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8.恋人のふり

 ティアラ様の出勤初日は、ほとんど進捗のないまま終わった。

 仕事がなかなか進まないうえにアーサー様の会議が長引き、ティアラ様がすっかりやる気をなくして帰ってしまったからだ。

 

 ティアラ様に付き合っていた分、わたしも自分の仕事ができなかった。

 なので、わたしはアーサー様と残業をしている。

 

「すまない……」

「いいえ、お気になさらず。慣れるまでに時間がかかるのは当たり前ですから」

 

 それがこれまで新しい補佐を雇い入れなかった理由でもある。

 新しいことを始めるのは、必要に迫られたときか、余裕があるときだ。そして宰相と宰相補佐の仕事には絶妙にそのどちらもなかった。

 

 オルブライト領や、小さな所領の分はティアラ様に残しておいて、わたしは税収が複雑な領地を担当することにした。

 資料を引き、申請の数字を精査し、周辺領とのバランスも考えて……。

 

 アーサー様は机に向かってなにかを書きつけている。

 揺れるろうそくの炎に銀髪はやわらかな色を帯び、わたしはつい手を止めて見惚れてしまった。

 同時に、ティアラ様の可憐な容姿も脳裏によみがえる。

 たしかにアーサー様の隣に並ぶのに、わたしは地味すぎるのかもしれない……。

 

「どうした?」

「え、あ、申し訳ありません。ぼーっとしてしまいました……」

「すまない、やはり疲れているのだろう。家で休んだほうが――」

「いえ、そうではなく……!」

 

 立ちあがりかけたアーサー様を、わたしも中腰になってしまいながら必死に止める。

 

「ティ、ティアラ様に、アーサー様とわたしが婚約するのは……不思議だと、言われました」

 

 どこまでなら言っていいのだろうかと考えつつ、おそるおそると口にする。

 ティアラ様がそう思ったということは、ほかにもそう感じる方々がいらっしゃるかもしれないということだ。計画の遂行のためには対策したほうがよい懸念点といえる……はず。

 一方で、アーサー様へのティアラ様の想いをわたしが伝えてしまうのは、きっとフェアじゃない。

 

 そんな、かなりマイルドな表現に抑えた報告だったが、

 

「あ゛?」

 

 な、なんだろう、今ドス黒い声が聞こえたような?

 

「そのように言われるのは不本意だな」

 

 あれ、普通だ……? 聞き間違い?

 

 ふたたび椅子に腰をおろしたアーサー様は、組んだ手に顎をのせてため息をついた。もの憂げな空気は普段のきびきびとした印象とは違って、なんというか……色っぽい。

 また胸がドキドキして、わたしは顔をうつむけた。

 

「も、申し訳ありません」

「なぜオリヴィアが謝る」

「だって、わたしが地味で平凡だから、アーサー様に釣り合わないっていうことですよね……?」

「……は?」

「え……?」

「それは違うぞ」

 

 違わない、と思う。だってティアラ様はわたしに向かってはっきりとそうおっしゃったのだ。

 

 けれど、アーサー様は眉を寄せ、

 

「俺が、君のことが好きだということが、周囲に伝わっていないのが問題なんだ」

 

「……」

 

「俺は君のことが好きだ。オリヴィア。信じるか?」

 

 一瞬、思考が真っ白になって吹っ飛んだ。

 

 あっ、は、はい、はい、これはあれね、そういう()()だよってことよね!?!?

 疑いをもたれることが問題だという点でわたしの意見とは一致しているけれど、その原因を別のものだと考えているということね!?

 

 あ、でも、わたしがアーサー様に釣り合っていないせいでアーサー様の気持ちが疑われるのだとしたら、ふたつの原因は延長線上に……?

 

「こ、恋人のふりをするってことですよね……?」

「信じてないな……」

「え、だ、だって、信じたら……困りませんか?」

「困るのか……」

 

 アーサー様がため息をつく。

 

「この件については保留にしよう。まずはティアラ・キーリング嬢の指摘だ。これはチャンスと見ることもできるかもしれん。彼女が納得するようにふるまえれば、皆も納得するだろうから」

「た、たとえば」

 

 わたしの声に、考え込んでいたアーサー様が顔をあげる。

 

「特別なことを、してはいかがでしょう……」

「特別なこと?」

「笑ってみるとか……」

 

 言ってしまってから、(いやなに言ってるの!?)と自分で突っ込んだ。

 アーサー様は笑ったことがない、と言っていたお父様の言葉を思い出し、きっとアーサー様が笑ってくださればそれはすごく特別なことだと思った。

 でも、さすがにこれは失礼で、しかも図々しい発言だ。

 

 そう思ったのに、


「こうか?」

 

 薄く口角をあげ、アーサー様が小首をかしげる。さらりとなびく銀髪が細められた目元を彩った。

 

 至高の美とはかくもあらんやという、絶世の微笑がわたしの眼前に展開されていた。

 

「す、素敵です……」

 

 それだけ言ったきり、わたしは口をパクパクとさせた。それ以上になにを言えばいいのかわからなかったのだ。

 顔が真っ赤になって、握った手のひらに汗がにじむ。

 

 いけない、こんな露骨に意識していたら、アーサー様にあやしまれてしまう……!

 

 しかし、動揺を隠そうと躍起になっているわたしに、

 

「そうか。やればできるものだな」

 

 満足げに頷いたアーサー様は、にこっと笑みを深くした。

 

「!!!!!」

「どうした? やはり疲れているのではないか?」

 

 二段構えの急襲に心臓が破裂寸前のわたしの顔を、アーサー様が覗き込む。

 

 そこからどうなったかは、よく覚えていない。

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