2話
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―――なんで、なんでなんでなんで?????
絶対に完璧だったはずだ。
あらゆるところに潜んでいた敵対勢力も、壊滅か弱体化させたはず。なのに。
悲痛な叫び声が、聞こえる。
……どうやら、王子は絶命してしまったようだ。
駆け寄った誰もが、突然の悲劇に混乱をしつつも、絶望していた。
おっとおっと??私があまりにも冷静に観察してるからって、人の心のない悪魔なのかと勘違いしないでね?
私には実は―――
「一先ず、王子をお運びせねばなるまい」
「ぃやぁ、そんな……目を、目を覚まして……」
傍に控えていた騎士が、王子の体を丁寧に抱え上げ……あっちょ、ちょっとまって!運ばれたら非常に困る!!
いつも通りの呼吸で、いつも通りの集中で、いつも通りの呪文を唱える。
『―――時間逆行』
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白い花びらが舞い上がる。
幸福の象徴のような少女が王子様へと駆け寄っていく。……ふう、間に合った。
そう、その他大勢に見える私だけれど、その他大勢にはない特殊能力がある。
時間を巻き戻せるのだ。視覚の範囲内だけだけど。
つまり、時間の長さじゃなくて、巻き戻す前の私が見える位置までが、私の出来る最大。
それってムーンウォークみたいじゃんって言われたからダサいけど使っ―――えーっと、いつの誰に言われたんだっけ?忘れちゃったよ。
何せ、数えきれないほど、生まれ変わっているからだ。それも記憶付きで。
おっとおっと、もしや設定盛りすぎでおなか一杯になってやしないか?
気に病むことはない、私もそうだ。
平民貴族奴隷と多種多様に生まれ変わりすぎて、最早人生まるごと趣味に走ってるくらいだ。
目の端に、侯爵令嬢がこちらへ伺っているのをとらえる。
……一旦彼女とのおしゃべりはスルーして、とりあえず王子様を助けますか。
サクサクと芝生を踏みしめながら、思案する。
あの軽い音から推測するに、魔弾、それも暗殺に特化した魔法銃を使ったはず。
が、消音を重視するあまり銃身が長くなったそれは、威力と隠密性との兼ね合いで中距離でしか意味をなさない。
周囲をぐるりと見渡す。
開けた庭園、人は多すぎず少なすぎず、身を隠せるのはガゼボか頼りない低木か。
常人であれば、気づかれないように慎重に、彼だか彼女だかの暗殺者の居場所を見つけるのがセオリーだけど。
足元に転がっていた、小石を拾う。
「どっせーい!」
魔力と殺意と怒りを込めて、人がひそめそうな茂みに石を投げた。
根拠はない、ただの当てずっぽうだ。
なにせ私は時間を戻せるから、何回でもトライアンドエラーができちゃうわけよ。
十回目で当てようが、百回目で当てようが、必ず一回目になれるわけよ、暗殺者さんかわいそ。
低いうめき声と共に、確かな手ごたえを感じる。わお、私ってば運がいい!
慌てた空気で陰ながらの護衛たちが、暗殺者の元へ集まっていくのを感知する。はい解決、はい天才。
満足気に頷きつつ、再度周囲をぐるりと見渡す。
まさか一回で当てると思わなかったからあげた奇声のせいで、多少こちらに衆目が集まっている。
が、少女と王子様二人は互いの世界にどっぷりだから、幸せそうな図は崩れていない。よしよしよし。
腕を組みながら、先ほどの奇声をどうごまかすか、それとももう一度巻き戻すか?と悩む。
「ぞ、像が……!!!」
―――違う騒ぎが起きていた。
おいおいおいおい、とため息をつきながら見ると、庭園の象徴である女神像が不吉な音を立てている。
………えぇぇ……??暗殺者の次はこれぇ……???
のんびり幸せの構図に浸ることもできやしないじゃないか!
幸い、像のひびの入り方から、人のいるこちら側に、しかも今すぐに倒れてくることはなさそうだ。
それが伝わっているようで、貴族である彼彼女らは、殊更ゆっくりと避難誘導に従っている。
……けっ、これだからお貴族様は。
雑然とした空気の中、不安そうな彼女を王子が抱きしめつつ慰めている。
どうやら、王子であれど主催者として、出席者の避難を優先する方を選んだようだ。
それどころか、後ろでヤキモキしていた護衛達ですら、避難誘導に当たらせている。
まあ、あの王子らしいと言えば、そうなんだけども。
私にも誘導しようとする使用人を断り、一応彼女らが避難するまで待って―――
―――ビキッ
急激に、像の亀裂が大きくなってく。
女神の足元が欠けいき、今にも倒れそうだ。そうなってようやく、人々が叫び声をあげ慌てて走り出す。
その人波に押されて、統制すべき騎士も護衛も二の足を踏んでいるようだ。
まったく、普段から主に逆らう反骨精神を鍛えておかないからこうなるのよ。
が、運悪く、避難している人の方へ、像がゆっくりと倒れていって。
大きな悲鳴と共に、誰かが魔法でそれを弾き飛ばした。―――恐れからか、それは必要以上に強い力で。
―――ぐちゃり
「…………………は??」
飛ばされた像の瓦礫は、容赦なく、あっけなく、彼女と王子を潰した。
は??なん、は??え、いやいやいやいや、それはないって。
どんな障害も乗り越えてきた二人が、そんなギャグみたいな最期なんて、ありえないって!!
彼らのこの惨状に、またしても悲鳴があがる周囲などお構いなしに、派手に地団駄を踏む。
行儀の悪さなど関係ない、苛立ちのまま爪をかみ砕いてそれで。
『………時間逆行』
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