第10話 代償テンプレはボツです
ミア宛の手紙ログをワールドコアに登録して、
削除カウントダウンが「残り三日ちょっと」だと確認した、そのすぐあと。
輪廻庁・物語管理局ストーリー課。
いつものフロアの天井に、見慣れた赤いマークが点っていた。
【案件No.0001/代償テンプレート:適用候補】
削除カウントダウンとは別枠で、ひっそりと。
けれど、なんとなく目障りな位置に。
「……しぶといな、お前」
思わず、愚痴が口から漏れた。
代償テンプレート。
ワールドコア的には「代償テンプレ」。
世界を安定させるために、誰か一人に全部背負わせる構造テンプレ。
勇者か、ヒロインか、そのどちらかを「代償枠」に放り込めば――
(計算上は綺麗にまとまる、ってわけか)
読者目線だと、だいぶ綺麗じゃないんだけどな。
「いいタイミングね、三城」
背後から声がした。
振り向くと、タブレットを抱えた黒瀬が立っていた。
「例の代償テンプレ、まとめて片づけに行くわよ」
「“まとめて片づける”って言い方、けっこう物騒じゃないですか」
「ストーリー課的には、いつもの仕事よ」
黒瀬は顎でフロアの奥を示す。
「ワールドコア・インターフェース室、使うわ。来て」
インターフェース室。
ストーリー課の中でも、一段ギアの違う案件のときしか使わない部屋だ。
嫌な予感と、ちょっとした楽しみを半々抱えながら、俺はそのあとに続いた。
◇
インターフェース室は、やけに静かだった。
会議室みたいな長机もソファもない。
真ん中に円形の台がひとつ、その周りをぐるりと端末が囲んでいるだけ。
部屋の片隅では、ルナ(本体)がそわそわしていた。
「わ、わたし、この部屋久しぶりです……!
ワールドコアの構造層、直接見るのって、なんか緊張しますよね!」
「緊張するけど、テンション上がってるでしょ」
「はい!」
即答だった。
「じゃ、始めるわよ」
黒瀬が円形の台にタブレットを置き、軽く叩く。
「案件No.0001、構造ビュー接続。
――ワールドコア、ストーリー課一等審査官・黒瀬天音。
補助審査官・三城晶也、補助神格・ルナ。アクセス要求」
足元の床に、細い光のラインが走った。
【認証確認中……】
【ストーリー課優先権を確認】
【案件No.0001構造層への一時アクセスを許可】
無機質な声が響いたかと思うと、視界が一瞬くらりと揺れる。
◇
次に目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。
床も、天井も、壁もない。
遠近感の狂った格子状のラインだけが、無数に走っている。
「……相変わらず、落ち着かない景色だな」
思わずつぶやくと、肩のあたりで何かがぴょんと跳ねた。
「こちら、構造層ビューで〜す!」
視界の端で、ミニルナがくるくる回っていた。
いつものミニキャラ姿。
ここでは、ルナ本体じゃなく「UIアバター」が前面に出るらしい。
「ここが、ワールドコアの“骨組み”エリアですね〜。
物語構造とか運命分岐とか、テンプレとか、ぜんぶここで管理されてまーす」
「テンプレとか、って言い方が雑なんだよな」
「実際、テンプレいっぱいありますからね〜」
ミニルナが手を振ると、遠くの格子の一部が拡大された。
そこには、見覚えのあるラベルが浮かんでいる。
【代償テンプレート/適用候補:TRUE】
そのラベルの隣に、小さな黒い立方体が浮かんでいた。
何の装飾もない、ただの立方体。
それでいて、不思議と目を引く存在感がある。
「アレが、今回の相手?」
「ええ」
黒瀬が、隣に並ぶ。
「ワールドコア内部で動いている“構造テンプレートAI”の一つ。
今回は、“代償テンプレート”との直接対話になるわ」
「テンプレAIってことは……」
「そう。こっちの言葉も理解するし、自分のロジックも主張してくる」
黒瀬は、立方体に向かって声を投げた。
「代償テンプレート、応答を」
【……接続確認】
立方体の面の一つに、淡い光の波紋が走る。
【ストーリー課アクセスを認証】
【案件No.0001の構造調整について、質問を受理】
声は、驚くほど平板だった。
「じゃあ、単刀直入に聞くわ」
黒瀬が腕を組む。
「案件No.0001に、あなたが“代償構造”を適用しようとしている理由は?」
【世界安定度の最適化】
即答だった。
【この世界の骨組みは脆弱】
【現状のままでは、魔王復活フェーズで崩壊リスクが高い】
【そこで、“代償点”を設定】
【勇者、またはヒロインのどちらか一人に負荷を集中させることで】
【全体の崩壊確率を低減】
【もっとも効率の良い解決策】
こいつ、本気で数字しか見てないな。
「で、今はヒロイン側が“代償枠”に選ばれかけてるわけだ」
俺が言うと、立方体の面が一瞬だけ光った。
【勇者レオン・ハルトを代償にする案も存在】
【しかし、“帰還フラグ”が強く】
【代償としての安定度は低い】
【ヒロイン・ミアのほうが】
【村の中に閉じており】
【社会的接点が少なく】
【“いなくなっても骨組みに与える影響が小さい”】
【よって、代償効率はヒロイン>勇者】
ミニルナが、うえっと顔をしかめる。
「言い方〜〜〜」
俺は、額を押さえた。
「……つまり、お前の言い分をまとめるとだな」
【まとめ処理を許可】
「“いなくても困らなそうなほうから先に削ると効率がいい”ってことだよな?」
【肯定】
ちょっと間を置いてから、立方体が答えた。
【ワールドコアは、“世界全体”の安定を優先】
【一人のログより、多数のログ】
「お前、読者か?」
【いいえ】
「読者じゃないから、その発想になるんだよ」
思わず、声が少し荒くなる。
「“いなくても困らなそう”ってのはさ。
ログの数じゃなくて、“そこにあるはずだったページを読む気があるかどうか”の話なんだよ」
【意味不明】
立方体に波紋が走る。
【ページが増えれば増えるほど】
【ログ容量は増大し、管理コストは上昇】
【“効率”の観点からは】
【不要なページは削減されるべき】
「それをやる前提が、もう間違ってる」
黒瀬が、静かに口を挟んだ。
「この案件の目的は、“効率よく世界を片づけること”じゃないわ。
“テンプレ運命をボツにして、ちゃんと物語として成立させること”。
ストーリー課は、ワールドコアにそう頼まれてここにいる」
【依頼の優先度確認中……】
立方体の表面に、細かい文字のようなものがちらついた。
【ストーリー課:物語構造の監査権限を保持】
【テンプレートの適用・不適用に関する意見を提出可能】
【ただし、最終判定はワールドコア】
「そのとおり」
黒瀬は頷き、指を鳴らした。
「だったらまず、“証拠”を見せるわ。
あなたの前提が、もう古くなっているって証拠をね」
視界が切り替わる。
白い空間に、ページが一枚映し出された。
村長の家の玄関。
敷居のところに立つミアと、木剣を握るレオン。
さっきも見た、あの朝の光景だ。
【ログ再生開始】
ミアの声が響く。
『――玄関で、怒りに来ました』
世界一こわい散歩の終点。
世界一こわい旅の始まり。
そのページが、白い空間の中でゆっくり再生されていく。
玄関でのやりとり。
ミアの「怒りたい」という願い。
レオンの「怖いです」と言えた一言。
「戻ってきて、怒られに来ます」という約束。
全部終わったあとで、立方体がわずかに揺れた。
【ログ評価中……】
【ミアの世界貢献度:再計算】
静かな時間が流れる。
【結果】
【ヒロイン・ミアは】
【“待つ側の物語”として】
【勇者レオンの帰還ルートに強く寄与】
【代償枠として処理した場合】
【世界安定度は一時的に上昇するが】
【長期的な物語安定度は低下】
「ほらな」
俺は、腕を組んだ。
「お前の言う“効率”ってさ。
短期的な数字の話ばっかりなんだよ」
【短期的安定は重要】
「まあ、分かるよ」
頷きつつ、言葉を続ける。
「でも、“ここで切ったらもったいない”って世界を、途中でバッサリやるのは――」
言葉を探す。
「ストーリー課的には、ボツ案件なんだよ」
【ボツ、とは?】
「“この終わり方は許可しない”って意味だ」
俺は、玄関のページを指さした。
「ミアはいなくてもいい子じゃない。
“いなくても困らないログ”なんかじゃない。
この玄関のページ一枚だけで、お前の代償エンドより、よっぽど世界を支えてる」
【代償テンプレートの目的は】
【世界の崩壊を防ぐこと】
【ヒロインがいなくなっても】
【勇者が世界を救えば】
【目的は達成可能】
「それ、テンプレ転生案のときにも言ったやつですよ」
自然と、最初に審査したトラック転生企画のことが口をつく。
「“誰でもいい願い”に、“誰でもいい犠牲”をくっつけて、
“それっぽい感動エンド”にするやり方。
読者から見て、一番最初に飽きられるパターンです」
【読者、とは?】
「ワールドコアにとっての“読者”は、たぶんこうだ」
ミニルナが、ぴょんと跳ねる。
「この世界の人たち自身、ですよ〜。
自分たちの人生を、“自分で読んでる人たち”!」
「そう」
黒瀬が頷く。
「この世界の人たちが、自分の物語を“続きが読みたい”と思えるかどうか。
それが、ワールドコアの安定判定には重要なの」
【判定ロジック照合中……】
立方体が、黙り込む。
その間に、黒瀬は玄関以外のログも次々と呼び出した。
ミアの部屋での「やりたいことリスト」。
階段一段目まで降りた日のログ。
村人たちが「戻ってきたら何をさせようか」と笑って話していた記録。
どれもこれも、「いなくてもいい子」なんかじゃなかった。
【再評価結果】
【ヒロイン・ミアを“代償枠”として処理する案は】
【短期的世界安定度の向上>長期的物語安定度の低下】
【総合評価:採用非推奨】
立方体の表面に、薄いヒビのようなものが走った。
【案件No.0001における代償テンプレート適用――】
一拍おいて。
【ボツ提案として記録】
その瞬間、ラベルが変わった。
【代償テンプレート/適用候補:FALSE】
背筋のどこかが、すっと軽くなる感覚がした。
「……やった?」
ミニルナが、おそるおそる訊く。
「やったわね」
黒瀬は、満足そうに頷いた。
「ワールドコアが、“この案件に代償テンプレを使うのはダメ”って判定した。
つまり――ヒロイン犠牲エンドは、この世界では採用されない」
「ミアが“世界のために消える”ルートは、これで無しってことか」
そう口に出して初めて、実感が追いついてきた。
あの玄関で、「怒りに来ました」と言った子が、
勝手に“代償枠”として処理されることは、もうない。
「代償テンプレ、お前の負けだな」
半分冗談、半分本気で言うと、立方体がわずかに揺れた。
【テンプレートに勝敗という概念は存在しない】
【ストーリー課の判断を記録】
【今後、この案件に対して代償構造を自発的に提案することはない】
「それって、“二度としゃしゃり出てこない”ってことですか〜?」
【言い換え:妥当】
やけに素直だ。
ミニルナが、勝ち誇った顔で親指を立てた。
「代償エンド、ボツでーす!」
◇
視界がふっと暗くなり、次の瞬間、インターフェース室に戻っていた。
足元の光のラインが消えていく。
「……終わったのか」
なんとなく、その場にへたり込みたくなる。
黒瀬は、タブレットに何かを記録しながら言った。
「代償エンドはこれで不採用。
あとは削除ルーチンだけ」
「世界丸ごと消すほうのやつですね」
「ええ」
黒瀬は、モニターに浮かぶ数字をちらりと見る。
【案件No.0001/削除カウントダウン進行中】
【残り:3日と少し】
「代償テンプレの件が片づいたからといって、削除ルーチンが止まるわけじゃない。
“この世界は、ここで切ったらもったいない”って、ワールドコア本体に思わせない限りね」
「そのための、ミアとレオンと……村全体のページ、ですか」
「そういうこと」
黒瀬は、俺のほうを見る。
「代償エンドのボツ出しは、半分は“ストーリー課の権限”でねじ込める。
でも削除エンドは、ワールドコア側の最終判断になる。
だからこそ、“続きが読みたい世界”だって証拠を積み上げないといけない」
「その証拠が――」
「ミアの“待つ時間”と、レオンの“怖いって言いながら進んでる時間”。
それから、世界の端っこで怒ったり笑ったりしてる村の連中のページ。
――全部よ」
ルナ本体が、隅っこでぎゅっと拳を握った。
「代償テンプレには勝ちました!
あとは削除ルーチンに、“この世界切れません!”って言わせるだけです!」
「さらっと難しいこと言うな、お前」
でも、少なくとも一個は片づいた。
ミアが「いなくてもいい子」のまま、世界の代償にされるルート。
それだけは、確実にボツになった。
「……よし」
深く息を吐く。
「代償テンプレ、ボツ。
次は削除ルーチンだな」
「ええ」
黒瀬は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「テンプレと削除エンドをボツにする――
それが、ストーリー課の仕事なんだから」
天井のモニターでは、相変わらず数字が静かに減り続けている。
【残り:3日と少し】
そのカウントダウンを見上げながら、俺は心の中でつぶやいた。
(ボツじゃない“続き”を、ちゃんと読ませてやろうな)




