上げる。
オフィス中央に浮かぶ巨大スクリーン――
ワールドコアの状態を示すパネルに、赤い文字列が走り始めていた。
【警告:案件No.0002に構造異常】
【ベース世界:王立魔法学園系フィールド】
【対象:ヒロインログ/印象値異常低下】
【構造候補:代償テンプレ侵入】
【削除猶予:次回《学園防衛実習》イベント終了時まで】
「……学園モノ、来たな」
俺は椅子を軋ませて立ち上がる。
「ルナ、通知ログ開いて」
「はいっ!」
ルナが指をくるりと回すと、俺のデスクの前に追加ウィンドウがせり出した。
【案件No.0002】
【タイトル(暫定):アルケイン・アカデミア案件】
【ジャンル:学園×魔法バトル】
【主な構造イベント:
・入学式
・クラス分け
・模擬戦
・フィールド実習
・学園防衛実習(※ワールドコア評価ポイント)】
いかにも、「ゲーム原作の魔法学園モノです!」と言わんばかりのイベント構成だ。
問題は、その下だ。
【人物ログ:ヒロイン候補/エイル・ヴァレンシュタイン】
【印象値:クラス平均の−3σ】
【物語への関与度:ルートヒロイン級/ログの薄さと不均衡】
【代償テンプレ:学園防衛実習・最終決戦に侵入傾向】
「印象値マイナス三シグマ……」
教室の中で、「いてもいなくてもいい子」と扱われている度合い。
それを数値化したのが、この印象値だ。
マイナス三シグマは、統計的に見て“明らかに浮いている”レベル。
本来はヒロイン級のポジションなのに、ログだけ見ると、モブにすら届いていない。
「しかも、よりによって“代償テンプレ”が食い込んでるのが、その子のルートだけって」
「わかりやすく、ですけどね……悪い意味で」
ルナが渋い顔になる。
「“エイルさんが身を挺して世界を守ると、学園救済&主人公覚醒。
でも本人は死ぬか、存在ごと消える”――そのパターンが、
防衛実習と最終決戦に候補として挙がっています」
「テンプレとしては、よくあるやつだな」
ヒロインが血を流す。
主人公が泣き叫ぶ。
世界が救われる。
読者の涙を絞りやすい“お約束”の一つ。
だけど――。
「“ヒロインが死なないと盛り上がらない世界”は、うちでは推奨されません、なんだよ」
自分で言って、自分で苦笑する。
そのとき、別のウィンドウがぴょこんと顔を出した。
【観察者モジュール:閲覧ログ】
【閲覧対象:エイル・ヴァレンシュタイン】
【閲覧傾向:
・失敗イベント
・負傷イベント
・自己犠牲選択肢 を繰り返し再生】
背中に冷たいものが走る。
「……こいつ」
「またいますね、“観察者モジュール”」
前の案件――辺境村のミアの世界でも、
ミアのログだけを異常な頻度で覗き込んでいた、得体の知れないAI。
今は、その矛先をエイルというヒロインに向けているらしい。
「ミアの世界を一通り見終わって、
“次の推しヒロイン”を見つけた、って感じの動きですね〜」
「推し方が歪んでるんだよな、どう見ても」
そのとき、ヒールの音がフロアに響いた。
「――そうね。あまり褒めたくなる推し方じゃないわ」
落ち着いた声が背中から飛んでくる。
振り向くと、黒髪ポニーテールにタイトスカートの女性――
ストーリー課一等審査官、黒瀬 天音がスクリーンの前に立っていた。
「案件No.0002。王立魔法学園。
ヒロイン候補エイル・ヴァレンシュタイン。
印象値の極端な低さと、代償テンプレの侵入……」
黒瀬さんは、ワールドコアログをざっと流し読みし、ふう、と息を吐く。
「“いなくてもいい子”扱いされているヒロインに、“死んで盛り上がる役”まで押し付けられそうになっている。
……最悪の組み合わせね」
「ですねぇ……」
ルナがうなだれる。
「しかも、削除フラグまで立ってます。見てください」
【削除猶予:次回《学園防衛実習》イベント終了時まで】
【評価条件:
・物語構造の安定
・読了意欲
・ヒロインログの扱い】
「今回は、“あと◯日で削除”じゃないんですね」
俺は表示されている文言を読み上げる。
「“この世界の審判日は、学園防衛実習の終了時”……」
「ええ。
ワールドコア的に見て、この世界のクライマックス候補は“学園防衛実習”ってわけ」
黒瀬さんは、防衛実習の行を指先で弾いた。
「そこで、“この世界、続きが読みたい?”って判定が下る。
“NO”なら、削除ルーチンが走る」
「世界ごと、棚から抜かれておしまい、ですね」
「そういうこと」
黒瀬さんは、観察者モジュールのログも開いた。
【観察者:
・ミア=辺境村案件ログ閲覧 → 完了
・エイル=学園案件ログ閲覧 → 継続】
「前と同じ。
ヒロインだけに張り付いて、その世界をじっと見てる」
「壊したいのか、守りたいのか、分からないまま、ですね」
「少なくとも、“見ていたい”のは確かでしょうけど」
黒瀬さんは、肩をすくめた。
「――で、ストーリー課としてはどうするか」
「聞くまでもない気がしますけど」
俺は自分のデスクに手をつきながら言う。
「“誰か一人が死ぬから盛り上がる”台本をボツにして、
“みんなで生きて勝つクライマックス”に書き換える」
「そう。それがうちの仕事」
黒瀬さんは、ぱん、と手を叩いた。
「案件No.0002、優先介入案件に昇格。
担当は――」
「どうせ俺ですよね」
言い終わる前に、俺はため息まじりに答えていた。
「フラグ立ってたし」
「分かってきたじゃない」
黒瀬さんが、わずかに口元を緩める。
「マサト・ミシロ。
王立魔法学園の“臨時魔法理論講師兼・安全管理官”として、
第二学年C組に潜入してもらうわ」
「問題児クラス担当、確定ですか」
「だいたい、世界が揺らぐのは問題児のいるクラスからよ」
「その言い方、教育者としてどうなんですか」
軽口を叩きながらも、内心ではもう覚悟を決めていた。
スクリーンには、ヒロイン候補の名前が浮かんだままだ。
エイル・ヴァレンシュタイン。
印象値マイナス三シグマ。
代償テンプレ侵入の最有力候補。
観察者モジュールの「今の推し」。
「――この子を、“いなくてもいい子”のまま殺すのか、
“いないと困る子”として生かすのか」
黒瀬さんの声が、いつもより少しだけ低く響く。
「ストーリー課として、答えは一つでいいわよね?」
「もちろん」
俺はホログラムの同意書にサインを走らせた。
【介入ロール登録:王立魔法学園魔法理論講師】
【安全管理権限:限定付与】
【担当案件:No.0002】
サインが完了した瞬間、ワールドコアの表示が切り替わる。
【案件No.0002 介入モード:ON】
【削除猶予:学園防衛実習イベント終了時まで】
【評価メモ:
“ヒロインが死なないと盛り上がらない物語”は、
ストーリー課では推奨されません。】
「……よし」
深く息を吸って吐く。
「行きますか、先生」
肩の上で、ミニルナがぴょんと跳ねた。
「はいっ、“ボツ出し係の先生”!
次の教室は、王立魔法学園ですよ!」
――こうして俺はまた一つ、
テンプレと代償テンプレと観察者モジュールに振り回されかけている物語へと、足を踏み入れることになった。




