第七話「繋がり」
ふう、と吐息をついてリズが私の顔を覗き込む。
さっきまでの怖い美人じゃなくて安心安全の麗しくて優しい顔に戻っている。
「不穏な気配がしたから急いで来てみたんだが、何か変わったことはなかったか?」
リズに尋ねられて私は目を回す。
彼は入浴の途中だったんじゃなかろうか。
濡れた髪、漂い迫る石鹸の爽やかでいて甘い芳香。服はブラウスとトラウザーとシンプルだけど、リズの美貌に妖しい色香が漂い、側にいるだけでクラクラしてくる。
そう言えば、旅立つ前は風呂上がりだとか、肌を晒す、だとかリズのそういう姿を見たことがない。
リズが由緒正しき貴族だからなのか、気を使われていただけなのか、乱れた姿はもとより爽やかで礼儀正しい姿しか見たことがないのだ。なんだかこういうのは服を着ていてもイケナイ姿を見た気になってしまう。
と思っていたら、隣からデドアのうるさい視線が突き刺さってくる。
「閣下に近付きすぎでは?」
低い声でデドアに注意されて、私は意趣返しをしたくてたまらなくなる。よって、自分から抱きつくようにリズの立派な体に手を回す。
「何も変わったことはなかったけど、リズたちの顔が怖かったかな」
「そうか、すまない。ただならぬ気配だったからな。もしや魔王配下の幹部クラスの魔族が出張って来たのかと勘違いしたんだ。悪かったな、エミ。くつろいでいたのに」
「ううん。心配してくれたんでしょ。ありがとう。私が強かったら心配させなくて済んだのに、ごめんね」
加護も何もないただの人間で、しかもそれが魔王討伐なんて本当に無謀極まりない。
「いいんだ、エミ。君を守るのが俺の使命だから」
リズが腕にぎゅっと力を込めて抱きしめてくれる。
美咲と加恩先輩みたいに相思相愛に見えるのかな。デドアの憤怒の表情が面白い。
くくく、ざまあみろ、悪辣騎士め。
私の心の声が聞こえたのか、デドアが悔しげに舌打ちしている。
そりゃそうだよね。敬愛する上司がどこの馬の骨ともしれないぽっと出の人間に親愛を示していたら嫉妬しちゃうよね。分かる〜。とは言え、流石に可哀想になってきた。さっきはリズと一緒に私を守るために駆けつけてくれたんだよね。
からかうのは程々にして、とリズから離れようとしたら、逆にもっと抱きしめられて彼の腕の中に閉じ込められる。っていうか、く、苦しい。
体格差を考慮してもらわないと。
「リズ?」
「⋯⋯すまない」
ぱっと腕を離して、リズは気まずそうに私を見下ろす。
「心配してくれたんだよね」
私の答えにリズが切なそうに目を細める。
なんだろう、これ。リズの憂いのある姿が美しすぎて、もう。
なんだかリズに悪いことしている気分になる。心臓に悪い。
「しかし、何者だったのでしょうか。只者ではない気配でした」
デドアが考えるように呟く。
こういう真面目な顔をしていたら端正な美貌で皆からも好かれて人生イージーモードだったろうに。
私の考えが伝わったのか、ギロリと睨まれて私は目をそらした。
「確かに、力の圧迫が凄まじかったな。恐らく、秘密裏にも監視できるはずの実力があるにも関わらず、エミをいつでも攫えるのだと我々に示しているのだろう。エミに何か繋がりがあるのかもしれん」
そう言ってリズが私を見つめる。
加護のない私が異世界から来たんじゃないという不審を抱く騎士や神官がいたように、そんな疑惑を振り払えないのが現実なのだろう。でも私は魔物じゃないし、人間として生きてきた記憶がある。それに地元でも枯れ女子と呼ばれていた私がフレンドリーに友達の輪を増やすなんてとんでもないことだ。まして魔物の知り合いなんているわけがない。美咲や他の少ない友達との繋がりだけを大事にして暮らしてきたのだ。他の繋がりは知らない。とは言え、その疑惑を払拭するすべを私は持っていないからリズの心配を払ってあげられなくて申し訳なくなる。




