切っても無駄だよ、赤い糸で繋がっているから
「良かったんですかね。守宮のこと切っちまって」
港町の夜を背景にしながら、限りなく黒に近い紺のさざ波を見つめる。生臭い磯の香りを掻き消すように煙を口に満たしていく。
先端に積もった灰を落とすために煙草を指で挟むと、黒革の手袋にこびりついた血の匂いが生々しく鼻腔を刺激した。
「組にとっての損得を天秤にかけた結果だ。そもそも奴は駒として育てられた。用済みとなりゃ片づけられるのはあの野郎が一番理解しているはずだ」
「俺は組の判断は間違っちゃいねぇと思います。ただ赤原のアニキは」
意見するには野暮だと気付いたのか、言いかけた亀吉が口を閉ざした。
さざ波が潮風に煽られて大きく寄せて音を立てる。ぶつかりあって宙に飛び散る様が、守宮の血飛沫によく似ていた。
対立していた蚕組の内部を探るため、蛇目組から一人諜報員として送り込んだ。しかし素性がバレて諜報活動は失敗に終わり、冷戦の均衡を保っていた関係性が決壊してしまった。
多額の金の支払い。今後の力関係の影響。蚕組以外の組からの舐めた眼差し。
やらかした諜報員が三下の組員だったら良かった。
しかし事態を最悪の結果に招いたのは、親父が可愛がっている次期組長候補のドラ息子だ。
ドラ息子の命は有り金で叩いて守り抜いた。が、表向きの戦犯を誰か一人用意しなくては、いつか醜聞が広まってしまう。
そこで駒の中から守宮が選ばれた。
ドラ息子が名指しし「未来有望な組長の息子が始末した」という筋書きにしようとした。
だから。
「あいつの始末は俺にやらせて下さい。元々俺が可愛がっていた犬ですし、アンタに汚れ仕事をさせる訳にはいかないですから」
二人でよく来ていた海で守宮を撃ち殺した。
後悔はない。誰かに殺されるよりマシだとさえ思えた。
「大丈夫です。切られてとしても俺は」
最後の言葉は銃声と波に攫われた。
しかし言葉の先を俺は唱えられるほどに知っている。
「“赤原さんと運命の赤い糸で繋がっていますから”」