4話
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何を、言ってるんだ、この王子……???
思わず鼻にしわを寄せて渋面を彼に向けてしまう。
ボクガ、シヌコトヲ、シッテルンダ??なんだなんだ、古代呪文か何か?
王子ってば、古代魔術になんぞ造詣が深かったっけと思い返していると、私の返答を待っていた彼が私の腕を離した。
「まあいいや、次で」
「?????」
次?つぎって何さ。私にはあるけど、あなたにはない筈でしょ、ちゃんと説明してくれよ、王子!
私が問いかけようと口を開くそのタイミングで、彼が数歩後ずさった。
「次は」
平坦な声で、何の恐れもなく、淡々と王子が口を開く。
彼の柔らかな髪が、花びらと共にふわりと風になびいてそして―――
「もう少し早く、話しかけて」
―――ぱんっ
軽い破裂音、噴き出る赤い血、もう開かぬ口、ゆっくりと王子が崩れ落ちて。
騒然とする周囲、私を拘束しようとする護衛、悲鳴を上げる彼女。
「―――は?」
疑問符だらけの私を残して、また王子が死んだ。
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何故王子は自分が死ぬことを知っているのか。
何故王子は私が時を戻すことをすんなりと受け入れたのか。
疑問は尽きないが、王子殺しの犯人にされかかっている現在、私がここから他所へ連れていかれる前に早急に戻るしかない。
溜息交じりで、本日24回目のいつものアレを呟く。
『…………時間逆行』
―――目を開けば、おなじみの風景が映る。
幸せそうな親友、微笑む王子、舞い散る花びらがよく似合う光景だ。
戻る前と変わっていないはずの光景なのに、王子のその見慣れた筈の笑みが得体の知れない何かに見えてくる。
王子に言われた通りにするのは誠にもって癪ではあるが、先に進むためにも一直線に彼へ話しかけに行く。
そうして、訝し気な彼女も、その他の人目を気にすることもなく、単刀直入に王子へ話を切り出す。
「なんで自分が死ぬことを知ってるの」
「……どうしたの?何を―――」
「へぇ……」
穏やかな笑みが消え、見覚えのある光のない黒い目がこちらを見た。
夢幻かと思いたかったけど、あの時と同じ変わりようでやっぱりこっちが本当の王子のようだ、無念。
「時間がないみたいだから、手短に説明して」
「手短……手短に、ねぇ」
明らかに面倒だとありありとわかる声色で、気だるげに腕を組む王子。
………笑顔でいたときより、今の方が感情豊かに感じてしまうぞ。
オロオロと戸惑う彼女や招待客、その他諸々をまるっと無視して、二人見つめあう。
私の方は、おいおい早よ言いんしゃい、時間がないのはそっちだろう、と睨みつけていたのだが。
それを軽くいなすように、小粋に肩をすくめる王子。
「簡単な話だよ、僕はいつだって23歳までしか生きられないからさ」
はぁはぁ、なるほど、ね??
腕を組んで頷きかけた寸でのところで止める。いや、全然わからん。
「疑問点が三つ。なんでその年で死ぬの?なんで知ってるの?『いつだって』ってなに?」
「まぁ、そうだよね」
説明不足が当たり前のように、こんなことは日常茶飯事かのように、どこまでも軽く応じる王子。
私の方は今までで起きえなかった事態に、そわそわを通り越してぞわぞわしているのだけど。
それなのに、王子は値踏みするような遠慮のない視線でこちらを見てくる。
……ぞわぞわすら通り越して、イライラしてきたんだけど???
どうせ戻すのだからと、心にたまった愚痴をそのまま吐き出す。
「‥…ったく、今までの数ある人生の中で、こんなこと起きたの初めてだわ……。一体」
「数ある?」
私の零した愚痴に、王子が反応した。そっちが質問するんかい!
おいおい、私の質問は放り投げたままなんかい、勝手に答えを待つ体制にならないでくれる?
王政の悪しき面について心の中で悪態をつきつつも、寛大なる私は答えて差し上げる。
「何回も生まれ変わってるんだよねー私。いろんな世界を、それで」
「へぇ……?」
最後まで人の話を聞かないんかい、王子様はそんなに偉いのか偉いんだろうねぇ!?!?
これは喧嘩売られてる?売られてるよね?買うよ?言い値で買うぞ、コラァ!!!
握った拳を振り回そうと肩を温めていると、王子からクスリと笑う声が聞こえた。
……おっけぇ?言い値じゃなくて高値で買ってやんよ!!
「キミは、確か、リンだっけ?」
「はぁ…そうですけど……??」
王子の急所を見定めながら、親切な私は答えてあげる。
私の名前を覚えるように復唱する彼は、この三年交流があったはずの私のことを認識してなかったのだろうか、くそ野郎。
「僕は、ハイネだよ」
「はぁ…知ってますけど……??」
今度は自分の名前を名乗ってきた。
薄情なあなたと違って、私はちゃんと覚えてますけど??やっぱり喧嘩売られてるな?!
振りかぶった私の腕を自然な流れで王子が捉えて、ぐいっと引き寄せられる。
間近に迫った王子の整った顔の、暗い黒い目が強くて、飲み込まれそうで。
薄い唇が皮肉気に弧を描いて、王子は言った。
「ハイネだから、ちゃんと覚えておいて。僕も覚えておくから」
「さっきから、なんなん―――」
「―――倒れるぞ!!!」
影が、落ちる。
王子越しに、こちらへ倒れてくる女神と目が合った。―――まっずい!
逃げようともがくが、王子にがっちり掴まれて身動きが取れない。
迫りくる影で王子の表情は見えない。ただ、あの強い視線だけを感じる。
なんで離さないのさ、私まで死んじゃうじゃん?!
だがしかし、私にはアレがあるのだ、さあ深呼吸して、いつも通りの―――
―――ちゅ。
怒鳴り声、悲鳴、慌ただしくも緊迫したこの場に相応しくない、可愛らしい音。
目の前には、長いまつ毛を伏せた王子の顔がいっぱいに広がっていて、唇には温かい……こ、このやろ――――
―――ドスンッ
強い衝撃と一瞬の痛み、そして暗転。
―――こうして、私のこの世界の生が、終わったのでした。
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