表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/76

第14話 ギリギリ配達と、「続きが読みたい世界

 その日は、朝から空の色がよくなかった。


 辺境村の上空に、ねっとりした雲が張り付いている。

 雨が降るのか降らないのか、はっきりしない、いちばんいやな感じの空だ。


「……いやな雲じゃのう」


 村長バーンズが、ひげを撫でながら空を見上げた。


 隣で、祖母さんも小さくため息をつく。


「行商人さん、ちゃんと来てくれるかねえ」


「来るじゃろうが……山道がぬかるんどったら、ちぃとは遅れるかもしれん」


 村の入り口は、いつもより静かだった。

 子どもたちも、今日はあまり走り回っていない。


(……そりゃ、そうなるよな)


 俺は、村長たちから少し離れたところで、何でもない顔をして空の雲を眺めていた。


 表向きは「王都記録局書記」。

 中身は「削除タイマーを見ながらそわそわしている輪廻庁職員」である。


 視界の端に、小さな半透明のウィンドウが浮かんでいる。

 ミニルナ専用HUDだ。


【案件No.0001/削除カウントダウン】

【残り:9時間24分】


「……数字で見せるのやめてくれない?」


「え〜、隠しても時間は減りますからね〜」


 肩の上で、ミニルナが足をぶらぶらさせる。


「行商人ルート的には、“十分間に合うゾーン”です! たぶん! きっと!」


「最後の二つの語尾が信用ならないんだよ」


 苦笑しながら、村の奥――村長の家のほうを見る。


 あの家の二階では、ミアが今日も「世界一こわい散歩」を続けているはずだ。


「ミアさんのほうは?」


「ログ見る限りは順調ですよ〜」


 ミニルナが、別のウィンドウを開く。


【ミア・本日の目標】

 午前:廊下の真ん中まで

 午後:玄関の手前まで


「昨日、廊下の真ん中まで行けたんで、今日は“玄関の手前まで”にチャレンジ中ですね〜」


「世界一こわい散歩、ロングコースだな」


「ロングですけど、ページとしては最高ですよ〜」


 ミニルナが、胸を張る。


「“待ちながら積み上げてる世界”って評価、ワールドコアさんのほうでもじわじわ上がってます」


「だったら、なおさら途中で切らせたくないな」


 削除ルーチンのカウントダウンと、行商人の荷馬車。

 その二つが、見えないところで競争している。


 どっちが先にゴールにたどり着くかで、この世界の続きが決まる――そう言っても大げさじゃない。



 昼過ぎ。


 空はとうとう我慢できなくなったようで、細かい雨粒を落とし始めた。


「……あちゃあ」


 村長が、肩にぽつりと落ちた雨を見て顔をしかめる。


「これは、山道がぬかるむのう」


「行商人さん、大丈夫かねえ……」


 祖母さんの声にも、不安が混じる。


 俺のHUDでも、ミニルナのウィンドウがきゅっと色を変えた。


【行商人ルート予測:+1〜2時間の遅延見込み】

【削除カウントダウン残り:6時間51分】


「おい、さっきよりだいぶ減ってないか?」


「時間は常に減ってます!」


 元気よく言われても困る。


「……ルナ、本体側は?」


「輪廻庁のストーリー課ですね〜? 今、黒瀬さんたちがワールドコアさんの削除ルーチンに“待った”って言える条件を増やしてくれてます」


 ミニルナが、もう一枚ウィンドウを開く。

 そこには、輪廻庁側のモニター画面が、そのままミニチュア表示されていた。


 黒瀬とルナ本体が、巨大なホログラムの前に立っている。


【案件No.0001/削除候補レベル:中の下】

【備考:帰還ルート強度 上昇中】


「レオンさんの手紙が“帰還ルートの背骨”になってるおかげで、削除ルーチンさんもだいぶ悩んでますね〜」


「悩ませ続けろ」


「はいっ!」


 心の中で、見えない誰かに喧嘩を売りながら、俺は村の入り口のほうを見つめ続ける。


 雨は強くなったり弱くなったりを繰り返していた。


 行商人の荷馬車の音は、まだ聞こえない。



 夕方近く。


 窓の外の光が、少しだけ赤みを帯び始めたころ。


「……ふぅ」


 ミアは、玄関の手前で小さく息を吐いた。


「おかえり」


 廊下の壁に寄りかかっていた祖母さんが、優しく笑う。


「今日は、ここまでですね」


「うん。よう頑張った」


 階段を下りきり、玄関まであと三歩。

 その三歩手前のところに、椅子を一脚置いてある。


 そこが、今日のゴールだ。


 ミアは椅子に腰を下ろし、自分の足元を見つめる。


「……ここから先は、“レオンが戻ってきた日”に残しておきたいです」


「なんでじゃ?」


 バーンズが、階段のところから顔を出す。


「だって――」


 ミアは、少し照れくさそうに笑った。


「戻ってきたときに、“ここから玄関までは一緒に歩いてください”って、言いたいから」


「おお」


 祖母さんが、手を叩いた。


「ええ案じゃ!」


「“戻ってきたら一緒に歩く場所”を残しておくんじゃな。

 そりゃあ、世界一こわい散歩のゴールにぴったりじゃ」


「……はい」


 ミアの頬が、ほんの少し赤くなった。


 その様子を、俺は玄関の隅からそっと眺めていた。


(この三歩分、削除ルーチンに切らせたくないな)


 ミニルナも、同じことを思ったのか、肩の上でぎゅっと拳を握る。


「今、“ここは残しておいてほしい場所リスト”に登録しました〜」


「そんなリストもあんのか」


「ありますよ〜。ワールドコアさんに見せるとき、“ここ切ったら絶対後悔しますよ”ってセットで出せます!」


「頼もしいな、お前」



 日が傾ききる直前。


 雨が一瞬だけやみ、雲の切れ間から細い光が差し込んだ。


 ちょうどそのときだった。


「――来たぞ!」


 村の入り口のほうから、誰かの声がした。


 バーンズと祖母さんが同時に振り向く。


 俺も思わず身を乗り出した。


 山道の向こうから、きしむ車輪の音が聞こえてくる。


 泥だらけの荷馬車。

 手綱を握るのは、見覚えのある顔だった。


「おお、ドランの行商人さんじゃ!」


「やっと着いたかねえ!」


 村人たちがわらわらと集まってくる。


 行商人は、苦笑いを浮かべながら手を振った。


「いやあ、すまねえ、ちょっと道がぬかるんじまってな!

 約束より、すこーし遅れちまった!」


「ええんじゃええんじゃ、生きて着いてくれただけで丸もうけじゃ」


 バーンズが笑いながら、荷台のほうを指さす。


「……で、例のブツは?」


「ああ、あるとも」


 行商人は、荷台の一角から、丁寧にくるまれた小さな包みを取り出した。


「王都の宿場町で預かった。勇者レオン・ハルトから、村長バーンズんちの孫娘宛ての手紙だ」


 その一言で、村の空気が少しだけ変わった。


 ざわめきと、期待と、安堵と。


「……ミアのやつ、喜ぶじゃろうて」


 バーンズは、包みを両手でしっかり受け取った。


 俺の視界の端で、HUDの数字が跳ねる。


【行商人ルート:到着確認】

【削除カウントダウン残り:2時間34分】


「ギリギリだな、おい」


「間に合いました〜〜!!」


 ミニルナが、肩の上でぴょんぴょん跳ねる。


「さあさあ、あとはミアちゃんが開封するだけですよ!」



 二階のミアの部屋。


 窓の外の光は、もうほとんど夕焼けに近かった。


 ミアはベッドの上で、膝の上に毛布をかけたまま、そわそわと指を組んでいる。


 ドアがノックされた。


「ミア、ちょっと入るぞい」


「どうぞ」


 バーンズと祖母さんが、そっと部屋に入ってくる。


 バーンズの手には、小さな封筒が握られていた。


「……それ」


 ミアの声が、かすかに震える。


「あやつからじゃ」


 バーンズが、短くそう言う。


「勇者レオンから。お前宛てじゃ」


「……っ」


 ミアの目が、大きく見開かれた。


 祖母さんが、そっとベッドのそばに腰を下ろす。


「落ち着いて読みんさい。泣いてもええが、字が読めんようになるくらいは泣くなよ」


「う、うん……」


 ミアは、震える指で封筒を受け取った。


 封は丁寧に閉じられている。

 宛名の字は、ところどころインクがかすれていた。


 それでも、はっきりと読める。


『ミアへ』


 そこから先は、さっき俺たちが輪廻庁のモニターで見たとおりの文章だ。


 怖かったこと。

 逃げたくなったこと。

 でも玄関のミアを思い出して踏みとどまったこと。


 世界を救うためじゃなくて、

 「玄関で“怖かったです”って言うため」に歩いていること。


 そして――


『ミアは、“いなくてもいい子”なんかじゃないです。

 玄関まで歩いてきてくれた日から、

 俺にとってはずっと“いてほしい側”です。』


 読み進めるうちに、ミアの手が震え始めた。


 インクのにじんだ部分と、自分の落とした涙の跡が、どこからどこまでなのか分からなくなる。


 最後の行まで読んだところで、ミアは顔を両手で覆った。


『戻ってきたら、ちゃんと怒ってください。

 そして、できればそれから、少しだけ笑ってくれたら嬉しいです。』


 しばらくのあいだ、部屋にはミアの小さなすすり泣きの音だけが響いていた。


 バーンズも祖母さんも、何も言わない。


 俺も、ミニルナも、ただ黙って見ている。


 やがて、ミアがゆっくりと顔を上げた。


 涙の跡でぐしゃぐしゃになった顔のまま、

 それでも、はっきりと笑っていた。


「……ずるい、です」


 かすれた声で、ぽつりとこぼす。


「“怖かったです”って、先に手紙で言うなんて」


 祖母さんが、ふふっと笑った。


「ええじゃろうが。あやつなりに、必死なんじゃよ」


「……うん」


 ミアは、胸の前で手紙をぎゅっと抱きしめた。


「わたし、“いなくてもいい子かもしれない”って、何度も思ってました。

 レオンが勇者になるのを、部屋の中から見てるだけで……

 玄関まで行けない自分なんて、いなくてもいいんじゃないかって」


 言いながら、自分で首を振る。


「でも今は、違います」


 ミアは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「戻ってきたレオンが、『怖かったです』って言える場所に、なりたいです。

 “いなくてもいい子”じゃなくて……

 “帰ってきて怒られる人”で、いたいです」


 その瞬間。


 俺のHUDの端で、ワールドコアの構造ビューが大きく揺れた。


【案件No.0001/帰還ルート強度:最大値付近】

【ヒロイン・ミアの役割:

 “代償候補” → “帰り着く場所の核” に再ラベル】


 ミニルナが、目を丸くする。


「おお〜〜、ラベル変わりました! “いなくてもいい子”扱い、完全に消えましたよ!」


「“帰還先の核”って、日本語としてはどうなんだそれ」


「ワールドコアさんのネーミングなんで……」


 苦笑いしかけたところで、もう一つのウィンドウが光った。


【削除ルーチン:評価更新中……】


【この世界の削除候補レベル:低】


【コメント:

 “ここで切るには、ログがもったいない世界”

 “続きが読みたい世界”に分類】


「……よっし」


 思わず、声が漏れた。


「削除ルーチン、降参したな」


「しましたね〜!」


 ミニルナが、肩の上でガッツポーズをする。


「これで当面、この世界が“整理対象”になることはありません!」


 ワールドコアの別ウィンドウでは、黒瀬とルナ本体がそれを確認していた。


【案件No.0001/削除カウントダウン:停止】

【代償テンプレート:不適用】

【ステータス:修復エンド/継続運用】


 ルナ本体が、両手を挙げて跳びはねる。


「やりました〜〜!! 三城さん、黒瀬さん! 代償エンドも削除エンドも、ぜんぶボツです!」


「大声で“ボツです”って言うな」


 黒瀬は、少しだけ口元を緩めた。


「でも、そのとおりね」


 モニターには、手紙を抱きしめて笑っているミアの姿が映っている。


「代償として消えるエンドも、世界ごとまとめて削除されるエンドも、この世界には似合わない。

 “怖かった勇者が、怒られに帰ってくる”ほうが、ずっと読みたい」


「……そうですね」


 俺も、自然とうなずいていた。


「やっと一本、“ボツじゃない物語”に立ち会えた気がします」



 その夜。


 輪廻庁・物語管理局ストーリー課。


 フロアの騒がしさは相変わらずだが、

 俺の机の上には、さっきまで覗いていた案件No.0001のミニビューが小さく浮かんでいた。


 ミアは、ベッドの上で手紙を胸に抱いたまま眠っている。

 村長と祖母さんは、玄関の三歩分を見てにやにやしながら酒を飲んでいる。

 レオンは、きっとどこかの宿場町で、天井を見ながらまたうじうじしている。


「……これで、とりあえず第一幕は終わり、って感じでしょうか」


「そうね」


 黒瀬が、コーヒーのカップを持ったまま俺の隣に立つ。


「代償テンプレも削除ルーチンもボツにした。

 世界もヒロインも、生き残るルートを“正式なエンド”として通した」


「ストーリー課の仕事って、こういう感じなんですね」


「毎回こんなドラマチックなわけじゃないけどね」


 黒瀬は、少しだけ肩をすくめる。


「でも、“テンプレ運命をそのまま流す”のは簡単。

 それを一回立ち止まって、“本当にそう終わらせたい?”って世界に聞き直すのが、私たちの役目よ」


「……なるほど」


 ラノベ賞に出して、何度もボツを食らった原稿たち。


 たぶんあれも、どこかで誰かが「本当にこれでいい?」って聞いてくれた結果のボツだったのかもしれない。


 今こうして、「ボツじゃない物語」に立ち会えるようになったのは――

 あのときの自分にとっても、救いなのかもしれない。


「テンプレと削除エンドはボツ」


 ぽつりと口に出す。


「やっと、そう言い切れましたね」


「ええ」


 黒瀬は、満足そうにうなずいた。


「……ただ」


 そこで、モニターの片隅が小さく光った。


【監視ログ更新】


【不明モジュール:ヒロインログおよび手紙ログを閲覧】

【アクセス理由:記録なし】


 ルナ本体が、画面を覗き込む。


「観察者さん、また見てましたね〜」


「“ヒロインを見張っている何者か”か」


 黒瀬は、監視ログのウィンドウを開き、そこに一つだけタグをつけた。


【タグ:観察者ログ/要経過観察】


「世界を壊そうとしている相手には見えない。

 興味か、執着か、それともただの監視か。

 本性を決めつけるには、まだ材料が足りないわね」


「恋だとか嫉妬だとか、そういうラベル貼るのも、まだ早いってことですね」


「そういうこと」


 黒瀬は、ウィンドウを一つだけ残して他を閉じた。


 そこには、小さな文字でこう表示されている。


【案件No.0001/ステータス:継続中】


「続きは――まだ書かれていない」


 黒瀬がそう言うと、ルナ本体が勢いよく手を挙げた。


「じゃあ次は、“観察者さん”が敵になるのか味方になるのか、それともただのバグなのか確かめるお仕事ですね!」


「仕事増やすことを前提にするな」


 思わずツッコミを入れながらも、

 その言い方がちょっとだけ気に入っている自分に気づく。


「……まあ、続きがあるなら」


 モニターの中で眠るミアと、

 どこかで天井を見ているであろうレオンの顔を思い浮かべる。


「テンプレじゃない、“ちゃんと読みたくなるほう”にしてやりたいですね」


「それがストーリー課の仕事だから」


 黒瀬の言葉に、俺も小さく頷いた。


 テンプレと削除エンドはボツにした。


 次に向き合うのは――

 あの“観察者”が、敵になるのか、味方になるのか、

 それとも、最後までただのバグのままなのか。


 続きは、きっと次の物語で。


              ―― 第1章 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ