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◆4 王城での夜会

 王城に足を踏み入れれば、先ほどの浮かれた気持ちはしぼみ、恐ろしさがこみ上げてきた。

 どこを見ても豪華でキラキラしている。王都の屋敷も領地の屋敷に比べて華やかで、教会も素晴らしい空間だった。だがここはそれ以上に、飲み込まれてしまいそうなほど強い光を放っている。

 

 そして参加している貴族たちも皆華やかだ。新成人を祝うためなのか、人の数が多い。きっと家族総出で参加しているのだろう。右を見ても左を見ても貴族ばかり。教会で見かけたよりもはるかに多い人数に、ブリジットの緊張は高まった。


「どうしよう、帰りたい」

「そんなに緊張しなくても大丈夫。新成人の家族しかいないのだから」


 余りにも青くなっているので、エスコートしてくれるテイラーが慰めてくれる。情けないと思いつつも、彼の腕に添えた手にぎゅっと力を入れた。


「国王陛下からのお言葉を頂いて、その後はダンス。一曲踊ったら帰っても大丈夫だから。それまで頑張れ」

「そんなに早く帰ってしまっても大丈夫なの?」

「畏まった夜会じゃないからね。社交も、知り合いがいたら、お祝いを言うぐらいだ。今年は知り合いは参加していないから、問題ない」


 それでいいのか、と疑問に思いつつも、早く帰れるのならそれでよかった。


「それぐらいなら頑張れる」


 とにかく両親の陰にいることと、国王からの祝いの言葉、それからダンスを踊ることだけに注力した。

 新成人の夜会は手馴れていて、サクサクと進んでいく。国王からのお言葉もダンスも緊張しているうちに終わってしまった。


「ほら、大丈夫だったろう?」

「うん」


 ほっとした顔をすると、テイラーは楽し気に笑う。


「少し休もうか」

「お水が飲みたいわ。喉が渇いちゃった」

「はは、緊張しすぎだ」

「信じられない。貴族の血を引いているかもわからないまがい物がここにいるなんて。常識がないのね。義兄にまとわりつくなんて、みっともない」


 気楽な会話に棘のある言葉が割り込んだ。


 ぎょっとして声の方を向けば、教会で絡んできた令嬢がいる。彼女も薄青色のドレスに身に纏い、百合の花の他に大ぶりの宝石を使ったヘッドドレスを付けて薄金色の髪を盛っている。ちょっとやり過ぎな感じがあるが、それでもきつい顔立ちには似合っていた。


 テイラーは彼女に冷ややかな目を向けてから、ブリジットの手を握る。


「ブリジット、相手にしなくていい」

「え、でも」


 テイラーは無視することにしたようだ。ぎゅっと手を握ると、彼女とは反対方向へと足を向けた。


「テイラー様、お待ちになって。わたくし、納得しておりませんのよ。義兄に懸想するような悪女と一緒にいるなんて、テイラー様の評判を落とす行為ですわ」

「……君に名前を呼ぶ許可を出した覚えはない。人のことをどうこう言う前に、きちんとマナーを学び直したら?」


 相変わらずの切れ味に、ブリジットの方がはらはらする。ここは祝いの場だ。嫌味の応酬をする場所ではない。


「ちょっとお兄さま」


 冷静になってもらいたくてテイラーの名を呼べば、にこりとほほ笑まれた。目が全く笑っていなくて、顔が引きつる。


「そ、その女がいるからいけないのですわ! わたくしの方がその女よりも正妻に相応しいのがわかりませんの!」


 その言葉に、ブリジットは目を見張った。どうやら彼女はテイラーと婚約していると勘違いしているようだ。ブリジットは慌てて否定しようと口を開いた。だがすぐに、テイラーの大きな手で塞がれる。物理的に覆われて、変な声になった。


「ふがっ、お」

「しっ。黙っていて」


 どうやら婚約者(予定)であるヴァネッサに被害が行かないようにしたいようだ。

 テイラーの思惑をくみ取り、ブリジットは渋々口を閉ざした。


「僕の婚約について、君が意見を言う立場ではない。それに、もし婚約者がいなかったとしても、君を選ばないよ」


 絶対に煽っている。

 彼女は今日成人を迎えた令嬢。つまり、ブリジットと同じ十六歳。それに対して、テイラーは二歳年上の十八歳。

 ヴァネッサを守るためとはいえ、なかなか大人げない対応だ。

 

 テイラーの容赦ない言葉に胃が痛くなってきた。


「わたくしは!」


 ぶるぶると怒りに体を震わせながら、彼女は言いつのった。だが最後まで言うことができず中断された。


「何を騒いでいる」


 低い声に、はっとして後ろを振り返れば、リュエット伯爵夫妻とそれから見知らぬ男性。声の主はこの男性だ。リュエット伯爵と同じぐらいの年齢の男性を見て、テイラーが丁寧に頭を下げた。


「お久しぶりです、王弟殿下」

「テイラーか。元気そうで何よりだ。それで、そちらの令嬢は何を騒いでいる」


 彼女は王弟に視線を向けられて、顔色を悪くした。ようやくここが祝いの場であることを思い出したのか、しどろもどろに意味のない言葉を発する。


「いえ、その……わたくしは」

「少しだけ君たちの会話は聞こえていたんだが……本当に新成人なのだろうか。よほど悪意のある環境で育っているのだろうな」


 しっかり最初から聞いているじゃないか。

 ブリジットは良い性格している王弟に、ほんの少しだけ引いてしまった。

 

 相手はまだ成人になりたての令嬢。

 そこまで厳しくしなくても、という気持ちがほんの少しだけ生まれていた。そんなことを言えば、甘い対応だと怒られてしまうだろうが。

 

「リリアン、何をしているんだ!」

「お父さま」


 王弟に睨まれて、動けなくなってしまった彼女を救い出したのは少し小太りの男性だった。父親は王弟を見ると顔を青ざめて、ぺこぺこと頭を下げる。


「お騒がせして、申し訳ございません。娘には厳重に注意をいたしますので……」

「カーギル子爵。言いたくはないが、どのような教育をしている? この祝いの日に騒ぎを起こす令嬢がいることに驚いたぞ」

「は……はは」


 言い訳もできないのか、笑ってごまかしている。にじみ出る汗をハンカチで拭いながら、リリアンをこの場から連れ出そうと娘の腕を掴む。顔を青くして体を震わせていたリリアンは強制退場させようとする父親の手を振り払った。


「わたくしは何も間違っていないわ! そもそも義妹を婚約者に選ぶなんて、おかしいじゃない!」


 周囲に聞こえるほどの大声に、辺りが静かになった。テイラーが呆れたようにため息を吐く。


「ブリジットは婚約者じゃない」

「見え透いた嘘をつかないでいただきたいわ」

「嘘じゃない。僕の婚約者はロウンズ伯爵令嬢だ」


 婚約者の名前を知って、リリアンはぴたりと口を閉ざした。驚愕に目を見開いて固まっている。


「え? でも、どこのお茶会に行っても義妹が図々しく、義兄に手を出したって噂されているのよ? 皆、ふしだらな娘だと」

「へえ、そんな噂があるんだ」


 あり得ない噂に、眩暈がした。


「ふしだらって……わたしが?」

「だって血のつながらない義兄に甘えるなんて。娼婦のようじゃない」


 娼婦、娼婦?

 そんな風に噂されるようなことは何もしていない。

 

 あり得ない言葉に、混乱してくる。そのうち、目が回って、気持ちが悪くなってきた。頭の中に何か不思議な映像が流れ込んでくる。

 拒否しようとすると、頭がひどく痛む。何でもない顔をしていたかったが、それも次第に難しくなってきた。


 頭を押さえ、その場にしゃがみこんだ。


「い……痛い」

「ブリジット!」

 

 大人たちと何やら話し込んでいたテイラーがブリジットの様子に気が付いて名前を呼ぶ。

 そのまま意識が暗転した。

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