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『死んだら輪廻庁ストーリー課でした ~テンプレ転生をボツにして、消されたヒロインを救います~』  作者: 慧翔秋明


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第9話 手紙とタイムリミット

『ミアへ』


 そこまで書いたところで、インクが乾くくらい手が止まっていた。


 宿の狭い部屋。

 窓の外では、宿場町のざわめきがまだ続いている。


 レオンは、羽ペンを持ったまま天井を見上げた。


(……何から書けばいいんだ、これ)


 ミアのことは、よく知っているつもりだった。


 窓のところから手を振る顔。

 村の子どもたちに本を読んでやる声。

 高熱を出した夜の、苦しそうな表情。


 どれも「目を閉じればすぐ出てくる」くらいには、ちゃんと覚えている。


 でも、「手紙を書く」となると、途端に難易度が上がる。


「元気にしています、は嘘だしな……」


 小声でぶつぶつ。


 怖くないわけがない。

 足も腰も痛いし、見たことない道だらけだし、「世界をどうこうする」なんて話は正直いまだによく分からない。


(ミアにだけは、変にカッコつけたくないんだけど……)


 玄関で、「怖いです」って言えたのは、自分でも奇跡に近いと思っている。


 でも今、紙の上で同じことを書こうとすると、妙な照れと、「こんなこと書いて大丈夫か?」という不安が邪魔してきた。


「……よし」


 レオンは、深呼吸を一つして、ペン先を紙につけた。


『ミアへ


 ちゃんと玄関で怒ってくれて、ありがとう。』


 そこまで書いて、一度ペンを止める。


(うん。このくらいなら……)


 続けて、ゆっくり文字を刻んでいく。


『正直に言うと、今も怖いです。』


 書いた瞬間、胸の奥がちょっとだけ軽くなった。


『森を歩くのもこわいし、知らない街に入るのもこわいです。

 さっきなんか、草むらからウサギが飛び出してきただけで、剣を抜きかけました。』


「……これ、書く必要あったか?」


 自分でツッコむ。


 でも、削る気にはならなかった。

 ミアが読んだらたぶん笑う。笑ってくれたほうが、多分いい。


『たぶん、これからもっと怖いことがあると思います。

 魔物とか、戦いとか、王都の偉い人たちとか。

 “世界のために”って言ってくる人たちも、正直こわいです。』


 玄関で、自分に向かって言ったミアの言葉が蘇る。


『怖いですって、ちゃんと言ってください。』


『だから、ちゃんと書いておきます。

 怖いです。何回も逃げたくなりました。』


 ペン先が、かすかに震えた。

 けれど、今度は紙の上から離さなかった。


『でも、玄関のところに立っていたミアを思い出すたびに、

 “ここで戻ったら、あのときの約束を守れないな”って思って、もう一歩だけ進みました。』


 「一歩だけ」というところが、自分らしいなと、少しだけ苦笑する。


『正直、世界を救うとか、よく分かってません。

 けど、“ミアのところに帰りたい”って気持ちは、ちゃんと分かってます。』


 そこまで書いて、レオンはペン先を止めた。


 喉が、ひゅっと鳴る。


『戻ってきたら、玄関で怒ってください。

 玄関じゃなくてもいいけど、できれば玄関で怒ってほしいです。』


 自分で書いておいて、照れで耳が熱くなる。


『“怖かったです”って全部言うので、笑わないで怒ってください。

 でも、怒ったあとでちょっとだけ、帰ってきていいって言ってくれたら嬉しいです。


 レオンより』


 最後の一文字を書き終えたとき、肩から力が抜けた。


「……書いたな」


 思ったより、ちゃんと書けている。

 字は少し汚いけど、内容をごまかしてはいない。


(ミア、これ読んでどんな顔するかな)


 想像した瞬間、なぜかまた心臓が早くなる。

 魔王より、手紙のほうがよっぽど怖いかもしれない。


 レオンは、しばらく紙を眺めてから、そっと折りたたんだ。


 小さな封筒に入れて封をする。

 ミアの名前を、いつもより丁寧に書いた。


(これで、玄関まで行ったミアの“待ってる時間”が、ちょっとはマシになるといいけど)


 そう思いつつ、机の上にそっと置いた。


     ◇


「おっ、書けたか?」


 部屋の扉が、ノックもそこそこに開いて、ドランが顔を出した。


「ちょ、ノックしてくださいよ!」


「したした。二回した。お前が気づかんかっただけじゃ」


 絶対今だろ、それ。


 レオンは、苦笑しながら封筒を持ち上げた。


「……書けました。ミアへの手紙」


「ほう」


 ドランは、ひょいと入ってきて、封筒をまじまじと眺める。


「“ミアへ”か。いい字じゃな」


「いや、そんなでも……」


「大事なんは、字のきれいさより中身じゃ。

 お前の震えた手が書いた字なんて、ミア嬢ちゃんには一番のご馳走よ」


「ご馳走って言い方やめてください」


「ほれ、明日の朝一で出発する。荷馬車の一番上に入れといてやるからな」


 ドランは、封筒を大事そうに上着の内ポケットに入れた。


「宿場町から村までは、順調なら三日、うまくいきゃ二日。

 雨が降ったら四日は見とけってとこじゃな」


「二〜三日……」


 レオンは、窓のほうを見た。


 夜の空は、まだ星がよく見える。

 雲は多くないし、風も穏やかだ。


「晴れててほしいな」


「せやな。わしも荷が濡れんほうがええ」


 ドランは、ニッと笑った。


「ミア嬢ちゃん、きっと喜ぶぞ。

 “ちゃんと怖がってるけど進んでるレオン”の手紙なんじゃから」


「……ばらさないでくださいね、内容」


「読まんわ!」


 怒ったふりをしながらも、レオンの胸の奥はすこし温かかった。


 ドランが部屋を出ていく。


 扉が閉まって、部屋に静けさが戻る。


(雨、降るなよ)


 そう願いながら、レオンはベッドに横になった。


 世界一こわい旅の二日目が、静かに終わっていく。


     ◇


 同じころ。


 輪廻庁・物語管理局ストーリー課。


「……届くまで、二〜四日」


 黒瀬は、宙に浮かぶホログラムを見上げた。


 そこには、行商人ドランの現在位置と予定ルートが、線になって表示されている。


【現在位置:宿場町ロゴス】

【目的地:辺境村バーンズ】

【平均所要日数:3.1日】


 少し遅れて、別のウィンドウが横に開いた。


【案件No.0001 削除ルーチン・カウントダウン】

【残り:3日と数時間】


「……ギリギリね」


 黒瀬が、静かに呟く。


「三日ちょっと、ですか」


 隣でホログラムを見ているのは、三城だ。


「行商さんの平均日数が三日で、削除ルーチンのほうも三日と少し。

 “晴れててくれ”ってレベルじゃないですね、これ」


「晴れててほしいわね。ワールドコア的にも、現場の誰か的にも」


 黒瀬は、ホログラムを指先で拡大する。


 中央には、小さな封筒のアイコンが浮かんでいた。


【未読手紙ログ:ミア宛/送信者:レオン】


「中身の一部だけ、確認させてもらったけど」


 黒瀬は、ホログラムの一文を読み上げる。


『怖いです。何回も逃げたくなりました。

 でも、玄関のミアを思い出して、もう一歩だけ進みました。』


 三城は、思わず口元を緩めた。


「……ずいぶん正直に書きましたね、あいつ」


「テンプレ勇者なら、“怖くなかった”って書きたがるところでしょうけどね」


 黒瀬は、わずかに口の端を上げる。


「“怖かった”ってちゃんと書くほうが、よほど世界を支えるわ」


「それ、ストーリー課的な意味で、ですよね」


「もちろん」


 いや、多分それだけじゃない。


 三城は、胸の奥でそう思った。

 自分だって、生前「怖かった」と言えずに潰れたクチだ。


「で、黒瀬さん」


 ホログラムに表示された数字をちらりと見ながら、三城は訊く。


「この手紙が、間に合わなかったら?」


「世界は、“ミアが受け取る前提で積んでいた時間”ごと、切り捨てられる」


 黒瀬はあっさりと言う。


「削除ルーチンは、“続きが読めない世界”から先に消していくの。

 今のままだと、この案件は“ギリギリまで粘っても、最後は切る候補”のままね」


「……」


 削除ルーチンの数字が、機械的に減っていく。

 「締切」という言葉の嫌な記憶が、喉の奥をざらつかせた。


「だからこそ、間に合わせる必要がある」


 黒瀬は、手元の端末に軽く触れた。


 すると、ワールドコアのビューが切り替わる。


【ミアのログ:

 玄関までの散歩/やりたいことリスト/待つ側の日常】


【レオンのログ:

 旅路/恐怖と前進/ミア宛の手紙】


「この手紙がミアに届いて、読まれた瞬間」


 黒瀬は、封筒のアイコンとミアのログを線で結んだ。


「“ただの一方通行の時間”が、“互いに届き合った物語”に変わる」


 視界の片隅で、ルナ(本体)が大きく頷いた。


「つまり、“待ってるだけのヒロイン”じゃなくて、“ちゃんと受け取って、返すヒロイン”になるってことですね!」


「そう」


 黒瀬は、淡々と続ける。


「削除ルーチンにとって一番困るのは、“ここから続きが読めそうな世界”よ」


「……読者目線ですね、完全に」


「ワールドコアは、“物語としての安定性”で世界の生死を決める。

 その指標の一つが、“ここで終わったらもったいないと思えるかどうか”」


 黒瀬は、三城のほうを見る。


「テンプレ転生案をボツにしたとき、あなた言ったわね。

 “最後まで読む意味を見出せない”って」


「ああ……言いましたね」


「あれの逆をやるのよ」


 黒瀬は、ミアとレオンのログを指し示した。


「“ここで切ったらもったいない”って、ワールドコアに思わせる。

 そのための一本の軸として、この手紙を使う」


「……つまり」


 三城は、封筒アイコンを見つめた。


「この手紙が届いて、ミアが受け取って、読んでくれた瞬間――」


「削除ルーチンに、“この世界まだ切れません”って言わせるわけだ」


 黒瀬は、はっきりと言い切った。


「代償テンプレは十話でボツにする予定。

 残っているのは削除エンドだけ。

 なら、その削除エンドをボツにするための“証拠”を、こちらから用意してやればいい」


 ルナが、ぱあっと顔を輝かせる。


「“ここから続きが読みたい世界”証明ですね〜!」


「そういうこと」


 黒瀬は、軽く頷いた。


「そのためには――」


 ホログラムのカウントダウンを見上げる。


【残り:3日と数時間】


「この三日ちょっとを、無駄なページにしないこと。

 ミアのほうでも、ちゃんと“待つ側の物語”を積み上げてもらう必要がある」


「……任せてください」


 三城は、拳を軽く握った。


「レオンが“怖いです”って書いたのに、ミアが“いなくてもいい子のまま”ってのは、さすがに許せないんで」


 それは、半分は仕事で、半分は完全に個人的な意地だ。


「いい返事ね」


 黒瀬は、ほんの少しだけ目を細めた。


「じゃあ、あなたは明日からまた辺境村。

 ミアと村の“待つ時間”を、ちゃんとページにしてきなさい」


「了解です。――ボツじゃないページ、増やしてきます」


 そう言って、三城はホログラムから目を離した。


     ◇


 ワールドコアの奥深く。


 誰もいないログ層の片隅で、小さな光点がひとつだけ、静かに瞬いた。


【不明モジュール:ヒロインログ閲覧】

【閲覧対象:ミア/玄関ログ/手紙待ちログ】

【アクセス理由:記録なし】


 その光が、封筒のアイコンと、玄関のページを、じっと見つめている。


 嫉妬なのか、興味なのか、ただの観察なのか。

 この時点では、まだ誰にも分からない。


 ただ一つだけ、確かなのは――。


 削除ルーチンのカウントダウンと、行商人の荷馬車と、

 そして一通の手紙が、同じ方向に走り始めたということだ。


 世界の命運を左右するには、あまりにもささやかで、

 それでも決定的な一枚のページとして。

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