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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第11話 俺がお前の物語を書き換える

「冗談じゃねえ。……俺が、今までどんだけお前みたいな『勝手に死んで終わろうとするヒロイン』の企画書をボツにしてきたと思ってんだ……!」

 その言葉と同時に、三城は右手に握りしめていた愛用の『ボロボロのノート』と『黒インクのペン』を、胸の前に高く構えた。

 ワールドコア中枢によって、すでに審査官の権限エディットモードは強制的に剥奪されている。ただの紙切れと同化したはずのノートだ。

 だが、三城の全身から放たれる圧倒的な「物語カタルシスへの執念」と、目の前の読者シオリを取り戻すという強烈な意志が、システムの冷徹な縛りを強引に食い破り、ノートのページを太陽のように眩いほどの黄金色へと発光させ始めていた。

「俺が、お前の物語プロットを、最高のエンドに書き換えてやる……!」

 三城が右手のペンに力を込め、黄金のページに刃のような鋭さでペン先を突き立てた、まさにその瞬間だった。

『三城さん、それ……! ダメです、絶対にそんなことしたら!』

 インカム越しに、ナビゲーターであるルナの悲鳴のような、かつてないほど切羽詰まった絶叫が響き渡った。

『それ、通常のプロット修正じゃありません! 対象のエラーデータを保護するために、ワールドコアの認識プログラムそのものを直接書き換えようとしてる……! それって、世界のルールブックの原本に、無理やり新しいページを糊付けするようなものです! システムの根幹カーネルへの直接ハッキングと同じですよ!』

 ルナの警告は、極めて正確な事実だった。

 通常、ストーリー課の審査官が行うプロットの修正は、あくまで「システムが用意した設定の枠内」で、事象の整合性を合わせるためのものだ。落盤を起こしたり、雨を降らせたり、鍵を開けたりといった物理的な現象の操作に過ぎない。

 しかし、今三城がやろうとしているのは次元が違う。

 システムが明確に「完全消去すべき重大なエラー」と認定しているシオリの存在定義そのものを、根本から覆し、システムに「彼女は消してはいけない正規データだ」と誤認させるための、強引極まりない設定の書き込み。

 それは、ワールドコア中枢という神の領域に対する、明確な反逆行為テロリズムに他ならない。

『そんなことをすれば、中枢から完全に「反逆者」として認定されてしまいます! 三城さん自身のデータが消去されるどころか、ストーリー課という部署そのものが、システムへの重大な脅威として解体対象にされてしまうかもしれないんです! お願いですから、手を止めてください!』

 常に三城の安全とストーリー課の存続を第一に考えるルナの、血を吐くような悲痛な懇願。

 だが、三城は、左腕に食い込む巨大な刃の圧力に耐えながら、口角を獰猛に吊り上げて笑った。

「ストーリー課の存続より、目の前の読者一人救う方が先決だ!」

 三城の迷いのない怒号が、暗い地下通路をビリビリと震わせる。

「俺たちが何のために毎日、血反吐を吐きながらクソみたいなテンプレ企画書と戦って、ボツ出し会議で喧嘩してると思ってる! 保身のためか? システムに褒められるためか? 違うだろうが!」

 三城は右手のペンを、力強く黄金の紙の上に走らせ始めた。

「俺たちが闘ってるのは、読者に『最高の物語』を届けるためだ! その読者が、理不尽なシステムのせいで自分の物語を諦めて死のうとしてるんだぞ! ここで手を止めたら、俺たちのやってきたこと全部が『ボツ』になっちまうだろうが!!」

 インクが黄金のページに触れた瞬間、バチィィィンッ! と激しいスパークが飛び散った。

 三城の書き込む「新たな設定」が、中枢システムの強固なファイアウォールと真っ向から衝突し、物理的な火花となって空間に弾け飛んでいるのだ。

「やめて、三城さん……! お願い、やめて!」

 背後にいたシオリが、三城のコートの裾にすがりつき、顔を押し当てて泣き叫んだ。

「私のために、あなたの居場所まで失わないで! 私は、ただのシステムエラーから生まれた残骸なんです! 最初から、この世界にいちゃいけなかった存在なのに……!」

 色彩を取り戻しかけていた彼女の身体が、再び激しい砂嵐のような自壊のノイズに包まれる。

 自分のせいで、三城が、そして彼の大切な仲間たちが破滅してしまう。その恐怖と絶望が、彼女の自らを白紙化しようとするプログラムをさらに加速させていた。

「私は、ただ暗闇から皆さんの物語を覗き見てただけの、名前もない、誰にも必要とされない読者なんですよ……っ!」

 その悲痛な叫びに。

 三城は、巨大なブレードを押し返す左腕の力を一瞬だけ緩め、背中越しに、はっきりとした声で告げた。

「名前がないなら、今から俺が設定つけてやる。お前がエラーデータだっていうなら、俺がこの手で、正規のデータに書き換えてやる」

 シオリが、ハッと息を呑む。

「お前は、誰にも必要とされない読者なんかじゃない」

 三城の声には、微塵の揺らぎもなかった。それは、絶対的な肯定の言葉だった。

「お前は、第1章のミアの物語で彼女が幼馴染の死を乗り越えた結末を、第2章のエイルの物語で彼女が自らの翼を取り戻した軌跡を、第4章の詩乃の物語での命懸けの冒険を、そして第6章のアイリスの物語での理不尽な法則との闘いを……」

 三城は、これまでストーリー課が救い出してきたヒロインたちの名前を次々と紡いだ。

「そのすべてを、暗闇の底から誰よりも真っ直ぐに見つめ、一緒に泣いて、一緒に笑って、心から『生きてほしい』と願ってくれた。……お前は、俺たちの創る物語の『一番の理解者』だ。だから、俺はお前の物語を、絶対にここで終わらせない」

 シオリの目から、ノイズではない、大粒の透明な涙が溢れ出した。

 彼女の魂を縛り付けていた「エラーである」という呪縛が、三城の力強い言葉によって、音を立てて崩れ去っていく。

『……警告。警告。非正規アクセスヲ検知。対象ノデバイスハ、システムノ根幹設定ニ直接干渉シテイマス』

 通路を塞ぐ特大の清掃ルーチンから、空間を圧迫するような重低音のエラーアラートが鳴り響いた。

 巨大な赤い単眼が、三城の持つノートを危険対象として再ロックオンする。

『コレハ重大ナ反逆行為デス。直チニ干渉ヲ停止セヨ。停止シナイ場合、イレギュラー権限保持者・三城ヲ、エラー要因ト共ニ『完全消去デリート』シマス』

 警告と同時に、清掃ルーチンの八本のブレードに、さらに莫大な圧力が加えられた。

 メキョッ……!

 三城の左肩のあたりから、データが致命的に破損する嫌な音が響いた。

「ぐぅ、おおおおおぉぉッ!!」

 三城の左腕のワイヤーフレームが限界を迎え、プツプツと音を立てて断線し始める。

 激痛で視界が真っ赤に染まり、意識が遠のきそうになる。ペンを握る右手の感覚すら、システムによる激しい妨害のショックによって麻痺し始めていた。

(くそっ……! セキュリティの壁が分厚すぎる……! これじゃあ、設定を書き込む前に俺の精神データがパンクしちまう……!)

 三城が奥歯を噛み砕きそうになった、その時だった。

『――やれやれ。うちのバカは、本当にどうしようもないですね』

 ノイズまみれのインカムから、氷のように冷たく、しかしこの上なく頼もしい男の声が聞こえてきた。

 同僚の審査官、白石だ。

『システムへの直接ハッキング。しかもカーネル領域への干渉とは。審査官の権限を大きく逸脱した、完全な懲戒免職レベルの暴挙です』

「白石……! 説教なら、生きて帰ってからいくらでも聞いてやる……!」

『説教などしている暇はありませんよ。……ルナ、セラ! 三城のハッキングのトレースルートを、私たちが全力で隠蔽し、バイパスを構築します! 少しでも中枢の目を逸らし、彼が設定を書き込むための『リソース』を作り出しなさい!』

『はいっ! 任せてください!』

 ルナの力強い声。

『三城さん、死んだら絶対に許しませんからね! 私たちが全力でサポートします!』

 セラの泣き笑いのような叫び。

 直後、インカムの向こう側から、複数人の凄まじい打鍵音が重なり合って響き渡った。

 外部にいる「裏方コンビ」とナビゲーターが、自らの精神データへの負荷も顧みず、中枢システムの膨大な処理能力に対して、決死の電子戦ハッキングを挑んだのだ。

 彼らはそれぞれが担当するコンソールに張り付き、システムが三城のノートに向けようとしている妨害プログラムのルートに、無数のダミーデータを流し込み、ファイアウォールを強引に迂回させていく。

『……エラー。不正規ルートカラノ多重アクセスヲ検知。ファイアウォール防壁ニ異常発生……処理能力ヲ一時的ニ分散シマス』

 特大清掃ルーチンの赤い単眼が、処理の遅延を示すようにノイズ混じりに激しく明滅した。

 三城の左腕にのしかかっていた殺人的な圧力が、ほんのわずかだが、確かにフッと軽くなる。

「……上等だ! 最高のパス、しっかり受け取ったぜ!」

 三城は血を吐くように吠え、麻痺しかけていた右手に再び強烈な意志の力を込めた。

 黄金に輝くノートのページに、黒インクのペンが火花を散らしながら、凄まじい速度で走っていく。

 彼が書き込むのは、シオリという存在をシステムから守り抜くための、起死回生の強制プロット。

 システムの論理の穴を突き、中枢が処理を一時停止せざるを得ないような、強引だが絶対に筋の通った『新たな設定』の構築だ。

『――対象・シオリは、システムエラーの産物にあらず』

 三城が一行書き込むごとに、黄金の文字がページから浮かび上がり、空間に光の鎖となって実体化していく。

『――彼女の存在は、各世界におけるキャラクターの感情の揺らぎ、すなわち『カタルシス係数』を計測するために用意された、輪廻庁ストーリー課管轄の特例観測モジュールである』

 それは、シオリがこれまで暗闇の中で行ってきた「物語を見守る」という行為に対する、完全な意味付け(レコンキスタ)だった。

 ただ覗き見ていたのではない。彼女の流した涙も、祈りも、すべてが物語の品質を保つために必要な「観測」だったのだと、システムに定義づける。

「システムは、不要なデータは消去する。だが、意味のあるデータは絶対に保持しなければならない。……それが、お前らワールドコアの絶対のルールだろうが!」

 三城のペンが、限界を超えた速度でノートの上を躍る。

『――よって、対象の無断消去は、ワールドコアの品質管理に甚大な悪影響を及ぼすものとする。対象シオリを、直ちに【完全消去対象】から【一時的保護対象】へとステータスを変更。いかなる清掃プログラムも、彼女への攻撃を禁ずる!』

 最後の一行。

 三城の左腕はすでに限界を迎え、テクスチャは完全に消失し、肘から先が光の粒子となって崩壊し始めていた。激痛すらも通り越し、意識は真っ白な虚無へと引きずり込まれそうになる。

 だが、三城は絶対にペンを止めなかった。

 かつて救えなかったヒロインたちの顔。ボツ出し会議で切り捨てられてきた無数の命。そして、背後で自分のために泣いてくれている、たった一人の大切な読者の顔。

 それらが、三城の右手に最後の力を与えていた。

「……書き上がりだ、クソシステム」

 三城は、最後の句点を力強く打ち込み、ペンを天に向かって高く振り抜いた。

「これが俺の提出する、最高のエンドへのプロットだ! 文句があるなら、かかってこい!!」

 ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!

 三城のノートから、太陽が爆発したかのような、目も眩むほどの黄金の光の奔流が巻き起こった。

 書き殴られた無数の文字たちが実体を持った光の鎖となり、三城にブレードを振り下ろしていた特大の清掃ルーチンの巨体を、そして地下通路の空間全体を、凄まじい勢いで縛り上げていく。

『……!? システム設定ノ、強制上書キヲ検知。対象データ【シオリ】ノ存在定義ガ、カーネル領域ニテ再構築サレテイマス。……エラー。エラー。論理的矛盾ガ発生。対象ハ、消去スベキカ、保護スベキカ……処理不能。処理不能』

 圧倒的な質量と力を持っていた特大清掃ルーチンの動きが、完全にピタリと停止した。

 赤い単眼が激しく明滅を繰り返し、システム内部で相反する命令が衝突していることを示している。

 背後で待機していた数百体の通常清掃ルーチンたちも、突如として書き換えられた設定の波に呑まれ、機能不全に陥ったようにその場に立ち尽くしていた。

 三城の放った「システムへの直接ハッキング(プロットの書き換え)」は、見事に成功したのだ。

 ワールドコアの絶対的な効率の論理を、一人の審査官の強烈な「物語への執念」と、裏方たちとの連携が、完全にねじ伏せた瞬間だった。

「……はぁっ、はぁっ……」

 三城は、限界を迎えた左腕を押さえながら、その場に片膝をついた。

 全身から汗が吹き出し、呼吸は荒い。だが、その顔には、勝利の不敵な笑みが浮かんでいた。

「三城さん……! 三城さんっ!」

 シオリが駆け寄り、光の粒子となって崩れかけている三城の左腕を、震える手で包み込んだ。

 彼女の身体からは、もう自壊のノイズは完全に消え去っていた。灰色の瞳にははっきりとした色彩が宿り、色褪せていた髪や肌も、本来の温かな色合いを取り戻している。

 システムに「存在を許された」ことで、彼女はエラーデータから、正規のデータへと昇華されたのだ。

「バカ野郎……泣くのは、ハッピーエンドを迎えてからにしろ」

 三城は荒い息を吐きながら、右手でシオリの頭をポンと叩いた。

『三城さん! やりましたね!』

 インカムから、ルナの歓喜の声が響く。

『中枢システムの認識プログラムが、一時的にフリーズしています! 清掃ルーチンたちの動きも完全に止まりました!』

「ああ……白石、セラ、ルナ。お前らのおかげだ」

『喜んでいる暇はありませんよ、三城』

 白石の冷静な、しかし明らかに安堵の混じった声が続く。

『この強引な設定の書き換えが通用するのも、せいぜい数分です。中枢の自己修復機能が働き、論理の矛盾を修正すれば、すぐにまた奴らは動き出します』

『今のうちに、脱出ゲートに飛び込んでください! 早く!』

 セラの切羽詰まった叫び。

 三城は顔を上げた。

 フリーズして動かなくなった特大清掃ルーチンの巨体のすぐ脇に、淡い青色の光を放つ長方形の空間の歪み――『脱出ゲート』が、今も開かれたまま彼らを待っていた。

「行くぞ、シオリ」

 三城は立ち上がり、シオリの小さな手を、今度こそ絶対に離さないように強く、強く握り締めた。

「はいっ……!」

 シオリも、涙を拭って力強く頷き、三城の手を握り返す。

 彼らは、静止した漆黒の怪物たちの間をすり抜け、青い光を放つ脱出ゲートへと向かって駆け出した。

 廃棄領域という絶対の虚無から、光の満ちる上層の世界へ。

 システムに見捨てられ、自らも消えることを望んだ名前のない読者の少女は、一人の不器用な審査官の手によって、ついに『物語の続き』へと手を伸ばしたのだ。

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