◆1 成人の儀式
「すごい! 王都にある教会はすごく大きいのね」
馬車の窓から見える教会は距離があっても、その荘厳さが一目でわかる。大きな窓に、特徴的な尖頭型のアーチ。夜にはステンドガラスの窓がとても綺麗だと言う。
ブリジットは窓に張り付き、目を輝かせた。
教会は王都の中心部にあり、今まで領地で過ごしていたブリジットがここを訪れるのは初めてだ。
十六歳の誕生日を迎え、教会での祝福を受けるために数日前から王都にやってきた。王都にあるリュエット伯爵家の屋敷は領地の屋敷よりも少し小さい。それでも今風の洒落た造りで、普段とは違う屋敷に気分はずっと高揚しっぱなしだ。
「ここが総本山だから。規模も大きいけれども、大司教様もいらっしゃるからね。空気が違う」
隣に座る義兄のテイラーが興奮気味のブリジットに教えてくれる。
「聖騎士団の本部があると聞いたわ。騎士服を着ている姿が、すごくかっこいいんですって。できれば見学したいなぁ」
浮かれた気持ちのまま、希望を口にした。聖騎士団は教会所属の騎士団で、各地の穢れの浄化を行っている。ブリジットは聖騎士団の話を聞くことはあっても、実際に見たことがなかった。折角王都に来たのだ、素晴らしいと言われる彼らを直接見たい。
「見学?」
テイラーが思わぬ言葉に眉を寄せた。あまり歓迎されない様子に、ブリジットはびっくりする。
「え、駄目かしら?」
「駄目というわけではないけど、よほどのことがない限り許可は出ない。令嬢達が詰めかけて、仕事にならないからと聞いているよ」
「ああ、そうなのね。残念だわ」
「それで、聖騎士団のこと、誰から聞いたのかな?」
テイラーがさりげなく情報元を聞いてくる。ブリジットははっとして口籠った。
「えっと」
「ふうん。わかった」
「まだ何も言っていないじゃない!」
「ブリジットが庇うとしたら、ヴァネッサぐらいだから」
「うっ」
バレている。
ブリジットにも優しいヴァネッサに心の中でわびた。
ヴァネッサは隣の領地のロウンズ伯爵家の長女で、リュエット伯爵家とは古くから親しく付き合っている。ヴァネッサはとてもおっとりとしていてとても優しいのだ。そんな彼女がテイラーに小言を言われてしまうのはとても心苦しい。
「ああ、そうか。少し前にロウンズ伯爵領に聖騎士団が定期巡回に来ていたね」
ロウンズ伯爵領は精霊の棲む森に広く面していてる。精霊の棲む森は教会として護るべき場所。そして、穢れが引き寄せられる場所でもあった。
だから、穢れが発生していないか定期的に聖騎士団が巡回していく。
一つのことから芋づる式に理解していくテイラーに慄く。ブリジットはもう余計なことは言うまいと心に決めた。
「ブリジットが聖騎士に興味を持っているとは知らなかったな」
二人の会話を聞いていたリュエット伯爵が空気を変えるように話した。ブリジットは義父の思惑に乗る。
「精霊魔法を使っているところを見てみたくて」
「うん? 聖騎士に興味があるわけではなく?」
「だって。精霊魔法が使えるようになりたいんですもの」
ブリジットの本音に、家族が困った顔になる。
十六歳の誕生日はこの国の貴族にとって特別な日。成人を迎えるのと同時に、教会で祝福を受けることができる。祝福を貰うことで、精霊魔法が使えるようになる人もいる。適性のない人がほとんどだが、貴族ならば可能性はなくはない。ブリジットは役に立たないような小さいものでもいいから、精霊魔法が使えるようになりたかった。
リュエット伯爵は娘を宥めた。
「ブリジット、精霊魔法は祝福だ。もらえる人もほんの一握りだ」
「わかっているけど……魔法が使えなくても精霊魔法が使えれば」
ブリジットは持っている魔力は貴族令嬢としては多め。だが、どういうわけか、魔法がまったく使えない。魔力はあっても魔法が使えないという稀な状況だった。何とかしようにも、魔法を教える先生にしても不思議な状態。リュエット伯爵も色々な伝手を使って調べてくれたが、結局解決策は見つからなかった。
だからこそ、祝福によって授かる精霊魔法に期待していた。精霊魔法は精霊との契約による魔法で、精霊の力を借りる。大きな精霊魔法を使えるようにならなくても、貴族の娘として最低限の価値が欲しかった。そして、政略結婚の駒に使えるようになれば、養女として受け入れてくれたリュエット伯爵家に恩を返せる。
リュエット伯爵はブリジットの考えに気が付いて、優しく微笑んだ。
「我が家は中央貴族ではなく、辺境貴族だ。元々協力体制にあるから、さほど政略結婚を必要としていない。それに、魔法騎士や聖騎士にならないのなら、魔法は貴族令嬢に必要ない力だよ」
「でも、お母さまは魔法が使えるわ」
「あら、わたくしが魔法を使えなくてもゴードンは結婚を申し込んでくれたはずよ?」
少し揶揄うようにリュエット伯爵夫人は夫をちらりと見る。リュエット伯爵は頷いた。
「そうだとも。たとえメラニーが平民であっても、見つけ出して跪いて婚姻を申し込んだだろう」
「ふふ、本当かしら?」
「本当だとも」
リュエット伯爵夫人はほんの少し頬を染め、二人はいつものように熱い眼差しを絡め合う。
テイラーは両親のイチャイチャに何とも嫌そうな顔をした。
いつもと変わらない家族のやり取りをしているうちに馬車は徐々にスピードを落とし、止まる。
「さあ、行こう」
テイラーは両親に続いて降りると、ブリジットに手を差し出した。ブリジットは慣れた様子で、彼の手を借りる。
「またドキドキしてきちゃった」
「終わるまで落ち着かなそうだね」
仕方がないな、とテイラーは目を細めて笑った。そして、優しく頭を撫でた。
それは幼い頃、不安になって泣くブリジットを慰めてくれた時と同じ。
ブリジットはむっとして兄を見上げる。
「お兄さま、わたし、もう大人になったの。頭を撫でないで」
「そうかい? ブリジットはいつまでも私の可愛い妹だよ」
「妹でも淑女にはなれるでしょう?」
「淑女なら、笑ってありがとう、だろう?」
テイラーに揶揄われて、ブリジットは不満げな顔をした。
「二人とも、行きますよ」
リュエット伯爵夫人に促されて、二人は教会へと入っていった。




