8話
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―――ゆらゆらと、頭の中が揺れる。
指の先に、何かが触れた。滑らかで冷たくて、覚えがあるような、ないようなそんな―――
「……転移で寝るなんて、随分とまぬ…警戒心がないんだな」
……目覚めが、最悪。
ぼんやりする頭にだって染み込んでくる呆れた声。
目を開ければ陰鬱な暗さ漂う紫色の葉が生い茂る森。
寝ころんだ背からじわりと感じる土の湿った感触。……おのれ、ほったらかしとはやるな。
一先ず館の人たちも助けられたことだし、ふうと一息つく。
吐いた息のままむくりと体を起こすと、もう見憶えてしまった、この森にぴったりな目をした奴がいた。
………そういえば、こやつのせいで私の趣味であるハッピーエンドを前世で台無しにされたんだった。
落ち着いたことによって、じわりじわりとムカついてきた。
彼をハッピーエンドの相手役に選んだのは私の勝手だけど、それにしたって絶対に死ぬ運命とかそんなの悲劇じゃん、バッドエンドじゃん。
こんなのハッピーエンドにしようがないじゃん。……そもそも、彼が今の彼だったら、ハッピーエンドの相手に選ばなかったのに。
全身を襲う筋肉痛に負けて、座り込んだまま彼を睨みつける。
「ほんと、キャラ崩壊にもほどがあるでしょ、あんた」
理不尽な私の言いがかりに、何のことだとしばらく首を捻っていた奴は、あぁと頷いた。
「そうだね、まぁ、前世は休眠回だったから」
「はぁ???」
彼曰く、時折意識を眠らせたまま過ごす一生があるとのこと。
その時は、周囲の反応から最も労力の少ない行動を自動でするのだとか。……なるほど、アレは省エネ人生だったってわけか、いやいやどうやってやってるんだそんなの。
「結構簡単だよ?考えなければいいんだから」
「……ふーん」
納得はできないが、しつこく問い質すほどは興味をそそられなかったので、気のない返事をひとつしておく。
と、それが止めだったかのように、ぷるぷる震えた腹筋が限界を超えてしまった。
筋肉の言われるがままに、大地に身を投げ出す。
それと同時に、急速に転生仲間の彼への興味がなくなっていく。
「……よく考えてみたら会ってどうするんだ?って気持ちになってきたんだけど私。どうする?あ、移動するんだったら、負ぶってね。今筋肉が反抗期だから」
「―――はぁぁぁ、随分と他力本願な……。それに僕も似たような体格なんだよ?キミを抱えるのなんて、無理だよ」
断られてしまった。
えぇーじゃあどうするのさ。このままだと、この森で野垂れ死になんだけど。
ぐるりと見まわしても、人の手が入ってなさそうな自然そのものといった木、草、蔦……うん、本当に野垂れ死だね、コレ!
「……キミを捕らえたってことで、魔界に僕の城がもらえるからそこに移動する予定だけど」
「ふーーーーーーん」
あれだよね、一度興味を失っちゃうと、全てにすぅっとやる気が引いてっちゃうんだよね。わかる?この気持ち。
「そこで、互いに知っていることの情報交換をしようかと思ってるんだけど」
「へーーーーーーーーん」
だめだ、指を一ミリだって動かす気になれない。
返事をしてるだけでも偉くないか?私。
「………僕たち以外の、転生者についても「え!!私たちだけじゃないの?!?!」…うん」
がばり、と勢いよく起き上がる。ついでに立ち上がる。
反抗期の筋肉から悲鳴をあげたけど、急速に高まった興味がソレを上回ったので無問題。
「そういうことは、早く言ってよー!へぇ!誰だれ、どんな人?すぐ会える?」
わくわくしながらハイネへ詰め寄る。
かなり引き気味な彼が、身体全体で後ずさりつつ答えた。
「……すぐには会えないよ、まだ今世で会ってない「えぇぇぇ……探すのぉ……だる……」……はぁ」
またしても興味が下落した。すっごく下落した。
そのせいで、さっきまで仲良くしていた地面へ再び熱烈なハグをする。……このジメジメも一周回っていいかもしれぬ。
「……人の話は、最後まで聞いたら?」
「んんん?」
いやいやいや、聞いたところでよ?
これから同じ世界に転生してますように!って願いながら、この広い世界のたった一粒の人間を探す訳でしょ?………無理無理無理。
「すぐには会えないだろうし、今世では会ってないけど」
「んんんん」
……あっ、てんとう虫だ!私の知っているやつより、ちょっと棘があって微妙に大きいけど。
目の前の地面でのんびり歩くのを、目で追う。
特大の溜息が、上から降ってきた。
「アイツは目立つからすぐわかるんだ。だから、居場所ももうわかって「そーれーを先に言ってよーーー!!」……はぁほんと……」
何かを堪えるかのように上を向くハイネ。我慢は体にわるいぞ?
可哀想な子を見る目で見ていたら、同種の目で見返された。……なんで?
「とりあえず、迎えが来るからそれまで待ってて。今の拠点に移動するから」
「はーーーい、そこに居るの?そのアイツ」
「いや、居ない。それにそう簡単には会えないかな」
「えええええーーー、そのアイツ、誰様よ」
一応会うと決めたので、腰重くだけれども立ち上がりながら、これから会うであろう彼だか彼女だかについて尋ねる。
そんな私へ、ハイネは表情の読めない顔で答えた。
「―――何せ、アイツは英雄だから」
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