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【一般】現代恋愛短編集 パート2

私メリーさん、今あなたのそばに居たいの

作者: マノイ

よくあるメリーさんネタなので被ってそうですが、もしそうだったとしたらごめんなさい。

「あ、吉永(よしなが)君、今年も僕と同じクラスだね」

「チッ」

「舌打ち!? 酷い!」

「はは、冗談だって。よろしくな、加賀谷(かがや)


 高校二年生になりクラス替えが行われ、俺は中学からの友人の加賀谷と同じクラスになった。この学校では二年から三年に上がる時はクラス替えが無いため、これから二年間は一緒ということになる。仲が良い奴と一緒ってのはラッキーだよな。


「そういえば吉永君、今年転校生が来るって話知ってる?」

「ああ、外国人が来るんだろ」

「それ多分、僕達のクラスだよ」

「なんでそんなこと分かるんだよ」

「だってほら、もう全員来ているっぽいのに、あそこの席空いてるでしょ」

「そこが転校生用の席ってことか」


 言われてみれば納得だ。 


 それにしても外国人の転校生か。


 外国人と同じクラスになるのはこれまで何度もあったし、最近だと珍しいことでは無いが、転校生となると少し特別な感じがするな。


 あの時(・・・)以来だ。


「可愛い子だと良いね」

「草食系の加賀谷らしからぬセリフだな」

「僕だってそういうこと思ったりもするよ。それより吉永君はどうなのさ」

「俺か? あんまり興味ねぇな」

「相変わらずだね。そんなんだから僕と付き合ってるだなんて噂されちゃうんだよ」

「うっせ。俺は普通に女の子が好きだっつーの」

「あはは、知ってる」


 どっかの腐った女子が流した噂のせいで、こいつ一時期俺と距離置こうとしやがったから、俺がどうして女子にあまり興味を持たないかを説明してやった。恥ずかしい話だから言いたくは無かったが、気軽に話せる貴重な友人を失うくらいならと考えるとそうするしか無かった。


「でもさ、転校生が外国人ってことはさ」

「加賀谷、それ以上はいけない。そんな美味い話なんて物語の中にしか無いんだ。期待してもがっかりさせられるのがオチだ」

「そうやって期待が裏切られるのが怖いから期待しないように気持ちを押し殺してるんだね」

「分かってても言うなよ」

 

 それに本当に期待なんてしてない。

 転校生が初恋のあの子(・・・・・・)だなんて、高校生になってから再会するだなんて、そんなテンプレ展開なんて普通は起こり得ないのだから。


 そんなことを考えていたら担任教師が入って来た。


「ホームルーム始めるぞぉ~」


 定年間近のおじいちゃん先生。

 地理担当で独特の間延びする語尾のせいで授業が滅茶苦茶眠くなることで有名なんだが、あれはマジで辛い。


「最初に、転校生に入って来てもらうぞぉ~」


 いきなり来たか。

 クラス中に緊張が走る中、もっと緊張しているであろう転校生が扉を開けて入って来た。


 さらさらな銀髪。

 人形のように白く艶のある肌。

 歩く姿は堂々としていて姿勢が良く、程よい凹凸があるバランスの取れた体つき。


 そして何よりも目を惹くのが、美しく整った顔だ。


 クラスメイトが彼女の容姿に男女問わず目を奪われる中、俺は衝撃に打ち震えていた。


 だって仕方ないだろ。


 成長したらこうなっているだろうと、何度も何度も何度も何度も妄想した姿が目の前にあるのだから。


「え?」


 思わず小さく声が漏れてしまう。

 彼女が俺の方を見て、小さく笑ったような気がするからだ。


 まさか本当に。

 本当に彼女なのか?


 心臓が高鳴る。

 全身から汗が噴き出ているような気がする。

 喉がカラカラだ。


 一瞬たりとも目を離せない。


『ワ、ワタシ……メリー……デス』


 緊張し、か細い声でたどたどしく自己紹介する彼女の声が脳裏に蘇る。

 恥ずかしがって俯いて動けなかった彼女と、堂々とした目の前の彼女は全く雰囲気が異なるのに、不思議と俺には重なって見えた。


「…………」


 彼女は教壇の前に立つと、流石に少し緊張しているのか、一瞬間をおいて深呼吸する。

 やがて彼女は華やかな笑顔を浮かべて口を開いた。


「ワタシ、サイトウ・メリーデース!ニホンゴワッカリマセーンアルヨ!」


 そしてとても胡散臭い日本語で自己紹介をしたのだった。


 うん、分かった。

 こいつ絶対あのメリーだ、間違いない。

 性格全く変わってないじゃねーか!


「なーんて冗談冗談。普通に日本語話せるから、普通に話しかけてね!仲良くしてくれると嬉しいデース!なんちゃって!」


 初めて会った時はあんなに大人しかったのに、いつの間にかお調子者になってたんだよな。

 全く、誰のせいだよ。


「それじゃあ斎藤さんはあの空いている席に座ってくださいぃ~」

「はーい!」


 メリーが教室後方にある自分の席へと歩いて行く。

 その途中には俺の席があり、彼女は俺の脇を通る瞬間、俺に目線をやって口パクした。


 ひさしぶり。


 ああ、久しぶりだな。

 会いたかったよ。


ーーーーーーーー


「ねぇねぇメリーさんって、どこで日本語勉強したの?」

「すごい上手だよね。ずっと日本に住んでたの?」

「うわぁ髪がすごい綺麗。化粧品何使ってるの?」

「それならお肌もだよ。私も教えて欲しい!」

「メリーさんってどんな人がタイプ?」

「おい男子。デリカシーの無い質問は止めろ!」

「そうよ。少なくともあんたなんか眼中に無いでしょうね」

「なんだと!?」


 人気だ。

 超人気だ。


 話しかけやすいタイプだと分かったからか、クラスメイト達が休み時間の度に彼女の元へと突撃して質問攻めにしている。おかげで俺は話しかけるチャンスが全く無い。


 受け入れられたのが嬉しいんだろうな。メリーも楽しそうに笑って会話してやがる。


 …………

 ……………………

 …………………………………………


 なんか気分が悪いな。

 ちょっと外の空気でも吸ってくるか。


「あっ!」

「どうしたのメリーさん?」

「う、ううん。何でもない」


 背後ではまだ盛り上がっている。

 あれは昼休みが終わるまで続きそうだな。


 俺は行くあてもなく校舎の中を彷徨った。

 だがどれだけ歩いても胸の中のもやもやは消えてはくれない。


 脳内にメリーの姿が勝手に映し出され、彼女の声が勝手に聞こえてくる。

 やがてそれらは現在(いま)から過去へと変化した。


『メリー!遊ぼうぜ!』

『エ……!?』

『ほらほら、校庭に行こう!』

『アッ……!?』


 日本語が上手く話せなくて、しかも見た目が人形のように綺麗なことから、クラスメイトは彼女のことをどう扱って良いか分からず、距離を置いてしまった。それがなんとなく腹立たしくて、俺はメリーの手を強引に引っ張って遊びに連れ出したんだった。


『ひっぐ……ひっぐ……』

『見つけた!』

『!?』

『メリー隠れるの上手すぎだよ。もう日が暮れちゃってるじゃん』

『ヨシナガー!』


 かくれんぼしていたら、メリーだけが見つからなくて、友達はもう帰っちゃったんじゃないかなんて言って探すのを諦めたことがあったな。俺だけ残って探してたら、見つけて貰えなくて涙目だったメリーをどうにか見つけて、あの時はわんわん泣かれて大変だったよ。


『ヨシナガヨシナガヨシナガ!』

『うわ、なんだよメリー』

『スッゴイオオキナカブトムシミツケタ!』

『おお、すっげええええ!やるじゃんメリー!』

『マカセロ!』


 気付いたらいつの間にか俺以上にわんぱくになっていて、毎日毎日笑顔で俺に絡んで来たな。女子から男子ばかりずるいってメリーの取り合いになったのを覚えてるわ。


『ヨシナガ……ワタシ……ワタシ……』

『…………何だよ』

『…………ナンデモナイ…………バイバイ』


 メリーが日本を発つと知らされた日。

 俺は泣きそうになるのを我慢するので精いっぱいで、ついぶっきらぼうな態度を取ってしまった。

 あの時メリーが言いたかったのは何だったのだろうか。


「そんなとこで黄昏てどうしたの吉永君?」

「加賀谷か、黄昏てなんかねーよ」


 というか、考え事してて廊下の窓から中庭を見ていたの全然気付いていなかったわ。


「メリーさんと話す機会が無くて拗ねてるの?」

「な!?す、拗ねてねーし」

「あはは、相変わらず分かりやすいね」

「うっせ。違うって言ってるだろ」


 なんて否定したものの、加賀谷の言葉に胸が強く疼くということはそういうことなのだろう。


「あの子が前に言ってた吉永君の想い人なんだよね?」

「な、な、何でそうなるんだよ!」


 確かにこいつには小さい頃に気になってた外国人の女の子がいる話はしたが、まだメリーとまともに話してもいないのに、本当にその子が来ただなんてどうして分かったんだ。


「見ていれば分かるよ、吉永君って顔にモロに出るもん」

「マジで?」

「マジ。だから同じ話を聞かされてたら誰でも察すると思うよ」

「いやいや、俺ほどのポーカーフェイスは他にはいないだろ」

「ぷっ、あははは!笑わせないでよ!」

「そんなに笑う程か!?」


 メリーが転校してきたのと同じくらい衝撃的なんだが。

 それじゃあこれまでの俺の感情は全部筒抜けだったってことか!?


「ごめんごめん、それで告白するの?」

「……何言ってるんだ。子供の頃の話だぞ。向こうだって今更そんなこと言われても困るだろ」


 それに、美人で可愛くて社交的な今のあいつなら、多くの人に好かれるに違いない。

 俺なんかよりも遥かに立派で相応しい人間がいるはずだ。


「それ、本気で言ってるの?」

「…………」

「はぁ~、まったく、僕から無理強いは出来ないけど、友人として一つだけ忠告しておく。自分の心に素直になること。そして後悔だけはしないこと」

「二つじゃねーか」

「あはは、そうだったね。それじゃ僕は教室に戻るから。そろそろ昼休みも終わるし、午後の授業に遅れないようにね」


 自分の心に素直になること。

 後悔だけはしないこと。


『ヨシナガ……ワタシ……ワタシ……』

『…………何だよ』

『…………ナンデモナイ…………バイバイ』


 もう終わった話なんだよ。

 俺にどうしろって言うんだ。




 昼休みが終わるギリギリに教室に戻ってもメリーの周囲は人で溢れていた。

 それは放課後も同じことで、彼女はきっとクラスメイトに誘われて遊びに行くことになるだろう。


「あっ!」

「どうしたのメリーさん」


 俺は彼女の方を見ることなく、逃げるように学校を後にした。


ーーーーーーーー


「はぁ~何やってんだよ、俺」


 幼稚な感情に振り回されていることに、自己嫌悪で死にたくなりそうだ。

 気分転換に街まで来たが、全く遊ぶ気になれず、肩を落としてトボトボと歩くだけ。

 そんな自分を客観的に見てしまい、情けなくなって更に落ち込む悪循環。


「別に普通に話しかければ良いだけだったのにな」


 あいつは俺のことに気が付いていた。

 好きとか嫌いとかは別として、せめて再会を喜び話くらいはしたかったはずだ。


 それなのに俺はこうして逃げるように距離を置いてしまった。

 あいつを悲しませてしまったかもしれないと思うと、これまた自己嫌悪で死にたくなる。


「え~え~そうですよ。あいつが皆の人気者で嫉妬してますよ~だ。クラスのイケメンと話しているところなんて見たくないだけですよ~だ」


 誰も聞いていないからこそ、胸の内を口に出して徹底的にいじけてやる。

 そうして心の澱みを出し切れば、明日には普通に話しかけられるのではと無理矢理思い込む。


「うわああああああああん!」

「ん?」


 ネガティブオーラを放ちまくりながら歩いていたら、子供の泣き声が聞こえて来た。

 どこからだろうかと思い周囲を確認したら、男の子が一人でワンワン泣いていた。


 近くに親の姿が無い。

 迷子か?


 近くを歩く人達はその子を気にしてはいるが、誰も声をかけようとしない。

 いやいやそれはあり得ないだろ。


 仕方なく俺がその子に声をかける。


「よぉ、坊主。どうしたんだ?」

「うわああああああああん!」


 まぁ泣き止まないよな。せめて俺の存在に気付いてもら……ん、もしかして外国人か?

 なら日本語が伝わってないだけの可能性もある。


「ヘイ、ユー、迷子か?ミーに任せろ、ユーのファーザーオアマザーをファインドしてやるぜ」

「うわああああああああん!」


 我ながらひっどい英語だ。

 全く泣き止まないし。


 というか、アジア系の外国人っぽいな。

 だとすると英語分からないかも。


「しぇいしぇい、なますて、ぐーてんたーく、英語以外とか知らんわー」

「うわああああああああん!」


 だとするとどうすべきか。

 まずはどうにかして泣き止んでもらいたい。

 そのためにはこの子が注意を惹く何かでアピールしないと。


 日本人相手ならアンパンマンとかの真似でもすれば良いかもだけど、外国人の子供が相手となると、もっと世界的に有名なキャラクターを使う必要がある。


「ピッ〇ピッ〇チュ〇!」

「うわああああ…………ふぇ?」


 よしきた!

 流石世界のポケ〇ンだ!


「ピッ〇ー!ピ〇ピー?」

「…………」


 泣き止みはしたが、またすぐにでも泣きはじめそうだ。

 せめてぬいぐるみか、キーホルダーでもあれば良いんだが、俺そういうの持ってないんだよなぁ。


「ふぇ……」

「ピッ〇ー!ピッ〇ー!」


 やばい、ダメだ。

 怪しいお兄さんだと思われてまた不安で泣かせそうだ。


 どうすれば安心してくれるだろうか。

 そう悩んでいたら、助けがやってきた。


 俺の背後から黄色いネズミの小さなキーホルダーがすっと出て来たのだ。


「ピッ〇ッ〇ュウ」


 加賀谷!?


 俺が困っているところを偶然見つけて助けに来てくれたのか。

 そういえばこいつの鞄にはキーホルダーついてたな。


 男の子はそのキーホルダーを食い入るように見つめている。

 その顔からは不安げな感情が徐々に薄れていった。


 その後、俺達は落ち着いた男の子を連れて交番に届け、彼の両親が迎えに来るのを待った。

 両親はすぐにやってきて俺達はたっぷり感謝されて、気分良くその場を離れた。


「助かったぜ加賀谷」

「どういたしまして。僕が来なくても大丈夫だったと思うけどね」

「何言ってんだよ。詰みかけてたんだって」

「気のせい気のせい。吉永君の優しそうな顔を見たら子供はすぐに泣き止むよ」

「な、何恥ずかしいこと言ってやがる!んなわけねーだろ!」


 そんなこと一回も言われたこと無いし、むしろ仏頂面が多いからもっと笑えって家族からは言われてるくらいだぞ。


「吉永君は思ってることが顔に出やすいって言ったでしょ。あの子の相手をしている吉永君、すごい優しい顔してたよ」

「…………マジで?」

「大マジ。君に惚れてる人が見たら、超惚れ直すくらいに」

「なんだよそのたとえ」


 俺なんかに惚れてる人なんてこの世に存在しないだろ。


「そういや加賀谷はどうしてここにいるんだ?家は別方向だろ」

「クラスの人と遊びに来たんだよ」

「にしては誰もいないが?」

「……もう解散したからね」

「ふ~ん」


 こいつは草食系ではあるが人付き合いは悪くないし、放課後遊びに誘われている姿を何度か見たことがある。今日もその流れで街まで来たってことか。


「あ、LINEだ」


 加賀谷は歩くのを止めて道の端に寄り、スマホを操作し出した。置いて帰っても良いのだが、助けてくれたお礼をもう一度しっかりと伝えて帰りたかったので待つことにした。


「……ふ~ん、なるほど」

「何だよニヤニヤして。面白いことでもあったのか?」

「うん、とっても」

「何だよ教えろよ~」

「直ぐに分かるよ」

「え?」


 どういうことだ。

 俺に関係すること……が加賀谷のLINEに届くわけ無いか。なら俺が驚くような人がここに来るとか、だったりしてな。


 まさかメリーか?


 ありえる。

 だがそれは困る。


 まだどんな顔してあいつに会えば良いか分からないんだ。心の準備が出来ていない。


「それじゃあ僕は帰るね」

「え?あれ?」


 メリーが会いに来るんじゃなかったのか?


「お、おう。今日はマジで助かったぜ。サンキュ」

「は~い。それじゃまた明日。頑張ってね(・・・・・)

「え?」


 何を頑張れって言うんだ。

 明日メリーとちゃんと話をしろってことか?


 だとしても、さっきの『直ぐに分かる』はどういう意味なのか。


 良く分からないが、とりあえず帰るか。


 釈然としない気持ちを抱きつつ家に向かって歩き出す。

 すると今度は俺のスマホがぶるりと鳴り出した。


「電話?知らない番号だ」


 怪しい電話には出ないのが鉄則だ。

 普段の俺なら間違いなくガン無視だっただろう。


 だがさっきの加賀谷の言葉がどうにも気になる。


『直ぐに分かるよ』


 それはもしかしてこの電話のことなのだろうか。


 悩む。

 非常に悩む。


 その間に切れないだろうかと思いつつも、切れる気配は全くない。


「怪しい電話だったらすぐに切れば良いだけか」


 俺は面倒さよりも興味の方が上回り電話に出ることにした。


『もしもし、誰ですか?』

『…………』

『おーい、もしもーし』

『…………』


 返事がない、ただの無言電話のようだ。


 どうやらいたずらだったらしい。


 好意的に解釈して、向こうの電波状況が悪くて声が聞こえてこないなんてこともあるかもしれないが。


『何か話してますか?何も聞こえません。なので切りますよー』


 最後にそう向こうに伝えてスマホを耳から話そうとしたら、その直前にようやく声が聞こえて来た。




『私メリーさん、今学校にいるの』

『は?』




 電話の相手がメリーかもしれないとは加賀谷の言葉から予想はしていたが、まさか超有名な都市伝説になぞらえたおふざけをしてくるのは完全に予想外で、思わず変な声が出てしまった。


『メリー、誰から俺のスマホの番号を聞いたんだ?というか、なんだよそのネタ』

『…………』

『あれ、切れた?』


 一体何だったんだ。

 もしかして、久しぶりに再会したのに話もせずに勝手に帰った俺に対する意趣返しのようなものだろうか。だとすると今頃いたずらが成功したと笑っているに違いない。明日学校に行ったらとっちめないと。


 よしよし、自然に話しかけるきっかけになったな。


 自分からきっかけを作れなかったのは情けなく思わなくも無いが、向こうが勝手にきっかけを作って来たのだからしょうがないよな。うん、しょうがない。


 なんて脳内自己弁護をしていたらまた電話がかかってきた。

 同じ電話番号、ということはメリーか。


『メリーか?』

『…………』

『またそのパターンかよ』

『…………』


 どうやらメリーは今は俺とまともに話すつもりは無いらしい。


『私メリー、今神社にいるの』

『神社?』

『…………』


 あ、また切れた。

 なんだっていうんだ。


 そもそもメリーさんの都市伝説って、相手が電話切るんだったっけか。

 怖くなった受け手が切るような気がしたが、まぁどうでも良いか。


 それより神社って何のことだ。

 この辺りで神社といえば、駅の近くにあるところか?


 小さい頃、メリーと一緒にその神社の夏祭りに行ったな。

 メリーったら沢山買いすぎて食べきれなくて、手に沢山の料理を持ったまま泣きそうになってた。

 懐かしい話だぜ。


 それから何度も、メリーから電話がかかってきた。


『私メリーさん、今市民プールにいるの』


 高いところを怖がるメリーを騙して一番高いウォータースライダーに連れていったり、流れるプールを逆行しようとして溺れそうになったり、かき氷早食い対決して一緒に頭キーンってなったり、プールもメリーとの思い出が沢山だ。


『私メリーさん、今お墓にいるの』


 いきなりホラーっぽい場所に変わったな。

 あ、そうか。そういえば小さい頃、お化けが怖いメリーを無理矢理お墓探検に連れてってガチ泣きされたことがあったっけ。あの後、一週間も口を聞いてくれなくて流石に反省した。


『私メリーさん、今ゲームセンターにいるの』


 嘘つくな。

 俺達が遊んだゲームセンターはもう二年前に潰れてるぞ。今はコインランドリーになってる。

 対戦型のゲームでボッコボコにしてやったんだっけ。いや、最後の方は俺がボコられる側だったか。あいつ急激に上手くなりやがったんだ。きっとどこかでこっそり練習をしていたに違いない。


『私メリーさん、今駄菓子屋にいるの』


 駄菓子屋もメリーが帰ってから行かなくなったな。

 今にもお迎えが来そうなおばあちゃんが店主だったけど、まだ生きてるのかな。口の中がパチパチする飴を普通の飴だぞって騙して食わせた時のメリーの顔は傑作だったわ。でもあいつ、その後その飴に滅茶苦茶嵌まってたっけ。


 メリーから電話が来るたびに、メリーとの思い出が蘇って懐かしい気持ちになる。

 それと同時に、当時抱いていた淡い気持ちもまた蘇る。


 メリーは俺達にとって印象深い場所ばかり挙げている。

 電話越しの声が小さく震えているのは都市伝説のメリーさんを模してホラーを装っているからだと思っていた。だが、もしかしたらそれ以外にも理由があるのではないだろうか。


 何か大切なことを伝えようとしてくれている、とか。


 ドクン、と胸が激しく高鳴った。

 メリーの電話をただのいたずらだと思ってはならない。不思議とそう強く感じた。


 メリーに会いたい。

 今すぐ会わなきゃダメだ。


 だが何処にいるんだ。

 今まで挙げた場所のどこかにいるのだろうか。

 しらみつぶしに探していたら、時間がいくらあっても足りない。


 考えろ、考えるんだ。


 もしもあいつが俺に来て欲しいと思っているのならば何処になる。

 ヒントは電話でくれた俺達の思い出の場所。


 俺達にとって一番思い出が詰まった場所と言えば…………一つしか無い。


 俺は次の電話が来るよりも前に走り出した。


 そしてその場所につくと、タイミングを見計らっていたかのように電話がかかってくる。


『私メリーさん、今公園にいるの』


 俺とメリーが学校以外で一番多くの時間を過ごした場所が、近所の公園だ。

 広場があり、砂場があり、池があり、そして何よりもジャングルジムと滑り台を組み合わせた巨大な遊具が子供達にとって人気だった。


「メリー、いるのか?」


 公園の中に入ると、夕暮れ時だからか子供達の姿は無い。

 この時間であれば犬の散歩をしている人がいそうなものなのだが、偶然なのかそれも見かけなかった。


 公園内から返事はない。

 次の電話もまだこない。


 俺はメリーを探しながら巨大な遊具へと向かった。


「はは、小さい頃はあんなに大きいと思ってたのに、今になって見るとそうでもないな」


 この遊具は本当に人気で、他の子供達と譲り合いながら、時にはケンカしながら遊んでたっけ。メリーも夢中になって遊んでいて、占有しようとしていた上級生に勇ましく食って掛かった時もあったな。あんなに勇敢だったのかとあの時は本当に驚いた。


「メリーはいない、か」


 遊具の中を隅々まで確認したがメリーは見つからなかった。


「外れだったのかな?」


 なんて口にしながらも、頭の中ではここしかないと確信していた。

 そしてどこに行くべきかも頭の中では理解していたのだ。


「はぁ……ここまで来て何やってんだよ。チキンにも程があんだろ……」


 この公園には様々な思い出がある。


 楽しかった思い出も、悲しかった思い出も。


 俺は意を決して池へと向かった。


 幼い頃、最後に言葉を交わしたその場所へ。


「あの時以来だな」


 メリーが日本を発つことになり、お別れしなければならないと打ち明けられた場所。


 当時の俺はあまりの衝撃で何も考えられなくなり、何故彼女が俺だけをここに呼び出してそれを伝えてくれたのかを察することが出来なかった。


 もしもあの時、俺が自分の気持ちを素直に伝えたのであれば、何か変わったのだろうか。


 いかないでくれと。

 好きだと。


 別れという結果は変わらずとも、遠距離恋愛的なことに発展したのだろうか。


「はは、今更だよな」


 そんなことが出来るような人間であれば、メリーがクラスメイトに取られたように感じてウジウジ悩んだりなんてする訳が無い。


 全く成長出来ていないことに嫌気がさす。




 電話が来た。




 今度はこれまでとは違って、とても大事なことを伝えられる。


 そんな予感があった。


 胸が高鳴りすぎて痛い。

 緊張で吐きそうだ。

 今にも逃げ出してしまいたい。


 でもダメだ。

 もうあの時のような後悔はしたくはない。


 俺はチキンハートを必死に抑え込み、スマホを耳にあてる。


『…………』

『…………』

『…………』

『…………』


 無言で相手の言葉を待っていたら、背後に気配を感じた。

 だがここで振り返るだなんて無粋な真似が出来る訳が無い。


 俺に出来るのは、メリーの言葉を待つだけだ。

 あの日のようにぶっきらぼうな言葉を投げかけることなんて絶対にしない。


 このまま寿命が尽きてしまうのではないかと思えるほどに永遠に思えた時間が経過し、ようやくスマホ越しから彼女の声が聞こえた。




『私メリーさん、今あなたの傍に居たいの』




 反射的に振り返る。


 そこには夕暮れでも分かるくらいに顔を真っ赤にして、涙を浮かべた笑顔の女性が立っていた。


 愛おしい。


 ただひたすらにその気持ちだけが胸の奥底から無限に湧きあがり、気付いたら俺は照れることも躊躇することもせずに自分の想いを口にしていた。




「俺もずっとメリーと一緒に居たい」




 幼いあの日、伝えたかった想いを、ようやく伝えることが出来た。


「ヨシナガ!」


 メリーが胸に飛び込んで来て、俺はそれをしっかりと受け止め彼女の身体を軽く抱き締める。


「うわああああん!会いたかった!会いたかったよ!」

「俺も……俺もだ。メリーのことを忘れたことなんて一度も無かった」

「うん!うん!私もずっとヨシナガのこと考えてた!」


 俺は本当に愚か者だったんだな。


 メリーがここまで俺のことを想ってくれていたのに、そのことに全く気付いていなかったんだから。


ーーーーーーーー


 その後、泣き止んだメリーと俺は、近くのベンチに並んで座った。


「えへへ、ヨシナガだ~本物のヨシナガだ~」

「偽物がいるかのような言い方は止めてくれ。ちょっと怖い」


 こいつこんなに甘えて来るタイプだったか?

 こいつの方が偽物じゃないかと疑ってしまうじゃないか。


「そうだ、怖いと言えばさっきの電話ってメリーが考えたのか?」

「ううん。水無瀬(みなせ)さんと加賀谷君が考えてくれたの」

「加賀谷!?」


 水無瀬さんは同じクラスの女子だ。

 それにこの流れで加賀谷が別の加賀谷だなんてことは無いだろう。


「放課後に遊びに行こうって誘われた時に、ヨシナガとお話ししたいからって断ろうとしたら根掘り葉掘り聞かれちゃって」

「な!?」

「そしたらヨシナガが帰ったの酷いって話になっちゃって、都市伝説のメリーさんごっこしていたずらしちゃえってアドバイスされたの」


 そのアドバイス絶対ほとんど加賀谷が考えただろ!

 あいつが好きそうなネタだから間違いない!


 だが怒るに怒れない。

 実際にメリーを放って帰った愚か者なのは俺だもんな。


「……その、悪かったよ。無視するみたいに先に帰っちゃってさ」

「へ?」

「なんでそこで呆けた感じになる」

「だって別に何も気にしてないから」

「え?」


 久しぶりの再会なのに話しかけることもせずにスルーして帰ろうとしたんだぜ。悲しんだり怒ったりするのが普通だろ。それなのに気にしていないってのはどういうことだ。


「ヨシナガって昔っから独占欲強くて私のこと大好きだったから、私が他の人と仲良くしてるとすぐ拗ねちゃうもん。変わってないなぁってむしろ嬉しくなっちゃった」

「なぁっ!!!!????」


 ど、独占欲が強いだ!?

 いや、それよりももっと重要なことがある。


 こいつ今、なんて言った?


「そ、その、もしかしてメリーさん?まさか俺の気持ちって……」

「とっくに分かってたよ」

「…………」


 マジかよ。

 完全に隠し通してたと思ってたんだが。

 というか、素直じゃなかったから自分で自分の気持ちを認めて無かったくらいだったのに。


「ヨシナガって私がクラスの女子と遊ぼうとすると、すぐ嫉妬してこっちで遊ぼうって奪いに来たよね。しかも私の気を引くために何度も意地悪してくるし。あれって好きな子には意地悪したいってやつだったんだよね」

「ううっ……そ、それで分かったってことなのか……」

「ううん、違うよ」

「え?」

「ヨシナガって考えてることが顔に出るから、普通にすぐに分かったかな。クラスの皆も知ってたよ」

「ぐはああああああああ!マジかよ!」


 加賀谷が言ってた俺は分かりやすいってのは大げさだと思ってたが、まさか本当に本当だったのか!?

 俺がメリーのことをどう思ってたのか、バレバレだったのか!?


「そ、そういえば、メリーが帰った後、クラスの皆が妙に優しかったような気が……」

「ヨシナガ絶対に凹みまくるからフォローしてねってお願いしておいたから」

「絶対同窓会には行かないと心に決めたわ」


 全力で揶揄われるに決まってるからな。


「俺はメリーの気持ちが全く分かって無かったのに、ずりぃよ……」

「そうなの?かなり分かりやすかったと思うけど」

「そうか?」

「じゃなきゃ誘われてついて行かないし、楽しく遊んだりなんかしないよ」


 確かに記憶の中のメリーはいつも笑顔で楽しそうだった。

 俺がいたずらしている時は除いて、だが。

 いや、その時も何だかんだで最後は笑っていた気がする。


 単純に楽しかっただけなのかと思っていたが、俺が鈍かったということなのか。


「クラスに馴染めなくて、言葉が通じにくくて、人と関わるのを怖がっていた私を、強引に連れ出して沢山の楽しいを与えてくれた。そんな優しいヨシナガのことが大好きだったんだよ」


 そうやって真っ向から褒められるとすげぇ照れ臭い。


「でもよ、再会してがっかりしなかったか?全く成長して無くてクラスメイトに嫉妬して話しかけられず逃げちゃったようなチキンだぜ?」

「う~ん、さっきも言ったけど、ヨシナガっぽいなって思ったくらいで気にならなかったな。それに、ヨシナガが相変わらず優しい人だなって分かったからもっともっと好きになっちゃった」

「まてまて、何の話だ?」


 今の話の流れで、俺が優しい要素が何処にあるんだ?


「加賀谷君が、凹んだヨシナガは絶対街でぶらぶら歩いているはずだって教えてくれて、それなら皆で見に行こうって話になって」

「またあいつか!」

「そこで目撃したんだよ」

「な、何を?」

「ピッ〇ーピ〇ピー?」

「ぬおおおお!恥ずかしいいいい!」


 まさかあのシーンを見られてたのかよ!

 子供をあやしているだけなら良かったが、あのどちゃくそ下手な電気ネズミの真似を見られてただなんて、恥ずかしすぎて死にたくなるやつじゃねーか!


「恥ずかしがらなくても良いのに。あの時のヨシナガの顔、とても優しくて、昔と変わって無いなって惚れ直しちゃった」

「うう……色々な意味で恥ずかしくて逃げ出したくなってきた」

「だーめ」


 残念ながら俺の右腕はメリーにホールドされていて、チキンハートを活用することは出来そうに無い。


「ねぇねぇ、ヨシナガのことも聞かせてよ。私と再会した時どう思った?」

「どうって……成長したらこうなってるかなって想像してた通りに綺麗になってたよ」

「やった。というか、そういうセリフを言えるようになったんだね」

「そ……そりゃあ俺だって成長して……いや、違うな」


 恥ずかしくて逃げ出したいのは今も昔も同じだ。

 メリーが他の人と仲良くしてたら嫉妬してしまうだろうし、拗ねてしまうだろう。


 でも一つだけ変われたことがあった。

 変わらなきゃいけないことがあった。


『ヨシナガ……ワタシ……ワタシ……』

『…………何だよ』

『…………ナンデモナイ…………バイバイ』


 もう二度と、あんな後悔をしないように。


「俺はメリーに気持ちをしっかりと伝えられる人間になりたいとずっと思っていたんだ」


 もちろん照れくさくて逃げてしまうことは今後もあるだろう。

 でもここまでお膳立てされた状況で何も出来ない程に最低なチキン野郎からは卒業したかった。




「メリー、好きだ」

「私も、ヨシナガが好き」




 さっきは告白のようでそうで無いとも取れなくはないやりとりだったから、想いをはっきりと伝えるべきだと思ってたんだ。


 どうだ、しっかりと言ってやったぞ。


「メリーと別れてから、ずっとメリーのことばかり考えてたよ」

「それは私も同じだったよ。あ、そうだ」

「ん?」


 メリーはスマホを取り出して操作する。

 すると俺のスマホに電話がかかってきた。


 そういえばさっきの話からすると、俺の電話番号は加賀谷から教えて貰ったのだろうな。


 俺は通話状態にしてスマホを耳にあてた。




『私メリーさん、今あなたの心の中にいるの』




 確かに、今の俺の心の中はメリーでいっぱいだ。

 それ以外の事なんて考えられない。


 でもちょっとだけ違う。


『残念。正確じゃないな』

『え?』

『今、じゃない。はじめて会った時からずっと今まで(・・)、メリーは俺の心の中にいたよ』


 そしてそれが今まで続く俺の初恋なのだ。


『私も……私も今までずっとヨシナガが心の中にいたよ』


 あるいは彼女にとっても初恋だったのかもしれない。


『あの時は私も恥ずかしくて言えなかったけど、今なら何度でも言える。好き。大好き』

『俺も大好きだ』


 別れの日、彼女は俺に何かを言おうとして言えなかった。

 それは俺がぶっきらぼうな態度をとってしまったからかと思っていたが、単に恥ずかしかったからだったのか。


 俺はあの日の事を後悔していたが、彼女もまた後悔していたのかもしれないな。


 俺達はスマホをベンチの上に置き、至近距離で見つめ合う。


 そしてあの日言えなかった後悔を取り戻すかのように、想いを伝え合う。


「好きだ」

「好き」


 やがて地面に写し出された俺達の影は一つとなり、心の中の空白が埋められたのだった。

















「そういえばメリーって怖いの克服したんだな」

「どういうこと?」

「だってお墓から電話して来たんだろ?小さい頃、すっごい苦手だったじゃん」

「私、あの電話したとき現地には行ってないよ」


 そう言われてみればそうか。

 それぞれの場所はかなり離れているから、数分程度で移動出来る訳が無い。

 メリーは最初からこの公園にいて電話をして来たってことだった。


「でも変だなぁ」

「何がだ?」




「私あの時、電話でお墓だなんて言ってないよ?」


やはり幼馴染は至高!

からのまさかのホラーエンド。


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― 新着の感想 ―
真っ直ぐで良いわ。「今、あなたの心のなかにいるの)って、洒落てるわいね。 最後は……w
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