07話 神主会議
強力な龍脈の発生源でもある富士山のすぐ近くにある青木ヶ原樹海の奥。そこには一部の者しか知らない一軒の神社が建ってある。
この神社を管理しているのは大和大社。
大和大社は、平安時代増加する妖怪や悪霊による災いを減らすため、陰陽師の安倍晴明によって設立された組織。
大和大社は設立された時から、妖怪や悪霊が絡んだ事件が起きた際、朝廷や幕府、政府などの当時の政権を握っている組織と協力し合い、妖怪や悪霊などを退治して事件を解決してきた組織だ。
そして樹海の奥、強力な魔除けと人避けの結界を貼り、世間一般にはバレないよう建ってある神社こそ、大和大社の本社なのだ。
今日は、各地方の管理を任されている地方神主の一人が、緊急会議を開きたいということで、本社に数名の人が集まって居るのだ。
「皆集まったな?」
神社の奥には無数の神像が祀られており、それを背にするように斎服を着て布作面で顔を紙で隠している一人の男が礼盤の上に座っていた。
斎服の男はゆっくりと辺りを見回し、ため息をついた。
「今だ津波により生まれた怨霊達の対処に追われている東北地方の者はまだしも…中国地方、九州地方の者は相変わらず欠席か…」
斎服の男の目の前にある8つある礼盤の内、4つが空いていており、その内の3つには欠席と書かれた紙が置いてある。
斎服の男はその紙を見ては肩を落として、少し落ち込んだ。
「いつものことだべ、気にしない方がいい」
肩を落としている斎服の男に、アイヌの木綿衣を着ている男が腕を組みながら斎服の男を励ました。
「やけんど……なんで儂らを呼んだアイツがおらんがぜよ!」
「…」
空いている礼盤の一つを見ながら、刀を肩にかけている和服の男が声を上げ、有松鳴海絞の浴衣を着て扇子を片手に持っている少女は、和服の男に同意するように無言で頷いた。
和服の男がイライラしていると、
「お待たせした…少々手間取ってもうていてな~…」
神社にそう言いながら、西陣織で作られた着物を着た美女が入って来て、空いていた礼盤に上品に座った。
「人を散々待たせちょいてそれか!」
遅れてやってきた美女の言葉を聞いた和服の男は刀をドンっと床にぶつけて苛立ちを見せた。
「落ち着きなさい…」
「申し訳ございません」
斎服の男は、苛立っている和服の男を宥めて大人しくさせた。
「それで…我々を集めたということは、何かあったのかい?」
斎服の男は落ち着いた声で美女に何があったのかと聞き、美女は喋り出した。
「ええ、つい最近ウチの部下達が少々変わった犬神を見たそうで…なんでも神聖な雰囲気から少しばかり穢れを感じたそうなんどす……」
「ふむ…」
「ほぅ?」
「…」
「はぁ?」
美女から聞いた事に、それぞれが反応を示した。
斎服の男と木綿衣の男は興味深そうに、浴衣の少女は何も反応を示さず、和服の男は呆れかえっていた。
「…平安時代に禁忌の呪術の一つとして広まった犬神か…穢れを感じるのは当たり前だが…神聖な雰囲気を放っているとなると話は別だな…」
呪術として作られた祟り神である犬神から穢れを感じることはおかしくないが、犬神が神聖な雰囲気を放っているとなると、話は大きく変わってくる。
「それに、奈良の呪いの子起こした事件現場で目撃されてるだけやなしに、調査中にスマホを持って現れたのも気掛かりどす…」
「何が起きちゅーか分からんな」
美女の話を聞き、和服の男は腕を組みながら頭を悩ました。
神聖な雰囲気を放っている犬神が居る自体異例なのに、呪いの子が起こした事件に絡んでいるとなると、今回の事件は複雑になってくるのだ。
「今回はウチだけじゃなんもできひん、そやさかい大神主様や他の地方神主方に知らすために、こうして集まってもろうたんどす」
美女は今回集めた理由を述べ、続けて伝えたいことを言い始める。
「こら部下から聞いた話やけど、どうやら犬神は複数の幽霊と共に一人の少年とおったらしおす…」
「…写真らあは撮らざったがか?」
美女が更に詳しく言うと、和服の男はその写真を撮ったのかと聞いて見ると、美女は首を横に振るった。
「それが犬神に見つかったみたいで、撮影の邪魔をされて不運なことにスマホを壊してもうたようなんよ…おかげさんで写真を撮り損ねたらしいわ」
美女は写真を撮れなかったことを残念に思いながらため息をついた。
暫くの間神社の中は静寂となったが、明りにしていた火の音が出たのと同時に、斎服の男こと大神主が口を開いた。
「犬神を連れた少年を捜索しよ!見つかり次第犬神が無害か調べたのち、祟り神だった場合はすぐさま退治、もしくは封印しなさい…そして少年は保護するように!………それと、この後久々に飲まない?」
「飲むこと以外は了解どす」
美女はお酒の誘いを断りつつ大神主の命令を承知して、礼盤から立ち上がった。
「ウチはこのこと部下達に伝えるため、ここらで帰らせてもらいます……ほなさいなら」
美女は大神主から受けた命令を遂行するために、神社からおしとやかに出て行った。
「では儂もここらで帰らしてもらおう…!仕事が残っちゅーきな」
美女が帰ったのを見た和服の男は、仕事が残っているという建前で、そそくさと逃げるように帰っていった。
「…うちも帰る」
浴衣の少女はそう短い一言を述べては、音を立てることなく立ち上がり、足音を立てずに帰っていった。
「……大神主様!俺は残りますから今夜は沢山飲みましょ!」
「うぅ…!君が居てくれて本当によかったよ…!」
美女からはきっぱりと断られ、他の二人には逃げるように帰られた大神主は、滝のように涙を流しながら、唯一残ってくれた木綿衣の男に抱き着いた。
かくして2人は、次の日の朝まで飲み明かしたとさ。