幕間② 表 女帝に後ろから
俺は普段、コンビニでバイトをしている。
17時から22時の5時間。
だいたい週に3回か4回ほど働いている。
「おつかれっしたー」
勤務を終えて自転車に跨ろうとしたとき、
「やぁ、ハナミくん」
背後から、クラスの女帝様が声をかけてきた。
「え、なんでいるの?」
「友人に勉強を教えていたら遅くなってね、君のバイト先が近かったら待っていたのさ」
などと、にっこりスマイル。
この前はつい月河を怒らせてしまったが、もう気にしていないようだ。
「女帝がこんな時間にうろついてるなよ」
「おや、心配してくれるのかい? 優しいね」
「なんかあったらどうする」
「平気さ、私は格闘技のセンスもあるから。屈強な男たちに銃を構えられても、無傷で倒せる」
「マーベルヒーローかよ」
「つい先週もイタリアの麻薬カルテルに乗り込んで壊滅させた」
「カスみたいな嘘をつくな」
しょうがないのでふたりで帰る。
自転車を押して、徒歩でゆっくり。
歩くだけで月河のイヤリングが揺れる。
触ってみたいな、と思う。
途端、
「うわめっちゃ可愛い子いるじゃーん」
髪を金髪に染めた典型的なザ・チャラ男みたいな連中が、近づいてきた。
うげ、マジかよ。本当にいるのかよこういうの。
「なになになに〜、こんな遅い時間に〜、ナンパ待ちか〜?」
「あの、すんません、俺ら帰るんで」
「よく見るとこりゃ……び、美人なんてレベルじゃねぇ!! とんでもねぇ衝撃が全身を駆け巡ったぜ。はじめてネットでAVを観たときみてぇな衝撃がよぉ!!」
俺のことなんかまるで無視。
やばい、どんどん月河へと距離を詰めてくる。
どうする。どうするって、戦うわけにもいくまい。
逃げの一手しかないだろ。
こちとらチャリなんだぜ。
「月河、後ろ乗れ」
「うん?」
「はやくー」
二人乗りでその場から逃げだす。
全力でペダルをこぐ。
幸いにも、連中は追いかけてこなかった。
「驚いたね、あんなベタな展開が実際に起こるなんて。まさか、君の仕込みかい?」
「はぁ、はぁ、その捻くれは笑えねぇよ」
「ふふ、すまん。いや、ありがとうかなハナミくん。素直にキュンとしたよ」
「あっそ」
「私に倒してもらおうとは、考えなかったのかな?」
「俺だって喧嘩くらいしたことあるからわかる。いくらお前でも素手で人を殴るのは痛いだろ」
「なるほど。嬉しい気遣いだ」
気になる女子を悪い男から守る。
シチュエーションとしては最高。でも二度とごめんだね、怖くてまだ足が震えてらぁ。
「せっかくだ、このまま遠くまで行ってみるのはどうかな?」
「明日も学校だぞ」
「休めばいい。丸々一年休んだとしても学年一位を取れる自信がある」
「俺は毎日ちゃんと勉強しなくちゃならない身分なんだよ。今年から本気だすんだから」
「ほぉ、本当にやる気マンマンなんだね。そんなに私に釣り合う男になりたいわけか」
「うるせ」
母さんに怒られたくないからだっての。
息を整え、二人乗りのまま家へと向かう。
頭が冷えてきて、ようやく気づいた。
いま、俺は月河と密着している。
彼女の腕や胸が、くっついている。
「逆にだよ、ハナミくん」
「なにが?」
「逆に、あの連中は私が君を試すために用意した仕込みだとしたら、どうする?」
「ちょっと怒る」
「ちょっとなんだ」
「マジで仕込みなの?」
「さぁ、どうだろうね。……ふふふ」
俺を後ろから抱きしめる月河の力が、強くなった気がした。
仕込みだったらどうするって?
もちろん怒るさ。怖い思いをしたからな。
良い思いもしているけど。
「ハナミくんの背中、案外大きんだね」
「セクハラ発言やめろ」
「ふふ。ねぇ、ハナミくん」
「んだよ」
「心臓の音がうるさいね。そんなに私のことが好きなのかい?」
「……だから、好きじゃねーっての」
「ふーん」
月河の腕が、俺の腹から上へと登ってくる。
ボタンを外し、シャツの中に手を突っ込んでくる。
「お、おい」
思わずブレーキをかけ、自転車を止める。
月河の細い指が、俺の胸をくすぐった。
中にも一枚着ているから直じゃないけど、こそばゆい。
「意外と男らしい体をしているじゃないか」
「くすぐったいだろ」
「ふふ、力ずくで抵抗すればいいのに。やっぱり君は変態だね、ハナミくん」
お前に言われたくねぇわ。
「さわさわ」
「ちょっ、月河……」
「んふふふふ♡♡ 私の細い指先で、男である君を支配しているよ、ハナミくん。情けないね、カッコ悪いね。でも、心地良い」
「マジで、お前……」
「すぅーー。はぁ……」
なに深呼吸してんだこいつ。
汗臭いだろうがよ。
さすがに堪えきれなくて、月河の腕を掴んだ。
月河が手を引っ込める。
「おや、もういいのかい?」
「この変態女」
「ふふ、酷いな。でも嬉しかっただろうハナミくん。これからも私の足も手で、たくさんイジメてあげよう」
「ばーか」
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※あとがき
短いですがここまで。
次回は月河視点。今回の、裏。