第6話 女帝と弟くん
「わーん、月河さーん、彼氏が〜」
月河は女帝としてみんなから頼られている。
相談すればだいたい解決してくれるからだ。
もちろん、無料ではない。
「いいだろう、浮気調査だね? では私に敬意を示しなさい」
「はい」
女生徒は跪くと、月河の手の甲にキスをした。
ゴッドファーザーのラストシーンかよ。
「ユキハ様、実は私もバイト先の店長が気になってて〜」
「ウチも元カレがしつこくて〜」
「実の兄を男として意識ちゃって〜」
恋愛相談以外ないのかこいつらは。
あるだろ、もっとこう勉強とか、進路とかさ。
ていうか最後のはマズイだろ。自由恋愛の世の中でもそれはよくないって。
「ふむ。今日はずいぶん多いな。そうだ」
ツンツンと、前の席に座る俺の背中をつついてきた。
「君の意見を聞こう、島風くん」
「え、なんで俺?」
「さっきから聞き耳立てていただろう?」
女子たちがドン引きしてる。
いや事実ですけれども。しょうがないだろ後ろでギャーギャー騒がれたら聞いちゃうって!!
「優子は実の兄が好きだそうだ。キスまでしちゃったらしい」
「あー、えっと、まあ兄妹ですし、キスくらいならいいんじゃないでしょうか。それ以上は……生物学的にどうかと」
優子さんが泣き出した。
「あんたになにがわかんのよ!!」
「すんません、なんもわかりません」
「ユキハ様にフラれたくせに!!」
「それは今とっても関係なーい!!」
「兄妹だからダメだなんて……あそっか、なら他の女の肉体を乗っとればいいんだ。島風くんナイス!!」
唐突なホラー展開に震える。
てか俺にナイスすな。俺が元凶みたいになるだろ。
「ユキハ様!!」
「いいだろう」
よくねぇよ。
「私に不可能はない」
不可能であれよそれは。
どうやるつもりだよ。脳を移植するのか?
「人生は一度きりなのだ。大多数に迷惑をかけないのであれば、禁忌と呼ばれる行為に挑戦するのもアリだと思うがね」
もはや女帝というより悪の科学者っぽいな。
「ただし対価は大きいぞ」
「ごくり」
「子供の名前、決めさせてくれ」
「ユキハ様♡」
なんだこの気が狂いそうになるアホな会話は。
翌日から優子さんは姿を消し、代わりに謎の転校生がやってきたのだが、それはまた別のお話。
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俺の家では母さんも働いている。
今夜は勤め先の飲み会で帰りが遅くなるらしい。
父さんは相変わらず夜勤だし、姉さんは彼氏の家。
なので、
「またふたりきりだね、ハナミくん」
「……そだね」
今晩もまた、月河とサシで食事である。
今日のメニューは青椒肉絲に白米。
俺、青椒肉絲好き。中華好き。
もちろん、月河の手作りだ。
「もぐもぐ」
「美味しいかい?」
「うん、かなり」
「ふふふ、だろうね。私の腕はフランスでも通用する。良い食べっぷりだ、微笑ましいよ」
じろじろ見るなよ恥ずかしい。
「ガツガツ食べるといい。腹を空かせた家畜のように」
その例えば食欲失せる。
「ところで、教室での会話、覚えているかい?」
「へ? あぁー、恋愛相談」
「禁断の恋とは難儀なものだね。ドラマや漫画だと近親相姦はよくネタにさせれるが、リアルだと敬遠されてしまう」
「うーん、その四文字熟語は言わないでほしかった。生々しさが増す」
「君はどうだい? やはり姉というものには憧れるのかい?」
「姉ぇ!? ないないありえん気持ち悪い。女として意識したことはあるよ、悪い意味でな。キスだってしたくねぇ」
月河がニヤリと口角を上げた。
ロクでもないことを考えている証だ。
「では妹なら?」
「妹なら……可愛いかも」
「なろうか?」
「なにに」
「ハナミくんの妹に」
「なにっ!?」
「兄が大好きな妹になって、禁断の恋を味合わせてやろうか?」
ま、またそうやって俺の心を弄ぶ。
月河が妹キャラだと? ふん、似合わないね。まるで想像できん。
いや、だからこそか、だからこそ見てみたいのか。
「見返りはなんだよ」
「そうだな……逆に君が私の弟を演じてみるのはどうだろう。交互にロールプレイングするのさ」
月河が姉?
もっと最悪。命がいくつあっても足りん。
月河は立ち上がると、俺の隣の椅子に移動した。
「さて、どちらからする?」
「やるなんて言ってない」
「拒否権はないよ」
「まだ食事中だし……」
「やりなさい」
「…………」
「やりなさい」
とりあえず、箸を置く。
ここはガツンと断るべきだ。
俺と月河は恋愛に発展しないし、する気もないのだから、過度なイチャイチャは避けるべきだ。
「あのな、月河」
「月河?」
「…………ユ、ユキハ姉ちゃん」
負けました。
今日も女帝様の圧に屈してしまいました。
「ふふ、先にそっちからか。もう一度呼びなさい」
「ユキハ姉ちゃん」
「ふふふ、ふふふふふ。実に良い気分だよ、弟くん。ゾクゾクする」
あぁぁぁぁ!!
頭がおかしくなりそうだ!!
どんなプレイだよこれ!!
月河の白い手が、俺の頬に触れた。
「意外とツルツルしているね、弟くんの肌は」
親指で口の周りを撫でてくる。
それから、唇へ。
もう少し力を込められたら、口の中に入ってきそうだ。
「舐めたいだろう? お姉ちゃんの指。このまま口に突っ込んで犯してやってもいいんだ」
「ふ、ふざけんなお前」
「お前?」
「ユキハ姉ちゃん。恋人になるつもりはないとか言ってたくせに、距離が近いんだよ」
「そりゃあそうだろう。兄弟で恋愛するのはよくないんだろう?」
「いやそれはさあ……」
瞬間、月河の表情に現れた微妙な異変に気づいた。
頬が赤らんでいる。
目も細めて、犬を溺愛しているみたいな顔だ。
「肉親ならキスまでOKが君の基準だったね」
「するわけないだろ。そう毎回俺で遊べると思うなよ」
「ほう、ではお姉ちゃんとキスしたくないと?」
したくないわけじゃない。
けどどうせ出来ないのはわかっているのだ。
やってやるよ、と受けてたっても、直前で俺がビビっちゃうことをこいつは理解している。
くっそー、本当にムカつくぜ。
「俺には他に好きな女子がいるんだ。ユキハ姉ちゃんなんかに構ってられるかよ」
「おや、反抗期を迎えたようだね弟くん。性に目覚めて寝ている私の胸を触ったりしたくせに」
「してねぇよ!! どんな弟を想定してんだお前は!!」
「ふふ、思うに、姉とは弟に女というものを教える立場にあるのだと思う」
お前それ絶対にフェミニストの前で言うなよ。
「いかがわしい意味ではないよ? 女性の生態や接し方を教えるという意味さ。だから、教えてあげようか? お姉ちゃんが、弟くんに。……女性のことを」
今度は俺の手を握る。
引っ張って、自分の頬を触らせる。
やわらかい。すべすべしている。
月河のほっぺ。たぶん、どの男子も触ったことがない場所。
「ほら、正直に言ってみるがいい弟くん。次は……どこを触ってみたい?」
「あ、いや……」
無意識に胸を見てしまう。
足も。
「視線は正直だなあ、弟くん♡♡」
「くっ……」
「さぁ、どうする?」
「……い、いらねえよ!!」
強引に手を引っ込める。
「ふふ。意地っ張りな弟くんだ。……さて、今度は私の番だな」
「え? あ、うん」
「わーいお兄ちゃんだいすきー(棒)」
「おい!!」
「ふふ、あはははは!!」
月河は言った。
禁断の恋はアリだって。
なら、庶民と女帝様の身分違いの恋は、どうなんだ?
禁断の恋じゃないのか?
なんてね。
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※あとがき
あのさ、もうキスしろよお前ら。
次回更新は月曜日です。