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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第8話 外部(ストーリー課)からの援護

 プロト勇者・アルスがその身と引き換えに放った、純白に輝く命の奔流。

 それは、彼らを完全に閉じ込めていた地下コロッセオの分厚い灰色の壁を文字通り消し飛ばし、絶望的な包囲網にぽっかりと巨大な大穴を穿った。三城さんじょうは、その熱も冷めやらぬ突破口の向こう側へと、シオリの手を力強く引いて飛び込んだ。

 背後に残されたすり鉢状の空間からは、アルスが放った光の余韻が急速に冷え、暗黒の虚無へと掻き消されていくのが肌で感じられた。

 代わりに響いてきたのは、光の一撃によってバラバラに粉砕されたはずの漆黒の破片たちが、まるで意志を持った水銀のようにドロドロと蠢き合い、再び不気味な刃の腕を持つ『清掃ルーチン』へと自己修復を遂げていく、鼓膜を削るような金属質な駆動音だ。

 完璧な効率を司るシステム直属の暗殺プログラムである彼らに、「疲労」や「恐怖」、あるいは「死への躊躇い」といった人間的な概念は一切存在しない。アルスの命を懸けた一撃は、確かに強固な壁を打ち破り、活路を開いた。だが、それは冷徹なシステムから見れば「再計算に必要な数十秒の遅延タイムロス」を生み出したに過ぎなかったのだ。

「ハァッ……! ハァッ……!」

 手を引かれて走るシオリの息が、限界に近い悲鳴を上げていた。

 名もなきプロト勇者の気高い自己犠牲を目の当たりにし、三城からの強烈な肯定を受けて色彩を取り戻しつつあるとはいえ、彼女の身体は依然として、このワールドコア中枢に存在を許されていない『不安定なエラーデータ』のままだ。

 物理法則の崩壊した廃棄領域で全力疾走するという行為は、現実世界の肉体でフルマラソンをするのと同じ、いや、それ以上の莫大な負荷となって、彼女の存在定義そのものを内側からガリガリと削り取っていた。走るたびに彼女の足元から砂嵐のようなノイズがこぼれ落ち、透けかかった輪郭がザラザラとブレては元に戻るのを繰り返している。

「シオリ、しっかりしろ! ここで足を止めたら、あいつの意地が完全に無駄になるぞ!」

 三城は彼女の冷たい手をさらに強く握り締め、半ば引きずるようにして暗い地下通路の奥へとひた走る。

 三城自身の肺も、焼け焦げるように痛んでいた。先ほどのツギハギの魔王との連戦、そして廃棄領域という「世界の土台すら存在しない空間」に生身の精神データを置き続けていることで、審査官である彼の精神と肉体にも深刻なバグの侵食が始まりかけている。足を踏み出すたびに、関節にガラスの破片が入り込んだような激痛が走った。

 だが、三城の顔に浮かぶ濃い焦燥の理由は、身体的な疲労や痛みだけではなかった。

 彼らが駆け込んだ地下通路が、奥へ進むにつれてその姿を異様に変容させていたのだ。

 壁の石積みテクスチャは完全に剥がれ落ちて無機質な灰色のポリゴンが剥き出しになり、空間のあちこちに、データが欠損したことを示す黒いモザイク状の「穴」がぽっかりと口を開けている。そして何より致命的なのは、通路の幅が徐々に狭まり、天井が不自然なほど低くなってきていることだった。

「ルナ! このルートで本当に合ってるのか!? なんだか道がどんどん細くなってきてるぞ!」

 三城が走りながら、ノイズの混じるインカムに向かって怒鳴る。

『あ、合ってます! 私の演算上は、間違いなくここが外層へ繋がる最短ルートのはずなんですけど……!』

 スピーカー越しに響くナビゲーター・ルナの声には、明らかな動揺と混乱が混じっていた。背後で凄まじい勢いでエラー音が鳴り響いているのが聞こえる。

『ダメです、このエリア、元々のダンジョンの設定データが完全に欠損していて、マッピングの更新が追いつきません! それに……三城さん、周囲の空間パラメーターが異常な数値を示しています!』

「異常な数値って、なんだ!」

『……ワールドコア中枢が、廃棄領域(ゴミ箱)の【空間圧縮デフラグ】を開始しました!』

「なんだと!?」

 三城が思わず声を荒げた、まさにその瞬間だった。

 ズズズズズズズズッ……!!!

 地鳴りのような、いや、世界そのものが巨大な万力で締め上げられて軋むような、途轍もない重低音が地下通路全体を激しく揺るがした。

 立っていられないほどの激しい振動の中、三城とシオリの目の前で、信じられない現象が起きる。

 ただでさえ狭くなっていた灰色のポリゴンの壁が、まるで目に見えない巨大なプレス機に押し潰されるかのように、ジリジリと、しかし確実に内側へ向かって迫り出してきたのだ。

 天井が下がり、床が隆起する。

 『空間圧縮デフラグ』。それは、パソコンのゴミ箱の中身を整理し、空き容量を増やすためのシステム動作だ。

 ワールドコア中枢は、逃げ込んだエラー(シオリ)と審査官(三城)を一体ずつ捕獲して消去する手間を省き、このエリアの空間そのものを圧縮して隙間をなくすことで、彼らごと物理的にデータをすり潰すという強硬手段に出たのだ。

「くそっ! 中枢の奴ら、清掃ルーチンの追撃だけじゃ飽き足らず、空間ごと俺たちをボツにする気かよ!」

 三城は激しく舌打ちをし、シオリを庇うようにして壁の圧迫から逃れるように身体を丸めて走る。

 だが、悪夢はそれだけでは終わらない。

 ザザザザザァァァァァッ!!!

 背後の暗闇から、無数の刃が金属を削り取るような、身の毛のよだつ擦過音が急速に近づいてきた。

 三城が肩越しに振り返ると、自己修復を終えた数十体の清掃ルーチンが、天井や壁を四つん這いで這い回りながら、凄まじい速度で迫ってきているのが見えた。

 狭くなった通路は、三城たちにとっては身動きを封じられる足枷でしかない。しかし、重力を完全に無視して立体的な移動を可能とするシステム直属の暗殺者たちにとっては、標的を逃がさないための絶好の狩場となっていたのだ。

『ターゲット・捕捉。……空間圧縮ニ伴イ、消去シーケンスヲ最終段階ヘ移行』

 無感情な合成音声と共に、先頭を走っていた一体の清掃ルーチンが、迫り出した壁を強く蹴り、弾丸のような速度で三城の背中へと跳躍した。

 赤い単眼が不吉に発光し、両腕の鋭利なブレードが、三城の首筋めがけて無慈悲に振り下ろされる。

 通路の幅はすでに大人二人が並んで歩けないほどに狭まり、天井は三城の頭を掠めるほどに下がっている。迫りくる左右の壁。そして背後からの死の一撃。

 回避するスペースなど、もはやどこにも残されていなかった。

(……ここまでかッ!)

 三城が覚悟を決め、せめてシオリだけでも前方の少しでも広い空間へと突き飛ばそうと腕に力を込めた、その刹那だった。

『――させませんよ、美しさの欠片もない三流の暗殺者ども』

 激しいノイズにまみれていたインカムから、氷のように冷たく、しかし三城にとってはこの上なく頼もしい男の声が響き渡った。

 同僚の審査官、白石だ。

 直後。三城とシオリの背後、清掃ルーチンのブレードが届くわずか数センチ手前の空間に、突如として巨大な「半透明の壁」が出現した。

 それはただの物理的な壁ではない。淡い緑色の光を放つ無数の文字列コードが、六角形のハニカム構造を形成しながら滝のように流れ落ちる、極めて堅牢なデジタル防壁だった。

 ガギィィィィィィィンッ!!!

 鼓膜が破れそうなほどの甲高い衝突音。

 三城を両断しようとした清掃ルーチンのブレードが、その緑色の壁に激突し、凄まじい火花とエラーコードを散らして強引に弾き返された。

 後続の清掃ルーチンたちも次々と跳躍し、その漆黒の刃を緑の壁に突き立てようとするが、半透明の防壁は表面に波紋を広げるだけで、微塵も揺るがない。

「白石!? お前、これは……!」

『外部(ストーリー課のローカルシステム)からの、強制ファイアウォール展開です』

 スピーカー越しに、普段の彼からは想像もつかないほど激しく、凄まじい速度でキーボードを叩きまくる打鍵音が響き渡る。

『中枢システムがあなたの審査官権限を不当に剥奪したというのなら、こちらから直接、システムの死角を突いて新たな防壁ロジックを組み上げるまで。……相手がワールドコアの基幹システムなだけに少し手こずりましたが、なんとか間に合いましたね』

「お前……中枢のシステムに直接ハッキング仕掛けたのか!? いくらなんでもやりすぎだ、完全に反逆行為でバレたら始末書じゃ済まないぞ!」

 白石のやっていることは、例えるなら、難攻不落の巨大な城の城門を、外側からバール一本でこじ開けようとするような無謀な行為だ。

『もうとっくにバレていますよ。今さら始末書の一枚や二枚増えたところで、気にするようなことでもないでしょう』

 白石は涼しい声で言い放った。しかし、その声の裏には、歯を食いしばるようなギリギリの緊張感が張り詰めているのを三城は聞き逃さなかった。

『それに、喜んでいる暇はありません。この程度の即席の防壁、中枢の莫大な演算能力をもってすれば数十秒で解析され、突破されます。あくまで、あなたが走るための時間稼ぎに過ぎません』

「十分だ! 恩に着るぜ、白石!」

『感謝なら、私よりも彼女にしてください。迫りくる壁の対応は、彼女に任せてあります』

 白石の言葉の直後、今度はインカムから情報処理担当であるセラの声が飛び込んできた。

『三城さん! 今のうちに走って! 白石さんがファイアウォールを維持している間に、私が前方の空間圧縮プログラムのアルゴリズムに直接干渉して、無理やり道をこじ開けます!』

「セラ! お前まで中枢のメインプログラムに干渉する気か!? 精神にどれだけ負荷がかかるか分かってるのか!」

『無茶なんて言ってられません! 三城さんも、シオリちゃんも、絶対に私たちが連れて帰るんですから!』

 セラの悲鳴に近い、裂帛の気合いの叫び。

 次の瞬間、三城たちの目の前でギリギリと迫り出していた灰色のポリゴンの壁が、まるで目に見えない巨大な楔を打ち込まれたかのように、バキバキッ!という痛々しい音を立てて停止した。

「……いっけええええっ!!」

 さらに続くセラの絶叫と共に、停止した壁が、今度は強引に外側へと押し戻されていく。

 情報処理のエキスパートであるセラが、ワールドコアが実行している空間圧縮のコマンドに対して、外部から全く逆のベクトルを持つ膨大なダミーデータをぶつけることで、システムを錯乱させ、物理的に道をこじ開けているのだ。

『ハァッ……! ハァッ……! ルート、なんとか確保しました! そのまま真っ直ぐ走ってください!』

 セラの息がひどく荒い。外部からの強引なシステム干渉が、彼女の脳と精神にどれほどの凄まじい負荷をかけているか、想像に難くない。

「わかった! 最高だぜ、お前ら! やっぱりうちの裏方コンビは最強だな!」

 三城は再びシオリの手を強く引き、セラが命がけでこじ開けてくれた細い活路を、全速力で駆け抜ける。

『三城さん! そのまま真っ直ぐ進んだ先の座標に、この廃棄領域から脱出するための『緊急ゲート』を強制的に生成しました!』

 ルナがナビゲートを引き継ぎ、声を張り上げる。

『そこを抜ければ、ストーリー課のシステム領域に直接帰還できます! あともう少しです!』

「よし! 出口が見えたぞ、シオリ!」

 薄暗く、ノイズにまみれた地下通路の真っ直ぐ先。

 灰色のポリゴンの壁の向こうに、淡く青い光を放つ長方形の空間の歪み――脱出ゲートの光が、希望の灯火のように見えてきた。

 そこまで、距離にしてあと数十メートル。走り抜ければ、数秒の距離だ。

 だが、冷徹にして完璧を求めるワールドコア中枢も、ただ黙ってエラーの逃亡を許すほど甘い存在ではなかった。

 パリンッ!!!

 後方から、巨大なガラスが派手に砕け散るような轟音が響いた。

 白石が展開していたハニカム構造のファイアウォールが、清掃ルーチンたちの圧倒的な攻撃力と、中枢による解析の前に限界を迎え、完全に粉砕されたのだ。

『防壁、突破されました! 三城、急いで!』

 白石の焦燥しきった声がインカムに響く。

 振り返るまでもない。防壁という障害を失った漆黒の死神たちが、凄まじい駆動音を響かせながら、怒涛の勢いで三城たちの背後へと迫ってくる。

「シオリ、走れ! あそこがゴールだ! 絶対に手を離すな!」

「はいっ……!」

 シオリも、アルスが遺した聖剣の柄を胸に固く抱きしめながら、必死に、もつれそうになる足を前へと進める。

 ゲートの放つ青い光が、少しずつ、少しずつ近づいてくる。

 あと二十メートル。

 あと十メートル。

 手が届く。この絶望の底から、ようやく抜け出せる。

 三城がそう確信した、まさにその時だった。

 ――ズドォォォォォォォォンッ!!!

 三城たちの目の前、脱出ゲートへの道を完全に塞ぐようにして。

 通路のひび割れた天井をぶち破り、巨大な漆黒の塊が落下してきた。

「なっ……!?」

 三城が急ブレーキをかけ、弾かれたようにシオリを背後に庇って立ち止まる。

 落下による凄まじい衝撃で舞い上がった灰色のポリゴンの粉塵。それがゆっくりと晴れた後にそこに立っていたのは、これまで追ってきていた人型の清掃ルーチンたちとは明らかに次元の違う、規格外の異形の怪物だった。

 通常の清掃ルーチンの数倍はあろうかという、見上げるほどの巨体。

 背中からは八本の鋭利なブレードが巨大な蜘蛛の脚のように生え、両腕はあらゆるデータを粉砕するための、巨大な破城槌のような形状をしている。全身の装甲は光を一切反射しない深い闇色に染まっており、そして顔にあたる部分には、三城たちを無慈悲にロックオンする巨大な赤い単眼が、ギラギラと不吉な光を放っていた。

 それは、廃棄領域に落ちてきた無数のバグを処理するために、中枢がすべての消去プログラムを統合して作り上げた『特大の処刑兵器』だった。

『……目標、脱出ポイントニテ捕捉。コレヨリ、完全消去デリートノ最終フェーズニ移行シマス』

 重低音の合成音声が、狭い通路をビリビリと震わせる。

「最大級の清掃ルーチンか……。よりによって、脱出ゲートの目の前に立ち塞がるなんて、ベタすぎるラスボスの登場演出だな。中枢の連中も、安易なテンプレが大好きらしい」

 三城は冷や汗を流しながらも、震える口角を無理やり上げて憎まれ口を叩いた。

 だが、状況は絶望的だった。

 前方を塞ぐ巨大な壁。そして背後からは、通常の清掃ルーチンの群れが、ジリジリと刃を鳴らしながら包囲の輪を縮めてきている。

 前門の虎、後門の狼。

 文字通り、完全に退路を断たれた状態だった。

「……どうする。審査官の権限はない。戦うための武器もない。頼みの綱の裏方コンビも、これ以上のシステム干渉は不可能だろう」

 三城が懐のノートを強く握り締めながら呟く。

 打つ手なし。盤面は完全に詰んでいる。

 その時。

 三城の背中に隠れるようにして震えていたシオリが、ゆっくりと、彼の手を振りほどいて前へ出た。

「シオリ?」

 三城が驚いて振り返る。

 彼女の色彩を取り戻しかけていた灰色の瞳には、先ほどまでの恐怖や涙は完全に消え去っていた。代わりにそこにあったのは、ある種の冷たく、澄み切った決意の光だった。

「私が……」

 シオリは、震える声で、しかしはっきりとした口調で静寂の通路に響かせた。

「私がイレギュラーな感情を持ったから、システムにバグが生まれた。アイリスさんの物語で起きたような恐ろしいエラーも、全部私が原因なんです。私がここにいるから、あなたたちがシステムから命を狙われる」

 彼女の身体を、再び激しいノイズが包み込み始める。

 だが、今度はエラーによる暴走ではない。自らの存在データを、内側から完全に自壊させるための、静かで破滅的なノイズだった。

 彼女は巨大な清掃ルーチンへ向けて、自ら歩み寄ろうとする。

「だから……私がここに残って、システムに完全に消去されれば、エラーの原因はなくなる。そうすれば、あなたたちは助かるはずです」

 シオリは振り返り、三城に向けて、この世の何よりも悲しく、美しい笑顔を向けた。

「ボツにされたプロットは、やっぱり、ここで大人しく消えるのが……正しい結末なんです」

 自己犠牲のテンプレ。

 愛する者を、自分を救ってくれた者を守るために、ヒロインが自らの命を絶って世界を平和に導くという、使い古された最も安易な悲劇。

 それが、彼女が導き出した、この絶望的な状況に対する唯一の「解答」だった。

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