3話
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―――一体………、いったい………。
「何度目だと思ってんのー----!!!」
白い花びらが舞い上がり、幸せそうな二人が―――ってそれはもういいから!
私の叫び声に、庭園に居た全ての人に注目されたが、もう構ってなどいられない。
ひとしきり心からの呪詛をばらまいたり、綺麗に整えられた芝生を毟ったり、頭を抱えてストレスを思う存分発散したところで。
ずんずんと鼻息荒く、二人に近づいていく。
おやおや、キミってば裏方からにやりと見守るヤツじゃなかったのか?と思ったあなた、そうなの、私はそういうヤツなの。
でも、でもでもだって!だってだってぇ!!
「23回も死なれたら、誰だってこうなるでしょ?!?!」
そうなのだ、あの王子、あれから21回も死んだのだ。
それも、ひじょー---にバラエティーに富んだラインナップで。
暗殺者の魔銃と女神像を防いだ後、ふぅやれやれと汗を拭う間もなく、毒に倒れる王子。
叫ぶ悲鳴を聞く前に元に戻って、毒入りのグラスをはたき落とした私の後ろで短剣に心臓を貫かれる王子。
歯ぎしりしながら元に戻って、短剣の持ち主を足蹴りした私の横を貴婦人の扇子が通り過ぎ。
流石にそれじゃ死なんだろと余裕綽々振り返ったその目の前で、実は暗器の扇子が額に突き刺さる王子――――――
「うがぁああああああ!!!」
思い出した数々の苦労に、再び頭を思いっきりかきむしり叫ぶ。
これが叫ばずにいられようか、いやいられない。
驚いた顔で見られたところで、狂人に会った顔で見られたところで、私は叫ぶのをやめないぞ!
ずんずんと足荒く、王子に文句を言うために近づいていく。
見知ったはずの令嬢の奇行に戸惑う護衛たちには悪いが、これは私の精神安定上必要なことなのだ、すまんな。
こちらを見る王子と不安げな彼女の目の前に到着すると、大きく息を吸った。
「いったいどういうことなん?!どんだけ死んでんのさ、毎回戻すこっちの身にもなってさ、いい加減にしろやぁぁぁ!!」
言葉遣いなど崩れに崩れ切った罵倒を浴びせる。
何も起こっていない今の王子には悪いが、こういう息抜き回を挟まないとやってられないのだ。
言いたいことを言ってすっきりしたので、さぁてまた戻そうかと踵を返し―――
――――がしり。
腕を、掴まれた。
素早い護衛の仕事かと後ろを振り返ってると、まさかの王子だった。
いや、常人であれば、訳の分からない暴言を吐かれたら、腕の一つや二つを掴みたくなるだろうけど、この王子は違う。
常に紳士であり、常に穏やかであり、常に笑みを浮かべる善き人なのである。
たとえ己の命を狙った暗殺者でさえ慈悲を与えるのだから、まあ鳥肌の立つほど出来た人間なのさ。
だから、如何に奇怪な行動をした女であっても、こんな風に淑女の腕を乱暴に掴まないのだ。
おいおいどうしたんだい、と片眉を上げながら見つめ返した王子は。
いつも通りの整った相貌に、握りつぶさんばかりに腕を掴んでいてさえ穏やかな無表情……無表情?
ぽかんと、口が開く。
一体どういうこと?今の暴言、聖人君主のような王子を無表情にさせるほどだった……???
凝視する私の前で、王子がゆっくりと瞬きをする。
―――途端に。
開いた瞼の先から、じわりと生気が広がっていく。
美しい黒目は底知れぬ暗い目へと変わり、常に笑みを浮かべていた口元は何も示さぬ口角が下がったまま。
どう考えても、こちらの方が人間味のない表情なのだけれど。
風にそよぐ艶やかな白髪の一本一本からも、背筋の伸びた佇まいからも、ずしりと人がいる熱量を感じて。
雲の切れ間から陽の光が一筋、王子の頬にかかった。
滑らかな輪郭をなぞる光を、瞬きも息も忘れて、只々魅入ってしまう。
まるで彫像が息を吹き返したかのような、私の知らない王子は、息を吸いそして。
「どうして、僕が死ぬことを知ってるんだ?」
―――爆弾発言と共に、吐き出した。
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