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◆8 スローライフともいえるような?

 家の裏には、広い畑が広がる。

 ここには野菜と果物、それから薬草が植えられていた。


 代々の管理人はとてもマメな人が多かったようで、ブリジットが来た時にはすでに綺麗に整備されていた。しかも畑の土はそれぞれの植物に特化している。

 長い年月をかけて、ここを使い勝手のいいように整備していったことが伺える。魔道具さまさまだ。


「ブリジット、お水、撒く?」

「ええ、お願い。バケツ一杯分を、霧のようにして撒いてね」

「わかった!」


 プラムは魔道具に力を分け与えて、霧状の雨が降り注ぐ。

 優しい雨は一定時間降り注ぎ、畑を潤す。薬草、野菜、果物、どれも瑞々しい。不思議な話だが、ブリジットがじょうろで水やりするよりも、魔道具を使った方が生き生きとするのだ。

 その様子を見て、ため息が出る。魔法が使えなくても、魔力が自由に操作できれば、便利な魔道具が使える。


 ブリジットは自分の手を見つめ、何度も握ったり開いたりした。魔法の基本である、体の中にある魔力を認識することすらできない。魔力がちゃんとあると言われているのに、何とも言えないやりきれなさ。


「はあ、前世の記憶が蘇っても、魔力すら感じられないなんて。ハズレくじもいいところだわ」

「精霊の愛し子なのに、どうしてだろうね? 今までも愛し子は膨大な魔力を持っていたし、自由自在に魔法を使っていたのに。天よ、我に力を! とかいっちゃってね」


 プラムは何代か前の愛し子の真似をして、大げさに右手を天に向けて突き出した。随分と中二病が咲き乱れていた人のようだ。


「ブリジットも同じようにやってみたら案外できるかもよ?」

「勘弁してよ。恥ずかしくて無理」

「ここにはボクしかいないんだから、やってみてよ」


 プラムに言われて、渋々ブリジットは頷いた。恥ずかしいけれどもそれで使えるようになれば儲けものだ。


 ブリジットは恥ずかしさを振り切り、気合を入れた。

 そして左手を腰に、右手を天に勢いよく突き上げた。


「天よ、我に力を!」


 森にまで響くのではないかと思えるほどの大声を張り上げた。


「……」


 だが何も起こらない。しばらくそのままのポーズでいたが、やはり何も起こらない。


「何も起こらないね。もう一度やってみて?」

「天よ、我に力を!」


 そのままの格好のまま、もう一度叫んでみたが。

 無情にも、世界は変わらなかった。


「うーん、違ったみたい。何でブリジットは使えないんだろう?」

「……わたしが知りたいわ。もう絶対恥ずかしいことはしない!」


 試すか、試さないかと言われれば試す一択だけども、心へのダメージはすさまじい。ブリジットはどんよりとうなだれた。


「ブリジットは魔法が使えるようになってどうするの?」


 今更なようなことを聞かれて、瞬いた。


「そりゃあ、魔法がバンバン使えた方が楽しそうじゃない」

「楽しい?」

「便利だし。誰かに頼らなくても生きて行けそう」


 根底にあるのは一人で生きていける手段という事。この世界は前世の世界よりもはるかに危険に満ちている。

 今はこうしてプラムと精霊の森に引き籠っているし、リュエット伯爵家からもこの精霊の森を有するロウンズ伯爵家にも気を遣ってもらっている状態で、安全ではある。でもずっとこのままでいいのだろうかという気持ちもあった。


 それは前世を思い出す前では考えもしなかったことだ。貴族令嬢としての考えしか持っていなかったが、前世の記憶はその考えは窮屈に思えた。


 引きこもってばかりいる世界はとても狭くて、そしてつまらないのではないかと。スローライフも悪くはないが、この先五年、十年と続けられるとは思えなかった。

 

 とはいえ、この世界は前世のように安全な場所なんてほとんどない。しかも前の世界にはいない、穢れがあり、魔物もいるのだ。


 そんな中、飛び出していく勇気はなかった。やはり何かしらの生きて行けるだけの何かを身につけないと。そうすると、やはり魔法に行きつくのだ。


「ブリジット、眉間にしわが寄っているよ」


 プラムはデリケートな指摘を悪気なくしてくる。慌ててしかめっ面をやめた。気合を入れて、自分の両頬を勢いよく叩く。


「考えても仕方がない! 前向きに!」

「そうだよ。ブリジットは魔法が使えないけど、お菓子は美味しいよ?」

「あれは趣味。ああ、でも。何もすることがなければスイーツ教室でも開こうかしら」


 プラムの慰めに、ちょっとだけ気持ちを浮上させる。できることから手を付けていくのが、正解を広げることの一歩だ。気持ちを切り替える。

 大きく伸びをして丸めた背中をぐっと伸ばした。


 ブリジットを呼ぶ声が聞こえた。


「おおーい。ブリジット嬢ちゃんはいるかい? 一週間分の食材を持ってい来たぞ」

「あ、アーサーさん!」


 慌てて玄関のある表に回った。そこには町で雑貨屋を営んでいるアーサーがいる。クマのように大きな体と、人のよさそうなにこにこした笑顔をした五十代のおじさんだ。代々、この精霊の森の管理人へ荷物の配達をしている一族の人で、濃いブルーのオーバーオールが非常によく似合っている。


 ついうっかり、配達日を忘れていた。


「今日も元気そうだ。一人で困っていることはないか?」

「大丈夫よ。のんびりと暮らしているわ」

「変なつき纏いは?」


 アーサーは色々な人にブリジットのことを頼まれているようで、こうして何気なく状況を確認してくる。心配してくれる人は何人も思い出せるので、ブリジットも素直に自分の状況を伝えていた。

 

「ここは精霊の森よ。変な人なんていないわ」

「そうとも言い切れないじゃないか。ブリジットは可愛いし、町ですごく人気があるんだ。慎重なぐらい気を付けなくては。何かあってからは遅いんだぞ」


 これはもしかしたらテイラーがアーサーに何か言ってきたのかもしれない。心配されるのは嬉しいが、過剰な心配は不要だ。

 

「過保護だわ。それよりも、昨夜、新しいお菓子を作ってみたの」

「新しい菓子?」

「そう。結構上手に作れたのよ。商品になるか持って行ってほしいの」

「わかった。店に戻ったら並べておく」

「すぐに店に並べてほしいわけじゃないのよ。食べてからちゃんと判断して」


 いつもの調子で美味しいはずだと言いきられて、苦笑する。何を食べても満面の笑顔で美味しいしか言わないので、試食する人には向いていないのだ。具体的にどこが足りないとか、こうした方がもっとおいしいとか、そういう意見が欲しいのだが、何度説明しても通じていない。

 

「うーん。じゃあ、嫁とその友達から意見を聞いてこよう。美味しいと言っていたら、残りを店においていいか?」

「わかった。ちょっと待ってね、取ってくる」


 キッチンに慌てて引っ込み、ラッピングしておいてあった菓子を籠にすべて詰めた。


「ほほう。こりゃまた可愛らしい袋に入っているな」

「リボンが可愛く見せているだけよ」

「で、これは何なんだ? 今までのハーブのパウンドケーキと何が違う?」

「パウンドケーキじゃなくて、カステラね」


 カステラ、と告げれば、アーサーは瞬いた。


「カスティ? 言いにくいな」

「カステラよ。パウンドケーキと違って、バターが入っていないのよ。食べたら感想をちょうだいね」


 いくつか聞きたいポイントのメモを入れて、アーサーに手渡した。


「次の時に感想を書いて、持ってくるよ。今まで売っていたハーブのパウンドケーキはもう作らないのか?」


 ハーブのパウンドケーキと言われて、目を丸くした。

 ハーブはここで採れる薬草を使っていて、色々試している最中。種類を変えてみたり、ブレンドする配合を変えてみたり。気に入ったものは店に並べてもらっている。

 

「作った方がいい? 今、配合を悩み過ぎて、少し休もうと思っていたんだけど」

「そうか。あれも凄く人気があるんだ。すぐに完売してしまう。できれば、週一回ではなくて、二回ほど作ってほしいぐらいだ」


 人気がある、と言われて、嬉しくなる。思わず笑顔になってしまった。

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