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第二話「そして、また」

「笑、待ってよ」

 私が振り返ると美咲が息を切らしてこちらに走って来るところが見える。結構な距離があるけど、声が一番に届くって凄くない?

 念願叶って入学した地元の私立大学の構内。A棟からカフェに移動している途中で、きっと一緒にお昼を食べようと見張っていたに違いない。

 県外の大学を狙っていた美咲が私と同じ大学を受験していたことを知ったのは高校の卒業式。それまで完全に秘匿されていたのには呆れたものの、また一緒に過ごせるのだと正直安堵したのも事実だった。

 私は立ち止まって美咲の到着を待つ。すると信じられない速さで美咲がやって来て私のお腹に頭突きをする勢いで抱きついてくる。

「捕まえた」

「いやいや、そんなに急いで来なくても」

 苦笑して言うと美咲はぎゅうっともっと強く抱きついてくる。

 仕方がない。

 私が事故に遭ってから美咲は過保護になったのだ。ちょっと姿が見えないだけで必死で探す。あの日、自分が誘ってしまったから私が事故にあったと思っている。そんな訳ないのに。私の不注意のせいで美咲をこんなにしてしまって、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 だけど事故の記憶は曖昧だ。

 高校の時、美咲と出かけた先で車に轢かれ、一時は心肺停止にまで陥ったらしい。持ち直して植物状態のまま三ヶ月。急に意識が戻って、リハビリ後に退院できたのは奇跡だと両親は言っていた。

 何だか夢のような出来事だったように思う。リハビリは辛かったけど、今は普通に暮らしているし、後遺症なんかもない。ただ時々記憶が曖昧になったりすることはある。自分がどこにいるのか分からなくて不安になる。何か大事なものを忘れてきたような感覚だ。

「笑、何食べる?」

 美咲が手を繋いできて見上げるように問う。

 大きな焦茶の瞳が潤んだように煌めいて私を見つめている。小さな、けれどぷっくりした可愛らしい唇が伺うように私の言葉にすぐに返事できるように待っている。唇に合わせたような小さな鼻は形が良くスッと伸びて美咲の可愛らしさに上品な印象を付け加えているのだ。

 めちゃ可愛い。癒しだよ、これ。

 美咲の様子が同じ女から見ても小悪魔的に可愛らしくて堪らない。高校生の頃も確かに可愛かったが、今は一皮剥けて大人の階段を登る瑞々しい色香が付け足されている気がする。

 もちろん、男子に凄くモテている。今は特定の彼氏はいないが、周りを見回せばチラチラと美咲に視線を送っている男子のなんと多いことか。いや、男子だけではない。女子からも熱い視線を受けている。

 このモテモテぶりを他に知っている。誰だろう。思い出せないけど、絶世の美貌だった気がする。

「笑?」

 ぼんやり考え事をしていたら美咲が目の前に顔を持ってきている。

「ごめん、ちょっとぼうっとしてた。それで何食べるかだっけ?私は大盛りのカツ丼定食」

「またがっつり系なんだね」

 なぜか嬉しそうに美咲が感想を言う。

 この大学のカフェは一般向けにも開放されているが、学食という本業を忘れていなくて、安くて美味しいメニューが豊富に揃っている。

「笑ってば、その細い体にどうやって入っていくのか不思議なくらい食べるようになったよね」

「そうかな。お腹が空くんだよね、メチャクチャ」

 正直なところ、今食べている分でも足りないくらいだ。でもお小遣いの都合もあるし、腹八分目よりも少量で我慢している。どこかのお金持ちに好きなだけ食べても良いよって奢ってもらえたら、きっとすぐに結婚を前提にお付き合いさせてもらうと断言できる。

 そう言うことは口に出したらダメだよ、とこの前美咲に注意されたから言わないけど。

「私がたくさんバイトして笑に美味しいもの食べさせてあげるからね」

 今でも手作り菓子を作ってくれたり、進学を機に一人暮らしを始めた部屋に呼んでご飯を作ってくれたりする。そんな美咲の愛情に感動しっぱなしで、何をお返ししたら良いのか悩んでいるところだ。

「あ、また変なこと考えてるでしょ。お返しとか、いらないんだからね」

 考えを読まれて私は曖昧に笑うしかない。

 本当に美咲には感謝しかない。

「ねえ、美咲。美咲が困ったことがあれば、私、何でもしてあげるからね。大親友に何もお返しできないのは嫌だし」

「うん、期待してる。だから今は私にいっぱい甘えてよ。私のしたいようにさせて?」

「うん、まあ、美咲が負担に思わないなら」

「思うわけないじゃん!」

 真剣な様子で言われ、私は驚いてしまう。

「笑は私にとってかけがえのない存在だよ。だからお願い。私に面倒見させて?」

「私は美咲の子供か」

「そうそう、もうそれでいい。私のためだと思って母の無償の愛を受け取って」

 今度は冗談めかして美咲が言う。私は笑って頷くしかない。だって、彼女の気持ちに報いる術を他に知らないから。

「お前らな、公衆の面前でいちゃつくな」

 不意に背後から低い声がかけられて、滅茶苦茶驚く。

 見るとそこには先輩の加恩砦が立っている。うん、今日も破格にカッコいい。

 見惚れていると美咲が彼を睨みつける。

「砦くん、私の笑に触るのやめてくれない?」

 美咲は私の肩に乗った加恩先輩の右手を遠慮もなく力一杯払う。

「番犬め」

 美咲を睨んでいる加恩先輩の三白眼が色っぽい。

 それにしても、美咲と先輩は仲が良い。家が隣同士だから当然と言えば当然なのかもしれないけど、相性が良いのだと思う。この美男美女が言い合う姿が萌える、と人気なのも頷ける。

 私は二人のじゃれ合いを傍観者の目線で愛でながら堪能し、腹の虫が盛大に鳴くのを抑えきれずに挙手をして食堂に行こうと提案する。

「ごめん、笑。お腹空いてるのに」

 美咲がしゅんとして言うが、これはこれで萌える可愛らしさだ。変な扉が開いてしまいそうな予感がするから深く考えないでおこう。

「私の方こそごめんね。二人の時間を邪魔しちゃって」

 そう言うと美咲と加恩先輩がクワッと目を見開いて否定してくる。

「勘違いすんなよ?俺はこいつとは付き合ってもいないし、好きでもねえし。幼馴染ってだけで、俺が好きなのは……」

「そうだよ、笑。私の大事な笑との時間を邪魔しているのは砦の方なんだし。本当にお邪魔虫なんだから砦は」

 膨れて加恩先輩を睨む美咲の超絶可愛らしさに周辺男子が胸に手を当てて崩れ落ちている。

 わかる、わかるよ、その気持ち。

 どんだけ可愛いんだと思っても限界を突き抜けていく美咲の可愛らしさは留まるところを知らない。願わくば、変な虫が寄ってこないように祈る。私では虫除けにすらならないのを承知しているから、できるなら加恩先輩に虫除けになってもらいたいのだが。

 そう思って加恩先輩を見ていると目があって彼が頬を赤く染めている。

 何かツボったのだろうか。

 私が一部の女子の間で枯れ女子とか地味って言われているのは知っている。服装がだいたいジーンズにTシャツか綿シャツだからだろう。でも気にしていない。学校には勉強に来ているのだから服に構っていないだけだ。時と場所をちゃんと選んでオシャレもするし、服にかける分のお金は貯金したいのだ。いや、食に出費がかなりかさんでいるのが問題なのかもしれないけど。

 加恩先輩にも私の地味具合にツボるところがあったのかもしれないな、と思っていると美咲がじっと先輩を睨むように見ているのに気がつく。どうしたんだろう、と思うものの、なんだか聞けないままでいると私のお腹の虫が大きく鳴り響く。

 もう今更そんなことで恥ずかしいとか思わない私の神経はおかしいのかもしれないが、生理現象を止める方が問題だと思っているので気にせず二人を食堂へ引っ張っていくことにする。

 今日は一般客はいないみたいで、カフェ利用というよりも学生食堂の側面が見えて安心する。

 レジで最初に注文して学生証にチャージしたお金で支払いを済ませ、窓側の四人席に座る。番号札を給仕の人に見えるように置いておくと運んでくれるから有り難い。大盛りカツ丼定食に加えてクラブハウスサンドをデザートに注文したけど、足りない気がする。後でお腹の具合で追加することにして、私は対面に座る仲の良い二人を眺める。

 美咲はノートを出して加恩先輩に何か質問をしている。

 可愛ええ。

 真面目モードも良い。

 対する加恩先輩も負けてない。だいたい野生味のある男前だから目の保養になるのはいつものこと。今は可愛い妹分に勉強を教えながら愛を育んでいる。二人の真剣な様子があえて恋心を遠ざけようとしているようで萌える。

 と、愛でている隙もなく食事が運ばれてくる。

 カフェ形態とはいえ、さすが学食。早い、安い、うまいだ。

 大盛りカツ丼定食は熱々ジューシーな大ぶりのとんかつと大盛りご飯に鰹出汁にまみれたフワトロの卵がかかっている。そしてネギとお麩の味噌汁とお漬物、おばんざいが一品、今日は切り干し大根だ。それから一口サイズの小鉢にもずく酢が入っている。豪華だ。だけれど、悲しいかな。これでは足りないのだ。クラブハウスサンドはベーコン、トマト、レタス、茹で卵、チーズなどなどたっぷりの具がトーストされた食パンにバターやマスタードと共に挟まってボリュームがある。少し高いけど、めちゃくちゃ美味しいのだ。満足感もあってデザートにもってこいだ。

 ウキウキわくわく。

 美咲の方を見るともう初夏なのに春限定の菜の花とアボガド、エビのスパゲティ。いつまでを春って言うのかな?一方、加恩先輩はハヤシライスとハンバーグ、サラダのプレートランチセットだ。追加の卵がハヤシライスの上でプルプルと揺れている。

「それじゃ、食べようか。いただきます」

 加恩先輩の掛け声で頂きますをして、それから。

 私はふわっと体が揺れるのを感じる。

「え?」

 それは美咲も同様だったみたいで、驚いた顔をして私を見つめる。

 私は美咲の方へ手を伸ばして彼女も右手を伸ばして私の手を取ろうとするのに、一向に距離が縮まらず、訳が分からないまま光の渦に包まれる。

 覚えているのはそこまで。

 必要以上の重量に引っ張られた様な感覚の後、意識が飛んだようだ。

 目が覚めると地面に倒れていて、私は重い体を腕で押し上げるように床に座る。

 見ると美咲と加恩先輩も倒れている。

「え、何」

 それだけじゃない。私たちは祭壇の様なものの上にいる。

 大理石のようなツルツルした感触の石の台に模様が彫られている。その周りには火のついた蝋燭が円形に陣取り、そこから先へ出ることを禁じられているような境界線を作り出している。

 その向こう側には複数の人影。

「おい、どれが正しい」

 不機嫌な声が話している。

「あっちの、今起き上がった方でない女性です」

 誰かが答える。

 私じゃない方?

 美咲のことだろうか。

 頭が痛い。

 何も考えられず、私はとにかく美咲の無事を確認しようと近づこうとしたら首筋に冷たいものを当てられる。

 いつの間にか掘られた台も蝋燭も無くなっていて、ただのゴツゴツした石畳の上にいるようだ。そして、私たちの周りには刀、いや剣を持った男たちが三人いる。中世ヨーロッパの騎士だとかそんなものの甲冑を着ていて、その後ろには着飾った風情の男たちが四人。

「あなた達、誰なの」

 私が言うと首筋に当てられた剣が食い込む。つ、と赤い筋が服に赤いシミを作る。首の痛みとそこから溢れる生暖かい感覚はこれが夢でないと伝えてくるけど。

「言葉は分かるらしい」

 皮肉な様子で答えた着飾った側の男が進み出てくる。

「私はこの王国の王だ。お前達には特別に無作法を許そう。なぜなら君たちはこの国を救う聖女一行だからな。特別扱いされる」

「は?」

 聖女とか、頭沸いてる人なんだろうか。

 そう思っていると一人の騎士が私を王だとか言う男から隠すように前に立つ。

「なんか失礼なこと考えてそうな顔してるけど、とにかく、君には聖女の代わりに魔王討伐の旅に出てもらう。聖女には神殿でこの国の為に祈ってもらう役目があるから彼女は一緒には行けない」

「?」

 前に立ってくれた騎士の隣の騎士が言うのを見上げて聞いていると、彼は屈んで甲冑の頭部分、兜というのだろうか?その目の覆っている部分を開けて覗き込んでくる。

「今は反抗せずに大人しくしていてくれ」

 小声で囁かれ、私は目をぱちぱちさせて了承の意を示す。彼は小さく頷き、目の部分を戻した。

「陛下、彼らも混乱していることでしょう。まずは部屋に連れて行き、落ち着かせることが先決かと」

「そうだな、将軍。そちに任せる」

 そう言って、着飾った集団達はどこかへ行ってしまう。

 残った騎士達はやれやれと脱力し、倒れたままの美咲や加恩先輩を優しく抱き起こしてお姫様抱っこしている。上背のある筈の加恩先輩を軽々お姫様抱っこする騎士。良い。

 いやいや、これは夢なのだろうか。お腹が空きすぎて変な症状が出ているに違いない。

「君、怪我の手当を。すまなかったな、ああするより他に手立てがなくて」

 先ほどの騎士が兜を脱いで声をかけてくる。

 白金色の肩までの長さの髪に透き通った青い瞳。繊細な印象を受ける美形だ。加恩先輩も格好いいと思うが、この騎士を見てしまったらその上がいることに驚愕する。

 声を出さない私を不審に思ったのか、彼は私の目の前に屈み込んで頬に触れてくる。冷たい金属の指がサワサワと私を撫でる。

「これって夢だよね?私、カツ丼食べるとこだったんだけど?」

 どっちが夢?

 カツ丼は夢じゃないと思いたい。いや、食べてないから夢なのか?

「私のお昼ご飯は?」

「ん?お腹が減っているのか。手当を終えたら説明がてら食事を出そう。ほら」

 彼は私に手を差し出す。その右手を受け取ると、ヒョイ、と体を持ち上げる様にして立たせられる。

 騎士の彼と並ぶとあまりに彼の背が高くて驚く。

「どうした?」

 優しく見下ろしてくる彼の瞳がそりゃあもう美しすぎて、私はやっぱりこれは夢なんだと感心する。この私に美しすぎる騎士の妄想ってできたんだな、と。

「こんなに綺麗な男の人って、夢の中にしてはあり得ないくらい存在感だなって」

 そう言うと騎士はきょとんとして瞬きを一つ。

「残念ながらこれは夢じゃないぞ?現実だ。早々に受け入れた方がいい。それに」

 彼は私の首に手を当てる。するとじんわり温かい光に包まれて気分が良くなる。

「治癒魔法だ。これで傷は塞いだが、あまり無茶をしてくれるなよ?」

「無茶?」

「君は直情型と見た。感情を隠せないタイプだろ?怒りをすぐに表してはここでは生きていけない。まずは俺に君を守らせてくれ」

「なんで」

「なんでって、君らを召喚する儀式に反対していたが、こうして呼んでしまったお詫び、かな」

「召喚?」

 私が首を傾げると、お腹の虫が盛大にその存在を主張する。

「とにかく食事だな」

 騎士は大笑いして私を連れて小さな部屋へ案内してくれる。いや、結構歩いた。かなり?イヤイヤ。滅茶苦茶歩かされた。自転車とかないのか、ここは。

 ゼエゼエ言いながら椅子に沈み込むと身なりの整った青年がいい香りのお茶を出してくれる。思わず一気飲みすると隣で鎧を脱ぎ脱ぎし始めた騎士がまた大笑いしている。鎧の下は薄いシャツと黒いスリムのズボンで、案外武装してないんだな、と思っていると彼が私の疑問を悟ったかのように自分の服を指す。

「これには女神の加護と防御魔法が何重にもかけられている。そんじょそこらの攻撃は跳ね返すし、肌を切り裂くこともない」

「へえ」

 魔法ってなんの冗談だろう。

「まだ現実と思ってないんだな。それから出されたものを素直に飲むなよ」

「?」

「毒が入っていたらどうするんだ」

「え」

 毒ってなに。

「そんな顔をしているのは演技ではなさそうだな。一応言っておくが、ここで出されるものに毒は入っていない。俺が徹底して築き上げた信頼できる部下達しかいない軍隊の根城だ。だが王城では注意した方がいい。あそこは魔物よりも厄介な人間達の巣窟だからな。毒殺なんて日常茶飯事、気をつけるに越したことはない。まあ、君は選ばれて召喚された人だから、丁重に扱われるだろうが、今後私を含め王城の人間を信用しない方が身のためだと言える」

「はあ」

 何の説明か分かっていないうちから大量の情報を与えられている気がする。とにかく、他人は信用するなってことだよね。

 彼が鎧を従者に片付けるように指示するとその従者と入れ替わりに食事が運ばれてくる。テーブルに所狭しと並べられた料理の数々に感動を覚える。全部食べてもお代わり許してくれるかな。

「さあ、マナーだの何だの言わないから、思う存分腹に詰め込むといい」

「ありがとう、いただきます!」

 速攻で何皿か片付けると、あまりの勢いに彼は少し驚いているようだが、そんなことは気にしない。得体の知れない場所に来て、お腹を空かせていて、そして目の前には食事がある。

 単純なことだ。全部食べればいい。

「食べながら聞いてくれ。俺の名前はリズラン。親しいものはリズと呼ぶ。君もそう呼んでくれて構わない」

「親しくないけど」

「まあな。これから親しくなる予定だ。それで、君の名前は何と言う」

「笑」

「エミか。どういう意味があるのか伺っても?」

「笑うってことだよ」

「へえ。良い名だ」

「うん。自分でも気に入ってる」

 咀嚼後に口を空にして言うと彼は穏やかに微笑む。

 うぐっ。めっちゃ良い顔。食べるのも忘れるくらい綺麗な顔を見ていると彼は隣の席で優雅に紅茶のようなものを飲んでいる。無骨な騎士かと思いきや、想像上の生き物であるお貴族様のようだ。

「それで、今回のことを説明しようと思うが、心の準備はいいか」

「心の準備?」

 話を聞くのになぜ心の準備がいるのか。

「そうだ。君は、その、あまりこのことを現実のように捉えていないようだから念の為尋ねた。きっと、未だにこれを夢だと思っているのだろう?」

「うん、夢だよね、これ」

「まあ、現実逃避したいのも分かるが。それでは話すぞ?まず、今回の聖女召喚の儀式は十年単位で繰り返されているシャバラ王国の秘儀だ。異世界から聖女を召喚する魔力を貯めるのに十年かかる。そして過去、呼び出された聖女は五人。どの聖女も魔王の元から帰ってくることはなかった。そして今回は過去を繰り返さないために、聖女以外の者も含めて転移させることにし、聖女自身は神殿で祈りを捧げ、他の召喚者を魔王討伐へ向かわせることとしている。それが君たちだ。もう一人の少年は君の補佐になる」

「魔王討伐って言うけど、ど素人がそんなことできるわけ?」

 はむはむとローストビーフのスライスのようなものを頬張って飲み込んだ後に聞いてみると騎士リズは首を横に振る。

「常識で考えたら赤子でもすぐに分かることなのにな。国王は是が非でも魔王を討伐したいからと何度でも異世界から人を呼ぶ。我ら騎士でも魔王討伐など困難なのに。異世界から呼ぶ魔力をどうにか魔王討伐に利用すれば良いという意見もお聞き入れくださらない」

「へえ。面倒なお偉いさんなんだね」

 私の言葉に彼は曖昧に微笑むとしばらく食事をする私を見つめている。

「足りそうか?」

「ううん。できればもっと」

「分かった」

 彼は手を挙げて従者を呼び、料理の追加を伝える。

「エミ、甘い物は欲しいか?残念ながらここは騎士の詰め所で食料といえば肉かパン。気の利いた洒落たデザートなどない。甘味が欲しければ買って来させるが」

「ううん。甘いのよりもおかずが良い」

「そうか、それならば安心だ。ところで、聖女と君の関係は?」

「聖女?ああ、美咲のこと?滅茶苦茶可愛いでしょ。可愛いだけじゃなくて、美人さんで気遣いできる優しい子で、明るく朗らかでどこに嫁に出しても恥ずかしくない良い子なの」

 私の力説に彼は目を丸めている。これは美咲の良さが伝わらなかったのかな?もういっちょかましとくべきか。

「もっと聞く?」

「いや、もう結構だ。それで少年の方は?」

「少年って。あの人は私たちの先輩。二十歳だから二つ上かな」

「あれで二十歳?若く見え過ぎじゃないか」

「そういうリズは幾つなの」

「俺は二十三だ。こちらの世界では十五歳が成人だ。君らの世界では十八だったか。そうすると君も成人していることになるな」

「まあね。それで魔王討伐って、そんなに難しいの?」

 何気なく聞いてみると彼は深刻そうに眉を寄せてしまう。そんな顔も影のある美形って感じで麗しいけど。

 丁度追加の料理が出てきて、彼は黙ったまま料理がテーブルの上を埋め尽くすのを見ている。

 私はホクホクと湯気をあげているジャガイモにチーズをまぶして焼き上げたようなものにフォークを突き刺す。それを何気なく見ているリズは何か考え事をしているように見える。

 私は遠慮なく食事に集中させてもらい、出されたものを完食する。

「ご馳走様でした。美味しかった。それでリズは騎士のお偉いさんなの?」

「え?どうしてそう思う」

 彼は驚いたように私を見る。

「だって召喚の儀式?それに参加できるくらいだから。王様がいて、貴族の人がいて、それで騎士でしょ。秘密の儀式なんだったらそれなりの肩書きがないと参加できないのだろうし」

 私が言うと彼は微笑んだ。それはもう涎ものの美しさで。

「そうだ。俺はこれでも公爵家の血筋にいる。だから王といえどぞんざいに扱えない。とは言え、跡取りの兄や父のように宮廷に対して権力を持っているわけではないが。しかし騎士団の中では()()()()()だ。だから君を守ってやれる。安心してくれ」

 彼がどれくらい偉い人なのかはよく分からないけれど、信頼できそうだと私は思う。だから事故にあってからなんとなく自分の居場所を探しているような気がした自分に、こんな不思議な出来事が起こったことも受け入れてみようかな、と自然と思えた。


 


 





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