7話
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―――敗因。今までの私が、いい子過ぎた。
ぼんやりと、薄暗い天井を見ながら反省する。
遅ればせながら探ってみた記憶によると、雇用主使用人という関係であれど、貴族としての権威を振るわず、誰でも人として尊重していた一家のようだった。
……むむむ、それじゃあ、あれじゃ上手くいかないや。
もうすぐ、ソーニャがこの部屋に来る。………うーん、次はどうしよっかな。
「あら?リンお嬢様―――」
「ファイヤ」
ぼぅっと、引き出しにあったマッチを擦る。
サイドテーブルにあった香油瓶をベッドへ勢いよく思い切りぶちまけて、マッチをぽとりと落とした。
―――声にならない悲鳴が上がった、よしよし。
ぼうっと燃えたシーツを種火に、ぬいぐるみやらクッションやらに火を移しては投げ移しては投げを繰り返す。……ようやく、部屋全体が燃え上がってきた。ふう、大変だったぜ。
「ほらソーニャ、早く避難して!」
「お、お嬢様????」
ぐいぐいと部屋からソーニャを押し出そうとする。
私の奇行に呆然としていたソーニャだったが、頬を掠める熱気にはっと我を取り戻したようだった。
有無を言わせず、ソーニャが私を抱えてドアへ向かう。向かってる……あ、これはまずい。
この場所から離れたら、ここに戻れない。しまった!!!これはしまった!!!
ゆらゆらと抱えられながら、きゅっと口を結ぶ。
……もうこれは、いけいけキャンプファイヤ作戦で成功させるしかない。私は腹をくくったぞ。
ドアを蹴り開けたソーニャに、待機していた護衛騎士たちが驚く。
「こ、これは、どう…火、火がっ?!」
「おい、水を持ってこい!」
それは、困る。
つるりとソーニャの手から滑り降りた。
大人たちがあっけにとられている隙に、瀟洒な椅子をぶち壊してその足にまだ燃えてなかったシーツの一部を巻き付ける。
それに追い香油をすれば、ほうら立派な松明の出来上がり。流石わたし。
棒を飲み込んだように硬直していた彼らが、松明を作ったとようやく理解したようで、戸惑いながらも取り上げようと私に手を伸ばす。
のを、身を翻して躱し、ついでに即席松明に火をつけた。よしよし、いけるぞ!
足を踏ん張って、一足飛びに彼らの頭上を越えて、ドアも越えて、廊下へ躍り出る。
「お、お嬢様?!?!」
「全員、避難させて!」
全速力で駆け抜けて、追っ手を振り切る。人数が少なかったのがよかったみたいだ。
窓を開けつつ、要所要所燃えやすそうなカーテンやら植木やら絨毯やらに、香油をぶちまけ火をつけていく。
おいおい、どんなスーパー幼児だ?って? いや、昨日までの私は、普通の幼児だったよ?
私が私になると、集中すると通常以上の動きができるようになるのさ。
原理は……私にはわからん。なんか、こう、ふんっと意識するとできるんだよねーほんと不思議ー。
体が未発達の時にやると、めっっっっっっちゃくちゃ疲れるからやらないけど、今は非常事態だから仕方がない。
もし私に明日があるのなら、明日はダラダラする、絶対する。
そうこう私が努力しているうちに、悲鳴と煙が充満してきた。よしよし。
すれ違う人たちに避難を命じると、私が犯人と知らないからか素直に従ってくれる。更によしよし。
ここまでやれば、火を消すことはできないだろう。
満足した私は、庭園に面した窓からダイナミック脱出を図った。着地は成功、作戦も多分大成功。
みんな煤けた顔で呆然と燃える屋敷を見ているが、ひい、ふう、みい……うん、なんか全員居そう。これは大成功。
胸を張って満足の溜息と共に、頷く。
「…………なんで、燃えてるの?僕まだ何もしてないんだけど」
「おっ来たな、ハイネ」
暗い黒目の奴ことハイネが到着した。よしよし、間に合ったぞ。
「な、何奴?!」「あーともだち」
「…え?お、お嬢様のご友人、ですか?」
ソーニャが疑い深い目でハイネを睨みつける。
乳母だったソーニャは四六時中私の傍に居たのだから、そのソーニャが知らないなんてありえないけど。
ここは、自信を持って言い切ったもん勝ちよ!
「そう、ともだち。ねー?」
「え?あ、キミか。………うん、そうかも「そうだよね?」うん、そう、僕たちトモダチ」
現状把握が早いはずの奴が空気の読めない発言をするから、圧をちゃんとかけてあげた。
そっと近づいて、ひそひそと声を潜めて話す。
「で、ここから移動する何かがあるんでしょ?」
「あるよ、もう行く?」
もちろん頷く。コイツが屋敷のみんなを害する前に、さっさと移動しよう。
凪いだ無表情で、すっと手を差し伸べるハイネ。
その手を取ると、ふわりと体が浮くのを感じた。うっ、胃が……。
「お嬢様?!なにを……?!」
「ちょっと出かけてくるねー」
「だ、旦那様に、なんていえば………」
執事が混乱している。そんなことより私を取り押さえるべきなんだけど。
それはそうか、屋敷が燃えるし、不審者のトモダチは現れるし、なのに主人の娘は出かけようとするし。
ただ、後顧の憂いを払うべく、なんか良い理由を言っておいた方が、追っ手とか来ないよね?
うーーーーーんと頭をひねって、ひねって………。
だんだんと視界が薄らいでいく。なんか移動しそう。
慌てて、がしりとハイネの腕にしがみついた。
「この人と駆け落ちするって言っといてー!」
「「「………は?」」」
―――間の抜けた声を最後に、私たちはどこかへ移動した。
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