第1話 女帝とエプロン
俺の学校には女帝がいる。
そいつは1年生時の9月という中途半端すぎる時期に転校してきた。
すでにクラス内勢力図もヒエラルキーも決まっているタイミングで乱入したにも関わらず、あれよあれよとクラスの、いや学年のトップに君臨した。
異質だなと震えたね。
まったく知らない女子生徒が、転校してきて一週間後には何食わぬ顔で文化祭を仕切ってたんだからさ。
10月には先生からも、上級生や地元の中学生からも尊敬と敬意を持って慕われるようになっていた。
女帝、月河ユキハ。
雪の花でユキハ。
そんな一人雪月花も俺も、今年の4月に高校2年生というこの世で最も自由な子供へと昇格した。
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新年度最初のHRの直前、席についていた俺の背中を、後ろの席の月河が指でつついてきた。
「ツンツン」
渋々、振り返る。
長い紺色の髪、丸い目、スラリとした綺麗な頬、ふくよかな胸。
座っているから分かりづらいが、足が長くて身長も高い。
そんな理想的なモデル体型の女性が、ニヤニヤと俺を見つめていた。
イヤリングが微かに揺れている。
「な、なんだよ」
「いやいや、一体どんな気持ちなんだろうと思ってね。同じクラスになれてまだチャンスがあると期待しているのか、気まずいのか」
「あれはその……忘れてほしいです」
「へぇ、なかったことにしたいんだ。それは無理だろう、だって授業中は常に私が後ろにいるのだから。意識しないわけには、いかないんじゃないかい?」
「……そですね」
「例えば私が他の男子と仲良く話していたら、君はやはりモヤモヤするのだろうか。悔しがるのだろうか。それは私を独占できない不満のせいだろう? しかし、本当に私を愛しているのなら、好きな女子が楽しげに話している光景を見て満足すべきなんじゃないかな」
クラスの女子たちがチラチラこっちに視線を向けている。
俺と月河の組み合わせに笑っているような、ドン引きしているような。
月河は愉快そうに俺を見つめたまま、続けた。
「思うに、君は私を好きなんじゃなくて、性欲の対象にしていただけに過ぎないんじゃないかな? いやいや、君だけじゃない。だいたいの人間はそうさ。結局のところ『好き』とは『好きなようにしたい』の略なのさ」
「相変わらず、捻くれてるな」
「そんなところが『好き』なんだろう? 島風くん」
そう、彼女は俺から好かれていることを知っている。
ていうか、俺から伝えた。
去年のクリスマス。クラスのみんなでパーティーしようぜ、なんて誘いを受けてしまって、場の空気に流されて皆様の前で玉砕したのだ。
あのときは無意識にスマホで調べちゃったね、切腹のやり方。
ていうか今でも思い出すとしたくなる。介錯してくれるやつ、大募集中である。
タイミーで頼むか。
「捻くれているところが好きだったわけじゃ……」
「ほう、ではどこが好きだったのかな? 顔かい? 恥ずかしがることはない、素直に白状すればいい。これまで告白してきた男子も女子も、理由のほとんどは顔や外見だった。別に構わないよ、太陽を見上げて眩しいと感じるのと同じさ。当たり前の生理現象だ」
「え……。言わなきゃダメなんすか」
「言ってほしいな」
「…………」
「言いなさい」
無表情で睨みつけてくる。
怖い、圧が凄い。
子供を叱る寸前のお母さんみたい。
「……主に、足」
「足? ふふ、とんだ変態だね、島風くんは。面白い」
「は、ははは」
月河に告ってフラれるくらいなら、もはや珍しくもない話。
しかし何故だか、なーぜーだーか、こやつは俺のことを揶揄うようになったのだ。
気に入られた? 違うね、まったく無関心な時もあれば話しかけるなオーラバリバリのときだってある。
よくわからないが、こういうやつなのだ。
一般常識やモラルが通じないというか、どこか浮世離れしているというか、思考が読めないというか。
常に頭上から下々を見下ろしている神や悪魔というか。
「月河さん、遊びに来たよー」
隣のクラスから女子軍団がやってきた。
月河の友達だ。
「えぇ!? 島風の後ろ? やば……」
「ユッキー、かわいそう。同じクラスなんて」
なんでかわいそうなんだよ。
別にしつこく告っているわけじゃないんだし、ほっといてくれよ。
「島風、仕組んだんじゃないだろうな」
「おい島風、ユキハちゃん困らせたらお腹ペチペチだからな!!」
「ストーカーするなよ!!」
「月河さん、私とクラス替える?」
替えられるものなら替えてみろよ一般女子生徒どもがよ。
月河は心配する舎弟……もとい子分……もとい友達に余裕の笑みを向けて宥める。
「安心してくれ、彼に不愉快な思いはさせられていない。告白されたからといって、別に嫌いになったわけでもないしね」
「で、でも……」
「ん? 安心してくれと言っているんだ。では何の権利があって君らは島風くんを敵視するのかな?」
「ご、ごめん……なさい」
「ふふ、気にするな。怒ってはいないよ。さぁ、自分のクラスに戻りなさい」
こえ〜。
友達相手でも確実な上下関係が出来上がってるな。
取り巻きたちが消えると、月河は再度俺に視線を向けた。
「酷い言われようだね。だが気にしなくていい。アレはアピールだ。私を心配しているアピール。私への信仰心を示しているのさ。常に私の周囲にいて、右腕になりたいと思っているからね」
「なんつー自信と捻くれのハイブリッド」
「しょうがない、事実私は美しく優しく聡明で、頼り甲斐があって無敵。まさに女帝の名に相応しい女なのだから」
夜、俺はバイトを終えて家に帰っていた。
憂鬱だ。この4月になってから、帰宅が憂鬱になってしまった。
マンションのエレベーターに乗り込み、5階へ。
鍵を開けて、扉を開ける。
「やぁ、おかえり。ハナミくん」
「た、ただいま……月河」
エプロン姿の月河が、ニコリと微笑んだ。
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※あとがき
性格に難ありな子とイチャイチャする話です。
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