第3話 女帝と体操服
年度が変わって進級したので、当然アレの時期がやってくる。
身体測定&体力テストだ。
体の成長や運動能力に関心があるわけじゃないが、なんだかんだ毎回ドキドキしてしまう。
「次はボール投げだね、島風くん」
廊下を歩いていると、体操着姿の月河が話しかけてきた。
出るとこ出ている上に足もスラリと長くて、まさに理想の体型。というか理想を超越した神の領域。
なんだこいつの生足、白すぎるだろ。
アンミカよ、201番目の白がここにあるぞ。
それに上半身も……体操服という薄い布のせいで、胸の大きさがしっかり現れていて、直視できない。
「身長は伸びたかい?」
「おぅ、ついに俺も175cm代に入ったぜ」
「おや、私より1cm高いんだね。おめでとう」
こいつは身長まで高い。
おそらくこいつが唯一劣っているのは人格だけなんだろうな。
「なぁに、結局人は中身より見た目なんだよ島風くん」
「心を読むな心を」
「どんなに性格が悪くても、顔の良さやスタイルの美しさで許されるものなのさ。賢いドブネズミよりイタズラっ子なチワワのほうが可愛がられるようにね。とはいえ、私は外見よりも性格を重視するけどね。なんせ、私という存在があまりにも美しすぎて、他はすべて同じレベルに見えてしまうから」
相変わらずの捻くれと自信のハイブリッド。
傲慢さも測定してもらえ、きっと国が表彰してくれるぞ。
「例えばほら、あそこの男子どもを見るがいい」
アゴで示した方を一瞥する。
クラスの男子数名が、ぽけーっと月河を眺めていた。
「私はあいつらを奴隷のように扱うことがある。けど彼らは私が好きで、私の奴隷でいたいと心から願っている。それは」
「お前が綺麗だから?」
「そう。正確には綺麗で劣情を煽る体をしているから。ちなみに、同様の理由で女子からも崇拝されている。実は女性の美に最も敏感なのは、男性よりも女性の方だからね。……ふふ、単純なものだよ、人間とは。もちろん、賢さと性格も愛されているのだが」
否定できない俺がいる。
なんせ鼻の下を伸ばしてエロい目で見ちゃっていた過去があるから。
過去な、過去。今はぜんぜん見てない。
は? 月河とかまったく興味ないから。好みじゃねえし。
俺はもっとロリっぽい人が……この嘘はいかんな、行政機関に目をつけられる。
その後、月河が何かしらの種目を図るたびにクラスの連中が黄色い歓声をあげた。
というか、他の生徒たちも校舎の窓から身を乗り出して体操服月河の体力テストを刮目していた。
さながらオリンピック会場だ。
ちなみに、月河はボール投げやら走り幅跳びやら50m走やら、すべての種目で金メダルを狙える数値を出したらしい。
範馬刃牙かよお前は。
「さすが月河様ですぅ!!」
「ユッキー、かっこいい……」
「月河、先生と世界を目指さないか!!」
「ふふ……世界ならすでに掌握していますよ、先生」
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放課後、夕暮れまで友達と駄弁ってしまったせいで、家に帰る頃には空が闇に覆われつつあった。
マンションのエレベーターに乗り込み、5階へ。
「あれ」
俺の家の前に、月河がいた。
オシャレなジーンズとカーディガンを身にまとって、いかにもこれからお出かけですといった装いだった。
「やぁ、ハナミくん」
「なにしてんの」
「このあと、とある人との会食があってね。その前にハナミくんとお喋りしようと思ったのさ」
会食なんてオシャレなワードを口にする高校生はお前くらいだろう。
「そうなんだ、なんかごめん。友達と話しててさ」
「待ってはいないよ。帰ってくるタイミングは把握していたからね」
なんで把握してんだよ。
ていうか、お喋りしたいってなんだよ。
どうせまた俺を弄ぶんだろ。けっ、俺はもうお前を嫌いになると決めたんだ。
塩対応でいかせてもらう。
「ハナミくん」
「……」
「君の家でシャワーを借りたことがあるし、君に私の寝巻きを見せたこともあるわけだが」
ある。
体操着なんかよりもさらに露出度の高い短パンとタンクトップモードの月河を、俺は直視したことがある。
ありゃたぶん下着をつけていなかった……。
「他の男子たちが垂涎するほど目に焼き付けたい私の格好を、君は目撃している。やはり、優越感に浸ってしまうかい?」
「別に……」
「おや、冷たいね。ふふふ、まぁそれはどうでもいい。肝心なのは、君にお願いしたいことがあるんだ」
「お願い? ほう、今日はストレートに頼むんだな。それで?」
「私の家の洗濯洗剤が切れていてね、悪いんだが君の家で洗濯してほしいんだ。もちろん、お母様には許可をもらっている」
「ほーん。いいよ」
「助かるよ、お返しは用意してあるから」
「洗濯くらい構わんけどさ、下着とかは勘弁してくれよ。あぁいうの、普通に洗濯機にぶち込むんじゃダメなんだろ? よくわからん」
ていうかこいつの下着なんて洗えるかよ。
触っただけで天罰がくだされそうだ。
「下着はないよ。カゴに入っているのは……今日着用した体操服さ」
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平静を装い、月河を見送る。
家に入り、誰もいないことを確認する。
バッグを置いて、洗面所へ。
洗濯機の横にあるカゴには……本当にあった。
「月河の……体操服」
て、てっきりシャツやタオルかと思っていたら、まさかの体操着。
今日は春にしてはそこそこ暑かった。
さすがの月河とて、多少は汗をかいていた。
「待て待て待て待て!! なにを意識している俺は!!」
これじゃただの変態だろうが。
無だ、心を無にしろ。
月河の体操服? だからなんですか?
うわ、汚え、さっさとポイして洗濯してやろう。
上を手に取る。
なんとなく、匂いを嗅いでみる。
柔軟剤の香り。ちょっぴり汗の匂いもする。
違うから、これは違うから。
めっちゃ臭かったら月河のこと嫌いになれると思っただけだから。
「……ごくり」
もう一度嗅いでみる。
月河の胸に顔を埋めているような……気がするわけないだろ!!
「アホか!! 洗剤たっぷり使ってやるわ」
次に短パンを取ると、下に置き手紙が仕込まれていた。
【ハナミくんへ。私の体臭を嗅がせてあげたことがお返しさ】
こいつ!! 俺の行動を読んでいたのか!!
【他の男子じゃ絶対に触れられない私の体操服を好き勝手できるんだ。これほどの優越感はないんじゃないかい? 安心したまえ、気味悪がったりしないよ。匂いを嗅ぐなんて、まさに犬みたいんで可愛いからね】
この野郎手紙でさえも俺の魂を揺さぶってきやがる。
はぁ? 勘違いしないでもらえます? お前の体操服なんて汚いだけなんですけどぉ? はぁ?
【追伸:私も、学校の女子が知らない君のウブで変態な部分が見れて、とても優越感が刺激されているよ。明日か明後日、また君の寝室に忍び込んで寝顔がみたいな】
お前俺の夜中になにしてんねん!!
さすがに、さすがに冗談だよな。冗談だと笑ってくれ月河。
シンプルにサイコホラーなんだよそれ。
月河の手紙に震えていると、スマホにメッセージが届いた。
【いつか私の寝顔も見せてあげよう】
腹立たしい。まったくもって腹立たしい。
なんであいつは、こうも的確に逃げようとする俺のハートを捕まえられるんだ。
捻くれ女帝のくせに俺の前でだけストレートな甘い誘惑をするんじゃねえつーの。
絶対、絶対あいつより素敵な女の子と付き合ってぎゃふんと言わせてやる。
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※あとがき
なんか……えっちだ……。
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