◆13 同居の始まり
キースとベルを保護した二日後。
ブリジットは精霊の森の入り口でプラムと共にキースの到着を待っていた。その間、プラムにぶちぶちと文句を垂れ流す。
「ベルはここで静養、キース様はロウンズ伯爵邸でお世話になる。この方がキース様も楽だと思うんだけど。どうして受け入れなのよ。わたし一人では何かあった時に対処できないじゃない」
キースは人間だ。精霊の森の家にはブリジットしか入ることができない。キースに何かあった場合、ブリジットでは対応するのに時間がかかってしまう。
だから、通いを提案したのに。
いつもなら、プラムも賛成してくれただろう。なのに、今回に限って、プラムは受け入れ派。もちろんロウンズ伯爵とローラは精霊の森での療養を望んでいる。
反対しているのはブリジット一人だ。昨日散々訴えたが、押し切られてしまった。
「諦めなよ。キースだっけ? ブリジットを傷つけようとしたら、ちゃんと養分にするから問題ないよ!」
「その物騒な発想は止めて! そういう心配をしているわけじゃなくて」
何を心配しているのか伝えてみるが、プラムは理解する気がないのか、本気でわからないのか。
ただ、何かあればすぐに養分にしてしまいそうで怖い。発想が極端なのは、どうにかならないのか。
ブリジットが一人モヤモヤしている間に、馬車が到着した。
馬車から降りてきたのはキースだ。襲ってきた時のような変な雰囲気ではなく、一番最初に会った時のような穏やかさ。少しだけほっと息を吐く。
手荷物一つ持ち、黒の外套に、少し上質の白いシャツと黒いズボンとブーツ。目を引くのは腰にある剣だろう。平民の装いをしていても、生まれ持った上品さは隠せない。
彼はブリジットを見つけると、ふわりとほほ笑んで頭を下げた。
「ブリジット嬢、僕たちを助けてくれてありがとう。それから森の精霊殿、ご厚意に感謝を」
キースの礼儀正しい態度に、プラムはどことなく満足そうだ。
「お待ちしておりました。ベルは家の方で療養しています。まだ意識が戻っていません」
「うん、聞いた。ベルを大切にしてくれてありがとう。君たちが助けてくれなかったら、消えてしまったかもしれない」
一体何をやったら消えてしまうほどの力を使うのか。
驚きながらも、ベルの状況を伝える。
「ああ、それから堅苦しい言葉じゃなくていいよ。僕の方が居候だからね。敬称もいらない。キースと呼んでほしい」
「そうしてもらうと助かります。わたしのこともブリジットでお願いします」
ほっとして口調を崩した。ブリジットも伯爵家で育っているが、ここ二年ですっかり口調は庶民のそれ。自分のテリトリーで堅苦しい話し方は疲れる。
キースはブリジットと会話した後、プラムに頭を下げた。
「初めまして、精霊殿」
「プラムでいいよ。わかっていると思うけど、ブリジットを傷つけたら許さないから!」
「承知しています。先日は無意識に反応したようで申し訳ありませんでした」
「聖騎士だからということで、一度は許すよ」
プラムは謝罪を受け取ると、ふんぞり返った。とりあえず受け入れの儀式はこれで終わりだ。
「ここから歩きよ」
「わかった」
キースは御者にお礼を述べて、町へと帰した。馬車が見えなくなってから、二人は精霊の森の奥へと進んだ。
◆
精霊の森の管理人の家。
森のような造りの家を想像するだろうが、それは違う。
某別荘地域にあるようなお洒落な家だ。
森が見える大きな窓、ダイニングキッチンは広く、暖炉もついている。裏庭には広めの畑。
二階には個室が三部屋ある。どの部屋も広々としていて、前世で言うところのスイートルーム。要するに、寝室だけではなく、リビングと応接室がついている。至れり尽くせりの贅沢仕様。
プラムによると、この家を建てたのは数代前の男性の管理人。よほど能力溢れる人だったのだろう。使い勝手の良い間取りに、的確な魔道具。そして、いくつも飾ってある木彫りの鮭を咥えた熊。
間違いなく日本人の愛し子だ。きっと、北の方の出身。
中に案内されたキースは感心するように、我が家のあちらこちらに目を向ける。
「すごいね、森の中にあると聞いていたから狩猟小屋を想像していたんだ。でも不思議な造りをしている。今まで見たことがない」
「そうでしょうね。わたしもここに来て初めて見たもの」
中世ヨーロッパ風というのか、ゲーム風というのか、ラノベ風というのか。
そういう建造物とは少し違った作りであるのは、現代日本の別荘をベースにしているからだ。
前世の記憶を取り戻したブリジットにしたらとても馴染みがあるが、そうでなければ、いささか違和感があるだろう。
なんといっても飾りが少ない。平民の家のように素朴な家の造りだから、ではなく最高級の素材を使っているのにシンプルなのだ。いわゆるモダンインテリア。
「すごくすっきりしているけど、魔道具はとても多い」
「わかるの? 目立たないように設置されているけど、非常に使い勝手がいいの。わたしは使えないけど」
使えないの言葉に、キースは首をひねる。
「ここにある魔道具はそれほど魔力を必要としないと思うが」
「そうみたいね。わたし、自分の魔力を動かせないから、自分では使えないの」
「動かせない?」
キースはブリジットがベルに魔力を与えているのを見ている。当然の疑問に、頷いた。ずっとつき纏うコンプレックスだ。
「理由はわからないけど、魔力は持っているだけ。使えないのよ」
「では、ここの生活どうしているんだ?」
そこにプラムがふらりと飛んできた。
「ボクがお手伝いしているんだよ!」
プラムは偉そうに胸を張る。ブリジットはありがとう、と指でプラムの頭を撫でた。
「二階には三部屋あるから、一番右端の部屋を使ってほしい。わたしの部屋は左側。真ん中が空き部屋よ。個室は自由にして。魔法陣を起動すると、勝手に綺麗になるわ。食事はわたしが作ったものでよければ、一緒にどうぞ」
キースがふわりと笑った。
「ありがとう。ブリジットはとてもいい人だね」
「いい人って褒め言葉じゃないわ」
「はは。そうかも」
いい人発言に苦々しく思いつつ、部屋を案内した。数少ないこの家のルールを教える。
「あと、キッチンの使い方だけど」
言葉を切って、ちらりと彼を見る。キースは困ったような笑みを見せた。
「申し訳ないが、僕はお茶しか入れられない。屋内で料理はしたことがないんだ」
予想していた通りの答えが返ってくる。
聖騎士は跡取りにならない貴族令息がなることが多い。精霊魔法が使えるのが貴族の血筋が多いためだ。とはいえ、自分の料理を食べろとは言いにくい。なんせ、メニューが前世日本で作っていたものが多い。材料が微妙に違うので、なんちゃってが付く。
「わたしもここに来てから料理を学んだから、他人様に振舞えるほど上手じゃないの」
「それならば、一緒に料理をしてもいいだろうか。見て覚えるから」
それはそれで、どうなんだろうか。
そう思うものの、店の多くは中心部にあるため食べに行けともいえず、頷いた。
「お口に合わないようであれば、正直に言ってほしい。我慢して食べてもらうほどのものではないから」
「わかった。他には?」
「そうね、魔道具の使い方はプラムに聞いてもらえば」
プラムにお願いすれば、任せて、と胸を張る。いちいちかわいい仕草に、心で悶えた。
「こんなところかしら。あとは、困った時に聞いてほしい」
一通り説明を終えて、リビングの窓際に案内した。大きな窓から日の光が差し込んでいて、ぽかぽかしている。ここはブリジットのお気に入りの場所で、起きている時は大抵ここで過ごしていた。
そして、眠っているベル用のバスケットが置いてある。
「ベル」
キースはベルの傍らに膝をつくと、指で優しく耳を撫でた。
「前にわたしの魔力で快復したから、少し与えてみたのだけど。目を覚まさなくて」
「でも温かい。きっと回復する」
眠りにつく精霊は存在自体が薄くなってまう。温かみを感じるということは、快復へと向かっていることらしい。プラムの説明と同じことを言うので、ほっと息を吐いた。
「キースの魔力を注いでみて」
プラムがベルの側に立ち、キースに願う。
「ああ」
ゆっくりとキースの魔力がベルに流れ込む。ベルの目が開かないが、呼吸が深くなり、安らかな眠りになったような気がした。
慈しむ気持ちに溢れた光景に、ブリジットはそっとその場を離れた。




