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◆2 突然の言いがかり

 リュエット伯爵家が案内された場所は、教会の中にある小聖堂だった。貴族は寄進する金額が大きいため、こうして一人一人の対応になる。平民たちは少しの寄進で祝福を受けることができ、大聖堂に集められ集団で祝福を受けるのが普通。


 小聖堂は大聖堂に劣らずとても美しい部屋だ。

 天井から入る日の光は祭壇を照らし、美しいステンドグラスには地・水・火・風の四大精霊が描かれている。四大精霊は何かを問うような、慈愛を含んだ眼差しでこちらを見つめている。

 

 浮かれていたブリジットの気持ちも落ち着き、背筋を伸ばした。

 今日のために作ったドレスは今までのような子供のものではない。裾は膝丈から踝の長さになり、フリルも少なくすっきりとしている。

 髪も下ろしたままではなく、ハーフアップにまとめている。テイラーから贈られた銀細工に紫の宝石の髪飾りは彼女の瞳の色だ。


 見た目だけでも淑女っぽくなるように、精一杯すました顔を作る。

 祭壇で待っていた司教はにこやかに祝いを述べた。


「ようこそ、いらっしゃいました。ご令嬢のご成人、おめでとうございます」

「ありがとうございます。今日は娘の祝福を頂きに来ました」


 ブリジットはテイラーに後押しされて、前に出た。ブリジットはすました顔で、ドレスのスカートを少しつまみ、挨拶をした。


「初めまして、ブリジットです」

「ええ、知っておりますよ。あなたの生まれた時、私が祝福をいたしました。もうこんなにも大きくなったのですね」


 それは初めて聞いたことで、びっくりする。司教は目を細め、優しい笑みを浮かべた。


「家族に愛されて育ったのが一目でわかります。健やかに成長なされて」

「ええ。我が家はブリジットがいることで、とても賑やかですのよ。我が家を養家に選んでくださって、とても幸運だったわ」


 嬉しそうにリュエット伯爵夫人が司教に応えた。ブリジットはリュエット伯爵夫人の温かな言葉に胸がポカポカする。


 ブリジットの生い立ちは、それなりに複雑。

 父は王族の血を引き、母はとある子爵家の養女になった元平民。二人の恋愛はあまり歓迎されなかった。だが反対されればされるほど二人の恋は燃え上がるのは、仕方がないこと。二人は愛し合い、ブリジットが生まれる。そのまま家族で静かに暮らしていけたらよかったが、不幸なことに二人とも流行り病にかかりなくなってしまった。

 そして、一人生き残ったブリジットをリュエット伯爵家は家族として迎え入れたのだ。

 

 司教はブリジットへ祭壇へと手招きをする。


「では、これより成人の祝福の儀式を行います」


 司教は精霊杖を掲げ、言祝ぐ。

 静かで、それでいて心の底に響く声に体の奥が熱を持った。何かが取り払われて、元のある形になるかのように。

 不思議な感覚。


 自分と光が溶け合い、存在の境界が曖昧になる。

 光でもなく、自分でもない何かがぶわりと大きく包み込んできた。

 その温かさはとても心地いい。


「これでブリジット様は大人の仲間入りです。悩める時もあるでしょう。その時には周囲の大人たちにきちんと相談していくことです。精霊への祈りを忘れず、迷いも悩みも」


 ありがたい説法で締めくくられ、祝福の儀式が終わった。

 突然、現実に引き戻されたブリジットは何度も瞬きする。


「あれ?」


 何も変わっていない。先ほどの自分が解けてしまうよう何かは感じたが、それだけ。特に精霊魔法が使えるような特別な何かは何もない。

 

「ブリジット、どうした?」


 終わったにもかかわらず立ち尽くすブリジットにテイラーが声をかける。


「わたし、精霊魔法、貰えなかった……」


 期待していた分だけ、落ち込んだ。テイラーは呆れたように、ブリジットを見た。


「簡単に貰えるものじゃないから。ほら、行くよ」


 やや強引に手を繋がれ、歩くように促される。絶望感に浸りながらテイラーに引っ張られて廊下を歩く。馬車まであと少し、というところでとげとげしい女性の声が投げつけられた。


「まあ、なんて図々しい女なの」

「え?」

「ああ、嫌だわ。自分の立場もわきまえない女なんて最低よね。あなた、貴族の間で何と言われているのか、知っているのかしら?」


 突然の非難の言葉にブリジットは顔を上げた。

 

 汚いものを見るような目を向けてくる女性は明らかに貴族。

 教会にはやや場違いなほどの華やかなドレスを身に纏っている。この場にいるのだから、彼女もブリジットと同じ成人の祝福を貰いに来たのだろう。

 

 ただ、ブリジットの交友範囲はとても狭く、彼女がどこの誰であるかわからない。


「えっと」


 ブリジットは困ったように手を繋ぐテイラーを見た。彼は不愉快そうに顔をしかめている。その様子に、テイラーは相手が誰だか知っているようだ。


「気にしなくていい。さあ、行くよ」

「え、でも」


 ただ事ならぬ令嬢の様子に、放置で大丈夫かと心配になる。テイラーは言葉を重ねた。

 

「父上たちを待たせている」

「そうね」


 ここで話し込むのもよくないだろう。ブリジットは小さく頷くと、テイラーと共に移動を始めた。令嬢は慌てて後を追ってくる。視線も向けないテイラーに、令嬢は先回りして足止めをする。

 

「テイラー様、わたくしのどこが気に入らないというの?」


 ブリジットは必死な様子に驚いた。今日この場所は成人の祝福を受けるためなのに、個人的な理由で話しかけてくるのはあまりよい行動ではない。どうするのかと、テイラーに目をやれば、テイラーは息を吐いた。そして、冷ややかな態度で端的に伝える。


「性格」


 きっぱりと切り捨てるように言う。言われた令嬢は怒りで顔を真っ赤にした。


「何ですって!」

「そういう自分が一番だという勘違いしているところも無理。到底、合いそうにない」


 言いたいことはわかるが、ブリジットは容赦ないテイラーに慄いた。だがテイラーは気にすることなく言い放つ。


「それに僕の婚約者はすでに決まっている。他を当たってくれ」

「そんな……」


 テイラーは肩をすくめて、ブリジットの手を引っ張った。令嬢を気にしながら、ブリジットはテイラーの隣を歩く。そしてこっそりと聞いた。


「ねえ、まだヴァネッサ姉さまと婚約していないよね」

「いいんだよ。すぐに婚約する予定だから」

「ええ?」


 ヴァネッサからも話を聞いていなかったブリジットは目を丸くした。

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