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第4話 女帝と約束

 月河は自他ともに認める学校の女帝様なのだが、暴君ではない。

 おい焼きそばパン買ってこいや、的なイジメはしないのだ。

 基本的に、月河は本気で相手が嫌がることはしない。少なくとも、俺にはね。






「では森山先生、取引しましょう」


 お昼、食堂から教室に戻っていると、廊下に女子を率いる月河の姿が見えた。

 数名の女子生徒の先頭に立つ月河が、冴えない数学教師と相対しているようであった。


「次の土曜日、市から要請されているゴミ拾いのボランティアに、私たちが参加します。なので高野のスマホを返してください」


 高野なる女子が先生にスマホを没収されたようだ。

 俺の高校はスマホを持ってくることは禁止されていなくても、使用している場面を目撃されたら没収されるのだ。


「しかしだな、月河。これはルールだ」


「森山先生の人望を、学年主任や年下のくせに舐め腐っている安藤先生に見せつけるチャンスですよ。それにルールをどうと仰るのなら……いくら徒歩だったとはいえ、日曜の深夜に信号無視をするのは、ルール無視にはならないですかね」


「なっ、なんでそれを……」


「なんででしょう。不思議ですね、森山先生。燃えるゴミにプラスチックを混ぜて捨てているし」


 先生はぐぬぬと冷や汗をかくと、ため息をついて高野さんにスマホを渡した。


 一回目だから今回は許す、ボランティアには来いよ。なんて捨て台詞をはいて、去っていく。


「さぁ、返してもらったぞ、高野」


「ありがとう月河さん!! さすが月河さんだよ〜」


「気にするな、この学校においては私に不可能はない」


 他の女子たちもワイワイと月河を持ち上げる。

 教師に反抗し、スマホを取り返したのだ。英雄以外の何物でもないだろう。


「でもユッキー、本当にボランティア行かないとダメなのかな?」


「その必要はない。何人かの男子に声をかけて、代わりに行かせる。本当に行きたいなら話は別だがね。内申にも影響がでるわけだし」


 おいおい、男子はお前の奴隷じゃないんだぞ。

 すまん、奴隷かもしれない。この学校のほとんどの男子は月河にメロメロなのだ。

 かくいう俺もそのひとりだったように。ーーだった、ね。過去形です。


「いいかい? 例えば友だちや家族に対しては約束は必ず守るべきだが、重要でもない相手に対しては、いかに約束を守らないかが大事なのだ。社会でてからもそうさ、なんでもかんでも受け入れて、約束を守っていては、正直者がバカを見るハメになる」


 社会経験ないはずですよね、あなた。


「相手からの評価を落とさず、それでいて約束を反故にし楽をする。難しいが、そういうことができる大人になりなさい」


「「「はーい」」」


 はーいじゃないだろ。

 素直で真っ直ぐな優しい大人に育ってくれよ。

 これじゃあ友だちというより教え子だな。


 月河の捻くれが女子たちを侵食している。来年にはみんな月河みたいな性格になっているんじゃなかろうか。

 日本の終わりです。助けて進次郎。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今日はバイトがない。

 なので自分の部屋でくつろぎながら、今週のジャンプを読むことにした。


「こりゃもうすぐシャンクスとルフィ会いそうだな〜。シャンクスと黒ひげって戦うのかな」


 なんてワンピースの今後について予想していると、


「やぁ、ハナミくん」


 ノックもせずに月河が入ってきた。


「のわあああ!!」


「ふふ、そう驚かなくてもいいじゃないか。もはや家族のようなものなのだし」


「い、いつの間に? 玄関扉が開く音すらしなかったぞ!!」


「偶然買い物に出るお母様とすれ違ってね、出ていくタイミングで入れてもらったのさ」


「それ、30分以上前だろ」


「あぁ、だから30分、この部屋の扉の隙間から君を観察していた」


 急にサスペンスホラーの世界に俺を引きずり込むな。

 30分監視していただと? 俺はこの30分間、なにをしていた?

 ジャンプを読んでいた。そう、俺はじっくり読むタイプだから、巻頭のサカモトデイズからじっくり時間をかけて読んでいた。


 なにかおかしなことはしていないか?

 あっ、パンツに手を突っ込んでアソコをかいたかもしれない。

 痒くて!!


「ふふ、安心するといい、撮影はしていない」


「していたら大問題だっつの。なんで監視なんかするんだよ」


「私はね、人の弱みを握るのが何よりも大好きなのさ。お金より好きだ」


「あ、相変わらず捻くれた性悪女だ……」


「ちなみに君の弱みは250個握っている」


「俺ですらそこまで把握してねえよ」


 月河は学習机の椅子を引くと、座って足を組んだ。

 長い脚が、太ももが、俺の視線を釘付けにする。


「てか、なにしに来たんだよ」


「スマホの充電器が調子悪くてね、借りに来た。ハナミくんはいくつか所持していたね」


「あぁ、いいよ。待ってな」


 小道具入れから使っていない充電器を取り出して、渡す。


「そういえば今日聞いたぞ。先生と交渉しているとこ。なんで先生が信号無視したこととかゴミ出しのこと、知ってたんだ? 日曜の夜って、自分の家に帰っていただろ」


「私には私の代わりに探偵ごっこをしてくれる配下が大勢いるのさ。私に逆らえない立場だったり、私に忠誠心を抱いていたりね。なんせ、私は女帝だから」


「そいつらが調べたっての? こわ」


 でも、気持ちがわからないでもない。

 俺もそうだが、一度でもこいつに心惹かれてしまうと、彼女のために働いていることに快感を覚えてしまうのだ。

 疲れた母にマッサージをしているときのような気持ちになる。


 天性の支配者。

 無意識に周囲の人間をマゾに変える真のサディスト。

 ちなみに俺はもうマゾではない。マゾではない!!


「少なくともあの学校の関係者全員の弱みは、もう握っている」


「あと約束は守るものじゃない的なことも言っていたが、普通に約束は守るべきだろ。相手が誰であれ」


「守るべきかそうでないか、見極める力が必要なのさ。……ふふ」


「なんだよ」


「約束は守るべき……か。じゃあハナミくん、君が去年のクリスマスに私に叫んだあの言葉、『一生愛します』という宣言も、しっかり守るのかな?」


「うぐっ……」


 痛いところを突かれた。

 頼む、誰か俺にタイムマシンをくれ。去年の俺を殺して現在を変えたい!!

 それか今の俺を殺してすべてを終わらせてくれ!!


「あ、あれは、付き合ってくれるなら、という前提条件の上に成り立つ約束なんだ」


「ほう、それは知らなかった」


「当たり前だろ。俺はもう次の恋を探しているんだ、いつまでもお前を好きだと思うなよ」


 そうだ、俺は未練がましい男になるつもりはないのだ。


「ふーん、それは実に残念だな」


「なんだよ残念って。い、一生愛してほしいのかよ」


「愛されたいね」


「え、そ、それって、じゃあ……」


「ふふ、単に人に愛されるのが好きなだけさ。ハナミくんの恋人になる気はないよ」


「くっ、あーそうかい!!」


 期待しちゃったじゃん。

 彼女にならないなら距離感もう少し離してくれよな。


「ただね、ハナミくん。さっきの約束を守るうんぬんの話だが、私は友達や家族のような相手との約束は、守るべきだと思う」


「おん」


「そういう意味で言うと、ハナミくんとの約束は必ず守るよ、私は」


 ニヤニヤ笑顔で、ストレートに告げる。

 それは、友達としてなのか、家族としてなのか。

 どちらにせよ、恋人ではない。


「約束しようハナミくん。君が私に好意を抱き続けるのなら、いつかその気持ちに報いるようなご褒美をあげるとね」


「ご褒美?」


「ふふ、まだ考えてはいないが……足を舐めさせてあげようか?」


「ふざけんな」


「ふふふ、冗談だよ。ハナミくん次第では、冗談じゃないかもしれないけどね」


「……」


 俺はもうマゾではない。

 月河の足などに興味はないのだ。


「鬱陶しいな、家に帰れよ」


 プイッと、背を向ける。


 後ろから物音がした。たぶん、椅子を動かしている音。

 俺の背中に、月河の足の裏がピッタリとくっつけられた。

 実質、踏まれている状態。


「それとも今、舐めたいかい?」


「…………うるせ」


 「やめろ」とは、しばらく言えなかった。

 俺はもうマゾではない。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

次回、ついに反撃!!

ハナミくん、初勝利なるか!?

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