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◆12 再びの聖騎士と精霊

 先日会った時と、少し雰囲気が違う。

 そこに倒れているだけなのに、纏う空気がとても重く、そして張り詰めている。状態を見ないと、と思っているのに足がすくんでしまう。


「救護、しなくちゃ」


 ブリジットは自分に言い聞かせるように声にした。そして、そっとキースに近寄り、彼の側に膝をつく。さっと彼の体を確認したが、前回のように戦闘したような様子もなく、服は綺麗だ。ただとても青ざめていて、血の気がない。


 キースの肩に手を置き、ゆっくりと揺する。


「キース様、わたしがわかりますか?」

「う……っ」


 何度か揺すると、小さく呻き、ゆっくりと目を開けた。

 目が合った瞬間、首を抑えられ、引き倒される。強く首を圧迫され、息が詰まる。苦しさに、息を吸おうと口を開けると、さらに押さえ込まれてしまった。


 苦しくて、彼の手を外そうと抵抗したが、ぴくりともしない。次第に息が上がり、気が遠くなり始めた。


「ブリジットに何をするんだ!」


 甲高い声がしたのと、キースの頭に何かが突っ込んできたのは同時だった。がこんという大きな音をさせて、再びキースが地面に転がる。


 首から手が外れ、ブリジットはごほごほと咳込みながら大きく息を吸う。プラムはすぐさまブリジットに癒しの魔法をかけた。癒しの魔法が優しくブリジットを包み込み、息苦しさが和らぐ。


「ブリジット、大丈夫? まだ苦しい?」

「プラム」


 大丈夫だと小さく笑って見せたが、プラムは心配そうに顔をしかめている。そして忌々し気に転がっているキースを睨みつけた。


「ボクの契約主に危害を与えるなんて、やっぱり養分にするべきだよね!」

「ちょっと待って! キース様はわたしを傷つけるつもりじゃなかったのよ。わたしが迂闊に近づいたから、反射的に防御しただけよ」


 プラムの怒りが本気なのか、うねうねと動く蔦と木の根が視界の端に見える。ヤル気に満ちたあれらに囚われたら、キースはまず助からない。

 それもまた目覚めが悪い。キースは決して嫌な人ではなかった。


「プラム、落ち着いて。ああ、そうだ。家に帰って、プラムの好きなおやつを用意するから」

「今はいらない」


 何とか気持ちを落ち着かせようとするが、あまりにも食いつきがよくない。ぐるぐるとプラムの気に入りそうなことを考え。


「そうだ、久しぶりに歌ってあげる」

「歌?」


 ようやく気持ちがこちらに向いた。このまま怒りを納めてほしい。


「何の歌がいいかな」


 明るく景気のいい歌がいい。歌と聞いて、動きを止めた蔦と木の根にも気に入ってもらえるような。

 某アイドルグループの歌にするか、それとも、ノリノリのなんちゃってサンバにするか。


「この間の歌がいい」


 歌にすっかり興味を持っていかれたプラムがリクエストした。


「この間の……あんとぱんのヒーローの歌?」

「そう、そんな感じの歌」


 プラムはやっぱり小さいから子供なんだろう。リクエスト通り、あんとぱんの歌を歌った。



「じゃあ、キース様を見ていてね」

「うん」


 プラムの気持ちが落ち着いたところで、ブリジットは役所まで走って戻った。全力で走ったおかげで、息切れがひどい。

 息を調えながら、役所の入り口をくぐった。受付にいたローラがブリジットを見て目を丸くする。


「ローラさん、精霊の森の入り口で転がっている人を発見しました! 回収お願いします!」

「え?」

「すぐさま馬車で拾ってほしいのと、医師の準備を」


 訳が分からないという顔をしながらも、ローラは手早く手配をしていく。その間に、理由を聞いてきた。


「転がっているって知っている人?」

「キース様です」


 他の人に聞こえないように声を潜めて告げた。ローラはなるほど、と頷く。そして、ロウンズ伯爵にも連絡するようにと同僚に追加でお願いした。


「何があったかわかりませんけど、目立った怪我はないですけど、意識がはっきりしていません。わたしでは運べないので、そのまま放置しています」

「放置……」

「プラムが見ていると思います」


 慌てて情報を追加すれば、ローラは苦笑した。御者が準備ができたと告げに来たので、ローラと一緒に乗り込んだ。

 役所からキースが倒れていた場所まで、馬車であればほんの数分。すぐに現場に到着する。道端には先ほどと変わらないキースがいた。ローラは厳しい表情で彼に近づく。

 

「起きられますか?」


 キースに声をかけるも、何の反応もない。ローラは御者に馬車へ乗せるようにお願いした。

 

 その間に、ブリジットはあたりを見回す。キースを見ていてほしいとお願いしていたのに、プラムがいない。


「どこに行ったのかしら?」


 キースがここに倒れているのなら、ベルもどこかにいるはずなのだ。探してほしかったが、肝心のプラムがいない。もしかしたら、キースだけがこちらに飛ばされて、ベルは違うところにいるかもしれない。そう思うも、ブリジットにはあたりを探すことしかできなかった。


「ブリジット! このままロウンズ伯爵邸へ連れて行くわね」

「お願いします」


 こうして、キースは無事保護された。

 ゆっくりと離れていく馬車を見送り、ブリジットはプラムとベルを探しながら、精霊の森にある自宅に戻る。


「ただいま」

「おかえり」


 リビングへ入ると、プラムが返事をした。やっぱり先に戻っていたようだ。


「先に戻っていたのね。キース様を見ていてとお願いしたのに」


 もっと小言を言ってやろうと思っていたが、プラムが大切そうに抱えているものを見て、固まった。


「……なんでプラムがベルを抱えているの。彼女、キース様の精霊よ」

「だって、すごく弱っている。このままあの男に任せていたら消えてしまう」


 同族には優しさを発揮するようだ。ブリジットは息を小さく吐いた。


「だからと言って、勝手に連れてきたらキース様が心配するわ」

「ふん。精霊をこれほど弱らせるなんて、主として未熟なんじゃないのか」


 可愛いはずのプラムが毒舌だ。ぷんぷんと怒っている。

 ブリジットはどうしたものか、と眉を寄せた。


「精霊の森にいたら、ベルは元気になれるの?」

「多少は。恐らく、力が足りなくなってここに飛んできたんだと思う。でも、ここはベルの生まれた森じゃないから、癒しきれなくて長く眠りについてしまうかも」


 精霊の眠りはダメージを回復するためだという。でもそれは精霊の感覚で、人間としては消えてしまうのと同じだ。

 小さな精霊は精霊の森から生まれる。そして、徐々に力を蓄え、人型や獣型になる。精霊の森以外でも暮らしていけるぐらいに成長してから、人間と契約を結ぶことができるようになる。


「ふうん。精霊の森ならどこでもいいわけではないのね」

「うん。こればかりは仕方がないよ」


 ベルの状態は、前の時と同じく大きな力を使った代償だろう。


「……そう言えば、ベルはわたしの魔力で回復したと喜んでいたけど」


 おいしそうな魔力だと言って、指にかじりついてきたことを思い出した。ぐったりとしていたのに、すぐさま回復していた。


「わたしの魔力を与えたら、少しは元気になるかしら?」


 プラムはぱちぱちと何度か瞬いた。


「ブリジットの魔力は確かに特別だけど。ねえ、いつ、ベルに与えたの?」

「えっと」


 浮気じゃないのに浮気を見咎められたような気まずさが漂う。プラムはブリジットと契約していて、知らない間に他の精霊に魔力を与えたことが気に入らないようだ。


「精霊の契約はとても神聖なんだ。信頼し合うから、契約するわけだし」


 ブリジットが愛し子でなければ、契約した精霊としか魔力は与えられない。お互いに特別な関係だからできること。


 それを乞われるまま、プラムの知らぬところで魔力を与えてしまったのは確かによくなかったのかも。

 ようやく無作法に思い至り、プラムに申し訳ない気持ちになった。


「ごめん。すごく弱っていたし、欲しいというからと、軽く考えていた」

「わかってくれたならいいんだ。愛し子の魔力は特別なんだ。誰と契約していたって、精霊は愛し子の魔力が欲しいんだ。でも! ブリジットと契約をしているのはボク!」


 ブリジットは自分の認識の甘さを実感した。

 魔法も精霊魔法も使えないブリジットにとって、魔力はあるけどどうにもならないもの。だからこそ、精霊にとって特別と言われてもよくわかっていなかった。


「プラムの言っていることはわかったわ。今、緊急だと思うの。だからベルに魔力を与えてもいい? もしかしたら目が覚めるかも」


 ぐったりとしているベルを心配そうに見つめ、恐る恐るプラムにお伺いを立てた。プラムが嫌だと言えば与えないけれども、できれば魔力を与えたい。少しでも元気になってほしい。


「そうだね、それしかないよね」


 プラムの許可を得て、ブリジットはベルに魔力を与えた。

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