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第三話「冒険に出る前に」

 腹ごしらえの後、従者の一人に騎士団の屯所というところを案内してもらい、その中の小さな部屋を貰って過ごすことになる。美咲は神殿にいて、そちらで丁重にもてなされているらしいことを聞き、一応安心する。聖女というくらいだから彼女を害そうとかいうことはできないらしい。良かった。

 加恩先輩は同じ敷地にいて、未だに目が覚めずに眠っているらしい。目が覚めたら呼んでくれるというので待機するしかない。

 それにしても。

 部屋に用意されていたシャツとズボンに着替え、寝台に置かれた荷物の中身を検める。部屋には小さな机と椅子、横になるだけが目的の簡素な寝台しかない。着替えも寝台に適当に置いてあったし、歓迎されていないのが丸わかりの待遇だ。

 小じんまりしたリュックには携帯型の食料とバンダナのような布、そしてシャツの着替えが一枚だけ入っている。

 自分はこれでも構わないのだが、聖女と呼ばれている美咲はどうだろうか。ちゃんと温かいもてなしを受けているだろうか。

 寝台にどかっと腰を下ろして元々着ていたジーンズとシャツをリュックにしまう。加恩先輩が目を覚ましたら相談したいことがある。冒険とやらには私だけが出て、加恩先輩には美咲のそばに居てもらうのだ。でないと美咲がどんな扱いを受けるか心配で旅もへったくれもなくなる。ただでさえ、魔王討伐とか成功する筈もない試練を課されるのだ。お先真っ暗に決まっている。自分一人なら耐えられるかもしれないが、他に心配することがあると耐えられる気がしない。

 考え事をしていると俄かに外が騒がしくなってくる。

 人の行き交う音の先に怒鳴り声が聞こえてくる。

 喧嘩だろうか。

 息をひそめて様子を伺っていると大きな足音と共に部屋の扉が開かれる。

「なんてことだ」

 先ほどの騎士リズランだ。白金の髪をアップに束ねて後毛が色っぽい姿だが、私を見るなり頭を抱えている。そして背後を振り返り、引き連れてきた部下らしい人たちに怖い顔を見せている。

「誰がエミをここへ?俺は部屋に案内しろと言ったはずだ」

「しかし閣下、キレート殿下から扱いに注意するよう助言を賜っております」

 答えたのは肩までの金の髪を後ろで括っただけの美人な人だ。銀色に見える目は私を冷たく見下ろしていて、綺麗な顔なのだが高い鼻筋に薄い唇が高圧的に見えなくもない。なんだかその表情を腹立たしく思うのはいけないことだろうか。

「殿下は勘違いされておられるのだ。デドア、そして皆に言っておく。エミは大事な我が客人。失礼のないようにしろ。もしもお前たちが彼女を軽んじることがあるのならば、その時は俺を敵に回したのだと覚悟しておくがいい」

 決め台詞がかっこいいリズだけれど、仲間にそんなこと言っていいのかと私は不安になる。私は別にこの部屋でいいし、ご飯もいただけて満足しているのだから。

「申し訳ありませんでした、閣下」

 デドアと呼ばれた銀の瞳の彼は素直に謝罪して私にも黙礼をしてくれる。

「リズ、私この部屋で全然構わないよ。寝ることもできるし、困らないから」

「ダメだ。この部屋は懲罰を受ける者の部屋だ」

「懲罰?」

「謹慎だとか、そういった類のな。だから何の罪も犯していない、まして守られるべきエミがいていい場所ではない。俺の目が行き届かず、申し訳ない」

 リズが深く頭を下げる。

「ちょっと、そんなことしないで。私は全然気にしてないからね。ほら、服も荷物も用意してくれてるみたいだし、逆に有難いくらいだよ」

 何とか頭を上げてもらおうと言うと、彼は美しい顔を歪めて、と言っても綺麗なまんまの顔だったけれど、難しい表情になった。

「その服は騎士見習いのものだ。俺の着ているような加護付きのものを用意させてある。君が望むのならば煌びやかなドレスも用意するつもりがある。それに荷物は殿下の悪戯だ。ちゃんとした装備を用意するから」

「その殿下って、私のことが気に入らないのかな?聞いてると私、意地悪されてるみたいだけど、そんな意地悪されるようなことしてないと思うんだけどな」

「すまない、エミ。あの人は俺の大事なものとか大切な人を壊して遊びたい人なんだ。俺のせいで君に不快な思いをさせることになって本当に申し訳なく思う」

 今まで大人な余裕ある表情だったリズが少年のような困った表情で言うものだから私は胸がドキドキしてきて困ることになる。こんな子供騙しの意地悪なんか目じゃないが、彼のそんな顔は思いっきり困る。心臓に悪い。

「つまり、その殿下って人はリズが大好きで他の人に盗られたくないんだね」

 そういう趣向の人はいるし、子供っぽいけれど分からなくもない。私もあの人を盗られるくらいなら誰かに意地悪したかもしれない……って、あの人って誰のことだろう。

 私は呆然と自分の心に思い浮かんだ人物をもう一度思い描こうとして失敗する。

 霧に隠されたように判別できないその人の事を想うと胸が張り裂けそうなのに。

「エミ、そんな顔をさせるほど不快にさせてしまったのは私の落ち度だ。お詫びに何をすれば君の気が晴れるだろうか」

 変に勘違いしたリズの言葉に私は慌てて首を振った。

「本当に違うから。気分も害してないし、何も不満はない。あ、でも、美咲のことは心配だな。本当に丁重に扱ってもらっているのかとか。そうだ、そのことでもリズにお願いがあったんだよ、私」 

「ああ、伺おう。だがその前に言っておくが、聖女は安全で王族と並列に扱われるから安心して欲しい。俺が言っても信じられないかもしれないが」

「信じるから。そんな顔しないでくれる?」

 リズの美貌が曇ると胸がそわそわして落ち着かない。

「取り敢えず、俺の部屋に行こう。ここよりはマシだ」

 リズの差し出した右手を取って、私は歩き出す。

 彼の部下たちに鋭い目つきで人払いをして、彼は私と二人だけで歩く。

 彼は私をエスコートして屯所とは別棟の建物に連れて行かれる。そこは中世風の貴族のお屋敷といった風情で、何だか緊張してしまう。

 突然帰ってきたリズに使用人たちが驚いているようだったけれど、それを無視して彼は広いホールを抜け、階段を上がって応接間のような部屋に案内してくれる。

「忙しくて自分の家に帰るのが面倒でここに家を建てる許可を貰った。いや、逆か?家を建てた場所に屯所をついでに作ったというか。ま、ここは俺の完全なる縄張りだから安心して」

 リズはやっと笑みを見せてくれる。

「仕事場が家なんて落ち着かなくない?」

「俺の場合はそうでもない。エミの父上は家で仕事をしないのか?」

「んー、うちのお父さんはサラリーマンだから」

「サラリーマン?」

 リズが不思議そうに問い返す。

「えっと、会社があって、そこに働きに行く人。勤め人って言うのかな」

 しっくりくる言葉がなくて迷いながら言うとリズは上手く想像してくれたようで「分かった」と頷いてくれる。

「俺は面倒臭がりなんで、ほぼ公私混同しているな」

「リズは忙しいから無理ないよ。肩書きが上の人は責任もついて回るからね。公私混同じゃなくて、私の部分に時間が割けないだけなんだよ」

 私がそう言うと、リズはポカンとした顔で私を見ている。

 その顔がやけに子供っぽくて、私はちょっと笑ってしまう。それでも毒気のない顔のままのリズを見ていたら笑ったのは失礼だったかな、と反省しちゃったりして。

「どうしたの?」

 あまりにも表情を変えないリズを覗き込むと、彼は我に返ったように首を振る。

「いや、すまない。あんまりそんなことを言われたことがなくて、人生を振り返ってしまった」

「ぷっ、人生を?リズって真面目だよね」

 きっと間違ったことが許せなくて、正義を貫きたいけれど自分の信念を曲げないといけない場面が多くあっただろうに、彼はへこたれない。そんな強い人なのだと分かる。彼に救われた人は多いだろう。私も、きっとそんな中の一人だと思う。

 リズとの出会いは運が良かったのだと心底思う。

「真面目、か。そうかもしれないな。もっと上手く立ち回れた人生の転機もあったかもしれないな」

「でもそれがリズでしょ。今まで数多の選択肢を選び取って、今のリズがあるんだから。そんなリズに出会えて、私は幸運だと思ってる」

「そう言ってもらえると素直に嬉しいな。ありがとう、エミ」

 大の大人が照れ隠しに微笑んでいる姿は可愛い。

「ねえ、リズってモテるんじゃないの?恋人は?」

「いないし、モテる訳がない。だが、まあ、褒めてくれたんだよな。ありがとう」

 遠い目をしているリズに何か過去にマズイことがあったのかと心配になったが、そこは触れない方が良さそうだと判断する。

 話題を変えないと、と考えて、ふと気になっていることを尋ねてみようと思う。

「ねえ、リズ。話は変わるんだけど、知りたいことがあるんだよね。魔王討伐をして国王さんに何か得になるようなことがあるの?でなきゃ討伐とか無謀なこと、考えないよね」

 私の問いにリズは唸るように眉を寄せる。

「話変わりすぎだろ?俺を良い気分にさせといて核心をついてくるとか」

「ああ、なるほど」

 今の言葉で分かってしまう。

 人心掌握。きっと権力が揺らいでいるのだ。それで自分の株を上げる何かをしなくてはいけなくなったのだろう。困った人だ。

「え、もう答えなくても良いのか?っていうか、エミは魔王討伐が無謀だとはなから分かってるんだよな。普通召喚された者っていうのはさ、自分が特別な人間で選ばれたもの意識が鼻についてくるんだが」

「だって、魔王様は最高最強の美人だよね」

「まあ、そうだな」

「それに思いやりがあって、慈悲深くて決して損得で判断しないし。よっぽど国王さんの方が魔物って気がするなあ」

「……同意するがエミは魔王に会ったことがあるのか。まるで旧知の知り合いのような語り草だが」

「ほえ?」

 リズの言葉に私の頭が真っ白になる。空白を生んだ頭脳は考えることを放棄してポカンとリズの綺麗な顔を見ている。リズはリズでポカンと私を見ている。

「異世界から来たんだ。魔王に会うなんてこと有り得ないか。とりあえず、俺はエミをこの命に代えても守ってみせるし、王国内で不自由にはさせない。誓うよ」

「うん、ありがとう」

 どうしてだか、リズの言葉は信じられる。それに頼れる兄貴って感じで何でも話せてしまうのだから不思議だ。環境のせいかは知らないけど、実は私は結構人見知りする。だのにリズには緊張もしなければ遠慮もしない。自分の半身みたいに思っちゃうのだ。これもリズの人柄だろうか。

 ああ、それでキレート殿下という人はリズを独占したくなって私が邪魔になるのだろうなあ、とか考えているとリズがじっと私の目を覗き込んでくる。

「なに?」

「あ、いや。エミは不思議だな。俺はあまり女性が得意じゃないんだが、エミなら抵抗なく接することができる。異世界人だからかな?」

「私も男の人っていうか、人間全体苦手なんだけどリズは平気。むしろ好きな方」

「好き……」

 私の言葉にリズが惚けたように呟き返してくる。なんだ、なんだ、どうしたんだ。

「あ、いや、恋愛的な意味じゃないからね。出会ってすぐだし。ご飯を奢ってくれる人は良い人だと思うし、リズになら騙されても文句言わないよ」

 悪意はありませんって言う気持ちでにっこり微笑みかけると、リズは一瞬目を閉じてから、恐い顔を作ってみせる。リズは美人だから恐い顔も素敵だ。

「エミ、君は餌付けされれば黙って男に付いて行くのか。そんなことは絶対にやめろ。いいね?俺以外の男が食事に誘っても絶対に付いて行くな」

 最後は顔を間近にしてリズが迫ってくる。

「う、うん。分かった」

 美人の接近が心臓に悪いことはよく分かった。






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