5話
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「―――って何してくれとんじゃぁぁぁぁ!!!」
重い布団を吹き飛ばして、跳ね起きる。
嫌な夢を見た後のように、冷や汗でぐっしょりだ。うえぇぇ、気持ち悪い……。
ふぅと溜息を吐いて、ぼすりとベッドへ逆戻りする。
手のひらをにぎにぎ動かしてみる、……どうやら私はまだ子供みたいだ。
それだけで疲れ果ててしまった軟弱な体をどうしようかと思いつつ、前世と今世のすり合わせをする。もう慣れたものよ。
前世の記憶を思い出す年齢はランダムで、赤子の時もあれば死ぬ直前の時もある。
今世の記憶はその都度ちゃんとあるから、時間さえあればその世界に馴染めるのだが。
「リンお嬢様?お目覚めですか?」
「―――はぁい」
どうやらやっぱり、今世も「リン」のようだ。どれだけ生まれ変わっても、名前は同じ。
……おやおや、なんで名前が一緒なのかって疑問に満ち溢れた顔をしているね?安心して、私もわからないから。
メイドが開けた窓から、眩しい朝日が差し込んでくる。
豪奢な作りの窓、静々と運ばれる湯の張った洗面器、どうやら前世と似た世界のようだ。
そつなく対応しつつ、傅かれながら世話を焼かれつつ、最期のあの王子のことを考える。
―――どう考えても、アイツも私と同じ、って感じよね?
生まれ変わりを直ぐに察知して受け入れたり、互いの名前を確認したり。
あの時は欠片も思わなかったけど、今冷静に考えてみればそうじゃん。
ふむふむと一人納得していると、ささっと鏡台の前に座らされる。
見慣れた黒目黒髪、きゅっと吊り上がった目元がお気に入りの、私の顔。
そんな子供の私が、私を見返していた。
更にびっくり、顔も性別も変わらないのだ、わぁお。
この身に起こっている生まれ変わりについて、一時期調べてみたことがある。
所説あって、『神の子だから』とか『異なる容姿で記憶だけ引継ぎ』とか『異世界の知識で無双』とか、それはもう色んなパターンがあった。
だがどれだけ調べても『同じ容姿』『同じ名前』『異なる世界』で生まれ変わる、なんてなかったのだ。
潔い私は、さっぱりと調べることを諦めて、別の趣味に走ったのだが。
「……お嬢様、今日はおとなしいですねぇ。如何されました?」
「べつにー」
おやおや、何か怪しまれてるぞ。
記憶を探った感じだと、この私は昨日十歳の誕生日を迎えたようだ。
お転婆ではしゃぎ過ぎて寝落ちして、で今朝の私になったということか。
そうなると、昨日の余韻を残して興奮しているはずが老人のようなこの落ち着きは確かに変。
―――が、私がそんな辻褄なんて気にすると思う?
黙ってたって、他人は自分の中で勝手に答えを見つけるもんだ。
だから、人目のために私を変える必要なんてある?ないね、これっぽっちもな!
大人になられたということかしら?と一人ごちるメイドであり乳母であるソーニャ。ほらね?
一人心の中でニヤニヤしていると、彼女は複雑な顔をする。
「……領主様とハイベルク卿は明け方に出発されましたが、直ぐに戻ると言付けをいただいておりますよ」
「ふーん」
そっけなく言うと、ソーニャはびっくりした顔で手が止まってしまった。
……十歳の女の子の、拙い記憶によると。
領主様は私の父親で、ハイベルク卿は私のお兄様、因みに私の家名はハイベルク。
ゼンセンだの、ヘンキョウだの、大人たちの話を聞きかじったところから推察するに、敵国との最前線で防衛している辺境伯家が我が家ってとこかな。
昨日は無理して前線から大将の父と兄が誕生日パーティーに出席したようだ。
なるほどね、現在絶賛戦時中、と。今世は波乱の人生になる予感だわ……。
さぁて、どうやって『ハイネ』を探そうか。
この溺愛箱入りっぷりの上、辺境伯家という身分、身動き取りづらーーー。
ただでさえ、戦時中は命の危険プラス道中の規制、治安悪化と動きづらいというのに。
まあ、見つけられたらいいな、くらいの気持ちでいいかな。
なんたって、同じ世界にいるとは限らないし、同じタイミングで生まれ変わるとも限らない……あれ、見つけ出す確率の方が低くないか?
面倒くさいし、あきらめよっか―――
―――ドォォォン!!!!
重い衝撃と共に、轟音が鳴り響く。
咄嗟にソーニャが私に覆いかぶさってきて、周囲は見えない。
「敵襲ーー!!」「各自備えよっ!!!」
「お嬢様!ご無事ですか!?!?」
すぐさま、警護の騎士たちが部屋へ雪崩れ込んできた。
安心したのか、抱きしめるソーニャの腕が緩む。その隙に、ひょこりと顔を出すと。
―――辺りは、一変していた。
ソーニャが開けた豪奢な窓は跡形もなくなり、ついでに壁も跡形もなくなり、更に天井も跡形もなくなっていた。変わりすぎぃ!!!
どうやら私の住む屋敷の半分が消し飛んだようだ。運がいいのか悪いのか。
「お嬢様、ここは危険です!すぐに退避をっ!!」
「……いいえ、ここに居る」
冷静に答える私に言葉を失う大人たち。
私には『時間逆行』があるから、ここから動かない方がいいんだよねってみんなは知らないから「気でも狂ったのか?!」みたいな顔で見られてる。
だがこちらとても死ぬ可能性があるのだ。状況把握をするためにも譲れん。
戸惑う彼らと口をへの字にした私とでにらみ合っていると。
「―――ここかな?辺境伯の娘の部屋は」
穏やか、と言ってもいいくらい場違いな声が聞こえた。
少し幼い男の子のそれは、敵襲の最中の騎士たちでさえ惚けさせる程可愛らしいもので。
ふわりと着地したその子は、年齢にそぐわぬ皮肉気な笑みを浮かべた。
「敵将の心臓を取るのが一番だからね。悪いけど、キミには死んでもらうよ?」
「な、なにを―――」
ぶしゃり、と血しぶきが上がる。
狼狽えながらも剣に手をかけた騎士が、目の前でたたらを踏んで崩れ落ちた。
一瞬の空白の後、怒号と共に私を守ろうと騎士たちが殺到して、そして。
―――全員、血の海に沈んだ。
震えながらも私をかばったソーニャの体をどかしたその少年は、座り込んだ私と目線を合わせる。
「やっぱり、彼らの目の前で殺す方が効果的かな?大人しく攫われてね」
にこやかに非道なことを言う少年。
ふっくらとした幼子特有の頬ながらも整った顔、サラサラの白い髪、そして。
「―――お」
「……お?」
呟く私にコテンと首を傾げる彼の、その暗くて生気がなくて黒い目は。
「おまえなんかーーーーーい!!!!!」
「………あ」
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