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第5話 女帝と犬の反撃

「ユキハちゃん、もりもり食べてね!!」


 土曜日、俺は母さんの買い物に付き合わされていた。

 月河と共に。


 帰り道に回転寿司屋によって、現在に至る。


「では、いただきます」


 こういうとき、月河は容赦なく食べる。

 別に構わないけどさ。美味しそうに食べるし。

 ていうか意外なのは、女帝の割に庶民料理をパクパク食べるところだ。


 腹が膨れるならなんでもいいのだろうか。

 どんなもんでも出されたら食べるとは、育ちの良いことで。


「それで、どうなのハナちゃん、ユキハちゃんとは」


「なにがどうなのなんだよ母さん。別になんもないよ。月河はただのお隣さんで、クラスメート」


 悲しいけどね。

 つーか本人を前になんて質問しやがる。

 まぁ当の本人は気を使ったりしない性格だけど。


「ユキハちゃんはまだ彼氏いないのよね? あ、あれよ? 絶対ハナちゃんと付き合えってわけじゃないのよ? ただほら、ね? 可能性の話。未来はほら、無限大だから」


 鬱陶しいな〜。

 親に恋路を茶化されるのがこの世でもっとも不快。


「ふふ、お母様、確かにハナミくんは素敵な男の子ではありますが、私自身、今は学業に専念したいのです」


「え!? あんなに優秀なのに!?」


 そう、月河は完璧超人なので成績もいい。

 ていうか頭の出来が違いすぎる。

 大学で習うような難しい数学の問題だってスラスラなのだ。


「余計なお世話ですが、ハナミくんも今は学業を優先したほうがよろしいかと」


「それもそうね」


 悪かったなそれもそうで。

 こちとら頑張って平均点ですわ。ちっ、無理して偏差値が高い高校に入るんじゃなかったぜ。


「じゃあユキハちゃん、暇なときでいいからハナちゃんに勉強教えてあげてよ〜」


「嫌です。彼に足りないのは自分なりの勉強方法を見つけること。ただ受け身の姿勢でいるのではなく、自分の性格にあったやり方で、貪欲に知識を身につける手段やマインドに目覚めることなのです」


「おぉ〜、さすがユキハちゃん大人ね〜」


 捻くれているだけだろ。

 いや捻くれてはいないか。とても真っ当な発言な気がする。

 だからこそ余計にダメージがデカいぜ。食事中は勉強の話をしないでほしいものだ。法律で定められないかな?


 よし、政治家を志そう。

 政治家を志すということは、政治家になりたいということです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 買い物のあと、俺は月河の家を訪れた。

 洗面所の電球を変えるのを手伝ってやるのだ。

 それくらい月河一人で充分だろうけど、母さん命令なので従うしかない。


 どうやら俺の人生にはふたりの女帝がいるようだ。

 あ、姉さんも入れたら三人だ。三人の皇帝。令和の枢軸国。


「ふぅ、終わったよ」


「ありがとう。お茶をいれるからゆっくりしていてくれ」


「ん」


 月河の家に入るのは初めてではない。

 寝室を覗いてしまったこともある。

 これといって興奮しなかったが。


 ダイニングに設置されたソファに座る。


 周囲を見渡してみる。

 テレビ、テーブル、そしてソファ。

 確か寝室にはベッドと学習机と本棚、あとノートパソコン。


 以上。

 質素。酷く質素。ぬいぐるみやポスターといった趣味的なものは、一切ない。


 でも本人はミニマリストではないと否定する。


「どうぞ」


 月河から温かいほうじ茶を受け取った。

 美味い。五臓六腑に染み渡る。


「相変わらず殺風景な家だな」


「引っ越すとき大変になるからね、物は増やさない」


「引っ越す予定があるのかよ」


「ふふ、ヒミツさ。モヤモヤするかい?」


「しない」


「たぶん高校卒業まではいるよ。君と離れ離れになるのは、つまらないからね」


 無にする。

 心を無にする。


 引っ越せ、引っ越してしまえ。


「俺なんかに構ってないで、素敵な彼氏でも作ったらどうだ。お前に見合う男だって、探せばいるだろうよ」


「いたとしても、彼氏は作らないよ」


「本当に学業優先なのか?」


「いいや、優先しなくても私は全国で一番頭の良い高校生さ。ただ、私はね……」


 月河が俺の横に座った。

 肩が触れ合っている。距離が近い。

 思わず反対方向に身を傾けてしまった。


「私はね、恋愛感情というものに懐疑的なのさ。あんなものはしょせん、依存だよ。弱い心の拠り所。私は何にも依存しない。私は強いから」


「恋愛は依存って。……捻くれてんな」


「ふふふ、君好みだろう?」


 ノーコメント。

 嫌いになりたいからね。


 ふとここで、俺の脳内にひとつの疑問が浮かんだ。


「月河が俺に絡んでくるのって、ペット扱いしているからだろ?」


「だったら?」


「んで、俺をからかうために、ほぼ毎日俺の家でメシを食ったり、ダル絡みしてきたり……。それって、依存じゃねえの?」


「…………は?」


「仕事で疲れたOLがさ、飼ってる犬と遊んで英気を養う的な。くぅ〜、心が癒やされる〜。みたいな。わざわざ俺の家でメシを食うのだって、『そうしたい』って強く思っているからだろ? 軽度だけど、依存じゃない?」


「…………」


 あの、月河さん、目がかっぴらいているんですけど。

 表情まで固まって、石化したのか?


「月河?」


「違うよ」


「え」


「ぜんぜん違うよ」


「いやでも……」


「違う。違うよハナミくん」


 すんごい否定するじゃん。

 あれ? あれれ? まさか月河のやつーー。


「もしかして、図星? まさか、ペット扱いとはいえ俺に依存ーー」


「がっ……」


 なに? がっ、ってエラーでも発生した?

 えぇ〜、うそ、マジ? ニヤニヤが止まらん。

 こいつが俺に依存しているうんぬんよりも、月河をイジれているこの状況が愉快すぎる。


 はじめての敗北なんじゃないの? 女帝さんよ。


「…………ぞ」


「はい?」


「消すぞ」


「ひっ!!」


 調子に乗って大変申し訳ありませんでした。

 通帳とハンコとキャッシュカードを渡すので許してください。暗証番号は2741です。


 月河がそっぽを向く。

 まずい、本気で怒らせたか?


「じょ、冗談だよ月河。お前が俺に依存するわけないもんな。俺以外の男子とも普通に話すし茶化したりしてるもんな」


「ハナミくん」


「ん?」


 月河がこっちを向いた。

 俺をキッと睨みつける彼女の顔は、頬がほんのり赤かった。


「私を論破した気になっていないかい? 女帝を辱めようだなんて良い度胸をしているね。罰を考えておくから覚悟しておくといい」


「腕の一本で許してください」


「言っておくけど」


「はい」


「確かに君は『特別な男子』だ。ときおり可愛らしいと思っている。しかしね、君は猫カフェにいるお気に入りの猫くらいの価値しかない。他人が飼っている猫や犬に対する可愛いでしかないのさ。自惚れないでくれ」


「はい」


「そもそも君の家で食事をするのだって、君のお母様が望んでいるからだろう? 私のことが大好きだから。一秒でも長く家にいてほしいから。そうじゃないかい?」


「そうです」


「そんなふうに調子に乗るから、私に告ってフラれるのさ。少しは身の程をわきまえたほうがいいね」


「はい。……なんか、珍しいっすね」


「なにが」


「こんなにムキになってるの。捻くれ540度って感じ」


「っ!!」


 月河が眉をひそめた。

 さながら金剛力士像みたいな激オコフェイス。

 正直チビッた。


「この女帝が誰かを愛することなど絶対にありえない。何故なら私は最強だから。恋愛は依存であり、精神の屈服。この私は人生で一度も負けたことがないのだ。肉体的にも精神的にも、私は誰よりも勝っている。だから依存しないし屈服もしない」


「は、はい」


「仮に100歩譲って依存していたとしても、君の恋人になる気なんてないよ。この女帝の恋人になりたいのなら、相応の学力を身につけてほしいものだ」


「だー!! 結局勉強の話かよ。わーったよ、次の期末から本気だす!! 覚えとけ!!」


「ふんっ。不愉快だ、帰ってくれ」


「ご、ごめんて」


「……やっぱり帰らなくていい。どうしてハナミくんは調子に乗りやすく勉強が苦手なのか、理論的に解説してやる。私を辱めようとした罰だよ」


「ひぇ」


 それから30分ほど月河から人格否定をくらい、俺は自分の家へと帰った。

 あいつ、意外と打たれ弱いタイプなのか?


 ていうか、なんであんなに女帝だとか強さに拘るのかね。

 女帝の肩書にこそ依存しているんじゃねえの?


 あいつが一人暮らしなことと関係があるのかな。

 そもそも、どうして一人暮らしなんだろう。以前訪ねたけれど、はぐらかされてしまった。


「まぁ、いいか」


 特別な男子。


 その言葉を聞けただけで、今は満足さ。

 いかん、俺は月河を嫌いにならなくてはいけないのだった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

うーん、引き分け!!

次回は幕間。短いですが、ハナミくん視点で幕間です。

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