◆23 結論、魔法は簡単に使えない
魔法というのは、とても奥深い。
ブリジットは自分のセンスのなさに落ち込んでいた。キースが魔法を教えてくれるようになって三カ月。
精霊の森では毎日のように講義と実技と、初心者向けに優しく教えてくれた。正直に言えば、ちょっとだけ教わったことのある家庭教師よりも断然わかりやすい。しかもキースは魔法と精霊魔法、両方とも上手に使う。講義を受けながら、実際に目で見ることが可能。
こんなにも恵まれた環境にいながら、ブリジットは精霊魔法だけでなく、魔力があれば大抵の人が使えると言われている魔法すらも発動できないでいる。
キースは卵ほどの大きさの水球をくるくると回しながら、首をかしげた。
「もう一度、魔法を使ってみてくれないか」
「何度やっても無駄だわ。できないものはできないのよ」
むくれながら答えたら、デコピンされた。
「文句は言わない。なんかわかるかもしれない」
そう言われてしまえば、しないわけにもいかず。
ブリジットはキースに教えてもらったことを丁寧になぞった。
「まずは魔力を自分の下腹に集めて」
目をつぶり、自分の中の魔力を感じようと集中する。そうすると、うっすらとした何かが体を巡っているような気になってくる。それをイメージだけで、へその下、つまり丹田と言われているところへ集めるようにする。前世で言うところの、座禅での呼吸法と勝手に解釈。
「うん、いい感じだ。ちゃんと集まっている……ずいぶんと弱いが」
「余計なことは言わないでください。それから、水球のイメージを」
水球のイメージは目の前で見ているから簡単だ。卵の大きさではなく、ウズラの卵サイズをを思い浮かべる。
脳内で、くるくるくる。
ウズラの卵を回す、回す、回す。
イメージが十分整ったところで、目を開けた。
「いでよ、水球」
ぷしゅっ。
気の抜けたような音と共に空に離散した。
「うん、わかった」
キースは力強く頷いた。イメージまでよかったのに、魔法にならなかったブリジットは涙目だ。
「何が分かったのよ」
「魔力を出す段階で、何かが邪魔をしている」
「どういうこと? まったくわからないんですけど」
「呪い……いや、害がないところを見ると何かの制約?」
難しいことを言い始めたキースに、ブリジットは遠い目をした。
理屈とか難しいことはいらない。もっと簡単に、わかりやすく原因と対策を教えてほしい。
「ブリジット、歌を歌ってみて」
歌を歌えと言われて、歌い慣れたあんとぱんのヒーローのサビを口ずさむ。
小さな魔法陣がぱっと空に浮かびあがる。
「歌にするとその制約が外れるようだ」
「つまり?」
「僕にはお手上げだ」
にっこりとキースが笑う。
「え、じゃあ、わたしは魔法を使えないということ!?」
「使えないわけではない。歌ならば、制約が外れる。つまり、すべての魔法を歌で実現できるはずだ」
「歌で!? 何の罰ゲームなの!? 絶対に嫌!」
例えば魔物を倒したいのに、歌を歌い始めるなんてどんな中二病者!
確かに前世のアニメでは、歌って踊れる魔法戦士がいたけれども! 自分がそれになり切れるかと言えば、そんなことはなく。
ブリジットは魔法のロッドを持って歌って踊って魔法を放つ自分を想像して、頭を抱えた。
「ブリジットが魔法を使えなくても問題ないよ」
テーブルに突っ伏し、凹むブリジットにプラムがのんびりと言う。
「そうなんだけどね。明らかにキースの状態が良くなるじゃない? 出来ることなら、消してあげたいと思って」
「うん? 歌を歌えばいいだけでしょう?」
「そうだけど。わたしとしては、ついでに魔法も使いたいわけ。だけど、頑張ろうという気持ちがあっても、この空回り感。凄まじくヤル気をなくすのよ……」
「ふうん」
「プラムにはないの、こういう複雑な気持ち」
「ないかな。力はゆっくりと育てるものだし。焦る気持ちがわからない」
プラムの不思議そうな顔に、ブリジットはため息が出る。きっと精霊は存在の在り方が違うのだろう。ブリジットのこの焦がれるような思いは理解できないようだ。
「それに魔法だって、歌でどうにかできるんじゃない?」
「歌う……わたしの前世がカラオケ女王だったり、歌姫だったら間違いなく歌を選択するけど」
カラオケ好きの一般人が、ドヤ顔で歌うなんて恥ずかしくて死にそう。
ぐるぐるしていれば、キースが何か思いついたような顔をした。
「ブリジットはここを離れられないのか?」
「そんなことないわよね?」
「うん。だけど、ブリジットとは契約しているけど、僕は精霊の森から出られないけど」
プラムとの契約は、キースとベルのような契約とは少し違うらしい。それが精霊の森の管理人という立場なのだとプラムが改めて説明する。
「なるほど。教会ならプラムは行けるのか?」
「うーん、どうだろう。教会は精霊の森ほどではないけど、祈りがあるから。もしかしたら飛べるかもね」
キースがいくつか質問し、納得したように頷く。何の話に繋がるか見えていないブリジットはただ二人の会話を聞いていた。そのうち、ブリジットの使える魔法の話になり、ますます話に入っていけない。二人の会話に飽き始めた頃、キースがブリジットに突然聞いた。
「浄化の力が引き出される条件を調べて、そこから合うように形を変えて行ったらどうだろうか?」
「どういうこと?」
キースの提案がさっぱり過ぎて、眉間にしわを寄せた。
「今は歌うことで浄化することがわかっているだろう? それを歌ではなくて呪文のように唱えてもいいのか、一部だけでも問題ないのか。歌う長さに依存しているものなのか。色々調べることで、ブリジットの希望する形で他の魔法も使えるようになるんじゃないかな」
「制約が外れる条件を調べるという事?」
「そうだ」
まずは使えるところから条件を洗い出して、できるように変化させる。
なかなか合理的な方法だ。それに総当たりで条件を調べておくのも、面倒だが後で色々使えそうだ。
わずかな希望が胸に芽生える。
「よし! 何か、前向きになってきた!」
勢いよく拳を天に突き上げ、ふんと気合を入れる。キースが困ったように釘をさす。
「気持ちばかりだと、上手くいかない。少し落ち着いて」
「うーん、じゃあ、お菓子作ってくる!」
最近は販売用のパウンドケーキとカステラしか作っていない。唐突に、マカロンとダックワーズを思い出した。どちらも似たような材料で作るお菓子だ。
記憶を攫ってみれば、マカロンはリュエット伯爵家のお茶の時間にクッキーと共によく出ていた。でも、ダックワーズやブッセは一度も見たことがない。マカロンの方が可愛らしい色使いだけど、ダックワーズのざっくりとした食感が好き。
「今日はダックワーズにしよう」
「鴨のお菓子?」
「違う」
プラムがおかしなことを言うので、即座に否定した。
「美味しいの?」
「もちろん。卵と砂糖と小麦粉とアーモンドプードルがあればできる。クリームはもうなくなっていたから、この間作ったジャムを挟もう」
レシピは心配ないが、問題はこの世界の材料が似ているようで似ていないところ。卵のサイズは明らかに違うし、砂糖の甘さも少し違う。分量とか微調整が必要かもしれない。とりあえず作ってみないことには何とも言えない。
「新しいお菓子?」
興味津々で、キースも聞いてくる。
「そうよ」
「見ていてもいいか? できれば作れるようになりたい」
「……」
キースがすっかりクッキング男子になっている。それはどうなんだと思うけれども、まあイケメンなのだから問題ないのかもしれない。




