◆7 精霊の森での暮らし2
プラムにしてみたら、日本人は働きすぎということらしい。
ブリジットは大量の砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲みながら、そうよねとしみじみとする。
前世の記憶でも、ブラックな働きぶりしか思い出せない。働き方改革とは言われてはいたものの、運用するのは頭の固い人たちだ。企業の上層部が頭が固いのだから、早々に環境が変わるわけもない。そしてしみついてしまっている改善根性。少しでも便利に、そういう思想が刷り込まれている。
「国民性よ、きっと。痒い所に手が届くようなものが欲しいの。食事は美味しい物が好きだし、便利な物はスイッチ一つですべてやってもらいたいの。あれこれ考えずにね」
「意味わかんない」
ぐるりと部屋を見回す。この部屋にはテレビもパソコンもないけれども、様々な魔道具で溢れている。
ここに住んでいた愛し子がいかに生活環境を重視していたか、わかるというもの。
コーヒーメーカーもそうだし、オーブンもそう。洗濯機は日本よりもさらに進化していて、洗剤も排水も必要ない。魔法がすべてどうにかしてくれる。家電製品の便利さに、魔法のごり押しがあれば高機能だ。究極のエコライフ。
今まで貴族の生活をしていたのと、前世の記憶がなかったため気が付かなかったが、日本と遜色のない便利道具で溢れている。きっと長い年月をかけて、前世の記憶を持つ愛し子たちが環境を整えたに違いない。それぐらい、便利。
どこぞのラノベで魔法陣で携帯電話みたいなものを作っていたのを思い出した。あれって、この世界で実現可能なのだろうか。
ふとそんなことを思いつき、メモ帳を目で探した。だがすぐにやめる。
そもそもの話、ブリジットには魔法が使えない。魔法が使えないのだから、魔法陣の勉強もしていない。異世界転生したというのに、そのメリットをまったく持ち合わせていなかった。
異世界転生とは、と神さま――この世界の場合は精霊王にきっちりと問い詰めたい。しかも今まで魔力を持ちながら魔法が使えない愛し子はいなかったという。
「愛し子で魔力を持っていない人はいたの?」
「流石にいないかな。そもそも愛し子が異世界の魂を持っているのは理由があるんだ」
「理由?」
精霊にも愛し子にもあまり興味がなかったから、ブリジットは言葉を知っている程度だ。プラムを興味津々で見れば、得意気になって話してくれる。
「世界の発展には刺激が必要なんだよ。あとは実現する想像力」
「何となく言いたいことはわかる」
技術が進むのは何かしらの閃きが必要だということなのだろう。神託のような助言を人々に与えるよりも、すでに便利に使っていた記憶を持っている異世界人の魂を連れてきた方が発展はしやすい。この世界に連れて来た代償として、愛し子というわかりやすい身分と魔力が与えられる。
「今までの愛し子で何もしなかった人はいないの?」
「もちろんいたよ。別に愛し子だからと言って何かしなくてはいけないことはないんだ。この森の管理者にはなっても、外で暮らしていた愛し子もいるしね」
「……本当に自由なのね」
「そうだよ。だから、そう気負わなくても。やりたいことをやればいい」
やりたいことを好きに。
これが一番、曲者だ。どうしていいか、方針すら決められない。
「……とりあえず、今日の仕事をしよう」
精霊の森の管理人の仕事は、精霊の森に住むことがメイン。あとは時々入ってくる注文の薬草を採取して、届けること。
他の森でとれる薬草よりも精霊の森でとれる薬草の方が効果は高く、さらに他では自生していない特殊な薬草も多い。ただ、この森は主である精霊、つまりプラムに認められないと立ち入れず、誰でも採取できるわけではない。前任者が亡くなった後、十六年ほど空白がある。ブリジットが前世の記憶を取り戻すまでの時間だ。
「今日は注文入っているよ。痛み止めと痒み止めの薬草だって。それからアラガズの薬草だって」
プラムが届いた注文書をブリジットに渡した。コーヒーカップを片手に、注文書を確認する。
痛み止めの薬草はアイケ、かゆみ止めの薬草はオラース。どちらも名前が微妙に覚えにくい。プラムにも頼んで、薬草名ではなくて効用で呼ぶようにしている。
「痛み止めと痒み止めの薬草は畑のを取ってくるとして……アラガズ?」
アラガズは初めて聞く。思わず首を傾げれば、プラムが教えてくれた。
「肌荒れによく効く薬草だよ。真っ赤な葉っぱだけど、薬にすると透明になるんだ」
「肌荒れに効く薬草? 何それ。初めて聞く」
「そうだった? 畑にはないけど、精霊の森の奥の方に生息しているんだ」
「精霊の森の奥まで行くの? 畑にある薬草で代用できないの?」
精霊の森は意外と広い。そして、今住んでいる場所は比較的浅い場所。
当然、森の奥まで行こうとするとかなりの距離がある。往復するだけでかなりの時間がかかってしまう。ブリジットも一度だけ奥まで行ったことがあるが、翌日、筋肉痛になって動けなくなった。
「代用できる薬草はないよ。すごく効果が高くて、珍しい薬草だから」
「……仕方がない。雑草取りは止めて、水を撒いたら採りに行こう。プラム、薬草の場所まで案内してくれる?」
「もちろん!」
ブリジットにお願いされたプラムは嬉しそうに部屋中を飛び回る。
ブリジットは重い腰を上げて、動くことにした。
残りのコーヒーを飲み干すと、手作りの日よけ用の帽子をかぶった。




