第12話 改ざんの気配と、“観察者”の影
輪廻庁・物語管理局ストーリー課には、もう一つ、あまり人目につかない部屋がある。
名前は――監視ログ室。
通路のいちばん奥。
「関係者以外立入禁止」の札が下がっている、地味なドアの向こうだ。
「ようこそ、“世界ののぞき見部屋”へ」
ドアを開けた黒瀬が、さらっと物騒なことを言った。
「言い方どうにかなりません?」
「事実でしょ」
中に入ると、そこはストーリー課のフロアとは対照的に静かだった。
壁一面に、半透明のモニターが何枚も浮かんでいる。
縦長のウィンドウには、細かい文字が滝のように流れていた。
ログ。
ログ。
ログ。
ワールドコアに出入りする、あらゆるアクセス記録が、ここに集約されているらしい。
「すっごいですよね〜。ここ、ずっと見てても飽きません!」
すでに中にいたルナ(本体)が、目をきらきらさせながら振り向いた。
「いや、絶対途中で飽きるでしょ、これ」
文字だらけだぞ。
「じゃ、まずは絞り込みましょうか」
黒瀬が指先で空中をなぞると、いくつかのモニターが前面にせり出してくる。
【フィルタ:案件No.0001】
【フィルタ:ヒロイン・ミア関連ログ】
【フィルタ:直近三日】
条件が適用されると、モニター上の文字列が一気に減った。
「さて――ここからが本番ね」
黒瀬が腕を組む。
「ワールドコアにとって、彼女のログは今、どう“見られている”のか」
⸻
ログの一行一行には、簡単な情報が載っている。
【時刻】
【アクセス元モジュール】
【対象ログ】
【処理内容】
ざっくり言うと、「いつ・誰が・どのページを・どう扱ったか」の一覧だ。
「まずは、普通のやつから」
黒瀬は、いくつかの行を指さした。
【09:12:03/ストーリー課閲覧モジュール】
【対象:ミア・日常ログ】
【処理:参照のみ】
【12:47:55/削除ルーチン・候補評価】
【対象:案件No.0001全体】
【処理:候補レベル再計算】
【17:33:10/代償テンプレート】
【対象:構造層のみ】
【処理:適用可否チェック → ボツ提案記録済】
「ここまでは分かりやすいわね」
ストーリー課が見に行ったログ。
削除ルーチンが、世界ごとまとめて「削除候補リスト」の位置を調整しているログ。
代償テンプレが、先日の敗戦記録をしつこく見返しているログ。
「で――問題はこっち」
黒瀬が、別のモニターを引き寄せる。
【03:02:21/????】
【対象:ミア・病室ログ(過去)】
【処理:参照のみ】
【03:02:22/????】
【対象:ミア・玄関リハビリログ】
【03:02:25/????】
【対象:ミア・やりたいことリスト】
【03:05:10/????】
【対象:ミア・祖母との会話ログ】
「……何ですか、この“????”」
「私も知りたいわ」
黒瀬が、モニターに細かいフィルタをかけていく。
【モジュール情報を照会中……】
【該当:なし】
【登録済みテンプレート群・削除ルーチン・ストーリー課関連ツールとの一致:なし】
モニターの端に、「不明モジュール」という不穏な単語が踊った。
「はい出ました、“名前名乗らないやつ”」
ルナが、眉をへの字に曲げる。
「これね、いわゆる“観察モジュール”的な動きなんですよ」
「観察モジュール?」
「はい。何かを改ざんしたり削ったりはしてない。
ただ、“見るだけ”」
ルナが指を動かすと、アクセスログが流れるように再生されていく。
そのほとんどが――ミア関連だった。
「ミアのログばっかりだな」
俺はモニターに顔を近づける。
【対象:ミア・部屋の窓から広場を見ているログ】
【対象:ミア・“いなくてもいい子かもしれない”と呟いたログ】
【対象:ミア・“戻ってきたレオンに言いたいことリスト”】
などなど。
見事なまでにヒロイン一点集中である。
「レオンや村長のログは、ほぼスルーか」
「そうなんです」
ルナがうなずく。
「案件No.0001全体をざっくり見るなら、削除ルーチンやテンプレと似たパターンになりますけど――
ここまで“ミア一点張り”なのは、完全に別物ですね〜」
「ストーカー気質を感じるな」
「ですよね?」
ルナは、少し楽しそうにすら見えた。
「でも、“ストーカー的観察”ってだけで、今のところ“攻撃”はしてないです。
改ざんログも、削除ログもゼロ。
ほんとに、見てるだけ」
「…………それはそれで怖くない?」
“何もしない”って、一番厄介なやつじゃないか。
「黒瀬さん、これって」
「判断が難しいわね」
黒瀬は、あごに手を当ててモニターを見つめた。
「好意か、監視か、ただのバグか。
このログだけじゃ、どれとも断言できない」
「好意でこの頻度だったら、それはそれでこわいですけどね」
「好意だとしても、方向を間違えれば世界にとっては害になり得るわ」
黒瀬は、ミアの“戻ってきたレオンに言いたいことリスト”のログの行を軽くなぞる。
【対象:ミア・“戻ってきたレオンに言いたいことリスト”】
【処理:参照のみ】
「このページなんて、たぶん十回以上は見られている。
書いた本人より、“観察者”のほうが読み返しているくらいね」
「やっぱりストーカーじゃないですか」
「そこにラベルは貼らないの」
黒瀬がぴしゃりと言う。
「今の時点で決めつけるのは、ストーリー課の仕事じゃない」
そう言いながらも、その表情は少しだけ険しい。
「ただ一つ言えるのは――
“ヒロインを見張っている何者かがいる”って事実だけ」
⸻
「でも、改ざんはしてないんですよね?」
俺は念を押す。
「してない」
黒瀬がうなずく。
「もし構造をいじっていたら、構造層のログにも痕跡が残るはず。
今のところは“閲覧専用”。
ただ、閲覧の頻度と偏りが異常なだけ」
「ほら」
ルナが、新しいウィンドウを開いた。
【案件No.0001/ログアクセスヒートマップ】
村全体のログを俯瞰する地図のようなものが表示される。
広場、畑、宿場町、王都への街道――それぞれのエリアに、小さな光が点々としている。
「レオンの旅路は、こんな感じでまんべんなく」
青白い光が、街道沿いにぽつぽつ並ぶ。
「村の人たちの日常は、家々にバランス良く」
柔らかい光が村を彩る。
「で、ミアのところだけ――」
ルナが拡大すると、ミアの部屋と玄関周りだけ、妙に濃い色で塗りつぶされていた。
「真っ赤」
「はい。“見られすぎ”の赤信号ですね〜」
「でも攻撃ログはない。
だから削除ルーチンとしては、“様子見”のほうが近いわ」
黒瀬が、別のモニターに視線を移す。
【削除候補レベル:高 → やや高 → 中】
「ミア側と村側のログが積み上がってきたから、削除候補としての優先度はさらに下がっている。
行商人ルートの計算もあるけど……
少なくとも、“今すぐ切っても誰も困らない世界”の扱いではなくなった」
「じゃあ、この“観察者”は?」
「少なくとも、削除ルーチン側とは連動していない」
黒瀬は、観察ログの一覧と削除ルーチンの動きのタイミングを並べて見せる。
「観察回数が増えた瞬間に、削除ルーチンの評価が変動しているわけでもない。
代償テンプレとも連動していない」
「つまり――」
俺は、整理して口に出す。
「“世界を安く片づけたい連中”とは別のところから、
ミアのログだけをじっと見ている奴がいる」
「そういうこと」
「どのパターンでもロクでもなさそうなんだけど」
「全否定しないであげて」
黒瀬が小さく肩をすくめる。
「好奇心かもしれないし、心配かもしれないし、ただの監視かもしれない。
いずれにせよ、“感情のラベル”を貼るには材料が足りない」
「感情なんて、ログから分かるんですか?」
「完全には無理ね」
黒瀬は、少しだけ笑った。
「でも、行動パターンから“それっぽいもの”を推測することくらいはできる。
ワールドコアだって完璧じゃない。
だからこそ、ストーリー課みたいな“読者寄りの部署”が存在するわけ」
「読者寄り、ですか」
「ええ。
数字と効率だけ見て判断するのは、テンプレや削除ルーチンの仕事。
“この動き、なんか嫌だな”“ここは見ていて気持ち悪い”って感覚を言葉にするのは、こっちの役目よ」
そう言って、黒瀬は観察ログのウィンドウを一つだけ別フォルダに移動させた。
【タグ付与:観察者ログ/要経過観察】
「今は削除ルーチン優先。
でも、“ヒロインを見張っている何者か”がいることは忘れないで」
「了解」
俺はうなずいた。
「そいつが、いつか“ただの観察者”をやめたときに、ちゃんと気づけるようにしないとですね」
「そういうこと」
黒瀬は、モニターのひとつを閉じる。
「今は、レオンの手紙とミアの時間のほうが先。
そっちのページを積むほうが、よほど世界の体温に影響する」
⸻
監視ログ室を出ると、ストーリー課のフロアは相変わらず騒がしかった。
新着テンプレ転生案のホログラムが飛び交い、
誰かが「このトラック何台目だと思ってるのよ!」と叫び、
別の誰かが「勇者の名前に“シュウヘイ”って付けがち問題」を議論している。
日常だ。
「三城さーん!」
自席に戻ろうとしたところで、ルナ(本体)がバタバタ駆け寄ってきた。
「ミニルナから報告来ましたよ! ミアちゃん、今日は廊下の真ん中まで一気に行けたそうです!」
「おお」
それは、さっきログで見たやつだな。
「“途中でこわいって言いながらも、ちゃんと自分で止まるところまで行った”って、
ワールドコアのコメント付きでした〜」
「コメント付き?」
「“途中経過ページ、良質”って」
ルナは、どこか誇らしげに胸を張る。
「観察者が何者でも、削除ルーチンが何を見ていても――
こういう“途中のページ”を積まれていくと、向こうも簡単には切れなくなりますからね!」
「だな」
俺は、自分の机の上のノートを手に取った。
ミアの“やりたいことリスト”。
“戻ってきたレオンに言いたいことリスト”。
村人たちの「帰ってきたらさせたいことリスト」。
どれも、数字では測りづらいけれど――
世界の手触りを決める、大事なページたちだ。
「観察者だろうがテンプレだろうが削除ルーチンだろうが」
ぽつりとつぶやく。
「こっちが積んだページを、勝手に“いらない”って言わせないようにしないとな」
「はい!」
ルナが元気よく頷いた。
「ミアちゃんの世界も、レオンさんの旅も。
ぜーんぶまとめて“もったいないから続けさせろ”って、ワールドコアさんに言わせましょう!」
「……言わせる、ね」
その言い方は、ちょっと好きだ。
観察者の正体も、その感情も、まだ何ひとつ見えていない。
でも――
今この瞬間も、ミアの部屋の窓と玄関の手前では、
誰かの“世界一こわい散歩”の続きが、ちゃんとページとして積まれている。
そのページを、ボツにはさせない。
それがきっと、ストーリー課の仕事だ。




