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◆21 キースの事情2

 キースはフレシェット公爵家の三男。

 キースの母、フローレンスは現国王の母の違う末妹であったが、後妻としてフレシェット公爵家に嫁いできた。

 両親の年齢は親と子ほど離れている。当然、前妻との間にできた子供たちはキースよりもかなり年上で、兄弟という感覚はなく、親戚のような距離のある関係。


 王女なのに後妻にしかなれない女。フローレンスはやらかし王女だ。

 どこにも出せないから、親族のフレシェット公爵家が引き取った。裏で莫大な金が動いたと噂されるほど。

 フレシェット前公爵は娶った新妻と夫婦関係を結ぶつもりはなかったそうだ。だが、フローレンスは子供を生めば自分の立場が安定すると考え、強引に夫婦の関係に持ち込んだ。結婚前も沢山の恋人を作っていたぐらいだ、自分の父と変わらぬ年齢のフレシェット前公爵に薬を盛ることに何のためらいもなかっただろう。


 そんな関係の両親を持つキースは生まれた時から微妙な立場だった。

 虐待はなかったものの、父であるフレシェット前公爵はキースをいない者として扱い、フローレンスは自分を守る盾だという態度。養育環境としては最悪の部類。


 幼い弟を気の毒に思った長兄ゲーリーだけが、キースのことを面倒見てくれた。両親に関しては改善など期待できるわけもなく、ゲーリーだけが頼り。彼にとってキースはお荷物で、いつかこの家を出ようと十歳になった頃には考えていた。

 

 だが、キースはゲーリーに護られている子供。領地の片隅で、誰にも迷惑をかけず静かに暮らすぐらいしか考えられなかった。


 先の見えない小さな世界で、迎えた成人の儀式。

 その時、精霊魔法に適性があることが分かり、運よくベルと契約できた。渡に舟とばかりに、フレシェット公爵家を離れるため精霊騎士になったのだ。

 

 ゲーリーには出て行くことはないと引き留められたが、これ以上、異母兄に荷物を背負わせるつもりはなかった。キースが成人と共に教会に入ると、すぐさまゲーリーは行動を起こした。父親から爵位を受け継ぎ、両親を領地に封じたのだ。


 この時はフローレンスまだ三十五歳。年老いた夫を顧みず、好き勝手に愛人を作っていた。領地に監禁されると気が付いた彼女はすぐさま異母兄である国王に泣きついた。

 母の違う妹王女を溺愛して可愛がっていた国王はフレシェット公爵が爵位をゲーリーに譲ったと同時に、離縁させた。そして、愛人の一人と再婚させている。


 当時はとても大変な騒ぎであったが、フレシェット公爵家から王妹は籍を抜け、キースは教会所属、ゲーリーはフレシェット公爵家を継いだ。終わってみれば、すべてが丸く収まったと言える。

 成人の儀式から一年以上経過していた。


 精霊騎士になって五年。

 縁を切ったわけではないが、ゲーリーとは一年に一度、手紙のやり取りをする程度に付き合っている。それだけでは足りなかったのか、ゲーリーは教会に寄付をするときにいつもキースの様子を尋ねる。

 それは末弟のことを心配しての行動だとわかっていた。対応した司教からも、たびたび顔を見せに行って来いと言われていたけれども、キースがフレシェット公爵家に行くことはなかった。


 キースは精霊騎士として各地に派遣され、魔物の討伐や聖職者の護衛など、どんな仕事でも嫌がることなく務めていた。同僚の精霊騎士たちともいい関係を築き、ここでずっと生きていくのだと決めていた。

 

 充実した毎日。

 ベルとの関係も強くなり、ますます仕事が面白くなる。熱烈な秋波を送る女性たちには辟易したが、それは精霊騎士であればある程度は仕方がない。先輩たちに対処の方法を教わりながら、日々を過ごしていた。


 フレシェット公爵家も王家も関係ない。

 そんな時だった、母フローレンスから一通の手紙が来たのは。


「呪いに違いないわ、そのまま燃やしましょう」


 ベルがフローレンスの手紙を見るなり、しっぽをぴんと立て、しゃーしゃーと威嚇した。同じ休憩所にいた同僚たちが、なんだなんだと寄ってくる。


「ベルがすごく怒っている。キース、何かやったの?」


 面白がって寄ってきたのは、辺境へ行くときには一緒になることの多いセスだ。キースが精霊騎士になったのと同時期に入って、とても気安い。人と距離を作りがちなキースを上手く輪の中に入れてくれる。


「何もしていない。ベルは母からの手紙で怒っているだけだ」

「あー、お前の母って、あれだよな。王妹殿下」


 セスは気を遣って言葉を濁してくれたが、王妹がやらかし王女であることは市井まで広がっている。大体、フローレンスは平民など同じ人間と思っておらず、平民に何を思われても気にすることはない。だからこそ、人目を気にせず、色々やらかす。

 もちろんそれなりにしっぺ返しがあれば、考えることもするのだろうが、異母兄である国王が手を回して隠ぺいするので本人は悪いことをしている意識はない。


「そんな手紙、読む価値はない! やっぱり、燃やす!」


 ベルが怒りを振り撒き、喚いた。キースは奪おうとするベルの手を退ける。


「燃やすな。読まないことで起こる面倒の方がヤバい」

「え、そうなの? キースの母君、噂通りの人ということ?」


 好奇心満々にセスは聞いてくる。彼は伯爵家の四男で、社交界についてもそれなりに詳しい。前のめり気味の質問に、キースは肩をすくめる。


「セスの言う噂というのは、よくわからないが。多分、間違っていない」

「お、おおう。息子は庇わなくていいのか」

「庇うほど、知らない」

「でも手紙を送ってくるぐらいなんだから、キースを気にしてくれているんだろう?」


 フォローをしているつもりなのだろうか。セスが前向きなことを言う。

 だが、そういう意味で考えたことがなかったのは事実。目から鱗な視点だ。


 キースは記憶にある母を思い浮かべる。最後に会ったのは六年も前だ。

 いつも綺麗に化粧をし、新しいドレスを身に纏って出かけていく姿。

 黄金の髪は豪奢で、くっきりとした緑の目は宝石のようにきらめく。フローレンスは人気のある高級娼婦だった母に容姿を、そして色は王族の色を貰って生まれた。この国の誰よりも美しかった。その美しさと、甘やかされたことで、尊いはずの王女は男好きのだらしない人間になった。

 

 幼い頃、遠くで見る母は美しくて、そんな彼女に優しく抱きしめてもらいたいと毎日願っていた。せめて微笑んでくれたのなら。

 自分の願望を叶えようと、勇気を出して声をかけたこともあった。だが、与えられたのは無関心な眼差し。その上、せめてわたくしに似ていたらよかったのに、と父似のキースに嫌悪さえ見せた。


 そんな女が年を取って、キースのことを気にし始める。どんな考えからなのか、想像すらつかない。普通の母親のように気にし始めたら、それはそれで気持ち悪すぎる。


「そう深く悩まず、まずは手紙を読んでみろよ」


 眉間にしわを寄せ黙り込んだキースに、セスが手紙を読めという。それもそうかと、封筒から手紙を取り出した。

 癖のある文字でただ一言、「相談したいことがあるから、会いたい」としか書いていなかった。


 キースは眉を顰めた。


「サインは確かに母のものだが……今さら僕に何を相談するんだ?」


 キースの年齢を考えれば、精霊騎士団の中ではかなり評価されている。だがそれは精霊騎士団の中で、という条件であり、権力を持っているわけではない。フローレンスの要求を叶えるだけの力はない。キースの疑問に答えたのはベルだ。ベルは精霊たちの繋がりで、フローレンスを知っている。


「離婚したいとかじゃないの? あの女、愛人と再婚していたじゃない。それか、お金の無心」

「それこそ、陛下にお願いしたらいい話じゃないか。僕に頼るよりも確実だ」

「うーん、じゃあ若くて力のある精霊騎士を愛人にしたいとか? それならばキースを頼るしかないでしょう?」


 末妹王女であるフローレンスを国王が溺愛しているのは有名な話。

 周囲の人間がいくら諫めても、国王がフローレンスを甘やかすのはこの年になってもやめる気配はない。いくらでも強請れば叶えられるだろう。


 生まれた時からほとんど接点のない母親である。キースの想像では相談内容の想像すらできなかった。


「なんで、マイナス方向の想像!?」

「それぐらい自分中心の人だ。年を取ったからと変わるとは思えない」

「まあ、そうだろうなぁ。特に権力を持っている女は自分を曲げない」


 尤もな意見に、セスも頷いた。


「そういや、今度辺境に遠征、少し長くなると先輩が話していたんだ。辺境での穢れが増加していて、魔物化が活性化しているそうだ」


 突然仕事の話に飛んで、キースが瞬く。

 辺境は穢れが溜まりやすい。教会も人材が豊富ではないため、広い範囲を一人で面倒を見る必要があるからだ。もちろん、領主が主体となって討伐を行っているが、その処置を間違えてさらに穢れが増える場合もある。精霊騎士ではないのだからある程度は仕方がない話。

 ただ、これは今に始まった話ではない。


「期間が長くなるのは、いつもだろう?」

「そうじゃなくて。会いに行くなら、その前に会っておいた方がいいという話だ」

「会った方がいいと思うか? 嫌な予感しかしないんだ」

 

 セスは言葉に詰まった。ベルの言葉も加味するならば、キースにとっていい再会とは思えない。


「……すまん、俺もいい予感はしない」

「じゃあ、放置で」

「そうだな。会いたくなった時にでも会いに行けばいいんじゃないか」


 ベルはこれっぽっちも会う必要ないと、気炎を吹いた。

 訓練の時間になるまで、他愛のないことを話していると、エルバ司教が顔を出した。


「キースはいるか?」


 丸い眼鏡をかけた中背中肉の四十代の司教で、非常にフットワークがいい。当然、人使いが荒い。何人かの同僚は目を付けられないように、視線をそらしている。

 名前を呼ばれたキースはすぐさま立ち上がった。


「ここに。何の御用でしょうか?」

「ああ、そのまま座っていい。君の予定を教えてもらえないか」

「一週間後に辺境へ討伐に行く予定ですが……」

「そうか、ではキースに護衛を頼もう」


 何の話かさっぱりで、キースは返答できなかった。エルバ司教の護衛は今までしたことがなく、指名される理由がない。戸惑っていると、エルバ司教は笑った。


「なあに、大した理由じゃない。王宮の聖堂に定期確認に同行をお願いしようと思ってね」


 王宮。


 キースの顔が引きつった。エルバ司教はその変化を逃さなかった。目を細め、キースを見つめる。


「何か嫌な理由でも?」

「ちょうど、母から相談したいことがあると手紙をもらっていまして」


 先ほど封を切った手紙を差し出した。エルバ司教は手紙とキースを交互に見る。


「私が見てもいいのかい?」

「はい。大したことは書いていないので」


 エルバ司教は手紙を読み、何やら考え込んだ。


「うん、やっぱり護衛はキースに来てもらおう」

「……理由を伺っても?」

「王家に確認したいことがあってね。私の名前だと断られるが、この手紙とキースの名前を出せば国王を引っ張り出せそうだから」


 エルバ司教の無害そうな笑みを見ていると、離縁や金の無心ですら可愛いものだと言える何かが起こっているように思えた。

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