1話
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―――晴天、吸い込まれそうな空に、白い花びらが舞い上がる。
幸せそうに微笑む少女が純白のドレスを翻して、優し気に見つめる少年の元へ真っすぐに駆け寄っていく。
それを見て、喜びと羨望の声がわっと沸き立った。
どこからどう見ても、完璧なまでの『ハッピーエンド』の図、だ。
駆けていった少女でもなく、彼女を受け止めた彼でもない、私は理想通りの位置からこの光景を見ている黒髪の可愛い少女だ。
それにしても、と感慨深く、そして満足気に腕を組み頷く。
そうなのだよ聞いておくれよ、今日この日のために、私がどれだけ努力したことかっ!!
かの少女の親友となって、彼との二人きりの機会をそれとなく作り、人身売買組織を壊滅させ、女生徒からの嫌がらせをさりげなく彼に知らせ、隣国からのスパイ共を骸で送り返し、彼と彼女のすれ違いをそっと直し……とそれはもう、とっても頑張ったのだ!
もしかして二人は結ばれない運命なのかと疑うほど、非常に困難な道のりだった……。
風になびくピンクブロンドの髪を抑えながら、私に気づいた彼女がこちらへ手を振る。
それに振り返していると、隣に気配を感じた。
「―――白いドレスだなんて、気の早いことね」
小言を呟きながら私の隣に並んだ長い銀髪に赤い目の彼女は、親友を抱きとめている彼の元婚約者だ。
おっと?いきなりドロドロの三角関係じゃないか、どこがハッピーエンドなんだいと早合点しただろう?
ノンノンノン、私を甘く見ちゃぁいけないよ。
彼女の後ろを見てごらん。溺愛してますと言わんばかりの目で見ている彼女の騎士が一人。ハイ証明ハイ完了。
今世の目標は『大円卓全員ハッピーエンド』だからね。取りこぼしはなしなのさ。
「殿下がどうしてもって贈ったみたいですよ」
「ふんっ、仲がいいことね」
そう言いつつも、熱い眼差しで二人を見る彼女。
そっけなく口ぶりだが、実は彼女は二人の隠れファンだ。
ツンとした顔をしても私にはわかる、あれは『きゃあ、お似合い私もお揃いにしたい!』と思っている顔なのさ。
と一人見抜いていると、彼女の騎士が手を取り甘く囁いた。
「今度の婚約式に私が贈るドレス、楽しみにしていてくださいね?」
「………こ、侯爵令嬢である私に相応しいものじゃなければ、許さなくてよっ」
はいはい、よくありがちなあれですよ。
王子殿下の婚約者だった侯爵令嬢、そこに現れた可愛い男爵令嬢。そうして巻き起こる三角関係。
けれどもこの侯爵令嬢が曲者で、一見冷たそうで中身はミーハーというギャップ萌えを持ち、王子殿下とは良好な関係で。
そのままなら、のほほんとした親友の男爵令嬢なんて、間に入ることはできないのだけれど。
そこも、この私めが頑張りましたとも!
護衛騎士と侯爵令嬢の甘酸っぱい過去を暴露しつつ、帝国にいた護衛騎士の親戚の手先が乗る船を沈めつつ、侯爵令嬢と護衛騎士のドキドキハプニングを演出しつつ、王子の婚約者の後釜を狙う伯爵家を没落させつつ、侯爵令嬢と王子の関係を友情に誘導したり……と、それはもう八面六臂の大活躍だったのだ!
二人の世界に入る侯爵令嬢と護衛騎士からそっと離れて、来て来てと手招く親友。
こらこら、そんなんじゃ王子妃に相応しくないっていちゃもんつけられちゃうぞ?と思いつつ、彼女の方へ足を踏み出した。
―――パンッ
乾いた音が、響く。
小さな音だったのに、雑音の合間を縫って驚くほどすんなりと聞こえた。
何なのかと疑問に思った瞬間、王子の頭から勢いよく血が噴き出る―――それは、白いドレスを染めて。
がくりと崩れ落ちた王子を、慌てて抱きとめる親友。
数舜遅れて、裂くような悲鳴と困惑の混じった怒号が辺りに立ち込めて。
私が、努力して実現させた『ハッピーエンド』はあっけなく崩れ去ったということで。
「―――は?なんで??」
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