第8話 女帝と本音だけの会話
月河はかなり気分屋だ。
その日のテンションというか体調というか興味によって、好き嫌いや態度が変わりまくる。
授業中に積極的に発言する日もあれば、ボーッと窓の外を見つめている日もあり、はたまた、ひろゆきみたいに何でもかんでも先生に噛みついて論破したがる日もある。
友達に優しいときもあれば辛辣なときもあり……まぁつまり何が言いたいかというと、最近どことなく月河とぎこちないのだ。
壁を感じる。絶妙に薄い壁が。
朝、教室で顔を合わせると、いつもなら「おはよう島風くん」とニヤニヤしながら挨拶してくれるのに、ここ数日はチラリと視線が重なるだけだ。
「お、おっす月河」
「……あぁ」
やっぱ、あれのせいなのかな。
この前の、押し倒したやつ。
月河としても複雑な心境に違いない。
俺にあんなことをされてショックだが、からかいすぎた自分にも非がある。的な。
とはいえ俺には失望。まさかあんなケモノだったとはーー。
たぶん、そんなふうに気持ちの整理がついていないのかもしれない。
罪悪感、オレの心に、罪悪感。
どう償えばいいのやら。
月河の周囲にいるしもべーーもとい友人たちが、俺をギロリと睨んだ。
「なーんか空気へんじゃない?」
「わかる。もしかして島風、また月河様に迷惑な告白してないでしょうね」
すまん、それ以上に最低なことした。
「ユキハ様は唯一神なの、この世で最も尊い人なの。森羅万象すべての支配者なの。誰のものにもならないんだからね!!」
唯一「神」なのか尊い「人」なのかハッキリしてくれ。
現人神か? 天皇陛下ですら人間宣言してんのに?
令和の世に大日本帝国復活??
「お前たち、根拠もなしに人を疑うものじゃないよ」
気だるけに、月河がフォローしてくれた。
「それに、仮に唯一神が実在していても、すべてを支配なんぞしていないよ」
「なんでだよ、月河」
「君は支配したいと思うかい? すべてを、何億年も。……たったひとりで」
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今日は久しぶりに家族だけの晩飯。
まぁ昨日もだったんだけど。
風呂にも入って宿題もやって、さあ寝ようと思った矢先、
【すまない、また小麦粉をこぼしてしまった】
月河からメッセージが届いた。
あいつめ、実はドジっ子なのか?
あんなことをした俺に物を頼むあたり、水に流そうとしてくれているのだろうか。
俺はあいつに罪悪感を抱いている。どんな頼みごとだろうと、引き受けるさ。
こっそり家を抜け出して、月河の部屋の玄関扉を開ける。
鍵は開いていた。
明かりはついていた。
短パンTシャツのラフな月河が、俺を出迎える。
「やぁ」
「おう」
靴を脱いでキッチンへ。
「あれ」
なにもこぼれていない。
綺麗な床だ。
ここじゃない? いや小麦粉なんてキッチン以外で使わないだろ。
「すまないね、嘘をついた」
「へ?」
「なんとなく君と話したかったのさ。ここ最近、どこかぎこちなかっただろう? それがどうにも気持ち悪くてね」
「え、あ、あぁ」
月河も取っ払いたかったんだ。
薄いけど、確かに存在する透明な壁を。
テーブルの椅子に腰掛ける。
月河がホットミルクを差し出してくれた。
さて、どこから話したものか。
謝罪? は、あのときもした。
いやいや、回数の問題じゃないだろ。何度でもするんだよ、普通に。
「あのさ、月河」
「謝らなくていい。気にしなくて良いんだ」
「そ、そっか」
なら他に何を話せっつーんだ。
月河はーー自分のホットミルクをズズズと飲むだけで話をフラねえし。
気まずい。
ていうか、考えてみれば俺は月河を嫌いになりたいわけで、むしろこのまま気まずい方がいいのでは?
だんだん関わりも減っていってさ、次第にーー。
アホか。
俺にだって好むやり方というものがある。
あんな形で距離が遠ざかるのはーーイヤだ。
「今日の話だけどさ」
「うん?」
「月河的に、神は信じてるの?」
「ふふ、くだらない質問だね。神はいるさ」
「いる派なんだ。意外。まさか自分がそうだとか言い出さねえよな」
「はは、さすがにそこまで自惚れてはいないさ」
女帝は自称するくせに。
俺からしたら同じですけどね。
「しかし神が人の形をしているとは、考えていない。高度な知性を持っている確証もないし、善悪の判断すら我々の価値基準とはかけ離れている可能性もある」
「ほーん。んじゃあ月河が想像する神ってなんなの?」
「この宇宙の外の存在さ。我々がインターネットで世界をプログラミングしたり、妄想したりするように、とくに意味もなく我々のいる宇宙を作ったのさ。いわゆる創造神というやつは、私たちとは別次元で、神の自覚もなしに生きている連中だと踏んでいる」
「もしくはメン・イン・ブラックのラストみたいな」
「ふふふ、ありうるかもね。とにかく、私の主張としては、神は私たち人間や地球、自然を支配し見守っているような暇人ではないということさ」
作って放置してるだけってことか。
「地球が生まれて約45億年。そりゃひとり孤独に見守っているわけねぇわな。せめて仲間がほしいわ」
「女性と男性の神がいて、私たちを見守りながらイチャイチャしているかもね。キスとかしているのさ」
「最悪すぎる。頼むから地球を見捨ててくれ」
俺もホットミルクを飲む。
ちょうどいい温かさ。甘くて、落ち着く。
「なんか、珍しいな。お前とこういう毒にも薬にもならない、答えもオチもない話を話をするの。お前も変に捻くれていないし」
「あぁ、悪くない。毎度君をからかって、ドキドキさせてばかりでは、付き合いたてのバカップルみたいだからね」
心地が良い。
気まずさなんか、もうない。
元通りの関係に、いやそれ以上の距離感になっているような気がする。
若干のまどろみとホットミルクのせいだろうか。
「神は一人ぼっちで支配はしないってさ、女帝はどうなの? 女帝は一人で支配者でいるのは、寂しくないのか?」
「ふふ、俺が側にいてやるよって?」
「別に、そんなつもりじゃ……」
「いらないよ。私は強いからね。『あんなこと』をされたって、全然気にしないのさ。ふふ、もっと過激なことだって、涼しい顔でできるよ」
「過激なことぉ?」
「……ハナミくん、少し手を出してくれないかい?」
「おう」
右手を差し出す。
月河も右手を出して、触れる。
指をからめて、握って。
月河は物欲しそうに、交わる俺たちの手を見下ろしていた。
「く、くすぐったいな、月河」
「ハナミくん、たまには本当のことだけ話そう。お互いに」
「え」
「くすぐったい、だけかい?」
「……ちょっと、気持ちいい」
「ふふ、変態だね。私もだよ、ハナミくん。ぼーっとしてくる。けどこれくらい、私にとってはどうってことない」
永遠にこのままでいたい、気がする。
「月河」
「ん?」
「ごめん、お前には言うなって言われたけどさ、俺、これからもお前のこと……名前で……呼びたい……かも」
「…………」
「もちろん、ふたりきりのときだけ」
「…………うん」
ドキドキする。
心臓が痛いくらいに。
「ユキハ」
月河が俺の手を持ち上げる。
自分の顔に近づけると、人差し指をペロリと舐めた。
「なっ……」
「この程度で狼狽えているようじゃダメだよ、ハナミくん」
また舐める。
何度も。
冷たい舌が、俺の指を刺激する。
「ユキハ……」
「ふふ、顔が真っ赤だよ」
「お前もだっつーの」
「そんなことないが」
「そんなことあるぞ」
「……」
月河が手を離した。
「柄にもないことをしたね。夜遅くに呼び出したお礼さ」
「こんなことして、汚いだろ」
「だとしても、構わない。ハナミくんなら」
それってさ……。
こいつは、やっぱりまだ俺と付き合う気などないのだろうか。
誰の恋人にもならないし、依存しないのだろうか。
「ユキハ、俺さ……」
ダメだ、言えない。
もし、また断られたら、きっと耐えられない。
「なんでもない」
「そう。……さ、私はもう寝る」
「お、おう。俺も家に戻るよ」
立ち上がり、サンダルを履く。
扉を開ける前に、
「最後に聞いておきたい、ユキハ。嘘無しで教えてほしい」
「なにを?」
「あんなことするの、俺にだけ?」
ユキハの瞳が、じっと俺を見つめる。
「…………さぁね」
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※あとがき
あーもーじれってぇな。
さっさとキスしろよ!!